リグレットとジリエラ
「では改めて」
「私がこの地を治めるグリムワース伯爵である」
「此度の来訪歓迎致す」
謁見室とでも言うのだろうか?
館の奥へと続く1本の広い廊下を進む
その最奥にある両開きの大きな扉を潜った先にその部屋はあった
廊下から続く赤い絨毯の先には2段上がって大きな椅子が備え付けられており伯爵はそこに座っていた
「グリムワース候にはご機嫌麗しゅう存じます」
「此度はお招きに預かり恐悦至極に存じます」
「まぁ堅苦しいのはこの辺りで終わりにしようか」
「別室に冷たいものを用意させてある」
そう言うと伯爵は手を2回叩いた
「候」
いきなり態度を軟化させた伯爵をジト目で責めるジン
その視線を気にした風もなく伯爵は席を立ち私達を手招きして別室へと誘った
「グリムワース候は相変わらずだにゃ」
「気さくなのは良いけど威厳が無さすぎにゃ」
フェリシアが笑いながら話す
「そう言うフェリシア殿も巫女頭ではないかw」
「それに元々俺に伯爵等と言う地位は似合わんとは思わんか?」
「じゃが爵位を受けたのはお主じゃろう?」
「受けたからには相応の立ち居振舞いはせんといかんじゃろうに」
「まぁそうなんだがなぁ・・・・」
ジンに言われて頭を掻く伯爵
どうやら爵位を受けたのには理由があったのだろう
そしておそらくその目的は達せていないようだ
「伯爵様はジンさんに頭が上がらないようね」
「昔何かあったの?」
私の質問は確信を突いていたらしい
伯爵は居心地悪そうにモゾモゾし始めジンは少し不機嫌になった
「それはワシから話そうかの」
「良いな?」
「ジンよ」
リグルの問い掛けに渋々頷くジン
リグルが知っていると言うことは昔の仲間なのだろうか?
「何から話そうかのぅ」
髭を扱きながらジンと伯爵を交互に見ながらニヤつくリグル
ジンは憮然として伯爵はソワソワと落ち着きがない
その様子から分かることは1つだ
「大方アルベルトが伯爵になったのはジンに求婚するためでしょ?」
「ブフォッッッ!!」
私の一言に伯爵は飲みかけた水を吹き出した
「あらあら汚いわね」
「誰かにかかったらどうするつもり?」
そう言うシンシアもニヤついている
「かっかっかっ」
「知っておったのか?」
「いや」
「これだけ露骨じゃとバレバレじゃなw」
憮然としているジンの顔は赤を通り越してどす黒くなっている
だがそれは怒りの感情からではないだろう
「わっわたわた私はっ!!」
「そっそっんなことっ!」
「本気なのかい?」
「いっいやっそのっっっ!」
誤魔化そうとした所をジンに睨まれしどろもどろになる伯爵
「あの求婚は子供の遊びだと思っとったんじゃがなぁ・・・・・」
椅子の背にもたれ掛かり上を向いて両手で頭を掻くジン
「いつまでも子供気分で親離れ出来ず母親に甘えてる子供のように思うとったんじゃが」
「まさか本気で私に求婚するつもりじゃったのか?」
「悪いですか?」
「私は今も昔も変わらず本気です」
覚悟を決めたのかスッと立ち上がった伯爵は優雅とも言える姿勢でジンの前に進み出る
「やっっっ」
「やめろっっっ!」
「わたっ私は不死じゃぞ?」
「もうお前の何倍も生きとるババァじゃぞ?」
「それが何だと言うのですか?」
「私には昔から変わらないジン姉様です」
伯爵はジンの前に跪くとポケットから小さな箱を取り出し中を開けて見せる
「何年も前から用意しておりましたが勇気が出せず今日まで持っておりました」
「受け取って頂けますか?」
その中収められていたのは魔力結晶化されたダイヤが埋め込まれたオリハルコン製の指輪だった
ー・ー
「結婚して下さい」
プシューーッ
「わっわたっわたしは」
伯爵からのプロポーズを前に頭から湯気をあげて当惑しているジン
「ジン」
「結婚してくれっっ」
「ふぁっ?!」
「あっあのっっそのっっっ」
逃げないところを見ると嫌ではないのだろう
立場や不死であることが返事を躊躇っているようだ
それを感じた伯爵はジンの左手を取るがジンは拳を握って抵抗する
「わっ我は不死じゃぞ?」
「お前が死んだ後も子供達よりも長く生きるのじゃぞ?」
「私に皆を看取れと言うのか???」
涙目になりながら抵抗するジン
これには流石の伯爵も無理やり指輪を嵌められずにいた
「ちょっと」
「良いかな?」
「今大事な取り込み中なのですが・・・・」
伯爵は振り返らずに応える
その声にはこのまま話が流れるのではと無念が滲み出ている
「さっきの言い方だと」
「ジンは不死じゃ無くなれば受けても良いのかな?」
「なっ」
「何を言い出すんだアンタは?」
「何百年もありとあらゆる方法を模索しても不死の呪いは解けなかった」
「それを知っていて言っているのか?」
