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46.最初の大仕事

 そうしてそれぞれが、連合国を結成するために忙しく立ち働いていたある日。


 ついにエミールから、命令が下った。マリオットに隣接するグノーの領地、そこを治める伯爵を説得してくるように、と。




 私は聖女の衣装をまとい、豪華な馬車に乗っていた。きらきらしく飾り立てられた、機能性や防御力よりも見た目を最優先させた馬車だ。長椅子に車輪をつけたような形をしていて、私の姿は丸見えだ。


 馬車の両側には、やはり美しく着飾ったセルジュとティグリスおじさんが控えている。この二人が正装したところは初めて見たけれど、それぞれ普段とは一味違う魅力が出ていた。


 セルジュは堂々としつつも、どこか初々しさを漂わせていた。たぶん正装に不慣れで、ちょっと服に着られている感があるからじゃないかとも思う。


 そしてティグリスおじさんは、ただただかっこよかった。背筋のぴんと伸びた、ただ者ではなさそうな雰囲気と、優しそうなおじいちゃんのおっとりとした笑み。極端にかけ離れた二つの雰囲気が、不思議なくらいにしっくりと同居している。


 私たちの周囲には、きちんと隊列を組んだ兵士たち。みんなぴかぴかの鎧を着て、ちょっぴり緊張しながら進んでいた。


 その最後尾には、大きな旗を掲げた二人の兵士がいる。旗の片方にはマリオットの家紋が入っていて、もう一枚には見たことのない紋様が描かれている。


 この見たことがないほうの旗は、新しい連合国の旗になる予定だ。


 まだマリオット一国しか所属する国がないのにもう連合国の旗を作るなんて、いくら何でも気が早くないかなあと思っていたら、エミールがその理由を教えてくれた。


 彼いわく「まだ何も決まっていませんが、私たちと一緒に連合国を作りませんか?」と誘うよりも、「私たちの連合国はこのような形になる予定です。今のうちに加わりませんか?」と誘ったほうが相手の承諾を得やすいのだとか。


 何でも、相手の心理的負担を減らし、かつおいしいところを手にできるのではないかと思わせられるとかで。よく分からないけれど、エミールが言うのならそういうものなのだろう。


 彼は旗以外にも、連合国を運営していくのに必要なあれこれを既に決め始めているらしい。もちろん、正式に決定するのはある程度仲間が増えてからだとか。協力と話し合いを抜きにして、連合国は保てないから。


