暗闇の中で
カシャン
カシャン
全身をミスリル銀で覆われた身体は歩く度に音がする
いくら消音を施していても洞窟の岩肌に触れれば否応にも音がするものだ
女神に復讐すると言ってもこの世界の事は何もわからない
神域へ至る道も本当に行けるのかも
つまり急いでも仕方がないと言う事
折角の異世界なのだから窒息死を免れた今それなりに楽しむのも良いとさえ思えてくる
故に注意深く慎重に急がず慌てず歩いて行く
途中幾つかの枝道が有り白骨化した何かの死骸を目にした
この鎧を着ている間は窒息しない代わりに魔法も使えない
その事は想定済みだった為鎧には幾つかの仕掛けが施してある
この鎧は多層のよる装甲を有しており魔力を遮断するのは真ん中の層である
一番内側は柔軟化と魔力保持を主としており身体強化も担っている
一番外側は防御力強化に加え日常的に便利そうな能力を付与しておいた
その最たるものは右手には簡単な攻撃魔法と創造魔法左の手には収納魔法と支援魔法を幾つか
そして面頬付きの兜には鑑定と翻訳が付与してある
その鑑定によるとその死骸はゴブリンの物であり折れた剣や切り裂かれた毛皮等価値の有りそうな物は既に無い
ヒタヒタと歩くような気配に後ろを振り向く
ブフゥー
ブフゥー
身の丈3m近い生き物がソコに立っていた
大きく見開かれた眼は血走り開いた口からは4本の牙が覗く
ツンツンと立った髪は背中の体毛と区別がつかない
厚い胸板に丸太のような腕
指には汚れた鋭い爪が伸びている
胴は長く短い脚は猿のようであり鋭い爪が生えている
衣服を纏わぬその姿はどう見ても知的さが感じられない
〈鑑定〉するとケイブ・ホブゴブリンだとわかる
獰猛で雑食
通常のゴブリンやホブゴブリンよりも強く獰猛で傍らで死骸を晒すゴブリンよりも数段危険な中ボス的な存在
群れを成すとあるのでまだいるかもしれない
直ぐに襲い掛かって来なかった理由はわからないがこの目を見る限り友好的ではないだろう
ブフゥ
「ニク・・・」
兜の翻訳機能が不要な意思まで翻訳してくれる
ちょうど良いか・・・
ケイブ・ホブゴブリンに向き合うと脚を肩幅に開き自然体で待つ
構えたりしない
「グガッ!!」
その巨体で覆い被さるように襲い掛かるケイブ・ホブゴブリン
ガシッ!!
真っ向から相手の手を取り力比べの体勢になる
「ほらどうした」
「もっと来いよ」
私は全く動じること無く平然としているがケイブ・ホブゴブリンは目を見開き歯を食い縛っている
「やはり大したこと無いな」
左手を離し素早く右手を内側に捻る
「グギャーーーー!!」
「ニク!!」
「オマエニク!!オレツヨイ!!」
カタコトだが確かに言葉を発したソレの容赦するつもりは無く隙だらけの背中に右回し蹴りを放つ
ガゴッ!!
ケイブ・ホブゴブリンは吹っ飛び鈍い音を立てて壁にぶち当たるとそのまま痙攣していた
壁に広がる血飛沫が致命傷を物語る
「軽く蹴ってこれか」
「人前では手加減した方が良さそうだな」
「目立つのは好きじゃない」
踵を返すと再び歩き始めた
ー・ー
「戻って1週間経ちますね」
「そろそろ次の依頼を受けないと路銀が心許ないですね」
「そう言えばこの前の迷宮また調査依頼出てますね」
「だが俺達にはあの結界は手に負えない」
「それがギルドが組織する調査班の護衛らしいです」
「同じだろ」
「あんな結界に護られてるんだ」
「ダンジョンボスも相当ヤバい奴がいるだろ」
「そうですね」
「ケイブ・ホブゴブリンもいましたから護衛だけでも苦戦するでしょう」
「俺達にはリスクが高過ぎる」
「そうですね」
ー・ー
カシャンチャリッ
カシャンチャリッ
どれくらい経ったのだろうか?
