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42.予想外の再会がもう一つ

 再度進み出してからは襲撃もなく、順調に国境を越えることができた。ソナートの領地を走っているうちに、やがて目的地が見えてきた。


 そこには白銀に輝く、とても大きな木がそびえ立っていた。


 周囲の木々よりも遥かに高く、幹も太い。大人が何人も手をつないで輪になって、ようやく囲めるかといったような太さだ。びっしりと葉を茂らせたこずえが風に揺れて、きらきらと美しくきらめいている。


 前もってソナートの使者たちから話は聞いていたけれど、予想よりもずっとずっと見事だ。見ているだけで、思わず姿勢を正さずにはいられないような、どことなく神聖な雰囲気の場所でもある。


 セルジュと二人、黙って白銀の大樹を見つめる。そうしている間にも、私たちはどんどんそちらに近づいていた。


 やがて、木の根元に集まっている人々の姿が見え始めた。


 ソナートの兵士なのは分かるのだけど、何だか妙に人数が多い。予想の数倍はいる。しかも、やけに豪華な身なりの兵士たちもいる。いや、あれは騎士だろうか。


 その騎士たちに囲まれるようにして、誰かが椅子に座っていた。こんなところに椅子なんか持ち出してるって、いったい誰なんだろう。ん? あれって……。


「うわ、母さんだ」


 思わず小声でつぶやくと、セルジュが驚いたような声でささやいてきた。


「お前の母……つまり、ソナートの王妃か。隣に、子供がいるようだが」


「たぶん、僕の異父弟のルイ……だと思う。年の頃も、見た目も、聞いた話と一致するし。でもあの子、ソナートの王太子なんだけど……」


 王妃と王太子が、こんな国境近くまで来ている。それなら、この厳重な警備も納得だ。でも、何しにきたんだろう。


 あぜんとしていたら、馬車が止まった。訳が分からないままセルジュと一緒に馬車を降りて、お母様たちのほうに歩いていく。


 するとお母様が椅子から勢いよく立ち上がり、私をぎゅっと抱きしめてきた。


「会いたかったわ、リュシエンヌ!」


「あ、あの、母さんがどうしてここに?」


「だってあなたに会いたかったんだもの。みんなを説き伏せて、ここでの交渉役を任せてもらったのよ」


 さらりとそんなとんでもないことを言い放って、お母様は私を見上げる。


「あんなにちっちゃかったのに、こんなに大きくなって……私より身長、高くなったのねえ。その衣装も、よく似合っているわ」


「大きくなったというか……最後に会ったの、僕が赤子の頃だよね?」


「ごめんなさいね、さすがにあなたを連れて修道院には行けなかったから……本当は、片時も離れたくなかったのだけど」


「いいんだよ。お母様にも事情があった。それは分かってる。……要するに、あの父のせいなんだし、全部」


 私が赤子の頃の騒動、父の浮気とそれに伴うお母様の修道院行きと離婚について、私は大まかなことしか知らない。


 父はそのことについて語ることはおろか、ほのめかすことすらなかった。ただ、「お前の母は死んだ」と言い張るだけで。


 そしてお母様も「あなたはまだ若いのだから、人生の暗いところなんてあんまり知るものじゃないわ」と言って、詳しいことは教えてくれなかったのだ。


「そのことはそろそろ忘れてもいいんじゃないかしら? あなたもどうやら、バルニエの家からは離れられたみたいだし。素直に幸せを追いかけてもいいと思うの」


 私とお母様は、結構似ている。おまけにお母様は、年の割に若い。たぶん周囲の人たちには、姉弟のようにも見えているだろう。なんだかみんな、複雑な顔をしているし。


「ああ、それと一つお願いがあるのだけど」


 お母様が私から身を離して、おかしそうに微笑む。


「あなたが男装して、リュシアンと名乗っていることは知っているわ。でも今だけ、本来の姿、リュシエンヌとしてふるまってはくれないかしら? その、みんなが混乱してるみたいだから。あの人物は私の娘なのか息子なのか、どっちなんだって」


