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43.お母様の提案

 お母様の言葉に、その場の全員が口を閉ざしてそちらを見る。王妃にふさわしい貫禄をたたえて、お母様は悠然と微笑んだ。


「今、マリオットはレシタル王国から独立して、新たな国となろうとしている。これに乗じてたくさんの貴族たちが独立すれば、レシタルの攻撃がマリオットにばかり集中することはないだろうと、そう踏んで」


 かつてエミールが語ったのと同じような内容を、お母様はすらすらと語る。


「でも、周囲の貴族たちが様子見に走ってしまっているから、敵になる可能性は消せない。だからマリオットは困っている、そうよね?」


 私とセルジュが、同時にうなずく。そんな私たちのほうを向いて、お母様はうなずき返してきた。


「あなたたちは、こうしてソナートを頼ることができた。だからこれからも、レシタルの圧力に屈することなく立ち向かうことができる。でも、他の貴族たちは違うわ。彼らを独立させ味方につけるには、何か彼らの支えになるものが必要よ」


 お母様の青い目が、私を見つめた。こちらを射抜くような強い光を放つ青に、身がすくむ。


「それさえあれば、どんどん貴族たちは独立するでしょうね。レシタルはもともと安定した国とは言い難かったけれど、ここ十年ほどでさらに悪化したから」


 そこまで言い切って、お母様はまたしても悠然と微笑む。


「それでね、思いついたのだけど……レシタルを離れた小さな独立国たちが手を取り合って、連合国を作るというのはどうかしら。聖女の加護のもとに集う、特別な連合国。素敵じゃない?」


「……連合国……聖女の……」


「そう。互いの独立性は保ちつつ、協力し合ってレシタルに対抗するの。あなたのこの素敵な力をあちこちで見せつければ、どうしようか悩んでいる貴族たちも、あなたたちの連合国に参加するんじゃないかしら」


「私が……新たな連合国を作るための鍵になる、そういうこと……?」


「そうよ、リュシエンヌ。あなたにはできるって、私は信じてるわ。……それに」


 聖女としてマリオットを守ると、そう決意した。けれどそれ以上に重たいものが、私の両肩にかかってしまっているように感じられる。


 おじけついている私の耳元に、お母様が近づいてきてそっと耳打ちする。


「そう気負うこともないわ。セルジュは今、マリオットの王子様ということになるのでしょう? 彼を守るために、じゃんじゃん味方を増やしていく。ただそれだけのことなのだから」


 セルジュが王子様。ちょっと似合わない言葉に思わずくすりと笑ってしまうと、お母様も笑いながら言葉を続けてきた。


「……ついでに、レシタル王国が弱体化してくれれば、私たちとしても助かるのよね」


「助かる、って……」


「そのまんまの意味よ。隣接するレシタル王国がずっと政情不安定なせいで、うちも迷惑してるのよ。難民の受け入れとか国境の治安の維持とか、やることが増えちゃってて」


 あまりにもあっさりと、お母様は答える。上品に微笑みながら、さらに言葉を重ねていく。


「マリオットの領地は、ソナートの国境とも近い。そこが独立するというのなら、その周囲の貴族たちと手を組んでもっと大きな連合国となってもらったほうが、こちらとしても都合がいいの」


 都合がいい。何ともあけっぴろげな言葉に、つい苦笑が浮かんでしまう。


「……あなたたちが抜けた分レシタル王国は弱って、終わりも早くなるわ。そうして崩壊したレシタル王国を、連合国が丸ごとのみ込んでくれれば一番楽なのだけれど。あ、これはここだけの話にしておいてね」


「ほんとお母様って、身も蓋もない……」


「ふふ、本音ですもの。具体的な作戦は、エミールが立ててくれるわ。彼、切れ者なのでしょう? だからあなたはあちこち出向いていって、力を使いまくって見せつけて回るだけ。どう、簡単じゃない?」


「……そう言われると、そんな気もしてきたわ。それにしてもお母様、本当に王妃だったのね……」


 軽やかに畳みかけてくるお母様に、ついそんな感想が出てきた。


 物心ついた時にはもういなかったお母様、とっくに死んだのだと聞かされていたお母様、手紙と手鏡でだけやり取りしていたお母様。正直、お母様が生身の人間なのだと、こうして会うまで実感できていなかった。


 けれど実際に会ったお母様は、とっても生き生きした、ちょっと型破りな雰囲気の人だった。そして、思ったよりもしっかりと、王妃を務めているようだった。


 ともかくも、お母様の言いたいことは分かった。にっこり笑って、お母様に答える。


「……分かったわ、帰ったらエミールさんに提案してみる」


「頑張りなさいね。応援してるわ」


 にっこり笑って、お母様が手を差し出してくる。その手を握って、二人でうなずき合った。その横では、ルイがきらきらと目を輝かせて私たちを見守っていた。




 そうして無事にここに来た目的も果たし、いざお母様たちに別れを告げ……ようと思ったけれど、そこでちょっとごたごたしてしまった。


「ああ、あなたが隣国の王太子でさえなければ、連れて帰りたかった……」


「僕も姉様と離れたくはないです……せめてレシタルが、マリオットが平和であれば、見聞を広めるためにそちらに留学することもできたのに……」


 私とルイはしっかりと抱き合って、二人でごねていた。父親が違う私たち姉弟は、少し雑談しているうちにあっという間に意気投合してしまったのだ。


「ルイ、リュシエンヌ、あなたたちが仲良くなってくれて嬉しいわあ」


 そうしてお母様が、そんな私たちをにこにこしながら眺めている。その向こうで、セルジュが肩をすくめているのが見えた。


 その隣ではティグリスおじさんが、さらにもうちょっと離れたところにはソナートの騎士たちとマリオットの兵士たちが、みな嬉しそうに目を細めていた。みんな、兄のような父のような祖父のような、そんな表情をしている。


 全力で別れを惜しみ続ける私とルイに、お母様が声をかけてきた。


「二人とも、そう嘆くことはないわ。新しい連合国ができて、私たちのソナート王国と正式に国交が結ばれれば、いくらでも行き来できるもの。幸い、マリオットとソナートは近くにあるのだし」


「でも、それまで姉様が無事でいられるのか、心配で心配で……」


 私にしっかりとしがみついたまま、ルイが一生懸命にそう主張する。ああもう本当に可愛い。


「そうね、ルイ。私も心配よ。……リュシエンヌ、困ったらあの魔法の手鏡で呼びかけてちょうだい。これから私は、ずっとあれを持ち歩くから、いつでも話しかけて」


「ありがとう、お母様。心強いわ」


「最悪、どうしようもなくなったらソナートにいらっしゃい。もちろん、そちらの彼氏も一緒にどうぞ。伯爵位くらいならあげられるから、二人で新しい家を興せばいいわ」


「お母様、一言どころか三言くらい多いです。彼氏って何ですか」


 ちらりとセルジュを見ると、見事に真っ赤になっていた。お母様が、やだあ面白い、と小声でつぶやいている。どうやらお母様は、彼をからかうのがちょっと癖になりつつあるようだ。


「ともかく、私たちはそろそろ戻らなくては。……ルイも、元気でね」


 そう言って、ルイを抱きしめていた腕をそろそろと緩める。ルイは下を向いていて、顔を合わせてくれない。


「……姉様こそ、ご無事で。今度は、ソナートの王宮を見にきてください。姉様に見せたいものが、たくさん、あって……」


「ええ、もちろん。こちらの騒動が片付いたら、必ず行くわ」


 そう言って、ルイの銀色の頭をなでた。くすんと鼻を鳴らすような音を立てながら、彼はこくんとうなずいていた。

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