強欲、逆鱗に触れる
月明かりが路地を照らしている
夜明けまで後2時間ぐらいだろうか?
足跡を追って進むと大きな屋敷の裏へとたどり着いた
「やっぱり裏から入るのね」
「表から暗殺者送る家なんてまず無いでしょ」
「入り口が有るようには見えないけど・・・」
「やっぱり隠している感じ?」
「足跡は壁沿いに進んでいるわね」
壁を左手に進んでいくとツンとした臭いが鼻を突く
その直ぐ近くに通用門があり足跡はそこに消えていた
「ふぅ・・・」
「この通用門ってやっぱりアレだよね」
「貴族のは栄養価高いから高値が付くらしいわよ」
「それで農耕が盛んになるんだから良いんだろうけど・・・」
「あんまり近付きたくは無いわね」
通用門とは言え門から入るわけにはいかないだろうが4m程の塀の上には泥棒避けの鉤爪のような物が取り付けられており塀を越えるのは難しそうだった
「2人はコレ乗り越えられる?」
「泥棒避けには毒が塗られていることもあるので気を付けないといけません」
「何の準備もなく塀を越えるのは難しいと思います」
「ラルクは用意してあるの?」
「私はリスクの高い屋敷は避けてたのでそう言う用意は無いです」
「わかった」
「2人とも声は出さないでね」
何をするのか察したのかシンシアはラルクに寄り添い腰に手をまわす
〈浮遊〉〈飛行〉
2人に浮遊の魔法をかけると自分には飛行の魔法をかけて2人を牽引する
宙を舞う3人は軽々と塀を越え上空から足跡を追う
「防壁の時もこの魔法使えば良かったんじゃないの?」
「町中で飛んで目撃されたらどうするのよ」
「認識阻害とは併用出来ないの?」
「影でバレる可能性あるからね」
「認識阻害は見えているのに気付かなくなるだけだからね」
「注意して見られるとダメなのよ」
「そう言うものなのか」
姿を消す魔法も無いわけではないのだが・・・
それはまた別の話し
警備兵を警戒して下に降りると追跡を再開した
庭に作られた通路を奥へ奥へと進んでいく
広大な庭園を渡った足跡は一番大きな建物ではなくその脇の建物へと続いていた
「母屋じゃないのね」
「それにしても広い屋敷」
思わず溜め息をついてしまう
「この規模だと貴族?」
「商人かしら?」
この世界ではまだガラスは貴重で窓に使う板ガラスも高価なため一般家庭では窓と言えば木戸であり夜に窓明かりが道を照らすなどと言うこともない
普通は風を通す目隠し板の付いた窓と鎧戸の組み合わせで2重になっている
昼間は目隠しの戸か格子戸で風を通し夜や雨の日は内側から鎧戸を閉める
その為夜は建具の隙間から漏れる光ぐらいしか無い
それがこの屋敷では2階から微かな明かりが漏れている
窓が開いているのかガラスが入っているのか?