 マリオットでの私は、青年リュシアン。けれどソナートでは、王妃の娘として知られている。確かにこれではややこしい。


 分かったわ、と答えたその時、やはり椅子に座っていた少年が立ち上がり進み出てきた。


 胸に手を当てて、礼儀正しくあいさつをしてくる。失敗しないようにと一生懸命になっている感じが、何とも可愛らしい。


「初めまして、リュシエンヌ姉様。僕はルイ、いずれこの国を継ぎ、ソナートの王となる者です。姉様のことは、いつも母様から聞いています。お会いできて、とても嬉しいです」


 私やお母様と同じ銀色の髪と青い目。ついでに、顔立ちも私たちと似ている。十歳くらいの、とっても可愛らしい少年だ。


「初めまして、ルイ。……ルイ様と呼んだほうがいいのかしら。あなたはソナートの王太子なのだし」


「いいえ、あなたは僕のたった一人の姉様です。どうぞ、普通の姉弟として扱ってください」


「いいの? 知っての通り、私は状況に応じて男装したりする変わり者だけど」


「はい! 姉様は普通の令嬢の枠にはまらない、自由で素敵な方だって聞いていて……僕、ずっと憧れていたんです」


 どうやらルイは、すっかり私に夢を抱いてしまっているらしい。お母様にあれこれ吹き込まれた結果なのか、あるいはこの子も私やお母様のように少々変わっているのか。


 まあいいか、いいお姉さんでいられるように努力しよう。可愛い弟が幻滅しないように気をつけないと。


 そうやって私がルイと話し込んでいると、すぐ横でお母様がセルジュをとっ捕まえて観察しているのが見えた。大丈夫かな、セルジュ。


「あらあ……あなたがセルジュね? リュシエンヌから聞いてはいたけれど……ふーん……へーえ……なるほどねえ」


 お母様とセルジュの距離が、やけに近い。というか、お母様がじりじりと彼に近づいているのだ。妙なにやにや笑いを浮かべながら。


 セルジュは隣国の王妃相手に後ずさりして逃げることもできず、必死に視線をそらしていた。頑張れ、セルジュ。


「ところで、さっきから妙な動きをしているけれど……もしかしてあなた、女性は苦手なのかしら?」


 まさかここで「苦手です」と答える訳にもいかないセルジュは、黙って目を白黒させている。かわいそうになってしまって、そっと割り込んだ。


「お母様、あまり彼をからかわないであげて。そこそこ付き合いの長い私でも、こうして女らしくふるまったとたんぎこちなくなるのよ、彼は」


 そう言ってくるりとセルジュのほうを見ると、彼は真っ赤になってさらに目をそらしていた。私とも目を合わせられないらしい。まあ、予想してた反応ではあるけれど。


「というかセルジュ、いい加減私にくらいは慣れてほしいのだけど……リュシアンとして、結構一緒にいたでしょう?」


「無理だ。お前が魅力的なのが悪い」


「……あなたの褒め言葉のほうが、よっぽど恥ずかしいわよ……自覚してるの?」


「自覚? 思ったままを言っただけだが」


「駄目だわ、たちが悪い……」


 そうやってわいのわいのと騒ぐ私たちを見て、お母様はくすくすと笑っていた。ルイも目を丸くして、興味深そうに私たちを見守っている。


「まあ、合格かしらね。少なくとも私の前の夫よりは、遥かに将来有望よ」


 お母様はセルジュに歩み寄ると、まっすぐに彼を見上げた。腰に手を当てて、胸を張って。


「セルジュ、私の愛娘をよろしくね。泣かせたら承知しないわよ」


 口調こそ軽いけれど、その目はとても真剣だ。そんなお母様の気迫に押されたのか、セルジュも真顔でゆっくりとうなずいていた。


 それを見て、お母様は満足げに笑う。それからくるりと回って、白銀の大樹を指し示した。


「さて、顔合わせも終わったところで、本題に入りましょう。さっそくだけど、聖女の奇跡を見せてもらえないかしら? この綺麗な木、うちの国では古くから神木って言われてるのよ。祈りを捧げると願いがかなうとか何とか……ちょうどいいと思わない?」


