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56.アルモニカ連合国のその後

 私とセルジュは、砦の北に迫ったレシタル軍を追い払った後、ここぞとばかりにのんびりだらだらしていた。


 どうせまたレシタルは何かしら仕掛けてくるだろうし、今のうちに二人きりの時間を楽しむことにしたのだ。エミールも、今のうちにしっかりと休んで英気を養ってくださいねと言ってくれたし。


 父はバルニエ領に帰った直後、アルモニカ連合国への参加を表明した。


 少なくともバルニエの屋敷とルスタの町が聖女の力で守られているという事実が、父にその決意をさせたらしい。


 アルモニカの勢力範囲もすぐ近くまで及んでいて、そちらから援助を受けられたというのも大きいようだったけれど。


 そんなこんなで、私たちは何も思い悩むことなく、盛大にごろごろできたのだ。


 またもめごとが起こるまで、レシタルが動き出すまで。それを合言葉に、心置きなく、存分に。


 ところが私たちの予感は、とんでもない方向……ある意味では、ありがたいと言えなくもない方向に外れてくれていた。




「『アルモニカ連合国には、聖女の加護がある。聖女は鳥のように空を舞い、神の雷を操り、その声は天地にとどろく。そして聖女は不死身の軍隊を引き連れ、一切の容赦なく敵をなぎ倒す』……って、これは何なんですか、エミールさん」


 エミールの執務室のソファに座り、渡された報告書に目を通す。その仰々しい内容に、私は絶句してぽかんとするほかなかった。向かいのセルジュも、目を真ん丸にして報告書を見つめている。


 私とセルジュは、エミールに呼ばれてここに来ていた。見せたいものがあるのですと、そう言われて。


 初めて会った頃と同じ、冷静そのものの無表情でエミールが答える。


「レシタルに放った密偵がつかんできた情報ですよ。どうもあちらでは、聖女は恐怖の存在として語られているようでして……」


 こないだ、砦の北に攻め入ってきたレシタル軍を追い払った。たぶん、それも一因だろう。


 確かに、私は空を飛んだし、雷も落とした。みんなに声を聞かせて、説得もした。


 それはそうとして、不死身の軍隊って何。知らないし身に覚えがない、それだけは。


 もしかしてあれかな、砦の前で陣取ってた虎のティグリスおじさんと、がっちがちに武装したグノー伯爵のことかな。


 あの二人、どこからどう見てもただ者じゃなかったし、レシタルの兵士たちはすっごく怖かったのだろうなとは思う。でも二人だけなのに、軍勢って。


 たぶんあの砦で起こったことに、どんどん尾ひれがついていったのだろうとは思う。でも、ちょっとつき過ぎだとも思う。


 ここイグリーズではみんなに慕われ大人気の聖女が、レシタルでは思いっきり怖がられているというのも、ちょっと面白いかも。


 つい小さく笑った私に、エミールがさらに付け加えた。


「レシタルの王都では『悪い子のところには聖女が雷を落としにくるよ』などと、子供のしつけにまで使われているようです。もうすっかり、聖女の存在はあちらでもよく知られるようになったみたいですね」


