ドルジュ
「ここは料理も美味しいわね」
「評判なだけあるわ」
「ウチ程じゃないけど内装も良いわね」
ここはホテル・ヴァレンシアグループに並ぶ高級ホテル〈ドルジアーノ〉
この世界のホテルは基本的に素泊まりなので人数よりも部屋数で値段を決める事が多い
この世界のお金持ちは商人か冒険者である
そして行商人は1人で豪華な部屋に泊まることはあまり無い
商人はもっぱら金庫付きの部屋を好みこのようなスイートクラスを使用するのは景気の良い冒険者が殆ど
その為基本的に6人パーティ向けの部屋が多くホテルの上階はほぼスイートクラスで作られている
「お酒もまぁまぁ良いワイン置いてるじゃない」
「そうね・・・」
「エールも美味しいけどやっぱり他と大差無いわね」
1階と2階は吹き抜けの酒場件レストランで3階から4階までが個室
5階は大部屋でパーティ向けだが寝具は無い
6階以上は各階貸し切りで中央の共有スペースと幾つかの個室で構成されている
この6階以上がスイートクラスでスイートルームとロイヤルスイートを隔てるのは調度品ではなくサービス内容である
「部屋が空いてて良かったわ」
「まぁ」
「高い部屋は余りがちだからね・・・」
「ここは冒険者向けの中でも女性をターゲットにしてるお店なのよ」
「それで果物や甘いメニューが多いのね」
「そう言うこと」
「ま、それだけじゃないけどね」
吹き抜けの2階席に陣取りお酒を飲みながら夕食をとっていた
道すがら食べ歩いて来たがこのメンバーで足りる筈もなく旅の疲れを癒すため腰を据えてお酒を飲むことにしたのだ
「賑やかだけど上品と言うか・・・」
「騒がしくはないよねw」
シンシアはカップのワインを飲み干しそこへクロエが陶器のボトルからワインを注ぐ
階下を見下ろすと冒険者達が多く2階席は比較的商人や1人か2人の少人数が多い
「ここは冒険者向けと言うよりは・・・」
「このホテルは少し高めだからね」
「ここを根城にしている冒険者は上位クラスだと思う」
再びワインを飲み干し店員を呼んで新しいボトルを頼む
このホテルに限らず個室は賃貸契約出来る所が多い
連泊と賃貸の違いは管理にある
連泊だと毎日従業員が掃除してくれるが賃貸契約だとそう言うサービスは無い
勿論別料金で掃除は頼めるが殆どの冒険者は自己管理する為連泊より安く借りることが出来る
「それじゃあまぁそろそろ上がりますか」
お酒と軽く食べられる物をルームサービスで頼むと7階まで上がった
各々部屋を選び装備を解くと楽な格好になって共有スペースに集まった
そこにルームサービスのお酒と食べ物が届けられ各々寛いでいる
「寛ぐのも良いけどお酒は程ほどにねー」
一声かけると奥の部屋へと入った
そこはタイル張りの部屋でバスタブが置かれていた
このホテルを選んだ理由は食事もだがこのバスタブにある
陶器製のバスタブの底にはコルクを仕込んだ鉄の栓が付いており排水は外壁から外の雨樋に流される仕組み
このようなお風呂が備え付けられているホテルは珍しくヴァレンシアの系列以外ではそう多く無い
本来はホテルマンに頼んでお湯を満たす必要が有るのだが私達は自分で用意できるため頼む必要はない
「あまり期待してなかったけど・・・」
「結構良いお風呂持ってるじゃない」
この街には風呂に入る文化があり銭湯も有るのだがこのホテルからは湯冷めしてしまいそうなぐらい遠い
湯船に浸かると言うのは贅沢であり温泉地以外では中々見られるものではない
大きな桶にお湯を入れて貰い身体を拭くのが一般的であり高級ホテルでも魔法でシャワーを浴びる所も多い
「流石にシャワーの設備までは無いか」
「それでもバスタブが有るだけでも良いよね」
シャワーの魔法は難易度もそう高くないので使える人を従業員として雇うことも多い
そしてその従業員が娼婦や男娼を兼ねている事も有る
勿論全てが娼婦の兼業と言うではなく元貴族のメイドや乳母だった人も引退してこのお湯係をする事も有る
「さて・・・」
「少し熱めにしようかな?」
魔法で温水を創造しバスタブに魔法で適度な熱を付与すると裸になり湯船へとからだを沈めた
「ふぅ・・・・」
「やっぱアタシは日本人だわw」
これだけ長く旅をしたのはいつ以来だろうか?