洞窟内を歩き回り辟易していた
どこも同じような見た目で行けども行けども岩壁ばかり
幾つかの階層に別れているようで2階層程歩いて来た
「代わり映えのしない景色だな」
「腹が減らないのは良いが・・・」
「ゴブリン共はどうにかならんのか?」
始めに遭遇したケイブ・ホブゴブリンは数がいたようで何度か遭遇してその度に撃退した
奴等は群れを成すが基本的に一夫多妻の猿と同じ
しかし洞窟の性質上溢れた雄が他で群れを作れるような場所も無い
その結果弱い雄は強い雄の奴隷であり群れを護る為の兵隊でもある
それも最奥と次の階層にしかおらず3階層目となるここでは見かけない
その代わり頻繁にゴブリンと遭遇する
ゴブリンはゴブリンで群れを作っておりそのボスとしてケイブ・ゴブリンが群れを従えている事が多かった
ケイブ・ゴブリンはケイブ・ホブゴブリンより小型でずる賢い
知能はケイブ・ゴブリンの方が高そうだ
「グギギッ!!」
「グギャーーーー!」
「またか・・・」
右手に掴んでいたケイブ・ホブゴブリンの頭を群れに投げ付けると蜘蛛の子を散らすように逃げて行く
やはり自分達より強い魔物の死骸はそれを持つ存在の強さの証明になるのだろう
「逃げるなら始めから寄ってくるなよ」
再び頭を掴むと歩き始めた
枝道は省きたいところだが太いからと言って本道りと言うわけでなく行き止まりや魔物の巣に出くわし戻ることも多い
「いい加減外に出たいな」
罠がないのは有難い
ゴブリンの量から考えればこの洞窟がダンジョンであるとは思える
しかし曲がりくねり入り組んだ構造に自然の洞窟かとも思える
暫く進むと劇的な変化が訪れる
灯りだ
それも恐らく松明の赤い光が
私は暫く立ち止まって様子を見ることにした
ー・ー
「何か物音がしなかった?」
「あぁ」
「金属が擦れるような小さな音がしたように思う」
「先遣隊の話では罠は有りませんがゴブリンが繁殖しているんでしたね」
「フォーメーションを組む」
「明かりを増やしてくれ」
頼まれた人物は右手で杖を掲げ何かを唱えながら弧を描いた
すると杖の先に青白い魔力の明かりが灯る
「何かいます」
前列の2人は胸の高さまで楯を持ち上げ2列目の人物は弓に矢をつがえた
洞窟で灯りを灯すと言うのは視界を確保出来る反面魔物を呼び寄せる
見えない事の危険に比べればその有用性は無視できない
ー・ー
「明かりが増えたな」
「アレは魔法か・・・?」
「ならば知的生命体の可能性は高いな」
カシャンチャリッ
カシャンチャリッ
刺激しないように静かに歩を進める
カシャンチャリッ
カシャンチャリッ
「全員構えろ!!」
「支援魔法を頼む!!」
「本体に伝令!!」
「報告に無い魔物だ!!」
「了解!!」
身軽そうな一人が踵を返し走り去っていく
稜線の光る影が二つ
恐らく楯を構えている
「光よ!!」
若い女の声が響くと私の頭上に明かりが灯った
「何だアイツは・・・」
各々武器を抜き放ち構える一団を前にケイブ・ホブゴブリンの頭を持ったままなのを思い出した
ボトッ
手を離すと鈍い音を立てて頭が床に落ちる
「魔物の頭???」
「先制をかける!!」
「目を狙ってくれ!!」
「2列突撃!!」
「応っ!!」
同時に2本の矢が飛来する
キャリィンッ
それを身体を少し沈ませる事で兜に当てて弾く
「うぉーーーー!!」
向かって左の戦士は手斧を振りかざし右側の戦士は楯を構えて突進して来る
シールドバッシュか?
何にしてもこのまま何の情報も無く戦うのは不本意だ
幸い彼等の会話が理解できたので翻訳機能は有効だろう
ガッ
ガキィンッ
私は右手で相手の楯を受け止めると同時に自分の楯で斧を弾いた
「何だコイツ!!」
「俺の攻撃を片手で止めやがった!!」
攻撃を止められた後素早く飛び退き間合いを取る辺りそれなりのベテランだろう
「待て」
「戦う意思はない」
右手を付きだし静止させると静かに言い放つ
「人語を話すのか?」
「まさか高位魔族か?」
「バカな!!」
「この辺りに高位魔族が出たなんて話は聞いたことがない!!」
「あーすまんが」
「松明を切らして困ってたんだが分けてもらえないだろうか?」
「え?」
「人間なのか???」
「そんな筈無いだろ!」
「こんな魔物だらけのダンジョンで人間が松明も無しに生きられる筈がない!」
確かに既に人間では無くなっているな・・・
鎧の偽装魔法を試す良い機会だ
鎧から漏れ出る魔力だけでも暫く息はもつだろう
静かに兜を脱いで右手に抱える
「これでも俺が人間じゃ無いと?」
偽装魔法が効いていなければ人間で無いことがバレるかもしれない
「え?」
「なんだ?」
「魔物では無いようだな・・・」
「鑑定出来るか?」
後ろの仲間に声をかける
しかし視線は私から離さない
「人間・・・・ですね」
「一応」
「一応?」
「はい」
「クラスが〈使徒〉なので普通の人間ではありませんね」
「〈使徒〉・・・」
「転生者か・・・」
鑑定結果を知っても武器は下ろさない
「転生者がこんな真っ暗なダンジョンで何をしている」
武器を構えたまま問い掛けてくる
彼がリーダーか?
