宴や宴
「久しぶりね」
「この料理を食べるのは・・・・・」
「こう言うのを食べるとエルフの生活圏に来たんだなって感じるわ」
シンシアが頬張っているのは鹿肉の香草煮である
幾つかのハーブを用いて肉の臭みを消すと同時に旨味を引き立たせている
勝手にエルフは野菜や果物を好むイメージを抱いていたが・・・
エルフ料理は肉や魚等食材を問わず多岐にわたる
長寿なため欲望や願望が稀薄になる人も多いがその逆に1つの事に執着する1面もある
美食は多くのエルフにとって生涯の楽しみでもあるようだ
「塩分は控え目なんだ」
「でも野菜の味が濃くて美味しい」
「きっと土地が良いのね」
「獣人族の料理は焼いたものが多いから煮込み料理は新鮮だわ」
獣人料理もエルフ料理も全体的に塩は控え目で素材の味を活かしているものが多く肉の臭みもある程度は個性として捉えている節がある
獣人族の料理が素朴な猟師飯と言う感じなのに対しエルフの料理は和食やフレンチに近いかもしれない
しっかりと出汁を取り時間をかけて素材の旨味を引き出すような料理だ
魔力に秀で魔道具技術も発達したエルフ達は長時間調理された料理を好むようで煮物やスープ等も多い
「これってコンソメスープよね?」
「こう言う高級な料理が出るっていうのはやっぱり神様主宰の宴って感じがするわね」
「ふふふっ」
「実はそうでもないのよ」
「エルフの統べるシエラ皇国では魔道具の普及率が高くてね」
「一般家庭でもある程度の物は持ってるのよ」
「そうよぉ」
「エルフは魔力が高いからぁ」
「他の国のと違って魔力供給しながら使える物が主流なの」
「魔道焜炉を使った煮込み料理は多いのよぉ」
シンシアとアムネリアが説明してくれた通り
エルフ料理は時間をかけて調理するものも多く手が込んでいる
この鹿肉の香草煮にしてもコンソメをベースにハーブを足して鹿肉の臭みを消しつつ柔らかくなるまで煮込んである
これを他の国で作ろうとすればかなり高額な料理となるだろう
コモンと呼ばれる普通の人間種は他の種族に対し比較的魔力量が少ない
その為魔道具も魔物由来の魔石や魔力結晶である魔晶石を使い捨てるモデルが多くランニングコストも馬鹿にならないのだ
それならばと初期投資費用の少ない普通の竈を使う店が多くなるのは当たり前だろう
「帝国で多くのエルフが奴隷にされたのも見た目や性奴隷的な意味だけじゃなくて・・・」
「料理人やメイドとして優秀だからってのが理由でも有るのよ」
風の魔法や冷却魔法に加熱魔法
それらを駆使した家電製品扱いに性処理まで出きると有れば奴隷として他の種族より人気だったのは頷ける
だからと言って奴隷制度を容認したり共感したりは出来ない
「これだけ魔道具や食文化が発展しているのに何でミリアに負けたの?」
「アリエルちゃんは痛いところを突くわねぇ」
「・・・・・・・・」
「そうねぇ」
「それはエルフと獣人が平和を愛する種族だったからかしら?」
エルフはともかく獣人は猛々しいイメージが有るため平和を愛すると言われると少し意外だ
だが身体能力に優れ戦闘に長けているからと言って皆が皆血を好むわけではない
中にはそう言う者もいるだろうがそれは個人差によるところが大きいのは他の種族と変わらない
「獣人族の身体能力の高さは戦争する為じゃなくて狩りをするためのものって事ね」
「そう言うこと」
「エルフも高い技術を持ってるけどそれは誰かを攻めるための物じゃないわ」
「誰かを豊かにする為のものなのよ」
「その結果」
「ミリアの裏切りで負けたと」
「そうね」
「そして逃げて隠れた」
「逃げ遅れた子達は酷い目にあったわ・・・」
アムネリアは遠い目をしていた
しかし何故だろう?
アムネリア達がこの大陸に落ち延びてきたのはおよそ200年ほど前の筈
バステト達がミリアから裏切られ敗戦したのはおよそ400年前
敗戦の理由は此方のエルフ達から聞いてはいるのだろうが・・・・・・
自分達の街が前の大陸で滅ぼされた原因と重ねているのだろうか?