求婚にしどろもどろになっていたジンの目の色が変わった
明らかに怒りがこみ上げ毛が逆立っている
「ジンよ」
「長き戦友よ」
「ワシが保証する」
「アリエルならばその呪いを解くことが出きる」
「嘘をつくなっっっ!!!」
「いかに白銀の妖狐と言えど古龍の呪いじゃぞ?」
「解けるものかっっっ!」
「ふむ」
「信じられないのは当たり前だよね」
「伯爵、フェリシア」
「ジンが不死で無くなれば困る?」
「わっ私としては願ったりかなったりだが」
「ワッチが思うにジンはこの国の最高戦力の一人にゃ」
「国防と言う点では困るのにゃ」
「でもジンがいなくても国は皆で護って見せるのにゃ」
戸惑う伯爵に対し試すような目でワタシを見るフェリシア
「了解」
「なら」
両手を広げた瞬間空間に魔方陣が浮かび上がる
立体的で多重構造の魔方陣は誰が見てもこの世界で見たことも聞いたこともない高度な魔方陣だと分かるだろう
「あぁ」
「やっぱりね」
「これはかなり特殊な呪いだね」
「リグルの呪いと違うのは最後の一太刀がリグルによるものだったからその怨み加減が違うって事かな?」
「どうじゃ?」
「解いてやれそうか?」
問い掛けるリグルの顔には期待の色が見てとれた
「余裕」
私は手をかざし魔方陣を操作して調整していく
本来は自分の呪いを解くための術式である
呪いの種類も強度も女神とは段違いである
そしてリグルの呪いよりも弱い
リグルの場合は古龍の呪いに加え女神からの祝福が幾重にも含まれるからだ
リグルと違い若い身体のままなのはジンが長命な獣人だからだろう
「じゃあ最終確認ね?」
「・・・・・・・・・」
「汝は病める時も健やかなる時もこの者を伴侶とし愛し添い遂げる事を誓いますか?」
「アリエル」
「それは結婚の誓いじゃない?」
「誓います」
即答で真剣に答えたのはアルベルト伯爵だった
こちらには目もくれずジンの手を取りその瞳を見つめている
「まだ呪いが解けるとは決まってない!!」
「あら?」
「じゃあ呪いが解けても伯爵はフラれちゃうの?」
「そんなっ!」
シンシアの言葉に半べそで振り返る伯爵
「そうは言ってないけど・・・・」
「いっ良いのか???」
目を輝かせてジンを見る伯爵
一喜一憂が見ていて楽しい
「ここまで期待持たせておいて解けないじゃあ済まないってわかっておるのじゃろうなぁ?」
殺気混じりに脅してくるジン
「疑うならステータス見てみなさいよ」
「何なら私が開示しようか?」
「えっ???」
「もう終わったの?」
「でも魔方陣はまだ展開したままじゃないの」
シンシアが驚くのも無理はない
この魔方陣は複数の魔法を同時に発動させ継続させながら処理し続ける言わば編集機のようなもの
術式展開中は外部からの探知を無効化しつつ周囲の魔力や魔素を集める効果が有る
「どう言うこと???」
「呪いが・・・・・・」
「消えたのか???」
戸惑うジンの言葉に伯爵が食い付く
呪いが解けたとしてもいきなりプロポーズに応えてくれるとは限らないのだが
見る限りジンはまんざらでもないようだし
「消えてる・・・・・」
「呪いが消えている!!」
「は・・・・・・」
「はははははは」
「これで私も・・・・・・・」
「天国の旦那や子供達に会えるか?」
「今はまだ生きとるしまだ先は長いじゃろう」
「不死の終わりを喜ぶより先にせねばならん事があるのではないか?」
リグルの言葉は核心を突いているようだ
ジンは黙ったまま俯いてしまった
「ジン・・・・・・」
「いや」
「ジリエラ・ファルスカイン」
「改めて願おう」
「我妻になっては貰えないだろうか?」
不死で無くなり断る理由は無くなった
もし断られるとしたらそれはアルベルト伯爵の人となりが断る理由となる
それが分かっていて恐いのだろう
伯爵の声は震えていた
「・・・・・・・・・」
「まだ・・・・・」
「もう少し返事は待ってくれぬか?」
「呪いが解けたとはいえまだ気持ちの整理がつかぬ」
「今の混乱したままで答えを出すのは貴方に悪いだろう」
「もう少しだけ」
「待ってくれ」
予想外の事態に戸惑っているのだろう
俯いたまま答えたジンの顔は
心なしか赤い気がした
ー・ー
「ぅおおおおおおおん」
「おれはっ」
「俺はどうしたら良いんだーーーー」
その夜開かれたささやかな歓迎の宴の最中
ジンは疲れたからと早々に自室へと引き籠ってしまった
その後の酒宴がどうなったかは火を見るよりも明らかだろう
「伯爵さん」
「ちょっと飲み過ぎじゃない?」
「そんな事言ったって!」
「これが飲まずにいられるかぁー!!」
昼間は気さくだが上品な印象のある伯爵だったが・・・・・
まさか泣き上戸だったのか?