後ろの2人の弓を引く腕が小刻みに震えている
いつ放たれるか分からんな
それにしても・・・
転生者への警戒心が強いな
転生者は歓迎されるわけではないのか?
「転生者にしてはパラメーターが低すぎます」
「偽装されているのかも・・・」
「お前の目を騙す偽装なんて信じられないな」
「はぁ・・・」
「疑うのは構わないが出来れば松明を1本くれないか?」
「それで俺は立ち去るし危害を加えるつもりもない」
「松明を分ける余裕がないなら仕方無いが・・・」
「良ければ君達の目的を教えてくれないか?」
「何ならここを出るまで同行させてもらえると有難いんだが」
「あんたが安全だと言う確証が無い」
「ならコレでどうだ」
そう言うと腰に下げた剣を外し投げて渡す
「ここを出るまでソイツを預ける」
「大事な物だから無くしたりしないで欲しい」
「束を見るに良く使い込まれてるな・・・」
「だが武器も無しで魔物だらけのこのダンジョンでどうするつもりだ?」
「お荷物は勘弁だぜ」
少し屈んでケイブ・ホブゴブリンの頭を掴みあげる
「出るまではコイツで十分だ」
「ヒィッッ!!」
後ろで短い悲鳴が上がる
片目が飛び出しだらしなく舌が垂れ下がった生首は改めて見るとかなりグロテスクだった
「ソイツは・・・」
「奥で倒した魔物の首だ」
「コイツを見せれば大抵の小者は逃げてくれる」
「ソイツは良いな」
「俺達はこの迷宮の最奥に有る不可侵結界の調査に来た」
「正確には調査隊の護衛だが」
「松明にはあまり余裕が無いから分けることは出来ない」
「そうか」
「だが使いかけの物で良ければその生首と交換してやっても良い」
「なら頼む」
「しっかしアンタ」
「そんな錆びの浮いた全身鎧なんて着てるからてっきり生きた鎧かと思ったぜ」
「暫く手入れをする暇がなくてね」
「手入れは冒険者の基本だろ?」
「装備を手入れできない奴は早死にするぜ」
「気を付けるよ」
生首を渡すと自分の剣と火のついた松明を受け取った
「この後を調査隊の本隊が来る」
「目印として壁に傷をつけているからこの傷を逆手に辿れ」
「外に出られる」
「ありがとう」
「助かる」
「じゃあな」
「調査隊の奴等によろしく」
「俺はマックス」
「調査隊に俺の名前を伝えれば通してくれるだろう」
「そうか」
「じゃあな」
「無事を祈る」
付きだされた拳に自分の拳を軽く当てて応じると踵を返して先を目指した
ー・ー
「マックスどういうつもり?」
「見ろよ」
「こいつケイブ・ホブゴブリンだぜ?」
「しかも目玉を残してやがる」
「こいつは高く売れる」
「アイツが倒した魔物がまだいるかもって事?」
「なら善は急げだな」
ー・ー
カシャンチャリッ
カシャンチャリッ
カシャンチャリッ
「直ぐ後みたいに言っていたが結構離れてるじゃないか」
松明を片手に進んむあえて急ぐ必要もない
もし松明が消えたとしても調査隊と交渉すれば手に入るだろうしそもそも明かりは無くても問題ない
カシャンチャリッ
カシャンチャリッ
階層を一つ上ると人の気配がした
1人ではなく何人かいるようだ
松明を高めに掲げながらゆっくりと歩を進めるとやがて前方から松明の明かりらしき物が近付いて来た
「誰だお前は!」
「人間か?!」
「一応人間だよ」
「2日前にここに入ったんだが途中で松明が切れて困っていたんだが・・・」
「さっき斥候のマックスに松明を分けてもらってね」
「今は外を目指してる」
「マックス?」
1人の男が近付いてきて松明の明かりで照らしながら周囲を見て回る
「返り血は付いてない」
「どうやら本当にマックス達が通したらしい」
「お前が見た鎧の化け物はコイツか?」
「そうみたいだな」
「なら支援は必要無いのか?」
「要らないなら調査隊の護衛に戻りたいんだが」
松明を持った男が少し困ったような顔をして決めあぐねている
「マックス達なら大丈夫だろう」
「奥で倒した大きめの魔物の頭とこの松明を交換して貰ったんだ」
「あの生首を見せたら弱いゴブリン程度なら泣いて逃げ出す」
「そんな御守り良く手離したな」
