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49.人の祈りを力に変えて

 ここは教会ではない。聖地でもない。けれど今ここは、人々の祈りで満たされていた。


 アルモニカのみんなの信頼の祈り、レシタルの兵士たちの救いを求める祈り、ソナートの兵士たちの奇跡を望む、ちょっぴり好奇心交じりの祈り。


 その祈りを力に変えて、聖女の奇跡を、今こそ起こす。


 戦わないで。争わないで。傷つけないで。私たちはきっと、共存していける。


 そう強く願うと、私の足元に聖女印が姿を現した。緑色の光が、辺りにふわりと広がっていく。いつもと同じように。


 そうして、砦とその南の草原をすっぽりと包む守りの結界ができあがった。アルモニカに敵意を抱く者たちがそこに足を踏み入れたが最後、あっという間に幸せな眠りについてしまう、そんな結界だ。


 本当はレシタル軍のいる辺りまで結界を広げてもよかったのだけれど、あれだけの人数が一斉に眠りこけてしまったら、後始末が面倒だ。できれば、自分の足で歩いて帰っていってほしい。


「本当に……できた……」


 教会、聖地。そういった、人の祈りが集まっているところでなら、聖女は力を使うことができる。祈りを、思いを力に変えて、聖女は奇跡を起こす。


 だったらたくさんの人が同時に強く祈れば、そこは新たに、聖女が力を使える場所となるのではないか。


 そんなエミールの思いつきから、この作戦が生まれた。


 まずはアミュレットだけでも使える小さな奇跡を見せつけて、レシタル軍をおびえさせ、畏怖の念を抱かせる。


 同時に、アルモニカのみんなで一斉に祈る。ひょっとしたら、おびえきったレシタルの兵士も祈るかもしれない。助けてください、とか何とか。


 できることなら、イグリーズのみんなに協力してもらいたいところだった。たださすがに、町人たちをこんな危険なところまで連れてくる訳にはいかない。


 だからその代わりに、ソナートからも兵士を送ってもらったのだ。とはいえ、戦ってもらうためではない。


 彼らは、前に私が白銀の大樹のところで力を使ったのを見ていた者たちだ。聖女の力を目の当たりにし、畏怖と尊敬の思いを抱いている者たち。彼らであれば、聖女の力を疑うことなく祈りを捧げてくれるだろう。


 そうやって、辺りに満ちた祈りをかき集めて私が聖女の力を使い、砦を守る。


 何ともおおざっぱな、成功するのか疑わしい作戦ではあった。でも現状では、これが一番穏便に、誰も傷つけることなくレシタル軍を引かせることのできる作戦だった。


 もし失敗しても、あらかじめ砦とその南側の守りをがっちりと固めておけば、被害もほとんど出さずに済むはずだ。ひとまず、試してみる価値はある。私たちの意見は、そう一致した。


 私がどこで待機するか、それだけがちょっと問題になった。味方が祈るタイミングをそろえるのは可能だ。


 でもどうせなら、レシタルの兵士たちにも同時に祈ってもらいたい。聖女をおそれ、戦いを避けたいという祈り。そんな思いが、できる限りたくさんほしい。


 そのためには、何かぱあっと目立つことをするのが一番だろう。こう、空に何か打ち上げるとか。普通ではまずありえない光景を、派手に演出するのだ。


 でもアミュレットで使える程度の力でそんなものを描こうとしたら、かなり高いところに行かなくてはならない。


 そんな訳で、私は山に登る、というか道すらない崖を登っていくことになったのだ。幸い、これくらいの崖なら登れそうだったし。……できなかったほうがよかったなあと思わなくもないけれど。


 出たとこ勝負のこの作戦は、ひとまずどうにかなったようだった。さて、では砦の北にいるレシタル軍をどうするか、そちらを考えないと。


 意識を下へ下へと飛ばしていく。すぐに、草原に展開しているレシタル軍のところにたどり着いた。


 砦のすぐ北側、アルモニカ連合国軍の先頭には二つの大きな姿があった。ものものしく武装したグノー伯爵と、虎になったティグリスおじさんが二人並んで仁王立ちしているのだ。


 こんな状況になっても戦いたくない私とは違い、この二人はいざとなったら敵を遠慮なく叩きのめせる。そうしなくてはならない場合があるのだと、理解して覚悟を決めている。おかげで、分かりやすく殺気がもれまくっている。


 その二人が怖いのか、レシタル軍はかなり動揺している。でも、まだ完全降伏とまではいっていない。


 うん、ここは私からもう一押しするべきだろう。今のこの感じだと、まだまだ聖女印頼りの大技が使えそうだし。


 静かに息を吸って、下にいる全員に呼びかける。聖女の力を乗せたその声は、とても神々しく響いていた。


『私は聖女リュシアン。この場に集える者たちよ。私の声が聞こえていますか』


 その声に、さらにレシタル軍がそわそわしている。


『今でこそ敵と味方に分かれてはいますが、あなたたちは等しく、私が守るべき民。どうか刃を向け合うことなく、引いてください』


 とはいえ、はいさようならとはいかないのが軍というものだ。だからちょっぴり、押してやる。


『しかし、もし引いてくださらないのであれば……神の裁きを、下さねばなりません。神の嘆きのひとかけらを、お目にかけましょう』


 そう言い終えると同時に、聖女の力で雷を一発落としてみた。もちろん、両軍からちょっと離れたところ、誰もいないところをめがけて。


 それでも辺り中に、強烈な音がとどろいた。もしかしたら、ちょっと地面も揺れたかもしれない。敵も味方も、兵士たちはみんなどよめいている。


 聖女印を発動させれば、聖女はその力を存分にふるうことができる。眠りや癒しのように人間に直接働きかけるもの以外に、こんな風に雷を落とすことなんかも可能なのだ。その気になれば、他にも色々できるらしい。