「この反撃の狼煙は獣人だけでなくエルフにとっても待ち望んでいた機会って事なの?」
「そうね」
「私達はミリアへの怨みは抱いていても積極的に戦闘技術を磨こうとはしなかったの」
「それが本来の私達エルフの在り方だから」
「他にもいろんなエルフはいるけれど・・・」
「少なくともこの辺りのエルフはそうね」
「それは獣人達も同じかな・・・・・」
「一部の人達は戦闘技術の研鑽に勤しんでいたけどね」
「それはジン・・・・」
「ジリエラ達の事?」
「エルフは表向きはミリアに従う立場だからそうでもないけれど」
「獣人達は違うわ」
「十三氏族」
「とりわけ四大貴族と呼ばれる者達は民を護る楯となるため高い戦闘技術を磨き継承しているわ」
「この国の貴族はまだ本来の貴族として存在しているのね」
「そうね」
「獣人にとっての貴族は武力と文化の象徴で民を導く道標であり民を護る楯でもある」
「時には敵を滅ぼす剣にもなるわ」
剣と言う言葉を口にした後
アムネリアは何か思うことがあったのか手を止めて料理に目を落としていた
「国の四方の守護に文武双方の8貴族が協力してあたるの」
「そして都の四方の守護貴族」
「最後にバステト様直属の貴族で構成されているわ」
「ん?」
「四方の守護と都の守護は別なの?」
「そう」
「バステト様直属の貴族って言うのは王族とも呼ばれているわ」
「獣人の中では一番位が高くてバステト様不在の時は全権を任されているの」
「都の四方を護る貴族は四大貴族と呼ばれ王族とバステト様を護るために文武両道兼ね備えた人達」
「この四大貴族の下に四方を司る八貴族がいるのよ」
酒宴でするには些かシリアスな話だ
しかしアムネリアは退屈そうにお酒を飲みながら続けた
「獣人十三氏族も眷属を合わせると結構な数になるのよね」
「純血を守っている貴族もいるにはいるけれど」
「獣人達はあまり純血には拘らないから・・・・」
「場合によっては混血の方が身体能力高いしね」
会場を見回しても実に多種多様な種類の獣人がいる
美的感覚に違いがあるのであまりかけ離れた種同士での婚姻は稀なようだが無いわけではないらしい
獣人と半獣人が種では無く産まれる時の身体的特性による差である事が互いの容姿や体格に対して違和感や嫌悪感を受けにくいのかもしれない
「アリエルもそう言う話好きね」
「何も宴会の席で聞く話でもないと思うけど?」
先程より退屈そうにお酒を飲んでいたシンシアは幾分目が据わってきていた
「ごめんごめん」
「知らないことを話されると好奇心の方が勝っちゃうのよね」
先程の話はシンシアにとって余程退屈だったらしくかなりお酒が進んでいる
耳先は濃い桃色に染まり顔もピンク色に火照っている
お酒のせいか潤んだ瞳が宙を游ぎ肘をついて此方を見据えていた
「お母さんもそう言う話は今度にしてよね」
「今は楽しい宴の時間よ?」
「周りを見てみなさいな」
「みぃーんな楽しそうじゃない?」
大袈裟に両手を広げながら立ち上がったシンシアは右手を口に当てて叫んだ
「みんなぁー!」
「楽しんでるぅー?」
「おおーーーっ!」
「ラビアンローズさまぁー!」
シンシアの掛け声に周りの者が答え人が集まって来る
何人かが楽器を持ち寄り即席の楽団が編成されると陽気な音楽を奏だした
「アリエル?」
「貴女ダンスは踊れて?」
「ご所望ならスキルで」
「スキルはなぁし」
「ズルしちゃダメよw」
そう言いながら私の手を引くシンシアは
その胸元までピンク色に染まっていた
ー・ー
「らからねぇ?」
「あらしはぁ・・・・・」
酔っぱらいが激しいダンスを踊ればどうなるのかは言わずもがな
陽気な音色に誘われ踊り始めたは良いが4曲も続ける頃には足元はフラつき喉も乾く
私達は踊り続ける獣人達を残して早々に退散して再び飲み始めた
「らぁりよぉう?」
「ほんりゃりほかのこがきになりゅの?」
なんだろう
アムネリアの持ち込んだワインは状態異常効果耐性を持っていても酔いがまわるお酒ではある
ミモザが漬け込まれているためか爽やかで上品な甘味と芳醇な味わいがチーズや肉との相性が良い
等と冷静に分析しながら味わっているが現実は阿鼻叫喚の地獄絵図である
「わかったわかった」
「お酒も良いけどこのジュースも美味しいよ?」
「それから少しは食べないと身体に悪いわよ?」
絡み付くシンシアの世話を妬きながら料理を引き寄せジュースをカップに注いで渡す
如何に気持ちが素直になる呪が込められているとは言えそこは筋金入りのひねくれエルフ
口は軽くなったとしても中々素直にはなれないのだろう
お陰でシンシアとアムネリア両方に挟まれ絡まれているのである
「宜しければこちらもどうぞ」
「ぁあーによ」
「じゃましらいでくれる?」
シンシアは追加の料理を運んでくれた給仕を邪険に扱い追い払うと再び私にしなだれかかる
「それでぇ」
「2人はどこまでいったの?」
「おかーさまもじゃましらいれよっ」
「そんらりくっつからいれっっ!」
完全に呂律が回らなくなったシンシアは母親にさえ食って掛かる
それを宥めながらお酒をセーブしようとするが注いで渡しても自分でワインを注いで飲み始める
どうしよう?