「後から調査隊が来てるって話だったし外を目指す俺にはもう用はない」
「松明と交換なら有難いぐらいだったよ」
「・・・・・・・・・」
「一応筋は通っているな」
「ならここからは俺だけで戻る」
「アンタは護衛の連中と後方に向かえば良い」
「ありがとう」
「ところでアンタは1人でこの迷宮に入ったのか?」
「いいや」
「俺だけ残して全滅だよ」
「そうか」
「それは気の毒に」
「悪かったな」
「構わん」
「全滅は俺達の力不足だ気にする事はない」
彼に別れを告げると小走りで遠ざかって行った
「さて」
「後どれぐらいで外につくのか教えてくれないか?」
「アンタも入ってたなら分かるんじゃないのか?」
「全滅してから逃げ回ってたからな」
「正直道に迷ってここがどこかも分からん」
「そうか・・・」
「全滅したんだったな」
「後2階層だ半日も歩けば外に出られる」
「一応言っとくがルートをある程度掃討しただけだから油断するなよ」
「ゴブリンでも不意打ち喰らえば命取りだ」
「そうだな気を付けよう」
とりあえずこの護衛役について行く事にした
ー・ー
「アンタ名前は?」
「その装備からしてタンクみたいだが・・・」
「俺はロベール北の国から来た」
「見ての通り戦士だ」
「北からか・・・」
「その割には訛りがないな」
「先生が良かったんだろうな」
「そう言うことか」
「この家業は長いのか?」
「長いと言えば長いが自慢できるような戦果はあげたことはない」
「パーティーが全滅するくらいだ察してくれ」
「それは・・・すまない」
暫く沈黙が支配し足音だけが響く
情報は欲しいがこちらの事は聞かれたくない
適当に嘘をでっち上げたが信じて貰えたようだ
「アンタはどこから来たんだ?」
「俺か?」
「俺はこのダンジョンの東に有る町ノッキングヒルを根城にしてる」
「今回はギルドの依頼で調査隊の護衛役だ」
「不可侵結界が有るんだったか?」
「そうだ」
「ここが出現して3年ほど経つが出来た当初はそんな物無かった」
「魔物もゴブリンが出るくらいで駆け出しの経験値稼ぎに使われるような場所だった」
「ところが2週間くらい前からボス部屋に結界が張られたらしくてな」
「今回はその調査だ」
「噂ではミスリル銀が有るらしいぞ」
「そうなのか・・・」
「俺達も全滅しなければ拝めたのかもな」
「違いない」
「調査隊が見えてきたぞ」
「おーい!」
フードを被った学者らしき人間が3人
その3人を5人の冒険者が囲むようにして護っていた
「どうした?」
「援護は要らなかったのか?」
「コイツが奥で松明を切らして道に迷ってたらしい」
「パーティーは全滅だそうな」
「そうか」
「それは残念だな」
「予定では次の階層でキャンプを張る」
「アンタはどうする?」
「俺はもう早く外に出たい」
「だろうな」
「ある程度は掃討しているが未だ少しゴブリンが残ってるかもしれん」
「気を付けて帰ってくれよ」
「ああ」
「ありがとう気を付けて帰るよ」
短く別れを告げると見送る事もなく立ち去る事にした
恐らく気を失っている間(死んでいた間?)に結界の外から見られていたのだろう
ミスリル銀が無くなっている事を知れば面倒な事になる可能性がある
ここからは急ぐ理由が出来てしまった
半日もダラダラ歩く気はない
どうせ出てきても雑魚ばかり
さっさと外に出てしまおう
一気に速度をあげて早足で突き進む
ゴブリンが襲い掛かってくるが鎧袖一触
右裏拳の一発で吹き飛ばすとそのまま動かなくなった
程無く階層を上り枝道も格段に少なくなった
「やっと外に出られそうだな」
独り呟きながら歩を進めると次第に明るくなってきた
警戒していたならばもっと時間がかかったであろう
しかし今回は足早に休み無しで歩いて来た
それでも感覚的には2・3時間くらいは歩いただろうか?
薄暗い洞窟を抜け出し振り返ると入り口は石造りの門が作られており何やら文字やレリーフが彫られていた
なる程
人工物なのか
「確か東と言っていたな」
太陽で方角を確かめると独り町を目指して歩きだした