聖剣
「気が済んだ?」
隣の部屋ではテーブルを囲み椅子に腰掛けた4人が木のカップに注がれた何かを飲んでいた
「結局・・・」
「毛皮の買い取りしたところを見てちょっかいかけてきただけらしいわ」
「ほんっっと下らない」
「それで・・・」
「腹が立って奴隷解放したの?」
シンシアがニヤニヤ笑いながらこちらを見ながら言った
「まぁね」
「別にお金が欲しいわけじゃないし」
「でも下手なちょっかいかけた代償は払わせないとね」
「それは言えてる」
「さてと」
「そろそろ行きますか?」
「夜が明ける前に行きますかね」
奴隷達に別れを告げ館を後にした
外に出ると空は明るさを増しもうすぐ日が昇るだろう
これだけ明るくなればもう防壁を越える事は出来ない
そう言えば襲撃者達はどうしたのだろうか?
彼等も門を通らなければ戻って来られない
流石にあの黒装束の集団を通す門番はいないだろう
防壁の外にある店の方に戻ったのだろうが・・・
「宿のドアは壊されてるだろうから戻るのはちょっと不味いかな?」
「修理費を出すのは構わないけど揉め事になるのは勘弁だわ」
「同感」
「このまま宿を変えましょうか・・・」
「でもこんな事が今後もあるかもしれないなら素材の換金も考えものね・・・」
「ギルドで買い取って貰う方が良いのかな?」
「ギルドだと一定価格だから良くないと思う」
「それに・・・」
「それに?」
「ギルドは人が多くて目につくから他の面倒が起きると思うわ」
「例えば?」
「パーティーの勧誘とか嫌がらせとか多いと思う」
「あー」
「それ面倒」
「お店の裏口から直接売りに行くのが良いと思います」
「となるとリグルの所が無難かなぁ・・・」
「後でタオ商会に寄りましょう」
「タオ商会もリグル商会程じゃないけど支店が多いから声をかけておけば支店で優遇してくれるかもしれないわ」
「そうね」
「・・・・・・・」
「別の方法も有ります」
「ラルクそれはどう言うこと?」
「私が利用していた盗賊ギルドやその関連商店です」
「身分を隠して盗品でも買い取ってくれるので・・・」
「それは良くないわ」
「売る物は盗品じゃないし盗賊ギルドに関わると逆に襲われる可能性だってある」
「ごめんなさい」
「ソコまで考えてませんでした」
「ところでシンシア」
「ラルクは昔からこんな堅苦しい話し方なの?」
「きっと緊張してるんだと思うわ」
「それに・・・・」
「私の記憶だとラルクはまだ小さな子供なんだものw」
「それは親戚の人達が言って嫌がられるヤツじゃんw」
「・・・・・・」
「私は・・・・」
「もう子供じゃありません」
「だよねw」
「でもしょうがないじゃないのよ」
「それも親とか親戚が言うヤツw」
むくれるシンシアを他所にタオ商会へと足を運ぶ
今回はカウンターで話すだけで直ぐに奥へ通された
「今日はどうなされたのですか?」
慌ててやってきたタオに事情を説明し他の支店でも直接買い取ってくれないかと頼んでみた
「此方としては願ったり叶ったりです」
「アレだけの上物は持ち込んでいただける冒険者も少ないですから・・・」
「専属と言うわけではないんたけどね」
「防具や衣服の素材は優先的に買って貰えると助かるって話」
「専属でなくて一向に構いません」
「各支部には伝達しておきます」
「直ぐにこの町を発たれるのですか?」
「いえ」
「たぶん2、3日は滞在すると思うわ」
「畏まりました」
「では又の機会を心待にしております」
ー・ー
「案外すんなり話が進んだわね」
「専属でなくても優先して貰えるだけで良しとする所は何処かの強欲とは違って商売上手よね」
「ホントねw」
「何日かデブの動向を監視したら先に進みましょう」
「暫くは張り込み?」
「それは魔法でやるからw」
「美味しいもの食べて心と物資の補給しましょう」
「じゃあ先ずは両替商ね」
「金貨なんてどこも使えないわ」
ー・ー
両替商を出ると遅目の朝食とスパイス等の仕入れのため市場へと向かった
この市場は一日中やっている
生鮮食品等の流通が限られているので朝だけやる意味は無い