いっそ魔法で酔いを覚まさせるか?
「アリエルちゃんは変なこと考えちゃダメよぉ?」
私の意図を察したのかアムネリアが釘を刺す
考えようによってはエルフの美女2人に挟まれているのだからハーレム状態だ
しかしそれは2人とも酔っていなければの話
今は上司2人の絡み酒に板挟みとなった平社員の気分だ
「あんらはいっつもそうら・・・」
「きがついららひろりれさひにいっひゃっれら?」
「ひろろひもひららひれ・・・・・・」
「うぐぅ・・・・・・」
「ヒック」
既に何を言っているのかさえも定かではないシンシアはくだを巻いているにしては上機嫌にも見える
アムネリアは酔い覚ましを止めたがこの酔っぱらいをどうしたいのか?
確かに今酔いから覚醒させると恥ずかしさで引き籠ってしまうかもしれない
だからと言ってこれではたまらない
「んっ?!」
「この臭いはもしかして???」
不意に流れてきた濃い脂の匂い
まったりとして独特の臭みが有りながら食欲をそそられる悪魔の香り
「あぁ」
「アリエルは日本人だからアレには目がないんじゃないかしらw」
クスクスと笑いながら耳元で囁くアムネリア
だがその言葉は既に私の耳には届いていなかった
「うんーーー?」
「もうシメなの?」
「アリエルー」
「いっぱいもっれきれー♪」
シンシアもお待ちかねだったのか取ってくるように促された
「持ってくるも何も」
「離してくれないと無理だよ」
「やぁーらー」
「たべらひー」
頬を脹らませてせがむシンシア
これでは酔っぱらいと言うより子供だ
〈伝声風〉
「すまないが三杯用意してくれないだろうか?」
魔法により突如聞こえた声に料理人は危うく鉢を落としてしまいそうになったが此方を見て親指を立てた
中ジメとして会場各所に屋台のような物が出されそこで実演しながら提供していく
それまでの雰囲気がガラッと変わり脂と大蒜の香りが立ち始めた
「まさか異世界で食べられるとはね」
「ろうへありへるはひぶんれつくれふんでひょ?」
「あらぁ?」
「アリエルも作れるの?」
「なら今度作って貰いたいわぁ♪」
呂律がグダグダなシンシアの言葉をアムネリアは難なく理解できている様子だった
確かに作れる
魔法を使えば何でも作れる
だがお酒を飲んだ後にシメの料理を作りたくはない
程なくして運ばれてきた大きな丼はどうみても普通のサイズより大きかった
「アムネリア様がいらしたので同じサイズに合わさせて頂きました」
「お口に合えば宜しいのですが・・・・」
不安そうにしている料理人を余所に湯気の立つ丼の香りを目一杯吸い込む
表面に浮いた脂とすりおろした大蒜
唐辛子に浸けられたニラ
半分に割られたゆで卵
炙られた厚切りの肉が何とも良い照り具合で肉汁を溢れさせていた
眼鏡をかけていたなら一瞬で視界を奪われたことだろう
添えられた割り箸を割って思わず手を合わせた
「いただきます」
クスクスと笑うアムネリアに目もくれず目の前の料理に集中したのだった
ー・ー
「あぁ・・・・・」
「浸みるわ・・・」
一頻り麺を食べた後で一息ついた
そう
これは紛れもなく豚骨ラーメンである
野性味溢れるその味の濃さから豚ではなく猪なのだろうと思う
見た目は豚骨のように白濁してはいるが味はもっと深く甘味を感じる
豚骨と言うより獣骨のブレンドか?