 そんなことをぼんやりと思い出している間も、馬車はイグリーズの町を進み続けていた。


 町の人たちはみんな心配そうにしていたけれど、私がにっこりと笑いかけたら、ほっとしたような顔で笑い返してくれた。改めて、聖女という存在の重さを思い知る。


 私たちはそのまま町を出て、草原の中の街道を進む。やがてマリオットの領地を抜けて、隣のグノーの領地に入った。


 グノーの領地はマリオットの領地と隣接しているだけあって、気候も産業も似ている。ただ、一つ決定的に違うことがあるのだ。


 あまり戦いは得意でない、というか争いを好まないマリオットに対し、グノーは昔から武勇を貴ぶ風潮がある。


 そんな訳でグノー伯爵は屈強な兵士を数多く抱えているし、周囲の領地のもめごとの仲裁なんかに駆り出されることもよくあるらしい。


 要するに、グノー伯爵はこの辺りでは一番敵に回したくない相手で、かつ味方にすればとても心強い相手なのだ。


 エミールによれば、グノー伯爵を味方につけられれば、たぶんもう数名の貴族が、すぐさまこちらに転がり込んでくるだろうとのこと。


 とはいえ、グノー伯爵は中々の石頭で、エミールの説得もうまくいっていなかったらしい。なので、特訓を積んだ聖女……すなわち私をここに投入した、と。


「エミールさんでもうまくい説得できなかった相手か……僕にできるかな」


「大丈夫だ、俺はお前の努力を信じる。それよりもほら、前を見ろ。あちらのお出ましだ」


 リュシアンの口調のまま小声でぼやく私に、セルジュが前を見すえたまま答える。


 私たちの行く手には、やはり一面の草原。そこに、グノーの軍勢がきっちりと整列していた。


 その先頭にいるのが、どうやらあちらの当主であるグノー伯爵だ。あきれるくらい背の高い、ごりごりに筋肉のついた壮年の男性だ。


 乗っている馬も、とってもごつい。あれ、本当に馬かな。図鑑で見たカバか象のほうが近い。


「マリオットの者たちよ!」


 いきなり、そんな声が響き渡る。たいそう力強い、よく通る声だ。グノー伯爵が、こちらに呼びかけてきたのだ。


「貴殿らは何ゆえに、我が領地を侵すのか!」


「話したいことがある! こちらはマリオットの王、エミールの代理人だ! 戦う意志はない!」


 セルジュがそう叫び返し、前に進む。私も馬車から降りて、セルジュの手を取って歩き出した。私の後ろには、ティグリスおじさんが続いている。


 この二人がいてくれれば、何があっても大丈夫だ。そんな安心感からか、私はとても自然な足取りで、ゆったりと優雅に歩くことができた。こんな場には似つかわしくない、どことなく浮世離れした雰囲気を出せたと思う。


 双方の兵士たちが、身動き一つせずに私たちを見つめている。私たち三人は、しずしずとグノー伯爵の前までたどり着いた。


「グノー伯爵、聞いてくれ」


 セルジュが落ち着いた声で、説明を始めた。


 このレシタル王国は乱れ、もう長くはないだろうということ。手をこまねいていたら、民が苦しむばかりだということ。


 だから同じように考える貴族たちと手を組み、新たな連合国を作ろうと考えているということ。


「こちらにおられる聖女は、俺たちの考えに同意して、俺たちに力を貸してくれることとなった。神の加護を受け、神の力を行使できる聖女がいれば、より確実に民を守れる」


 セルジュが話している間、グノー伯爵は眉一つ動かさなかった。体に負けず劣らずたくましい顔に、険しい表情を浮かべたまま。


 そうして、グノー伯爵ははっきりとした口調で言い切る。


「貴殿の申し分、あい分かった。しかしながら、陛下にたてつくのではなく、陛下にその行いを改めていただけるよう直訴することのほうが、臣下のふるまいとしては正しいだろう。聖女だか何だか知らぬが、どうかこれ以上人心を惑わしてくれるな」


 これまでエミールは、書面のやり取りを通じてグノー伯爵を説得しようとしていた。でも、それはうまくいかなかった。


 グノー伯爵は質実剛健、清廉潔白、そしておまけに石頭。世の秩序と民の幸せを一番に願う人格者だから、エミールはまずその辺りをつついてみたらしい。


 でも駄目だった。そして今セルジュが同じようなことを繰り返したけれど、やはり駄目だった。


 彼の考えを変えさせるには、もっと思い切った、そして別の攻め口が必要となる。そしてその攻め手に最もふさわしいのは、私なのだそうだ。うう、荷が重い。


 すっと前に進み出て、セルジュとグノー伯爵の間に割って入る。ヴェールの飾りがしゃらしゃらと揺れる涼やかな音だけが、静まり返った草原に響いていた。


「……初めまして、グノー伯爵。私は聖女リュシアン。どうぞ、お見知りおきを」


 いつもの青年としての口調でもなく、お母様やセルジュにたまに見せている本来の口調でもなく。


 男性らしさも女性らしさも感じさせない、ゆったりと落ち着いた口調と物腰。それが、私たちがみんなで考えた、神秘的な聖女の姿だった。


「私は、民が幸せに暮らすことを望みます。けれどこのままでは、ゆがみ崩れていく国に巻き込まれ、民たちは不幸のどん底に落ちてしまいます。しかしレシタル王は、彼らのことを気にも留めないでしょう」


 焦らないように、練習の時と同じように、落ち着いて、ゆったりと。


 内心冷や汗をかきながらの私の言葉に、グノー伯爵はじっと耳を傾けている。今のところ、いい感じ……かな?