朝から夕方までやっている露店商と言ったところか
近隣の農家は朝早くから集まり少し離れた出店者は昼前に並ぶ
店が時間差で開くため買う側ものんびりした雰囲気があり、飲食店も立ち食いからテラス席まで多種多様でそれだけでも十分楽しめる
「思ったよりテイクアウトとかは無いのね」
「ノッキングヒルと違って近くに竹林無いから串物とかも少ないのよね」
「木の串だから気を付けないと折れちゃうわ」
「立ち食いとかも衛生的とは言えないです」
「・・・・・・・・・」
「つまらぬ」
「今度は外食革命でも起こす?」
「手伝うわよ♪」
横から私の顔を覗き込むシンシアは満面の笑みを浮かべていた
「だから革命とかは起こしません」
「・・・・・・・」
「両替商出てからは誰も尾行とかしてなさそうね」
「そうみたいね」
「宿はどうする?」
「禿げの一件があるからウチのグループのお店にする?」
「いえ」
「シンシアの身元が割れる危険は犯さない方が良いと思う」
「じゃあラルクがアジトに使ってる場所に行きましょう」
「どうせ引き払うんだし♪」
「えっ?!」
「まさかラルク・・・」
「この期に及んでついてこないとか言うつもりかしら?」
「そんなわけ無いわよねぇ?」
シンシアの笑顔には抗いようの無い迫力があった
対したラルクの方は困惑の表情を浮かべ明らかに戸惑っていた
「ついて行っても・・・」
「良いの?」
「いつまでも泥棒なんかやってらんないでしょ」
シンシアは笑顔のまま言うがその言葉に抑揚は無かった
「でもっ」
「わたっ」
言い終わる前にシンシアはラルクの頭を抱き抱えていた
「ここで私が貴女を見捨てるわけ無いじゃない」
「どうせ目的なんか無いんじゃないの?」
「・・・・・・」
「別に目的は無いけど・・・」
「じゃあ決まりね」
微笑むシンシアは本当に嬉しそうだった
ー・ー
「ここは・・・・・・」
「何と言うか」
「不潔ね」
眉間に強い皺を寄せ口許にハンカチをあてがうシンシアからは怒りのオーラが立ち上っていた
「私はこの身体になってから病気とは縁がないし睡眠も殆ど必要無いから・・・」
「寝るためのアジトと言うより倉庫です」
「倉庫ねぇ・・・?」
「言いたいことは分かりますが」
「綺麗に整理整頓してると盗まれる確率高くなるのでこんなものです」
ラルクはそう言いながら埃の被ったソファーを押し退け床板を剥がす
すると下から豪華な装飾が施された剣があらわれた
「良い剣ね」
「ありがとうございます」
「今の私では使えないのですが捨てられなくて・・・」
鑑定してみると〈女神に祝福された聖剣〉とある
装備者は勇者に限定されており退魔の力が付与されている
これでは魔族へと覚醒したラルクや私では使うことは出来ない
「ちょっと貸して貰えるかな?」
怪訝な表情ではあるがラルクは聖剣を渡してくれた
鞘を持つ分には問題無いがかなりの重さを感じる
柄に手を掛けると掌に激痛が走るが構わず抜き放つ
シャリンッ
清んだ音をたてて抜かれた刀身は淡く輝き美しい
柄が焼けるように熱くなり全身に電撃のような衝撃が走った
「大丈夫なんですか?!」
まさか抜くとは思わなかったようで慌てたラルクが心配している
「ふむ」
「ふむふむ」
「ほほーぅ」
「アリエル何かわかったの?」
「この剣は神鉄で作られているわね」
「本来は装備者の力を何倍にも増加させ折れず欠けず曲がらない」
私は聖剣を持ち上げ刀身を横に向け平行に目を走らせる
「でもケチな女神のせいで使用者制限の呪いがかかってるわね・・・」
〈解呪〉を唱えると〈女神の祝福〉が消え勇者専用装備では無くなった
しかし装備者への能力強化と退魔の力は失われていない
女神の祝福が消えることで剣は比較になら無いほど軽くなった
「これで問題無く使えると思う」
剣を鞘に戻しラルクに返した
受け取ったラルクは一瞬目を見開き何か言いたげに口を開き掛けたが自分の手にある聖剣を見つめた
「軽くなってる・・・」
恐る恐る柄を握りこちらを見た
その目は見開かれ驚きの表情を隠せないでいる
シャンッ!