「二つ返事は無いにしてももう俺にはチャンスが無いって事だろ???」
歓迎の宴の席にジンは左腕に黒い喪章を着けていた
それは伴侶を亡くした者が着ける哀悼の意を示し喪に服すると言う証
その時点で夜の宴では返事は無いと言う通告でもあった
「気を落とすな」
「不死から覚めたのじゃ」
「一度喪に服して気持ちを整理したいのじゃろう」
「まぁ今日は飲め」
「付き合ってやるわい」
リグルが慰めるが酒に付き合う分飲む量は増え伯爵の呂律も怪しくなってきた
「コヤツはな」
「以前コモンスフィアを冒険者として放浪しとったんじゃ」
「古龍を探してな」
「なぜまた古龍なんかを?」
「コイツの願いは不死じゃ」
「何のために不死を望んだのかは言うまでもなかろう?」
「まぁね」
姉様と呼んだことから幼少期からジンと繋がりがあったのは分かる
その時の憧れが恋慕に変わり今は愛しているのだろう
「ジンは獣人12氏族の長に連なる一族の者」
「正確には亡くなった旦那がその一族なのじゃがな」
「・・・・・・・・・・・」
「ジンは邪毒龍の討伐とその後の戦で多大な功績をあげた英雄じゃ」
「並みの身分では求婚すら許されんじゃろう」
リグルは少し思いを巡らせると再び口を開いた
「この王国が未だ地上にあった頃」
「2つの災いが国を襲った」
「2つも?」
「そうじゃ」
「1つは邪毒龍グークスニルの襲来」
「もう1つは?」
「女神ミリアの侵略じゃ」
「邪毒龍に襲われ兵力を失った隙を突かれた」
「そのせいでこの国は滅亡した」
グークスニルはダンジョンから這い出し周囲の国を滅ぼした
それを迎え撃つ為国境を越えミリア教を始めとする連合軍が結成された
その主力討伐隊としてリグレット率いるパーティーを含めた複数の冒険者達が戦場に駆り出されたらしい
「グークスニルはダンジョンから這い出た後幾つもの街や村を滅ぼし北上を続けていた」
「ワシとジンは始めは別々のパーティーじゃった」
「激化するグークスニルとの戦闘で幾つものパーティーが潰され生き残りを再編成して再び挑む」
「その繰り返しじゃった」
話し始めたリグルの声は低く声色も穏やかで宴の喧騒に掻き消されそうだった
しかし話し始めて間も無く誰もが黙りその言葉に聞き入っていた
「南方から迫るグークスニルを迎え撃つがそのブレスはあらゆる物を侵し腐らせ溶かしてゆく」
「岩が泡立ち剣は溶け去り誰もが絶望した」
「その時北よりエルフの戦団が援軍に現れたのじゃ」
「エルフ達の魔法で進路を反らしウェルクスから西へと誘導した」
「ワシはあの時初めて天の軍勢を目の当たりにした」
「強力な光の矢がグークスニルを穿ちその槍が翼を切り裂いた」
「じゃが・・・・・・」
リグルはふと遠い目をして天井を見上げた
「奴のブレスは天使達には防げなんだ」
「奴は対天界用とも言える固有スキルを持っていたんじゃ」
「何人もの天使兵が倒れ我らもまた倒れていった」
「ワシらは4度目の再編成で出会った」
「ジリエラは同じパーティーメンバーであった夫を亡くし復讐に取り憑かれておった」
「聞けばジリエラ達が討伐に参加したのは奴に家族ごと街を滅ぼされたからじゃとか」
「街を失い家族を殺され最後は夫まで・・・・」
「可哀想なものよ・・・・・・」
リグルはエールを一気に飲み干すとそのジョッキを暫く見詰めていた
「最後はロスガルン高地でエルフ達の作った嵐の結界の中」
「天界の加護を受けたワシらが突撃した」
「槍のような光の矢が降り注ぎ天使兵が邪毒龍の注意を引いた」