 この雷が効いたのか、レシタル軍の最前線の兵士たちはもう完全におびえきっている。このままアルモニカに寝返ってしまいそうな勢いだ。


 あ、でもレシタル軍の中ほどより後ろは、そこまで揺らいではいないな。さて、どうしたものか。


 考えながら、どんどん意識を飛ばしていく。こうやって遠くを見るのも、聖女の奇跡の一つだ。初めて祈ったあの時から、無意識で使っているけれど。


 私の視界はレシタル軍の中に突っ込んでいき、やがて一番後ろにたどり着いた。特に屈強な兵士たちに囲まれてふんぞりかえっている、総大将のところまで。


 彼は顔を真っ赤にして怒っていた。どうも、前線の兵士たちがおびえて動けなくなっているのが気に食わないらしい。自分は安全なところにいるのに、図々しい。


『前に出てくることすらできない臆病者のあなたに率いられている兵士たちが、かわいそうですね』


 総大将にそう呼びかけて、すぐさまもう一発雷を落とす。怒鳴り散らす彼の、すぐ後ろに。当てないように気をつけつつ、かつぎりぎりのところに。


 たちまち、レシタル軍の最後尾も大混乱に陥った。総大将は青ざめて、その場から脱兎のごとく逃げ出した。護衛の兵士たちを置き去りにする勢いで。


 副官らしき人物が、必死に何か叫んでいるようだけど、騒がしすぎて聞き取れない。


 レシタル軍の統制は、ほぼ失われたようだった。これなら、もう砦に攻め込まれる心配はしなくてもいいだろう。結界で守ってはいるものの、眠る兵士を運び出すのは面倒だし。


 にやりと笑って、意識を引き戻す。私は元通りに、山の斜面の草地に立っていた。隣のセルジュのほうに顔を向けて、にやりと笑ってみせる。


「こんなものかな。聖女の奇跡、うまく演出できたと思うけど」


「ああ。レシタル軍が下がり始めたな。成功だ」


 遠眼鏡で下を観察していたセルジュが、ほっと安堵の息を吐く。こちらを向いて、何か言おうとしたのか口を開きかける。


 しかしその彼の顔が、突然険しくなった。


「気をつけろ、右だ!」


 どうしたのだろう、と思ってそちらを向くと、大きなくいのようなものが飛んできているのが見えた。


 幸いそのくいは誰にも当たらず、近くの地面に深々と突き刺さった。私たちと共に来ていた兵士たちが、身構えて周囲を警戒している。


 飛んできた方向からして、おそらくあのくいは下のほうから打ち上げられてきたのだろう。


 車輪のついた大きな台に特大の弓がすえつけられた攻城用兵器が持ち込まれているのを、さっき見た覚えがある。たぶん、あれだ。


 ひとまず、どこから撃たれたのかを確かめないと。もう一度意識を飛ばして、下の状況を探り直す。


 混乱しつつも、それなりに隊列を保ちながら後退しているレシタル軍。その中に、攻城用兵器の姿はない。


 おかしい、どこにいったんだろう。さらに周囲を探り、ようやく目的のものを見つける。


 レシタル軍の本隊からは離れたところ、しかも私たちのいるところからは微妙に見つけづらい山の陰に、攻城用兵器が居座っているのが見えた。


 その周囲では兵士たちがこちらを遠眼鏡で見ながら、次のくいを兵器につがえている。まだ撃つつもりらしい。


 ああもう、こりないなあ。ちょっと怖がらせ方が足りなかったかな。


『私の言葉は、思いは、届いていなかったのでしょうか。あなたたちはどうして血を流すことを望むのでしょうか』


 わざわざ悲しげにそう言って、聖女の力を使う。


 攻城用兵器が、一瞬にして炎に包まれた。兵士たちがあわてて、兵器を捨てて逃げ始める。うん、これでよし。


 ところがその時、またセルジュの叫び声がした。


「危ない、リュシエンヌ!」


「え?」


 今度は、何が起こっているのかを確かめる暇すらなかった。セルジュは叫ぶなり、私を近くの茂みの上に押し倒したのだ。


 ちょうどその時、私が立っていたところにくいが突き刺さった。あの攻城用兵器、他にもあったのか。


 早く見つけ出して、燃やさないと。不安定な姿勢から立ち上がろうとしたら、足がずるりと滑った。とっさにセルジュが私の腕をつかんだけれど、支えきれない。


 そうして私たちは、そのまま二人一緒に斜面を滑り落ちていた。

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