ラルクは剣を立て上へ鞘走りながら剣を振り下ろし肩の位置で止めた
「痛く・・・無い」
「熱くもない!」
「剣が軽い!!」
先程外した床板を切っ先で弾いて浮かび上がらせると素早く剣を振るう
一瞬で6回斬り付けると床板は小さな木片に変わった
「凄い・・・・・・」
「聖剣が私に応えてくれた・・・」
たとえ勇者として戦ったのは僅かな期間だったとしてもラルクはこの聖剣に幾度と無く助けられ共に死線を潜ってきたに違いない
魔族へと覚醒するに従って使えなくなったとしてもその思い入れから捨てることが出来ず隠し持って来たのだろう
聖剣を鞘に納めたラルクの目にはうっすらと涙が滲んでいた
「何をやったのかは分からないけれど」
「お陰でまたこの剣を握ることが出来た」
「ありがとう」
「さて・・・・・」
「聖剣が使えるようになっても結局宿は無いのよねw」
「ごめんなさい」
「楯とか鎧は無いの?」
「防具は重すぎて持ち運べなかったんです」
「前線で放棄するしかなかったので帝国に接収されていると思います」
「それは厄介ね」
「帝国に勇者がいればラルクの使っていた防具を使えるって事だもの
「勇者専用装備はどれも規格外に強力です」
「この聖剣は愛着も有りますがこの聖剣を使われたら多くの魔族達が殺されるため手離せなかったのです」
「それが使えるようになったのは大きい」
「と言うより・・・」
「この聖剣が世に知られれば奪おうとしたりラルクを懐柔しようとする者も現れるでしょうね」
「女神からの刺客もね」
「気を付けます」
「私達と一緒にいる間は大丈夫よw」
「普段使える予備の武器も欲しいわね」
「アリエル何か無いの?」
「そんなこともあろうかと!」
「あろうかと?」
「なんて都合良く持ってないわよw」
「何処かで素材を仕入れる必要があるわね・・・」
「それまでは何か適当なのを買いましょうか」
とりあえずこの埃っぽいアジトを出る事にした
ー・ー
「もうすぐお昼ね」
「そうですね」
「ラルクはお腹すかない?」
「あまり気になりません」
「シンシアは?」
「何か食べたいわね」
「市場に行きましょうか」
立ち食いの屋台で器を渡し注文する
先にお金を払うと器にスープを注いでパンを手渡される
テイクアウトや立ち食いは基本的に器の持ち込みである
借りる事も出来るが割り増しになる上にあまり衛生的とは言えない
味は悪くないが取り立てて美味いとも言えない
どうもこの世界の食事事情はそれ程発展しているような印象は無い
「とりあえずお腹は満たせたし武器屋に行きましょうか」
武器屋は可もなく不可もなくと言った感じで取り立てて名剣が有るわけでなく耐久力の有りそうな長剣を1本買った
ー・ー
ここは町外れの安い宿屋
食堂も無く酒場も無い
素泊まり限定のわけあり宿である
「なんかもう・・・」
「野宿でも良くない?」
「野宿だと毎日門を通る事になるけど?」
「うぅ・・・」
「それはそれで面倒だわ」
「一泊したらもう少しましな宿に移りましょう」
こんな宿に泊まるのも襲撃を警戒しての事
昨日の今日で襲われることは無いだろうが一応念のためである
「とりあえず」
「夕飯はどうする?」
「こんなこともあろうかと・・・」
「何かあるの?」
「生肉」
「生・・・」
「それを食べろと?」
あからさまに眉間に皺を寄せるラルク