「じゃが邪龍は光耐性を持つ天使にとって最悪の天敵じゃった」
「天使達は援護と足止めぐらいしか出来ず散りながらもワシらを全力でサポートしてくれたんじゃ」
「そして他の殆どの冒険者パーティーが全滅したがワシらは奴の喉元まで迫った」
ゴクッ
誰かの固唾を飲む音が聞こえた 誰もが真剣にリグルの語りに集中している
「懐に飛び込んだジリエラが下から奴の顎を貫きブレスを防いだ」
「邪毒龍の反撃からジリエラを守り仲間が倒される中グラムがその前肢を切り伏せワシがその首を落とした」
「その時じゃ」
「ワシら6人が不死の呪いを受けたのは」
リグルのパーティーメンバーと言うことは必然的に邪毒龍グークスニルが絡むとは思っていた
しかし思っていたよりも遥かに壮絶で世界を震撼させる程の大惨事だったのだと知った
「じゃが悲劇はそこから始まった」
「女神ミリアは邪毒龍グークスニルを呼び込んだのは獣神じゃと言い放ち天使兵達は獣人達に襲い掛かった」
「この一件から獣神はこの異空間へと隠れ地上に残った獣人は奴隷へと落とされたんじゃ」
「でもどうやってミリアの追撃を逃れたの?」
シンシアの疑問はもっともだ戦争中に相手を見逃す事など有りはしない
「多くの民が離散し逃げ惑う中」
「獣神が天使兵を一手に押さえ込む間に王達は民を連れて逃げた」
「壮大な撤退戦じゃった」
「先行した部隊が各街や村を周り民を引き連れ脱出する」
「それを受け入れながら一路有る場所へ向かった」
「それってまさか・・・・・」
「そうじゃ」
「邪毒龍の這い出してきたダンジョンじゃ」
この異空間へ直接向かえば直ぐにバレるだろう
同じ異空間であるダンジョンならば可能性は有る
有るには有るが・・・・・・
「獣神はそのダンジョンに一縷の望を託した」
「高濃度の魔素に導かれる幽霊都市」
「その都市に賭けたのじゃ」
「それはもしかして彷徨える都市?」
「そうじゃ」
「アリエルならば分かって当然じゃわな」
「だってあの時リグルは大して驚いていなかったもの」
「でもあそこに逃げ込んだところで任意に移動なんて出来なかったでしょう?」
「そこがもう1つの賭けじゃ」
「当時のあの都市は魔力や魔素を補給し終えるとアンカーを外して移動しておった」
「今思えばかの王は異変に気付き我等が避難するのを待ってくれたのであろうな・・・」
当時霊体であった彼等と交信する事は出来なかったのだろう
それでもダンジョンを切り込み隊に続き難民が押し寄せて来たのは見て分かったはず
無人の都市を見つけそこに入り込んだ難民が邪魔でない筈はない
霊体となってはいたがそこは彼等の家であり街である
勝手に住まれて良い気がするわけがない
「ワシらは殿を任されダンジョンの入り口で戦っていた」
「最後の民間人をダンジョンへ見送るとワシらも腹を括った」
「外で戦っていた者は死ぬ気だったのね?」
「・・・・・・・・・」
「ダンジョンに逃れたとて追手は必ずワシらを探し出すじゃろう」
「じゃから死ぬ気で守ったんじゃ」
「でも死ななかったわけね?」
「獣神はワシら全員をダンジョンへ放り込むと地上を爆破した」
「その後ヴァンデラーブルクに皆が入ったのを確認するとダンジョン核を抜き去りダンジョンを崩壊させたんじゃ」
「2度と溢れ出さんためにな」
リグルは簡潔に話しているが実際は簡単にはいかなかっただろう
それにしても女神ミリア
共に死線をくぐった者達をその場で切り捨て戦わせるとは




