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57.平和な日々を、みんなで

 アルモニカ連合国代表の、エミール。レシタル王国の君主である国王の代理。この二者による会談を経て、ついに二国の間に友好協定が結ばれた。


 ようやく、私たちのアルモニカ連合国に平和が訪れたのだ。ああ、長かった。




 とはいえ、エミールはまだまだ忙しいようだった。アルモニカに所属する小国の共通法を整備したり、それぞれの小国の要望やら何やらを聞き取ってまとめ、あれこれと手を打ったり。


 私とセルジュも、エミールを手伝って書類の山と格闘していた。処理しても処理しても終わらない、それどころか日々増えていく書類たちにうんざりしながら。


「仕事、どんどん増えるね……」


「アルモニカがどんどん大きくなっているから、仕方ないと言えば仕方ないんだが」


「さすがにここまでの規模になるとは、私も想定していませんでした。嬉しい誤算といったところでしょうか」


 私たちはみんなでそんなことをつぶやきながら、それでもせっせと仕事に励んでいた。


 どうやらあの砦での一幕がさらに広く知れ渡ったらしく、さらに多くの領主たちがレシタル王国から独立し、アルモニカに加わったのだ。今では、アルモニカとレシタルの領土はほぼ同じくらいの広さになってしまっている。


 しかも、優れた兵士を輩出するグノーに加えて、貿易で栄えた町やら、良い農地など、豊かな領地を持つ領主たちがたくさんこちらについた。


 今のアルモニカは、周囲の国々にも負けないだけの大勢力になろうとしていた。ただそのぶん、内部をまとめ上げるには少しかかりそうだった。


 ティグリスおじさんはグノー伯爵、もといグノー王とうまがあったらしく、マリオットとグノーを行き来しながら、兵士たちの訓練に付き合ってくれている。おじさんも、このアルモニカに永住すると決めてくれたのだ。


 私の父であるバルニエ伯爵も、正式にバルニエ王と名乗るようになった。


 もっとも、救国の聖女リュシアンがリュシエンヌ・バルニエであることは、今でもきっちりと伏せている。だってそうしないと、父がまた変な具合に付け上がりそうだし。まあ、周囲には薄々気づかれてはいるような気もするけど。


「と、そろそろ出かける準備をしないと。それではエミールさん、行ってきますね」


「ええ、気をつけて。セルジュ、リュシアン君を守ってあげてください。……わざわざ言うまでもないことかもしれませんが」


「もちろんだ。行ってくる、父さん」


 仕事の手を止めて、セルジュと二人並んで部屋を出る。これから私には、聖女としての仕事があるのだ。


 聖女としての力そのものは、たぶんしばらく出番はないだろう。


 あんな力は、使わずに済めばそれに越したことはない。人間が扱うにはちょっと強すぎるし、便利すぎる。危機を乗り切るにはいいけれど、平和に過ごすには不必要だ。


 でもそれとは別に、聖女という存在にはまだまだ出番があった。不安を抱えている人々に声をかけて安心させたりとか、ちょっとしたもめごとに介入して仲裁したりとか。


 普通の人間が口を挟むと余計にややこしくなりそうな局面でも、聖女様がやってきてにっこり微笑むだけで、不思議なくらいに丸く収まってしまう。あれは本当に不思議だ。不思議すぎる。