「だから私は、新たな国の形を求めました。善き心を持つ者たちが治める小さな国が、互いに手を取り合い助け合う……私はそれを、アルモニカ連合国と呼びたいと思っています」


 アルモニカ。古い古い言葉で、調和とかそんな感じの言葉を意味する。


「……あなたにも、分かっているでしょう。このままではいずれ、どこかの貴族が王に対して反乱を企てるであろうということを。この国のどこかで、戦いが起こるであろうということを」


 ゆるゆると、静かに歌うように抑揚をつけてささやく。この時のために、発声法を一から学ぶはめになった。あれは大変だった。


「彼ら全てを救うすべを、あなたは持たない。今のあなたに守れるのは、ただあなたの領民だけ」


 冷静にそう指摘すると、グノー伯爵はあからさまに悔しそうな顔をした。本当に民思いの、真面目な人なんだなあ。うちの父にも少し見習ってほしい。


「私たちのアルモニカは、全ての戦を否定します。私たちが力を増していけば、それはレシタル王国への抑止力ともなる。未然に戦を防ぐこともできる」


 個人的に、この主張はちょっぴり納得いかないものがあった。戦いたくない、それはほとんどの人が望むことだろう。


 でもその望みをかなえるためには力が必要で。そして力を見せつけることで、他の人たちが争うのを未然に防ぐこともできて。


 確かにそうなんだけど。こないだだって、ソナートに行く時は王国兵に襲われたのに、帰りは何事もなかった。


 それはきっと、ついてきてくれたソナートの兵士と、ティグリスおじさんのおかげなのだと思う。そして、お母様と話がまとまったことも。


 それらのおかげで、私たちは行きの時よりも物理的に、そして政治的に強くなっていた。


 レシタル王は私たちを皆殺しにして口封じをすることもできなくなっていたし、そもそも攻撃を仕掛けた時点で、ソナートからの報復を覚悟しなくてはならなくなっていた。


「あなたが私たちに加わっていただければ、戦は遠ざかります。民の苦しみも防ぐことができるのです」


 でもやっぱり、少し納得がいかない。力をもって力を抑えこむしかないというのが真実なのであれば、ぶん殴る力を強くすれば平和が近づくということになってしまう。何だか嫌だ、それ。


 そんな個人的な思いは置いておいて、静かにグノー伯爵の説得を続ける。あなたはアルモニカに加わることで、より多くの人を守れるのですと繰り返し訴えた。何度も、根気強く。


 やがて、グノー伯爵が疲れたようにため息をついた。


「…………貴殿の言いように、承服しかねるところがない訳ではない。だが、それでも民のことを思えば、それが最善の手なのであろう……いったん、貴殿らの申し出を受けるとしよう」


 やった、説得成功だ。そう思った瞬間、グノー伯爵はものすごい顔でこちらをにらんできた。どうやら私は、目つきの悪い人につくづく縁があるらしい。


「ただ、もし少しでもその言葉に偽りがあったと思えるようなことがあれば、私はいつでも貴殿らとたもとを分かつ。覚えておいてくれ」


「ええ。協力、感謝いたします。あなた方の善き心、神は必ずや見届けられたでしょう」


 一応私は神の御使いということになっているので、それっぽいせりふでしめくくる。口がむずがゆい。


 どうやら、ひとまずグノー伯爵は味方に引き入れられたようだった。彼の強烈な視線を笑顔で受け流し、優雅にお辞儀をする。


 こっそりと横目でセルジュの様子をうかがうと、彼はほっとしたような顔で微笑んでいた。その表情だけで、頑張ったかいがあったなと心から思えた。

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