 何それ。え、絵本に出てくるお化け扱い? 思わず身を乗り出して、エミールに問いかける。


「……あの、何をどうしたらそんなことに……僕、精いっぱいしとやかに、聖女らしくふるまったつもりなんですが」


「どうでしょうね。人知を超えた何か、対抗できない恐ろしいもの……という点では、聖女もお化けも、似たようなものなのでしょう」


「……その、お前のせいではないと思うぞ。単に、あちらが勝手に怖がって、勝手に話を広げているだけで……」


 私が本気でへこんでいるのを察してくれたのだろう、セルジュがおろおろしながら口を挟んでくれた。


 エミールはちょっぴりおかしそうな声で、言葉を続けている。


「しかし聖女の知名度が上がったおかげで、レシタル側はようやく方針を転換してくれたのですよ。ありがとう、リュシアン君」


 にっこりと笑って私に礼を言うと、エミールは私とセルジュを順に見渡して、厳かに宣言した。


「これより我がアルモニカ連合国とレシタル王国は、共存していくための話し合いへと移ることになりました」


 その言葉に、セルジュと二人して顔を見合わせた。今までの頑張りが、やっと報われる。ほっとしたその時、エミールの声が低くなった。


「……ところが、一つ問題があるのです」


 問題? と首をかしげながら、エミールの言葉に耳を傾ける。


「話し合いを行うには、双方代表を立てる必要があります。あちらはレシタル王の代理が来ることになっているので問題ないのですが……こちらの代表は……」


 そもそもアルモニカ連合国は、レシタル王国に所属し続けることに危機感を抱いて独立した領主たちの連合、つまりただの寄せ集めに過ぎない。


 その代表を決めるとなると、さぞかしもめることだろう。エミールの表情は、そのことをありありと物語っていた。


「……実は既に、アルモニカに所属する他の領主たちとも話しました。アルモニカの代表を誰にするか、について」


 エミールの眉間に、みるみるうちにしわが寄っていく。それはもう恐ろし気な表情で、彼は喉の奥でうなっている。呪いの言葉でも吐いているかのような、ものすごい表情だ。


「…………彼らはよりにもよって、私に代表の座を押し付けてきたのです……」


 私とセルジュは一瞬きょとんとして、それから笑い出した。


「俺は、適任だと思う。父さんは有能な切れ者だし、駆け引きは得意だ。レシタルの連中相手に、一歩も引かない論戦ができるだろう」


「セルジュ、声が笑ってるってば。……でも僕も、エミールさんが代表っていうのは賛成です。エミールさんは一番最初に独立を決めた領主で、そして他の領主たちとの調整役もずっとこなしてきていますし」


 そもそも、エミールが「聖女を渡せなどという命令には従えません。なので独立してしまいましょう」などと言い出したのが、アルモニカの始まりなのだ。


 そしてそれから私やセルジュは、それはもうあっちこっち飛び回って、色々と大変な目にあってきた。ちょっとくらいこの苦労をエミールにおすそ分けしたいと思っても、ばちは当たらないと思う。


 セルジュもどうやら同じようなことを考えているらしく、濃い緑の目を無言で細めている。その目じりは、優しく下がっていた。


 そうしてくすくすと二人で笑っていたら、エミールが気味が悪いほど静かな声で言った。


「……ここで私が代表としてレシタルとの交渉の席につけば、おそらく私はそのままアルモニカの初代連合君主の座を押し付けられます」


 アルモニカは連合国、つまり小さな国の寄せ集めだ。ある程度の法律は共有するし、色々と協力し合って、助け合っていくことになる。


 でも、他の国との交渉事など、連合国全体として当たらなくてはならない問題を処理する時は、連合国を代表する存在が必要となる。


 そのために『連合君主』という地位を用意するのだと、前にエミールはそう言っていた。要するに、連合国を構成する国たちを束ねる、小国の王たちのまとめ係となる王様だ。


 王様というより、雑用係に近くなりますがねと彼は言っていた。連合国内の力の釣り合いを崩さないために、連合君主にはできるだけ余計な権力を持たせないようにするつもりらしい。


「連合君主なんて面倒な立場は、今でもそうですが、これからも押し付け合いになるでしょう。ということは、そのままお前たちが次の君主夫妻にされてしまう可能性が高いのですよ、セルジュ、リュシアン君?」


 エミールの口元には、おかしそうな笑みが浮かんでいる。心底楽しそうな、大きな笑みだ。


「聖女が王妃となれば、アルモニカの民はもろ手を挙げてお前たちを歓迎するでしょうしね」


 私とセルジュが思いを打ち明け合ったことは、まだ誰にも話していない。だって、恥ずかしいし。


 でもたぶん、というか間違いなくエミールにはばれている。こないだの婚姻許可証、結局私たちが持ったままだし、セルジュはあれからすっかり雰囲気が優しくなった。


 しかし、君主夫妻とか王妃とか。その言葉の重さとくすぐったさにうまく返事ができずにいると、うつむいていたセルジュがいきなりがばりと立ち上がった。


「あ、ああそうだ、俺はみなに知らせてくる。ようやく平和になりそうだという、この良い知らせを」


 彼はそのまま、きびきびと扉のほうに向かっていく。赤い髪の間からのぞいている耳が真っ赤だ。


「あ、僕も行く! おいてかないでよセルジュ!」


 私たちの背後からは、とても晴れやかで軽やかなエミールの笑い声が聞こえていた。

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