北上
「前から思ってたけど・・・」
「アリエルってたくさん食べるよね」
熊退治から一夜開け村はお祭り状態
討伐そのものは一瞬で終わったのだが捜索に時間がかかっていたので村に戻れたのは空も白み始めた夜明け前だった
「身体はこんなのでもお腹は空くのよ」
「何も食べなくても魔力だけで生きられるんじゃなかった?」
「それと呪文回転筒だったっけ?」
「回すだけで魔力供給できるんでしょ?」
「アレは無暗に使えないわ」
「起動コストもそうだけど魔力の発生量が膨大で制御出来ないから・・・」
「1度回したら周りに高濃度の魔力地帯を発生させちゃうのよね」
「呼吸で得られる魔力だけではとても消費しきれないわ」
「だから結局は生きるために何かを食べる必要が有るのよ」
村長が討伐祝いのためにと潰してくれた羊の串焼きを頬張りながらシンシアと話していた
リグルは離れた所で村人相手に酒を飲みながら楽しそうに話している
「いやぁー」
「お二人が熊の頭を担いで戻ってきた時は肝を冷やしましたよ!」
赤ら顔で声をかけてきたのは村の入り口にいた見張り番だった
流石に熊は大きすぎたので解体して保管魔法に入れ頭だけを持ち帰ったのだ
「あんなのに襲われてこの村はよく無事だったわね」
「無事と言うかなんと言うか・・・」
「犠牲になった人達が命懸けで守ってくれましたからね・・・」
「でももう対抗できる術が無くなったので村を捨てる覚悟を決めていたところです」
酔っ払った見張り番を支えるように村長がやって来て話を繋ぐ
「もう少し遅かったら此処は廃村になってたわけね」
「皆さんには感謝しています」
もう何度目になるだろうか
深々と頭を下げる村長
それを見た村人たちが感謝と賛辞を叫び出しそれに続く乾杯
なけなしのエールやワインを飲みながら貴重な筈の羊を頬張る姿は本当に嬉しそうだ
村の中央では音楽が鳴り響き皆がダンスに興じている
リグル商会の馬車は明け方に熊が退治された事が確認できて安心したと言い残し出発していた
「戻りました」
宴に興じる村人達の合間を縫ってラルクが戻ってきた
彼女は私達と入れ違いで偵察に行っていたのだ
「どうだった?」
「巣穴を見付けましたがこれと言って目だった物は何も見付かりませんでした」
「熊も1頭だけだったようです」
「ありがとう」
「折角だからラルクも何か食べなさい」
「いただきます」
ラルクが席に着くと村の若者がお酌をするためやって来た
本来こう言う接待をする相手は男が多く若い娘が給仕をするのだが私達はリグルを中心にしたハーレムパーティーである
村長も考えた末若い娘はリグルを接待し私達は若い男衆に接待させる事にしたようだ
「浮かれるのは構わないけどそろそろ此処を出発したいわね」
「そんな・・・」
「せめて今夜は泊まっていってください」
「昨夜は徹夜だったのでしょう?」
村長の申し出は有り難いのだがこのまま此処で一泊すると夜に若い男衆を差し向けられかねない
リグルもお爺ちゃんとは言え若い娘をあてがわれればどうなるか・・・
「1日くらい徹夜しても平気ですよ」
「それよりもまだ先は長いのであまり長居するわけにはいきません」
「そうですか・・・」
明らかに肩を落としがっかりした村長を尻目にラルクはリグルを呼びに行った
テーブルを見回すとシンシア達も同じ気持ちだったらしく既に旅支度は済んでいる
「それじゃあ行きますか」
席を立つシンシアの横で給仕をしていた青年の顔が赤かったのはお酒のせいでは無いだろう
彼等は給仕をしている間極力お酒を口にしていない
その彼等の顔に落胆の表情が浮かぶのは無理からぬ事だろう
きっと給仕に着く時村長から夜の事を聞かされていただろうから・・・
「じゃあ皆さんもお元気で!!」
「ありがとうございました!!」
「また来てくださいね!!」
盛大な見送りの中北を目指して村を出たのだった
ー・ー
「うにゃぁー」
「差別を感じたのにゃ」
「シュネーは気に入った男の子いたのですか?」
「別にそう言うわけじゃ無いのにゃ」
村の宴で給仕の男の子達が私やシンシアばかりに寄って来たのをシュネーはぼやいていた
この国では比較的獣人は珍しく田舎ともなれば偏見もある
接待しろと言われても出来るだけ獣人の2人より私達に取り入ろうとするのは仕方の無い事だろう
村長から「夜の事」を示唆されていたなら尚更好みの方へと行きたがるのは無理も無い
「どっちにしてもあんな田舎で男の子あてがわれてもねぇ・・・」
「やっぱり旅人から子種を貰おうとするのは田舎じゃからしょうがないのぅ」
「そんな事言って鼻の下を伸ばすもんじゃ無いわよw」
シンシアの一言にバツの悪そうな顔をするリグル
後妻を娶るつもりが無くても関心が無いわけでは無いらしい
不死者でもそう言う欲はあるのだろうか?