 イグリーズの人たちは元々聖女を信仰しているし、それ以外の場所でも、すっかり聖女の存在は有名になってしまっている。おかげで、私が呼び出されることも多くなっていた。


 そんなことを考えながら、旅の支度を整えて馬車に乗り込んだ。豪華な装飾のされた、箱形の馬車だ。隣には、いつもと同じようにセルジュがいる。


 さらに、従者たちの乗った馬車や騎士を乗せた馬などが付き添っていた。みんな、正装に身を包んでいる。


 そうしてみんなで、整列してマリオットの屋敷を出た。イグリーズの町の人たちが、妙にきらきらした行列を見て目を丸くしている。


 今回の目的地は、隣国ソナートの王宮なのだ。それも、レシタル王のたっての願いをかなえるために。


 かつてレシタル王が何かやらかしたせいで、二国の間の国交は絶えていた。けれどそんなレシタル王も、やっと反省したらしい。


 いや、アルモニカが独立して国力が思いっきり低下したせいで、弱気になっただけなのかもしれないけれど。


 ともかくレシタル王は、ソナートへの謝罪と、再度国交を結びたい旨の書状をしたためた。


 そしてそれをソナートに渡してくれないかと、アルモニカに打診してきたのだ。要するに、私たちに橋渡しを頼みたいらしい。


 まあ、私たちとしても悪い話ではない。ソナートの王宮にはお母様がいるし、お母様の今の夫――ちなみに、今までにお母様がさんざんのろけまくったこともあって、どんな人なのかは大体知っている――の顔も見てみたいし。