何にしてもこんな深夜に明かりが漏れていると言うことは誰かが起きていて襲撃者の報告を待っていると考えるのが妥当だろう
「流石に中に入ると使用人や警備に見付かるかもしれないからあの明かりの見える窓に向かいましょうか」
建物の沿って明かりの見える窓の下を目指す
警備が巡回しているかと警戒したがそんな事はなかった
考えてみればここは既に防壁の内側に有る高級住宅地である
有る意味セキュリティを通ったタワマンの中のようなものなのだから新たに警備を追加するほど治安は悪くないのだろう
「この真上ね・・・」
「壁を登るのはキツイかな」
「ここから会話聞いたり出来ないの?」
「ちょっと待ってね・・・」
3人に浮遊の魔法と認識阻害魔法をかけて窓の脇まで近付いていく
すると中から話し声が聞こえてきた
「・・・は捜索しているんだな?」
「はい・・・」
「何としてでも見つけ出して今すぐ連れてこい」
「夜明けまでには必ず」
「夜明けでは遅い!!」
「だいたいこんな簡単な仕事が何故出来ん!!」
「直前に見付かるなど油断しすぎにも程がある!!」
「申し訳ありません・・・」
「さっさと2人を連れてこい!!」
「はっ!!」
足早に離れる気配に不機嫌そうに彷徨く足音が響く
程無くして下の扉から先程の男が飛び出し暗闇に消えていく
「全くもう!!」
「小娘2人連れてくるぐらい簡単じゃろうが!!」
ガンッ
何かをぶつけるような音がして暫く部屋を彷徨く足音が響いた
やがて足音と共に明かりが遠退くが微かにブツクサと嘆く声が続いていた
2人に合図を送り窓から中へと侵入する
広い部屋の中央には大きめの丸いテーブルが置かれておりそこには木のカップが置かれている
囲むように置かれた椅子には誰も座っておらずその一つが引かれたままになっている事からつい先ほどまで誰かが座っていたのだろうと推測できる
奥へ続く扉は開け放たれておりその奥から明かりが漏れていた
足音を殺し扉の傍へ歩み寄る
あ・・・ぁはっ・・・・んっ
んんっっ!!
んぁっ!!
あっ!!
ついさっきまで報告を受けていたと言うのにもうお楽しみの最中らしい
「どうする?」
「なんかヤッちゃってるみたいだけど」
「誰かのしてるのを覗き見る趣味は無いわね」
「私もそう言う趣味はありませんが・・・」
「別に気にすることでも無いと思いますが?」
「ラルクはクールだねw」
「私も他人の真っ最中に押し込む趣味はないけど待つ義理も無いしね」
開口部から覗き見てギョッとした
目線の先にある壁際に人が立っていたのだ
目を伏せて立つその女性は薄衣を纏い俯いていた
長い黒髪が顔にかかり離れた所に有る蝋燭の灯りに照らされる様はかなりホラーだ
彼女は奴隷かそう言う使用人か・・・
眠たげな仕草で身体が揺れていた
一気に間合いを積め彼女の口を塞ぐ
驚きに目を見開き踠こうとしたので〈眠り〉の呪文で眠らせそのまま床に寝かせた
灯りの方を見やるとベッドの上で肥った身体が蠢いている
やっぱり最中かぁ・・・
音も無くベッドの脇まで歩み寄ると少女の上で激しく動くデブの男を見据えた
はぁ・・・
うんざりするような溜め息が漏れてしまう
ゴッ!!
「ウガッ!!」
ドンッゴゴッ!!
男の腰に回し蹴りを放ち壁際まで吹き飛ばした
「お楽しみのところすみませーん」
「私達に何の用があるのか教えて貰えませんかー?」
自分でもおどろく程低い声で単調かつ棒読みで声をかける
「折角来てやったんだからさっさと教えて貰えませんかねー」
ゴスッ!!
「ウッグゥッ・・・」
「腹を立てるのも分からなくはないけど・・・」
「ソコ蹴っちゃうとたぶん声も出せないんじゃないかな?」
シンシアの言葉には聞くべき所は有る
追撃で放った蹴りは的確に男の急所を打ち抜いていた
「クリティカルヒットしちゃったから暫くは話せないか」
「貴女は何か言いたいこと有る?」
男から目を離しベッドで震える少女に問い掛ける
「ひっ!ひぃっ!!」
「たっ助けて!」
「命だけは!!」
シーツで身体を隠し震える少女の歩み寄る
「貴女は奴隷か何かかしら?」
「わっわたっしっはっ!!」
ドッ!!