 軽やかにそう言って、お母様が声をひそめる。


「別にあなたが失敗しても構わないんだけれど、成功してくれたほうが私としては後が楽なのよ。大臣とか貴族たちとかに、根回ししなくて済むから」


「お母様、そんな身も蓋もない……そこは、『絶対に成功してね』じゃないの?」


「こういうのは自然体で挑んだほうがうまくいくものじゃない? だから、私としては『どっちでもいいから気楽に頑張りなさいね』になるのよ。これも親の愛よ」


 思わず眉をひそめたところに、ルイが割り込んできた。ぎゅっと両手をにぎりしめて、きらっきらの目で私を見上げながら。


「姉様、僕は聖女の奇跡が見てみたいです」


「よし、頑張るわねルイ。あなたのために」


「嬉しいです、姉様!」


 お母様は置いておくとして、可愛い弟にこんな風に頼まれてしまっては、全力を出さずにはいられない。絶対に成功させてやる。はりきりながら、ルイと手を取り合う。


 セルジュがちょっとあきれたような目でこちらを見ている気がするけれど、気にしない。


 みんなから離れて、白銀の大樹のすぐ前に立つ。


 私は今までに、二回力を使った。イグリーズの教会と、湖の洞窟。そのせいか、私には何となく理解できていた。ここでなら、私は力を使える、と。


 これまでは、守りの力を望んだ。イグリーズから、マリオットから敵を排除したい、と。でも今ここに、その奇跡は必要ない。この地は既に、ソナート王によって守られているから。


 だったらここで、私は何を願おうか。


 もしかなうのなら、セルジュたちの怪我を治してあげたい。セルジュは軽傷だけれど、それでも血のにじんだ包帯は中々に痛々しかった。


 足の骨を折ってしまった兵士なんかは、仲間に助けられながらようやく歩いているようなありさまだ。


 みんな私に心配かけないように、これくらい大丈夫ですと言ってくれている。でも、そんなはずはない。彼らは訓練を積んだ兵士だけれど、それでも痛いものは痛いだろう。


 ティグリスおじさんもいてくれるし、イグリーズには問題なく戻れると思う。でもその間、彼らが慣れない地で傷ついた体を引きずっているのは、嫌だった。


 そう思った次の瞬間、足元からふわりと風がわき起こる。地面に浮かび上がるツタのような優美な紋様、そして辺りにはじける緑の光。これで三回目の、聖女の力の発動だった。


 一呼吸置いて、周囲から歓声が上がる。みんなは動かなくなっていたはずの腕を高々と突き上げ、折れていたはずの足で飛び跳ね、喜びをあらわにしていた。さすがは聖女様だ、俺たちの聖女様はすごいぞと、そんなことを叫びながら。


 驚きと興奮に目を丸くしたお母様が、私のところに歩み寄ってくる。その後ろでは、ルイがかがみ込んで聖女印を間近で見つめていた。とても興味深そうな顔だ。


「今のが、聖女の力……癒しの力が発現したのね。地面がまだ光っているけれど、これ、どれくらい続くのかしら?」


「ええと……だいたい十年くらい、って聞いてるわ。徐々に効果は薄れていくけれど、この木の下にいれば、傷が癒えていくはず」


 昔から聖女の力について、記録をもとに研究していたエミールによれば、聖女印は放っておけば十年から十五年ほどで消えるらしい。消える前に新たに祈ることで効果を延長したり、逆にすぐに聖女印を消すことも可能なのだとか。


「あら素敵。これだけでも、マリオットに手を貸す対価としては十分過ぎるくらいね。ここに療養所を作れば、しばらくは民も大助かりだもの」


 そう言って可愛らしくはしゃいでいたお母様が、ふと何かを思いついたように色っぽく笑った。


「聖女の力は、本物だった。それも、とんでもない力だった。……ねえ、一つ、面白い手を思いついたわ」

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