「時間はとっちゃったけどお腹はいっぱいねw」
「久しぶりのマトンは美味しかったのにゃ♪」
「あのトマトとマトンのシチューは美味しかったですね」
クロエとシュネーは美味しいものが大好きだがクロエは作る方に興味がありシュネーは食べる専門と趣旨が違う
今回のシチューの作り方はクロエも興味があったらしいレシピを聞いていた
「それにしても・・・」
「剣爪なんてこの辺りにいたっけ?」
「ワシの記憶ではもっと北に住んどる筈じゃ」
小首を傾げて呟くシンシアに先頭を歩くリグルが応えた
「ロスガルンの件と言いザグル襲撃に今回の件・・・」
「こう言う事ってこんなに重なるものなのかしら?」
「シンシアの言う通りなんだか悪意を感じるわね」
「女神には虐殺に走らないといけないような理由あるのかな?」
「それはどうでしょうか?」
「少なくともミリア教はこの周辺各国で順調に広まっていると思います」
「クロエの言う通りね」
「ミリア教としては改めて脅威を振り撒く必要は無さそうだし新たに勇者を誕生させる意味があるとは思えない」
シンシアはクロエに振り返り後ろ向きに歩きながら話す
何もやることが無い旅ではつい暗い話題が続いてしまう事がある
「お腹一杯すぎて眠くなってきたにゃ・・・」
振り返ると最後尾のシュネーが眠そうに目を擦りながら徐々に遅れ始めていた
空を見上げると太陽は少し傾き始め次第に影が伸び始める
「1度休憩しましょうか」
一行は少し街道を外れ開けた場所を見つけると休憩することにした
シュネーは座りながら船を漕ぎ始めクロエもつられて頭が揺れている
昼間とは言え無防備に休むことは出来ないのでラルクが見張りに立ちリグルも腰を据えて革袋の水を口に含んだ
ー・ー
「リグル?」
切り株に座り動かないリグルを呼んだが返事がない
ゲシッ!
「のわぁっ!!」
私に蹴られて切り株から落ちたリグルが慌てて目を覚ます
「なんじゃ?」
「いつの間にか寝ておったのか???」
「様子がおかしいわ」
「皆を起こして」
トーンを落とした声に異変を感じ取ったリグルはシンシア達3人を揺さぶり起こす
「ラルクはどうしたのかしら?」
ざっと見回すが彼女の姿が見えない
魔力関知で探すと思ったよりも遠くにいることがわかった
「皆起きた?」
「アリエル、ダメじゃ3人とも起きん!」
「少し待ってて」
「ラルクを連れてくる」
言うや否や猛然と走り出しラルクのいる筈の場所へ急行する
「ラルク?」
声をかけたが無反応で木にもたれ掛かる彼女を見て懸念は確信に変わった
「攻撃を受けてる・・・」
素早くラルクを担ぎリグルの元へ戻る
ガシッ!
「うがっ?!」
「なんでまた寝てるのよ!」
「状態異常攻撃を受けてる!」
「全方位警戒!!」
「なんじゃと?!」
慌てて剣を掴むリグル
眠った4人を集めて遮断結界をかける
「シンシア?」
「起きて」
揺さぶるが何の反応も無く振り向くと再びリグルが眠りに落ちていた
「魔法攻撃じゃないのか・・・」
5人を鑑定してみるが毒や呪いでは無いようだ
「魔法じゃないし呪いでもない・・・」
「毒も検知されないのに眠る理由は?」
考えても仕方がない
結界の外に出て辺りを見回すがとても静かで何の異変も無い
「おかしいわね・・・」
てっきり魔法や呪いで攻撃されたのだと思っていたけれど何かが攻めてくる気配はない
村で毒を盛られたのかと疑いたくなるが村から誰かがつけているような気配もない
「これはもしかしてアレかな?」
「原生植物的なトラブルかもしれない」
静かすぎる森に違和感を覚え下生えを掻き分け森へと踏み入った
日光が遮られるにつれて次第に下生えは薄くなり辺りを見回せるようになってくる
「獣道があるね・・・」
「何処に続いてるのかな?」
鳥の囀ずりすら聞こえない森の中に川のせせらぎだけがこだまする
辺りを注意深く観察しながら獣道を進んでいくと少し先に小川が見えてきた
この獣道は水場へ通う獣が作ったものらしい