そもそも何ヵ月も放浪するのは初めてではあるのだが若い頃バックパッカーとして外国で暮らしたことはある
それでもその時は拠点となる街を定めていた為ずっと移動と言うわけではなかったし異国であった異世界ではなかった
そしてあの頃は生身の人間だった
「身体機能に問題は無さそうね」
「お湯の温かみを感じられるしお湯の感触も水圧も感じる」
湯船から上がると魔法で水を弾き乾燥させると脱いだ服に〈清浄化〉の魔法をかけてから身に付ける
お湯に〈浄水〉の魔法をかけて風呂場を後にした
「お風呂沸いてるよー」
「浄水魔法もかけてるから綺麗なお湯に入れるわよ」
「風呂に入れるのは有り難いわね」
「それではシンシア姉様」
「支度致しますね」
クロエが個室の中へ消えると直ぐにシンシアの着替えを持って出てきた
クロエとシンシアは魔法で温水を作り出せるしシャワーも出来る
私が用意しなくても初めから風呂に入るつもりで用意していたのだろう
「良かったら先に入らせて貰っても良いかのぅ?」
「明日は朝早く商会に顔を出すつもりじゃから早目に風呂に入って寝ようかと思うんじゃ」
「お先にどうぞー」
「私はもう少し飲んでからにするわ」
シンシアは陶器のボトルを空けると新しいボトルの栓を抜く
久し振りのホテルのせいかシュネーの目はトロンとして眠たげな顔をしていた
あっという間に夜も更け順番に風呂に入るとそれぞれの部屋で眠りについた
ー・ー
「久し振りに良く寝た・・・」
眠そうな顔をしたシンシアが部屋から出てきた
はだけた部屋着のお腹に手を突っ込んだまま歩く姿からリラックスしているのが分かる
いつもは夜明けと共に起きて支度をするのだがやはりホテルと言うこともあり朝は遅い
共有スペースのは朝食と果物が置かれており水の入った陶器のボトルはまだ冷たかった
バスルームには水で満たされた大きめの壺が置いてある
洗顔用に用意されたものだろう
「クロエとリグルはもう行ったわよ」
「そっか・・・・」
「今日は自由時間だねー」
寝惚けた声でシンシアが答えるとシュネーに連れられてバスルームへ向う
顔を洗ったシンシアはスイッチが切り替わったようにテキパキと身仕度を済ませ朝食ん済ませた
「アリエルは今日何して過ごすの?」
「別にやりたい事も予定も無いかな・・・・」
「あ」
「何かやりたい事思い付いたの?」
「別に何もないかな」
「強いて言えば素材の買い出しか・・・」
「シンシアはどうするの?」
「そうね・・・」
「食べ歩きしながらお買い物なんてどうかな?」
「それも良いわね」
「今から行く?」
「そうね・・・」
「ってアリエル」
「まさか丸腰で行くの?」
「何かおかしい?」
「この街は治安が良い方ではあるけどスリもいるし冒険者がたくさんいるわ」
「冒険者ならたとえ街中でも短剣や短刀くらいは持ち歩くわよ?」
「無くても問題無いけど・・・」
「見た目は必要かしらね」
いつも解体で使っている短曲刀は目立つだろう
代わりに予備として作っておいた細身の短剣を腰に吊るす
「アリエルさん?」
「なぁに?」
「そんな細身の短剣を使うのは暗殺者か貴族ですけど?」
「うわぁ」
「これも地雷装備なんだ・・・」
仕方がないので趣味で作っていた短剣と取り替える
「これでどう?」
「まだ目立つけど仕方無いわね」
「目立つって言うならシンシアの方が目立ちそうだけど」
「この街は中央や田舎と比べればまだ亜人が多いからそんなに目立たないわよ」
街へ繰り出すとシンシアの言うことは正しかった
割合で言えば全然少ないのだがチラホラ獣人がいて更に少なくはあるがエルフやドワーフらしき人ももいる
私達が泊まった宿は中央方面の第一防壁の近くでこの辺りの人達はお金持ちか高位冒険者が多い
中央都に向かう方向のせいか比較的東側の方が飲食店が多い
「以外とエルフ率高い?」
