54.照れ屋たちのプロポーズ
アルモニカ連合国が平和になったら。私が聖女として、あちこち駆けずり回らなくて済むようになったら。
その時は自分の妻になってほしい。確かにセルジュは、そう言った。
だから、プロポーズをありがとうと答えた。しかしセルジュは、明らかにうろたえてしまった。というか、大あわてだ。
「ぷ、ぷっ、ぷぷプロポーズ……!」
「あら、違ったの? だって、あなたは私を妻にしたいのでしょう?」
「あ、ああ、間違ってはいない」
「だったら、これで決まりね。全部片付いて落ち着いたら、そういうことで。いい妻になれるか自信はないけれど、努力はするから」
不思議なくらいにするりと、そんな言葉が口をついて出る。かつて父が持ち込む見合いをいらいらしながらつぶしていた私がこんなことを言うようになるなんて。自分でも驚きだ。
「あ、ああ。だが……」
セルジュもまんざらではなかったのか、困ったように微笑んでいる。しかし彼はまた、言い出しにくそうに口ごもってしまった。
「その、お前は恋愛とか、結婚とか、そういうものを嫌っているとばかり……」
「そうね、いい印象はなかったわ。たぶん、今までろくな男性と出会っていなかったせいね。でもあなたとなら、そういうのもいいかなって気がするの」
そこまで言って、何か違うな? と感じた。それから、もう一度言い直す。
「ううん、あなたじゃないと嫌。あなたがいいの」
はっきりとそう言い切った拍子に、心臓がどくんと大きく跳ねた。あ、まずい、どきどきしてる。そういえば私、こういう状況になるの、初めてだ。
でも、ここで言わずにいたら、きちんと思いを告げられるのはいつになるか分からない。
それはプロポーズよね、と指摘しただけで思いっきり挙動不審になってしまったセルジュに負けず劣らず、私も照れくさい状況には弱い。ただ演技が得意なおかげで、多少ごまかせているだけで。
勇気を振り絞って、できるだけ平然を装って、淡々と言葉を続けてみる。
「あなたは今まで見合いで会ったどんな男性よりも誠実だし、ひたむきだし……」
ああ、駄目だ。笑えるくらいに声がうわずってしまっている。仕切り直さないと。
「……ううん、そうじゃないね。たぶん、気まぐれで男装する僕みたいな変わった人間を、そのまま受け止めてくれる懐の広さ、かな。きっと僕は、君のそんなところが好きなんだ」
「おい、いきなりリュシアンに戻るな」
「ふふ、ごめんなさい。つい癖で。でも、私の本来の口調でさっきの言葉を言ったら、あなた、耐えられる? 恥ずかしくって真っ赤になるんじゃない?」
本当は、恥ずかしさに耐えられないのは私のほうだ。でもそんなことはおくびにも出さずに、澄ました顔で小首をかしげてみせる。
セルジュは眉間にくっきりとしわを寄せて、ううむとうなっている。どうやら、図星らしい。
「……自信はない」
「だよね? だから、少しずつ慣れていってもらえればって、そう思うんだ」
「本当に……お前は、演技が得意だな。リュシエンヌ、リュシアン、そして聖女。ほぼ同じ姿形をしているのに、まるで違った人間のようにすら見える」
「結構便利よ? できることの幅が広がるし、本音を隠すのにも役立つし。言っておくけれど、この演技を止める気はないわ。もしかしたら、いずれもう一つくらいバリエーションが増えるかも」
「それはそれで、面白そうだな」
予想外の答えを返してきたセルジュは、少し悩んでからさらに思いもかけないことを言い出した。私とセルジュの二人きりの時は、リュシエンヌでいてくれ、と。
他の人がいる時は、リュシアンや聖女であっても構わない、というかむしろリュシエンヌの部分は引っ込めてくれ、とのことで。
「別に、できなくはないけれど……それ、何か意味あるの? 単にあなたが照れまくるだけじゃない?」
「いずれお前を妻にすることを考えて、リュシエンヌであるお前に慣れたい。それが、本来のお前なのだし」
まあそうね、とうなずいたとたん、彼が一気に赤くなる。