対してシンシアは袋からシェブールチーズとワインを取り出した
「さっき生肉買うの見てたからワインとチーズ買っといたのよ」
「後パンね」
部屋に結界を張ると薄く魔力を満たし袋から鎧猪で作っていたベーコンを出す
「美味しそうなベーコンね」
シンシアは目を輝かせラルクの表情も少し明るくなった
私は椅子に楯を置くとその上に肉を置いて塩を振った
そして火力調整した〈灼熱付与〉を唱え続けて〈火炎旋風〉を極小範囲低火力で唱える
程なく香ばしく焼けた香りが立ち込め空腹を誘う
「凄い魔力操作だとしても灼熱付与は中級下位魔法だから分かるとして」
「火炎旋風は中級上位魔法」
「1人前とされる2級魔法士でも使えるかどうかと言う範囲魔法をアレンジして調理って・・・・・」
「さりげなく凄いことやってませんか?」
「そんなこと気にしてたらアリエルとは付き合えないわよw」
「生活魔法の初級魔法〈焼き上げ〉じゃなくて攻撃魔法をアレンジしてるのがアリエルらしいところよねw」
程なく裏返し塩やスパイスを投入して味付けしていく
焼き目がついて中まで火が通る頃シンシアのチーズを半分貰いスライスして肉に乗せる
「あぁぁぁ・・・・」
「チーズが・・・・」
「高級なチーズが焼けていらっしゃる・・・」
シンシアさえも生唾を飲み込みお腹を押さえた
ラルクに至っては目を離せなくなっている
「この世界ってチーズとか発酵食品や乳製品はまだまだ高級品なんだっけ?」
「生産量が安定していないからね・・・」
「発酵食品や保存食はまだ普及してきてるけど乳製品は家畜の問題があるから」
「安定供給されるにはまだまだ平和とは言えないのよね・・・」
「それでも都会に行けば売ってるところもあるわ」
「田舎だとお祝い事の贅沢品ですものね」
「ヴァルムートはそれなりに栄えてるから高価でも売ってるのね」
「でも高価だからかレパートリー少ないのよね」
「ピザなんか超高級品だものw」
「結局は素材の安定供給が無いと高価になるのね」
「食糧事情の関しては革命起こしたくなるわね」
「やる?」
「やっちゃう?」
シンシアの目が輝きグイグイと近付いて来る
「とりあえず自分のだけ食べれたら良いかな」
「革命は起こさない」
素っ気なく応えるとシンシアだけでなくラルクも気落ちしたように見えた
「素材が手に入れば作れるんだし気落ちしないでね」
それでも浮かない表情の2人を見て悟った
2人は自分達だけで食べたいわけではないのだ
勿論食料革命を起こせば儲かる
莫大な富を得られるだろう
けれど革命の主導権をシンシアが握ることにより悪徳や不正を蔓延らせずより早くより広範囲に広めることが出来れば皆が豊かになれる
そんなところだろうか?
私は転生してまだ日が浅いし見聞も広くない
しかし2人は長い転生生活の中で飢餓や戦争を体験している
その経験による想いは私とは比べ物になら無いのだろう
「何にしてもチーズはこの辺りじゃ厳しいわね」
「気温が高過ぎるし湿度もあるからね」
「そうか・・・」
「できた」
「召し上がれ♪」
芳ばしく焼き上がった肉の上でチーズがフツフツと泡立ちながら綺麗な焼き目が付いていた
安宿に不満があった筈だがこの夕飯の満足感はソレを打ち消して有り余るものだった
最強仕事が忙しくてペース落ちてます
ごめんなさい