「この街はシェラ皇国が近いからね」
「北にある国境の街まで行けばここよりエルフは珍しく無くなるわ」
「あの人はドワーフ?」
「良く分かったわね」
「鑑定したの?」
「鑑定はしてないわ」
「背が低めの割には腕や脚が太くて逞しいじゃない?」
「髭面ではないけどそうかなって」
「若いドワーフは髭を生やしてないのよ」
「ドワーフには鉄の掟があってその中には50歳を超えるまでは髭を伸ばさず旅に出なければならないの」
「鉄の掟?」
「そう鉄の掟」
「詳しくは知られてないけど30歳くらいまでは工房で技を習い試練を受けるんだって」
「そして試練を乗り越えた若者だけが旅に出る」
「そうなんだ」
「優秀な職人であると同時に屈強な戦士でもある」
「だから冒険者や傭兵として旅するドワーフも多いわね」
「その割には田舎では見なかったような・・・」
「ドワーフは目的があって旅する場合が多いからね」
「山間部に近い町だとドワーフが居ついていることがあるわ」
そのわりにはノッキングヒルではドワーフを見かけなかった
ドワーフ的には魅力がなかったのだろうか?
街を散策するついでに冒険者ギルドでゴブリンの魔石を20個ほど換金した
「ゴブリン1匹につき銀貨10枚か・・・」
「命懸けで戦っても1匹だと1日分の生活費ってところね」
「依頼の達成報酬が無かったらゴブリン狩るだけじゃとても食べていけない」
「でもシンシア」
「それってゴブリンが日常的に出る弱い魔物って事よね?」
「アリエルは察しが良いわね」
「ゴブリンは臆病でダンジョン内でもない限り1匹で人を襲ったりしないわ」
「妖魔と呼ばれる彼等にだって知性は有るし指導者さえいれば国だって作る」
「魔物も亜人と同じなのよ・・・・」
「じゃあ話し合いも可能って事?」
「話し合うことは出来るわ」
「けれど彼等の道徳観念は私達とは違うし多くのゴブリンにとって私達も言葉を話す肉と変わらない」
「狩の獲物なわけね」
「そう言うこと」
「それとね・・・・」
急にシンシアは私の腕を取って引き寄せると声を潜めて耳打ちした
「あまり知られてない話なんだけど・・・」
「転生者やエルフの体内にも魔石が生成されるの」
「えっ???」
「それって!!」
「シッ!!」
「声が大きい!!」
「それとね、転生者の子孫にも魔石が確認されることがあるのよ・・・」
魔物と動物の差が気になっていたのだが・・・
この事を考えると魔物は転生者と同じ異世界のルーツを持つと言うことではないのか?
ならば転生者に所縁の無い人間や動物だけが本来のこの世界の住人で魔石を生む存在は全て異世界からやって来た者達やその末裔と言うことか
それならば全ての神々や魔法すら異世界由来なのだろうか?
「なんだか興味深いわね」
「私もアリエルの仮説を聞くまでは大して疑問に思わなかったし異世界だからそんなもんって思ってた」
「でもあの仮説を元に考えるとやっぱり・・・」
「いろいろ思うこと有るよね」
「でも取り敢えずは今を楽しみましょ♪」
「まだ先は長いんだから」
「ならそろそろお昼にしない?」
「今なら評判のお店でも並ばず入れそうだけど」
「良いね」
「さっきの銀貨が無くなればまたどこかのギルドで換金しましょ」
このドルジェは街が大きく冒険者も多いので冒険者ギルドも複数有る
冒険者ギルドも本部こそ統一されているものの支部はそれぞれの支部長によって運営され方針も違いがあるらしい
先程換金したギルドは街の南に位置するギルドで比較的街中の依頼が多く東側だと護衛依頼が多くなる
有る意味冒険者の目的によって住み分けがなされているのだった
ー・ー
「なぁなぁネェチャン達よぉ」
「冒険者なんだろ?」
「だったら俺達のところに来なって!」
「ベテランも多いし悪いようにはしねぇからさぁ?」
さっきから絡んでくる妙に馴れ馴れしいこの男
名前はなんと言ったか?