 そんなことを思い出しながら、窓の外を見る。街道のすぐ近くまで森が迫っていて、見えるのは一面の木々ばかりだ。


「前にこの街道を通った時は、大変だったわね。それに比べて今回は、とっても平和で……」


「ああ。レシタルの王国軍に襲われた時は、生きた心地がしなかった」


「でもそのおかげで、あなたの本心を聞けたのだけれど」


「……我ながら、失態だった。できれば忘れてくれ」


「ふふ、嫌よ。一生覚えておくから」


「おい、笑うな。恥ずかしいだろう」


 あの時は、本気で終わったと思った。ティグリスおじさんが来てくれなかったら、私もセルジュもあそこで終わっていただろう。


 でもそこまで追い詰められたせいで、というかおかげで、セルジュが隠していた思いを聞くことができた。そうして、私も彼への思いをはっきりと自覚するようになった。


 だからあの襲撃が、今の幸せを呼び込んでくれたといえなくもない。かなりの荒療治だったような気もするけれど。


「のんびりと、あなたと馬車の旅を楽しむことができるなんてね。……まるで一足先に、新婚旅行をしているような気分だわ」


 ふとつぶやいたそんな言葉に、セルジュがみるみる赤くなっていく。彼はいまだに、私のこういったふるまいには慣れないらしい。そこがまた、可愛くもある。


「そ、そうかもな。いずれ俺たちは、そういった間柄になる訳で……いい加減慣れないといけない、そう思ってはいるんだが」


「無理しなくていいわよ。あなたのそういう不器用なところも好きなんだもの」


「……お前、慣れるのが早くないか……?」


 あ、もっと赤くなった。セルジュはこちらを見ないまま、小声でうなっている。面白いなあ。


「し、しかしソナートに向かうのは久しぶりだな」


 どうやら彼は、露骨に話題をそらしにかかったようだ。懸命な努力が微笑ましいと思いながら、その話に乗る。


「そうね。王宮なんて初めてだけど……陛下は気さくな方だって聞いているし、お母様も気楽にいらっしゃいって言ってたし、楽しみにしてるの」


 くすぐったい雰囲気が薄れ、いつもの雑談のような空気が戻ってくる。それにほっとしたのか、セルジュがくつろいだ様子で口を開く。


「俺もだ。きっとまた、君の母である王妃にからかわれるんだろうな。それはまあ、あきらめもついたが……ルイに『兄様』と呼ばれた時はどうしようかと思った……」


「あら? あなた、ルイと個人的に話したことがあった? その、アルモニカに帰ってきてから」


「あ、いや、実はこっそり手紙のやり取りをしていてだな」


 思いもかけない話に、思わず目を丸くする。私の知らないところで、セルジュとルイが仲良くなっているようだった。驚いたけれど嬉しい。


 ただちょっと、さっきからセルジュの様子がおかしいように思えた。彼の目が、うろうろとさまよっているのだ。


 何かごまかそうとしているような、後ろめたいことがあるような、そんな顔だ。


「ねえセルジュ、何か隠してない? ルイへの手紙に何か余計なことを書いちゃったとか、そういうの?」


「い、いや。別にそういうことではなく、だな」


 思い立ってかまをかけてみたら、分かりやすくうろたえた。やっぱり、何か隠している。


「やっぱり、何か隠してるわね。白状なさい? 今なら誰も見てないし、何なら実力行使で……」


 彼のほうににじり寄って、そっと肩に手をかける。セルジュはもう耳まで真っ赤だし、ぎゅっと目をつぶってそっぽを向いている。


「くっ……確かに、隠していることはいる。が、今は訳あって話せないんだ。頼むから、もう少しだけ待ってくれ。いずれ、話すから」


「ふふ、分かったわ。話してくれる時を気長に待つわ」


 そうして背もたれによりかかり、セルジュの肩に頭を乗せる。


 ああ、とっても平和だなあ。毎日忙しいけれど、隣には大切な人がいて、向かう先にも大切な人がいて。


 この平和を守るために、できるだけのことをしよう。ちゃんと頑張れる居場所があるって、いいな。逃げようだなんて思わない、そんな場所にいられるのって、幸せだな。


 それに、一緒に歩いていける、支え合っていける愛しい人まで見つかった。幸せすぎて、ちょっと怖い。


 セルジュの手をそっと握って、そんな弱気な思いを頭から追い払う。


 今回の目的地は同盟国の王宮なのだから、何も心配することなんてない。何も怖いことなんて、起こりはしない。


 そう自分に言い聞かせて、微笑みながら目を閉じた。





 その頃、ソナートの王宮。王と王妃、それにルイと七歳ほどの少女が談笑していた。少女は父親に似た、おっとりとした表情の愛らしい子供だった。


「母様、リュシエンヌ姉様とセルジュ兄様が、もうすぐ来られるんですね」


「そうよ、ルイ。もうすぐよ。ああ、楽しみ」


 乙女のようにはしゃぐ王妃に、王が目を細めて笑いかける。


「君は相変わらずいたずら好きだね。アルモニカからの使者である二人との謁見の場を、そのまま二人を祝福する式典にすり替えてしまおうだなんて」


「だってこうでもしないと、あの二人がいつちゃんと夫婦になるのか分からないんですもの。背中を押してあげるのは、母である私の役目よ。協力してくれてありがとう、あなた」


「母様、僕も頑張りました!」


「そうね。こっそりセルジュと手紙のやり取りをして、それとなくリュシエンヌとセルジュ、二人分の服の寸法を聞き出したのはお手柄だわ。私が聞いたら、きっと警戒されてしまっただろうし」


 優しくルイに微笑みかけていた王妃が、声をひそめてにやりと笑う。


「……おかげで、婚礼衣装を勝手に仕立てることもできたし。うふふ」


「お母さま、私もがんばります」


 張りきった様子の少女に、王妃は力強くうなずく。


「頼りにしているわ、ジャンヌ。あなたはまずリュシエンヌにまとわりついて、それとなくセルジュから引きはがすのよ」


「そうしてセルジュ兄様は、僕が別の場所に誘導する……んでしたよね、母様?」


「そうよ。そうして二人を言いくるめて、用意しておいた衣装に着替えさせる。うまくいかないようなら、泣き落とせば一発よ」


「私の妻はたくましいねえ。私も何か手伝いたいところだけれど……」


「あなたは玉座の間で待っていてちょうだい。そうして、別々に着替えさせられたリュシエンヌとセルジュがそろったところで、宣言してほしいのよ。『これから、婚約祝いの宴を始める』って。あなたの言葉なら、あの二人もそうごねはしないと思うから」


「ああ、任されたよ」


 それからも、四人の打ち合わせは続いていた。


 やがて、王妃がふと窓の外を見る。自分のもう一人の娘と、その夫となる男が乗っている馬車がいるであろう方角を。


「花嫁姿と花婿姿、こっちにいる間に見せてもらうから覚悟しなさいね、リュシエンヌ、セルジュ」


 二人はまだ知らない。ソナートの王宮で、自分たちを待ち構えているものについて。たくさんの人たちから浴びせられる祝福の言葉のせいで、たぶん一生分くらい赤面する羽目になるだろうということも。


「うふふ、楽しみ……」


 さっきからもう何度繰り返されたか分からない王妃の言葉を、家族たちはくすくすと笑いながら聞いていた。

ここで完結です。読んでくださって、ありがとうございました。

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新連載始めました。

ちょっと短めのお話です。

下のリンクからどうぞ。

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