「それに……その、だな。お前の姿の中で一番、あ、愛らしい姿を、あまり他人の目にさらしたくはない」
思いっきり照れながら、彼はそんなことを言った。つられて照れそうになるのをこらえて、涼しい顔で返そうと試みる。
うう、ちょっと演技が難しくなってきた。少しでも気を抜くと、盛大にわたわたしてしまいそうだ。でも私の誇りにかけて、そんな恥ずかしい姿を見せる訳にはいかない。
「あら、言うじゃない。ふふ、嬉しいわ。そうね、私としても照れているあなたの姿を他人に見せるのはもったいないし、お互い様ってことでちょうどいいわね」
幸い、セルジュは私が既にいっぱいいっぱいになっていることには気づいていないらしく、それはもう悔しそうに顔をしかめていた。
たぶんエミールなら私の強がりに気づくんだろうな。というか、大概の人は気づけるんじゃないかな。なんてことをこっそりと思う。
「……今の俺には、これが精いっぱいだ。だが覚悟していろ、いつかお前が本気で照れるような、そんなとびきりの愛の言葉を用意してやるからな」
「あなたが割と負けず嫌いなのは知ってたけど、ちょっと努力の方向が迷走してない?」
「していない。断じて」
照れつつもきっぱりと言い切るセルジュを見ていたら、何だかおかしくなってしまった。それと同時に、妙な衝動が突き上げてくる。彼に触れたい。
というか、今まで彼に触れる機会は山のようにあった。でもそれはほぼ全て、リュシアンとして、あるいは聖女としてのものだった。
それじゃ足りない。今は女性の私、リュシエンヌとして、彼に触れたい。
そんな思いに突き動かされるようにソファから立ち上がり、セルジュと向かい合うようにして立った。
「な、な、な、何をする!」
そのままするりと、セルジュのひざの上に座ってみた。当然ながら、彼は顔から首まで見事に真っ赤になってしまった。本当に、女性が苦手なのは相変わらずだ。
「……何って……前にも似たようなことがあったのだけど、覚えてないの?」
「ない!」
「マリオットの屋敷に、初めて町の人たちが押し掛けてきたあの日のことよ。みんなに囲まれて身動きが取れなくなった私を、あなたは横抱きにして連れて逃げてくれたじゃない」
その言葉でようやく思い出したのか、セルジュは納得したように目を見開いた。もちろん赤面したまま。
「あ、あれは、お前のことを男だと思っていたからであって!」
「私が女だと知っていたら、助けてくれなかったの?」
「う……それは……どうにかして助けただろう、とは思う」
視線をそらしてぼそぼそとつぶやくセルジュを見ていたら、さすがにちょっぴりかわいそうになってきた。
「そうね。あなたは律儀で優しいから、きっと助けてくれたでしょうね。私、あの頃からずっと、あなたのことを頼りにしてたもの」
「……そうか」
「初対面のあなたは、とにかく目つきが鋭くて……でも、不思議と信頼できた。あなたがエミールの息子だと知った時は焦ったけれど」
セルジュの胸に寄りかかって、思いつくまま話していく。
「それからあなたと一緒に、色んな体験をして…………ちょっと色々ありすぎた気もするけれど」
「まったくもって同感だ」
彼の声が、触れた肩から伝わってくるのがとても面白い。
「そうやっているうちに、あなたといるのが当たり前になっていた。ずっとずっと一緒にいられたらって、そう思うくらいに。……私、この通りの変わり者で、しかも聖女だけれど、どうかよろしくね?」
「ああ。こちらこそよろしく頼む。俺も至らぬところが多いし、何かと苦労させるかもしれないが……」
「苦労くらい、今さらよ。……あ、浮気だけは絶対に許さないから。もしよその女に手を出したら、聖女の力を全力でぶつけてやるから。あなたと、相手の女の両方に」
「それは恐ろしいな。肝に銘じておこう」
そうやって二人、笑い合う。明るく声を上げて。
あれだけ男嫌いだった私が、こうして大切な人と寄り添っている。それは何とも予想外の、そして幸せな状況だった。