少女は恐怖に顔を歪ませ後ずさるとベッドから落ちてしまった
「人を呼んだりしなければ別に危害は加えないわよ」
「何か知ってることがあれば教えて欲しいんだけど?」
「例えばソコに転がってる男の名前とか何やってる奴なのかとか」
すると少女は堰を切ったように話し始めた
この男はデンゲロスと言う商人で10年程前にこの屋敷を買った成金商人だと言うこと
自分は姓奴隷であり同じ境遇の少女が他に数名いること
この館はデンゲロスのお楽しみと使用人を住まわせるために母屋に併設され地下通路で繋がっているらしい事
更にこの肥った商人の性癖まで話し始めたがそんなモノは聞きたくないので適当に聞き流す
「デンゲロスさんそろそろ動けるわよね?」
「私達を襲った理由」
「話しますよね?」
変わらず感情のこもらない低い声で淡々と言いながら腕を組み仁王立ちで彼を見下ろす
「だっ誰だお前は?!」
ゴスッ
態度が悪いので容赦なく脇腹を蹴った
「そう言うの良いからさ」
「何の目的かさっさと答えないと2度と使い物にならなくするよ?」
「ひぐぅっ」
「何のことを言ってるのかわからん!」
魔法の光を生み出し天井に付着させると辺りを見回した
先に眠らせた娘もベッドの脇で震えている娘も身体に幾つかの痣があった
再び男に視線を落とす
「これでもシラを切るつもり?」
「だっ誰だお前達は!!」
「衛兵!!衛兵!!侵入っがあっ!!」
喚き散らす男の鳩尾に私の爪先が突き刺さる
「顔を見ても分からない?」
「じゃあ何で暗殺者なんか寄越したのかしら?」
「あっ暗殺者?」
「ワシは暗殺なんぞ頼んだ覚えはない!!」
ガンッ!!
男の頭のすぐ脇の壁を蹴り付ける
「わっワシはただ今日高価な毛皮を持ち込んだ2人組の女を連れて来いと命じただけだっ!!」
「高価な毛皮?」
「そうだっ!!」
「毛皮を買い取るためにわざわざ店まで案内してたそうじゃないかっ!!」
「余程の上物だったんだろ?」
「呆れたわ」
「人の店に上物持ち込んだ客の寝込み襲ったって言うの?」
「じっ上物ならワシが買ってやる!」
「他の奴らに先を越されたくないだけだっ!!」
ジリジリと壁づたいに下がるデンゲロスを目線で追いながら聞いていたが・・・
寝込みを襲わせた理由がなんとも下らない
この男は本当に毛皮一つのために人を襲うよう命じたのか?
「ついでに所持金でも奪うつもりだったの?」
「それともその娘達のように襲うつもりだった?」
嘲るような抑揚をつけて薄ら笑いを浮かべるとデンゲロスに詰めよった
「うっぐぅっ!」
「そんなっ」
「そんなつもりじゃなかった!!」
「嘘は嫌い」
「あぎぃ!!」
逃げようとするデンゲロスの太股をゆっくりと徐々に力を込めて踏みつけると苦痛に悲鳴を上げる
「うっ嘘じゃないっ!!」
「まだ言うか」
「本来なら昼間に使者を寄越す」
「仮に深夜に連れ去ったにしても真っ当な取り引きをするつもりならテーブルには金が用意してあるはず」
抑揚も無く冷徹に言い放ち太股を踏みつけた足を内側へ捻る
ゴリッ
「うぎぃぁあっっ!!」
「更にっ!!」
「報告を受ける隣室に奴隷を待機させて即座に享楽に興じておいてっ!!」
「お前の言葉の何処に説得力があると言うのかっ!!」
「答えろっ!!」
怒気荒く言葉を浴びせ続けて3発蹴りを入れるとデンゲロスは尻を抑えて啜り泣いていた
「あーぁ」
「貴方この娘の逆鱗に触れたみたいね」
「たぶんこの娘は貴方が性奴隷に酷い仕打ちしているのも私達が同じ目に有ったかもしれないって事も同じように怒ってる」
「嘘で誤魔化して逃れようとしたのも良くないわね」
「私には貴方を助けてあげる術はないわ・・・」
シンシアは呆れたように言い放つとベッドの影で震えている少女を立たせ隣の部屋へと連れて行った
ラルクもそれに習い眠らせた少女を抱え上げると隣室へと消える
「さぁーあデンゲロスさぁん?」
「洗いざらい謳って貰おうかしら?」
「かっ金か?」
「いくら欲しい?」
「金貨2枚か?3枚か?」
ゴンッッ
「まぁーだ分かってないみたいねぇ?」
デンゲロスの鳩尾に膝を打ち付けのし掛かりながら見下すように言い放つ
「金が目的だとでも?」
「仮に和解金を提示するならねぇ・・・」
ガッ!!