不快極まりないため名前を覚える気すらおきない
「貴方達が私達より強いとは到底思えません」
「顔を洗って出直されては如何?」
長身で金髪を短く刈り込んだ戦士らしい男に冷たく言い放った
シンシアは自然体で相手と距離をとりシュネーは全身の毛が逆立っていて今にも引っ掻きそうな雰囲気だ
「それは聞き捨てならねぇな?」
「その細腕で俺達より強いって?」
黒髪で華奢な印象のイケメンの目が鋭く光る
使い込まれているのに艶を消された皮鎧を身に付けたその男は足音が無く軽く常に膝を曲げている佇まいから盗賊か暗殺者なのだろうと思われる
「お嬢ちゃん達この辺りは初めてかい?」
「俺達はこの街の東側を仕切ってるクラン〈ドルグスフィア〉のメンバーだって知っての態度か?」
「改めるなら今の」
「うっさい」
「こんな三下の躾も出来ないようならドルグスフィアも大したこと無いわね」
「何だとこらぁ!!」
「大人しくしてりゃあ付け上がりやがって!!」
男の仲間らしき2人が素早く散開して半円状に囲んでくる
「喧嘩だぁー!!」
「冒険者が喧嘩を始めやがった!誰か早く騎士を呼べ!!」
蜘蛛の子を散らすように人が離れると同時に野次馬に囲まれる
遠巻きに人垣が生まれまるで闘技場のようだ
これでは逃げられない
と言っても逃げる必要は無いのだが・・・
「俺達に逆らってただで済むと思うなよ!!」
「因縁付けといてやりあう前から負け惜しみ?」
「弱い犬ほど良く吠えるって言うけど本当ね」
「ぬかせっ!!」
流石に抜刀しないだけの理性は有るようでリーダー格とおぼしき男が殴りかかってきた
フッシュッフヒュヒュッ
大口を叩くだけの実力は有るようで素早い連続攻撃が空を切る
シュッ
ズドンッ!!
連続攻撃を難なく躱しつつ最後の一撃を右手で剃らしカウンターで腹に掌底を叩き込んだ
「ごっブッッ」
動きの止まった相手をそのまま地面に転がすと男はそのまま腹を抱えて踞る
「やりやがったな!!」
残る4人は一斉に剣を抜き襲い掛かってきた
「いい加減にしろバカどもぉぉおおお!!」
野太い男の声が周囲に響き渡り大気を震わせる
単なる大声と言うよりスキルのようだ
「また貴様等か!!」
「クランの名前に泥を塗りやがって!!」
「今度と言う今度は許さん!!」
「全員捕らえろ!!」
男の号令の元四方の人垣から冒険者達が割って入り抜刀した男達と対峙する
「そんなっ」
「おっ俺達は何も・・・」
「まだ言うかっ!!」
「自分達が因縁付けた喧嘩で剣を抜くとは恥を知れっ!!」
「明日からも冒険者でいられると思うなよっ!!」
言うや否や男がさっと右手を振り上げると現れた冒険者達は身構え振り下ろされると同時に襲い掛かる
チンピラ達は剣を振り抗うが瞬く間に制圧され後ろ手にロープで縛られると連行されて行った
「すまない」
「お嬢さん方迷惑をかけてしまったな」
「悪いがクラン本部までご足労願えないだろうか?」
「なに、悪いようにはしない」
「迷惑をかけてしまったからクランとして謝罪したいのと詳しく事情を聞きたいんだ」
「楽しいお買い物も台無しね」
「まだ私達に手間をかけさせる気?」
「いや、迷惑なのはわかっている」
「だが仮にもメンバーが迷惑をかけてクランがキチンと謝罪しないわけにはいかん」
「どうか来てもらえないだろうか?」
「はぁぁぁぁ」
「気乗りしないわね」
「どうするシンシア?」
「茶菓子ぐらいは出るんでしょうね?」
「勿論手配させてもらう」
「じゃっ」
「仕方無いんじゃない?」
「仕方無いわね」
心底ウンザリした表情で男達の後について行く事にした