「少し上流を確かめてみようか・・・」
川に異常が有るとすればその原因は上流に有るだろう
川が怪しいと言うわけでは無いが手掛かりが無い以上上流を調べる価値はあるかもしれない
「この川意外と水量多いのね・・・」
「川の水が濁ってる?」
最近上流で何かあったのかもしれない
急いで川を遡上する
小さな滝の周りには大小様々な木片や魚の死骸がうちあげられている
濡れて色の変わった地面と水面の差から最近氾濫したのだろうと思われる
「こんな小川で氾濫って・・・・」
「ダムでも壊れたのかな?」
「腐敗はしていないからそんなに時間はたってないのかも知れない」
熊を始め鹿やリスなどの小動物、小鳥や魚の死骸も散乱しておりさながら死の森と言う印象を受けた
「相変わらず毒も呪いも無い」
「でもこれは異常ね・・・」
私は駆け出し一気に川を遡上する
川の両岸は次第にせり上がり小さな谷状に変化していき両岸の木が不自然に薙ぎ倒され木の破片等が更に多く散乱している
「やっぱりダムか・・・」
下流側へと折れた木々の向こうに小さな滝が見えてきた
滝の両岸は岩肌と言うより岩と木々が折り重なった粗雑な壁と言う印象をうける
その両側は鬱蒼とした木々が生い茂りその隙間からは両側に壁が続いているように見えた
「これってビーバーが作るダムに似てるわね」
「それが何かの理由で決壊したのか」
加速して近付いていくとダムの周りに幾つか動く影を見つけた
「何あれ?」
「ビーバーにしたらデカすぎる」
広範囲に薙ぎ倒された両岸は決壊で薙ぎ倒された為見通しが良く離れていてもその姿が確認できた
壁の周りで蠢く黒い影の周りにふた回りは小さな影が動いている
小さな影は時折銀色の光を反射しているが遠目で見てもジリジリと川下方向に下がっており劣勢に見えた
「誰かが襲われている?」
「いや、討伐に来て返り討ちにあってるのか!」
更に加速しながら背負った楯を装着し抜刀すると速度を落とさず剣を水平に構えた
所々に人が倒れそれを襲う熊
4mは有りそうな巨大な熊が6体おり絶対的強者の余裕なのか仲間が戦闘中なのに襲った人間を貪る熊もいる
私はその熊に狙いを定め頭に強烈な一撃をお見舞いした
ガゴンッ!!
「ガァアアアアッ!!」
楯で頭を強打された熊は仰け反り怒りの咆哮を上げる
「ガァアアアアッじゃ無い!!」
咆哮で開いた口に突き立てられた剣は頭蓋骨を貫き脳を破壊する
白目を向いて力が抜けていく熊を再度楯で強打して後ろへ倒すと襲われていた人へ視線を移す
「ゴッゴプッ」
「た・・・・たす・・・・」
「しに・・・・」
革鎧に身を包んだ少女は腹は無惨に大きな穴が空き血が噴き出していた
短く回復を唱えると見る間に傷が塞がり血が止まる
「離れていなさい!」
それだけ言い残すと直ぐ様翻り鉄の鎧を着た大柄の戦士にのし掛かり今にも食い付こうとしている熊を背後から強襲する
ガンッッゴスッッ!!
楯で横面を殴り付け少し浮いた身体に回し蹴りを放ち怯ませると熊は反射的に立ち上がり怒りの咆哮と共に私へと向き直った
「威嚇するのは悲しい野生の性ね」
先程と同じく開いた口に剣を突き刺し脳を切り裂かれた熊はビクンッと身体を震わせそのまま倒れた
「誰かはしらんが・・・・」
戦士は何か言いたかったようだがまだ4頭残っている
聞く耳持たず次の熊へと襲い掛かる
「ゴガァアアアーー!!」
流石に2度仲間の咆哮を聞いた熊たちは私の方へ振り返り目の前の戦士を無視して突撃してきた
「4方向同時攻撃?」
「お馬鹿な獣が連携なんて取れるのかしら?」
各々に殺到する熊の中で一番大きな個体を探す
「銀背・・・お前がボスね」
一番壁側で戦士達と戦っていた個体である
その巨体は他の熊に比べても更に大きく目だった外傷は無い
相対していた冒険者達を圧倒し歯牙にもかけていなかったのだろう
だが・・・
「ハッ!!」
私は熊の手前で飛び上がり上からハンマーのように楯を振り下ろす
ガザッ!!