「ゴゴッゴゴゴゴゴゴッ!!」
左手でデンゲロスの顎を掴み壁へと押し当てながら睨み付ける
「アンタの命は金貨2枚ポッチなの?」
「そんな端金に・・・・・」
「私が靡くとでも?」
デンゲロスは両手で私の左手を掴み必死に抵抗してくるがその行為は全く効果が無かった
のし掛かるのを止め立ち上がると100kgはありそうな巨体を片手で持ち上げるとベットに投げ捨てた
「ゴホッガハッガッハァッ!!」
「だっだれがっっ!!」
「だずげっ!!」
「さぁーてそろそろ正直に話す気にならないかなぁ?」
蔑むような視線を向けベッドの歩み寄るとデンゲロスは後退りしてベッドから落ちてしまった
私はわざとらしくゴツゴツと床を鳴らしながらゆっくりとベッドを回り込んで行く
「あひっ!あっ!あぁっっ!!」
両手で顔を隠しながら後ずさるデンゲロスを部屋の隅へと追い込むと目の前で股を開きながらしゃがみこみ両手を膝の上に置いて下から睨み付けるようにデンゲロスを見る
「ゆっ!許してくれぇっっ!!」
「わっワシが悪かった!!」
「何が悪かったんだっつって聞いてんだろぉが?」
「ぁあん?」
「なめてんのかてめこの野郎がぁ?」
「ぉお?!」
まるで旧世代のヤンキーのようなスタイルで威圧する私
別に若い頃もヤンキーなんかやった事無いのだがついノリでやってしまった
「あっ貴女様の言う通りワシは!!」
「言葉遣いに気を付けやがれこの腐れ禿げデブがぁ!!」
がっちりとアイアンクローでデンゲロスの額を掴みギリギリと締め上げる
「もっ!申し訳ありませんっっ!!」
「わっ私めの不徳のいたすところで御座います!!」
「貴女様の仰る通り金品や他の素材を奪いあわ良くば手篭めにして奴隷にしようと考えておりましたぁっ!!」
「申し訳ございませんんーーー!!」
中々素直で宜しい
と言っても好感度なんか上がりはしないのだが
「本当にそれだけ?」
「うっぐっ!!」
「その上でっ!」
「御二人を人質にとって連れのハンターに素材を只同然で持ってこさせるつもりでしたぁ!!」
「ごめんなさぃいいいいい!!」
「もっ!もうこのお手を離して下さいましぃぃーーー!!お願いしますぅーー!!」
強烈なアイアンクローが余程痛かったのだろう
ふんぞり返った成金商人の筈がなりふり構わず謝っている
まぁ良いか
手を離し解放してやると立ち上がり両手を組んで仁王立ちになる
「解放して頂き有り難う御座いますぅーー」
そのま平伏すデンゲロスの前にかが見込み頭を掴んで上を向かせた
「今度こんな事やったら・・・」
「拷問の末クビリ殺してやるから覚悟してね」
「はっっっっ」
「はいっ!!」
「仰せのままに!!」
えらい従順になったものだと思うがそれはまぁ良しとしよう
それだけ恐い思いをしたのだろうから
「お前・・・」
「今から奴隷持つの禁止な?」
「今待ってる奴隷も全員解放しろ」
「わかったな?」
「えっ・・・」
「ぜっ全員ですか?」
「ぁあん?!」
「はっはぃぉいいいい!!」
「仰せのままにぃぃ!!」
デンゲロスは再び床に額を擦り付けたのだった