「やぁーっぱりアリエルちゃんはラーメンには目がなさそうねw」
味を確かめるようにスープを飲み麺と具材を交互に食べ進める姿を見たアムネリアは微笑みながら言った
「正直驚いたわ」
「こっちの世界では煮込む時間がかかるラーメンなんか作れないと思ってたからね」
「あらしもはしめれらわ」
「れもおいひぃわぁ」
シンシアもゆっくりだが確実に麺を啜っている
麺や肉を噛み締めながらスープを飲みまるで子供のように屈託の無い笑みを浮かべ食べ進めていた
「このラーメンが出来たのはこの10年くらいかしら?」
「まだまだ高級品なのだけれども味の荒々しさからすればあまり上品な食べ物では無いのよねぇ」
そう言いながらも麺を啜るアムネリア
このラーメンは転生者が作ったものだろう
長時間火を使う必要があるスープ作りはこの世界では異質な料理である
我々の感覚では庶民的な料理であるがこの世界ではその手間隙を考えれば高級品にならざるを得ない
こういう時は現代文明の凄さが良くわかる
そしてそれを再現できるこの国やエルフの文明と技術の高さが伺い知れる
「これだけの文明と技術を持ちながら戦争を避けるなんてね」
「兵器や用兵に転用すれば地上では敵無しでしょうに・・・・・・」
「良い国ね」
「ホント」
誰に言うとでもなく呟いてスープを飲む
アムネリアに合わせて作られたと言うが
このラーメンおそらく2㎏は有るだろう
長い時間がたてば麺は伸びるもののスープは温かいまま
表面に浮いた脂の保温効果に加え丼に保温の魔法が付与されているのだろう
有る意味魔法がある分現代文明よりも優れているような気がした
ー・ー
「アリエルって本当に日本人?」
「何ですかそれは?」
「アムネリアは散々私の事日本人だって断定してたじゃない」
ラーメンを食べ進める内に私が麺を殆ど啜らないのに気が付いたのだろう
アムネリアが疑問を投げ掛けてきた
「だって日本人って麺類は啜るものでしょ?」
「アリエルは少し啜るぐらいですぐ噛みきっちゃうし」
「スープ飲む時も啜らずあんまり音をたてないじゃない?」
「食器を扱う時も音がしないし・・・・」
「もしかして良いところの生まれなのかしら?」
「あぁ」
「それは単なる癖よ」
「子供の頃から音を立てないように生きてきたから・・・・・」
これは比喩表現ではない
幼少期親の暴力と学校での虐めを経験している
その為食べる時も何かをする時も目をつけられないように静かにいる事が染み付いていた
それは虐めに抗い相手を捩じ伏せた後も変わらない
武道武術に興味を持ってからは更に拍車がかかった
その為友人達からは気配を出してくれと冗談交じりに何度も頼まれていたものだ
「食べる時に音を立てないのはテーブルマナーの基本として意識してるからかな?」
「若い頃は飲食店とかでも働いていたし」
「食べる時も給仕する時も音を立てないのが一番だって教わったからね」
「そう言うもの?」
「私の考えではそうね」
「店員の存在感が強すぎたら気になって食事や会話に集中出来ないじゃない?」
「だから足音のしない私はウェイターとして重宝されてたわ」
「それはそれで恐いかも」
「場合によるんじゃない?」
アムネリアと話しているとシンシアはグイグイと身体を押し付け妙な絡み方をしてくる
妬いているのだろうか?
けれど話しには割って入ってこない
私の話を聞いている節もある
だが明日になってもどれだけ覚えているのやら
「ぅうーーーーー」
「いくらろんらあとろラーメンらおいひくれもれんぶはたへられらいわ」
「ありえるぅ」
「のこりたへれ」
どうやらシンシアはもうギブアップらしい
半分も食べきらない内に器を私の方へと押しやった
「良いわよ」
「これくらい楽勝楽勝♪」
何を言っているかは半分くらいしか分からないがこれくらいなら行動でどうして欲しいのか分かる
私は自分の分を平らげるとシンシアの残りを食べ始めた
「アリエルちゃんはこう言うのもシェアリングOKなのねぇ」
「それとも相手がフィーちゃんだからかしら?」
「私は食べ物のシェアリングはほぼ大丈夫よ」
「嫌な相手もいるから誰彼構わないわけでは無いけど」
「じゃあ少なくとも悪くは思ってないのね」
そう言ったアムネリアの表情が一瞬読めなかった
ひょっとして私
値踏みされてる?
内心困惑したが顔には出さずアムネリアの表情の変化に気付かないフリをしたままラーメンを食べ進めた
「それにしても」
「アムネリアっていっぱい食べるんですね」
「あらぁ?」
「そう言うのを女性に聞くのってどうかと思うわぁw」
「普通なら聞かないわよ」
「ただ・・・・・・」
「このラーメンだけでも2㎏は有るし」
「その前も良いペースで食べてたじゃない?」
「たぶんもう4㎏以上は食べてると思うんだけど・・・・・・・」
言葉に続いて視線が落ちる
「その細い身体のどこに入ってるのかなって」
「いゃん♪」
「そんなとこ見てたのぉ?」
「アリエルちゃんはエッチねぇw」
アムネリアにからかわれながらも残りの料理を残さないように食べていく
その内私の膝に僅かな重みを感じると
穏やかな寝息が聞こえてきたのだった