ボス熊は人との戦闘に馴れているのか前肢を踏ん張ると左へ飛び退き楯の一撃を躱す
「生意気!!」
ボス熊の対峙するが背後に迫る熊の気配にその場を飛び退いた瞬間トラックのような巨体が脇をすり抜ける
「意外と連携とるのね」
私に躱された熊をボス熊は怒鳴り付けるように咆哮を上げ右足でその熊を殴り付ける
頭に一撃を喰らった熊は揉んどり打って転がるが少し恨めしそうな眼をボスに向けただけで私へと向き直る
「他の冒険者には眼もくれず私を包囲して叩くのか」
吠えて何かを伝えた風でもないところを見ると犬のように人間には聞こえない周波数で指示を出しているのか念話のような意志疎通が出来るのか
何にしても熊と言うより狼の群れのように襲い掛かってくる
この巨体で群の狩りを行うとは並みの冒険者では歯が立たないのでは無いだろうか?
ヒグマのように赤身を帯びた毛は水気を含んでいるのか艶やかに日の光を反射していた
ボスだけは毛並みが黒く艶やかで背が銀色に輝いている
そして何より異様なのが眼が紅く輝きその額には3つ目の眼が開きこちらを見据えている
「お前は他と違って魔物なのかな・・・?」
「人間もそうだったように獣も強い魔力に晒されると魔物に変化していくと言うことか」
ボス熊を中心に右に1頭左に2頭
左側のうち1頭はゆっくりと歩きながら後ろへ回り込もうとしており
4頭とも私に頭を向けてその眼はしっかりと私だけを捉えている
「あの冒険者達は・・・・」
「流石に私を囮に撤退か」
熊越しに後ろを見やると冒険者達は各々血を流し腕を押さえ足を引き摺りながら仲間の元へ合流していた
20人前後のレイドパーティーのようだが無傷な者は一人もなくピクリとも動かず引き摺られている者もいる
先程回復魔法をかけた少女に眼を向けると未だ立ち上がることが出来ず上体を起こし後退りしていた
「おかしいな・・・・」
「完全に治癒できなくても歩ける程度には回復する筈なんだけどな」
一瞬視界が眩み足元がふらついた
「何これ?」
「私が状態異常なんか有り得ないのに???」
鑑定するが相変わらず毒も呪いも感知できない
もしかして・・・・
「魔力の祭壇・呪文筒起動・・・・」
「10秒限定魔力増幅」
爆発的に魔力が発生し辺りを急激に高濃度の魔力が溢れ出す
「私の予想が正しければこれで・・・」
パチンッ!
パンッパパンッ!
何もないように見えるそこかしこで何かが弾ける音が鳴り響きストロボのような光が瞬いた
これには熊達も怯み困惑してボスを見る
「ゴガァアアアーー!!」
ボスが怒りの咆哮をあげると熊達は再び私に向き直りジリジリと間合いを詰め始めた
「悪いけど貴方達の巣はきれいさっぱり壊させてもらうわよ」
集まった冒険者たちの周りに強固な物理結界を張ると残されたダムへと無数の魔力弾を放つ
瞬く間に壁は崩れ去り残ったすべての水は洪水となり勢い良く押し寄せてきた
「ガァアアアアッ!!!」
轟く轟音に流石のボス熊も恐れを成したのか頭を上流へ向けて身体を沈める
他の熊もそれに倣うように集まり身体を寄せ合った瞬間水が津波のように押し寄せた
「キャアーーーーー!!」
「助けてくれーーー!!」
叫び声の方を見ると冒険者達が結界に阻まれ恐慌状態で何もない空間を殴り付ていた
その顔は恐怖にひきつり迫り来る水に絶望の眼差しを向けている
私は流される前に倒した熊を保管魔法で回収すると一瞬で視界が濁流に遮られる
「思ったよりけっこう水の量有るのね・・・」
「このままだと下流にどれだけ被害が出るかわからないか」
身体で水を切りながら魔法を唱え大量の水を操り巨大な水龍を3頭作り出す
「最大射程・・・・・」
「形状安定は弛めて・・・・」
「この辺で良いかな?」
それぞれ別の方向に解き放つと水龍は空高く舞い上がる
崩れ行くその身体から霧を生み雲を作りながら彼方へと飛び去りやがて消えた
雲は直ぐに雨となり大地へと降り注ぐ
水龍が飛び去ると洪水に飲み込まれながらも堪え忍んだ熊達はフラフラと立ち上がり互いを確認していた
項垂れたボスの姿には既に戦意が残っているようには見えない
一方目の前で結界が濁流を掻き分けた様子を目の当たりにした冒険者達も腰を抜かし呆然と座り込んでいた
「悪いけど刈り取らせてもらうね」
私は素早くふらつく熊達に近付くとその口に容赦無く剣を突き立て殺していく
こうなると狩りとか討伐では無く虐殺でしか無いのだがこのままこの危険な熊達を放置するわけにはいかない
手早く皆殺しにすると全てストレージに収納し結界を解除すると冒険者達が動き出す前にその場を後にした




