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31.カゲロウの若者たちと

 それから私は、時々女装? して若者たちの隠れ家である酒場に顔を出した。


 彼らを鍛えてやると約束したからというのもあるけれど、それ以上に、どうにも危なっかしい彼らがどうしているのか、つい気になってしまったのだ。


 私は伯爵家の令嬢として、様々な教養を身につけてきた。それにティグリスおじさんから、身の守り方も学んでいる。


 そんな私からすると、彼らのやっていることはやはりおままごとのようにしか見えなかった。


 そんな心配をよそに、若者たちは大いに張り切っていた。そろそろ、俺たちの組織に名前を付けないか。そんな話し合いを始めてしまったのだ。


 私とセルジュが苦笑しながら見守る中、彼らは何時間も言い合っていた。そうして決まったのが『カゲロウの叫び』だった。


 何でも、自分たちはひらひらと飛ぶカゲロウのように無力だ。けれどみんなで集まって叫べば、人々の注意を引くこともできるかもしれない。何かを変えられるかもしれない。そんな思いのこもった名前なのだそうだ。


 とはいえちょっと長い名前なので、普段はただ『カゲロウ』とだけ略することになったようだ。


 それなら、うっかり部外者に名前を聞かれても不審に思われにくいだろうし。何で虫の話をしているんだ、とは思われるだろうけど。


 ともあれ、私はカゲロウの面々を、セルジュと二人がかりで鍛え上げることになった。


 午前中は聖女リュシアンとして町人と面会、午後はリュシエンヌとして若者たちをしごく。それが、私の日課となっていた。




「はいそこ、手が止まってるわよ!」


 イグリーズの町のすぐ外の草原に、私のそんな叫び声が響く。目の前には、一生懸命に木刀を振っているカゲロウの若者たち。


「うう、疲れた……」


「リュシエンヌさん、少し休んでいいですか……」


「駄目。何をするにも、体力は必要よ。素振り百回が終わったら、みんなで町の外を一周しましょう。休憩はそれからよ」


 自分も素振りをしながらそう答えると、若者たちが一斉にうめいた。こちらは私よりさらに勢いよく木刀を振っているセルジュが、楽しそうに笑っていた。




 そしてまたある日。書類を片手に、目の前の若者たちに呼びかける。


「……つまり、こういった場合に第一に考慮すべきなのは、安全な輸送路の確保ね。具体的には……」


「ちょ、ちょっと待ってリュシエンヌさん! 速い、速いです! メモが追いつかない!」


「というか、難しい……さっぱり分からん」


 カゲロウの拠点である酒場、開店前のそこを講義室代わりに、私はみなに統治の仕方を教えていた。


 こちらは、まだ鍛錬よりも何とかなりそうだった。商人の息子なんかも混ざっていたおかげで、多少なりとも組織運営に慣れている人間がいたのだ。


「そもそもリュシエンヌさんって、何者なんですか……武術に優れてるだけじゃなく、こんなことも知ってるなんて……」


「そこはせんさくしない約束だ。ほら、手が止まっているぞ。リュシエンヌ、遠慮なくしごいてやってくれ」


「セルジュ、あなたちょっと楽してない?」


「ずっと一人でやってきたんだ、少しくらい休ませてくれ」


 そう言ってセルジュは、ほっとしたような表情を浮かべていた。ちょっと釈然としないものを感じながらも、まあいいかとも思えていた。




 とまあ、色々ありつつも、少しずつカゲロウの若者たちは成長していった。


 セルジュの負担を大幅に減らすことができたし、教え子……自分より年上も多いけど……たちの成長を実感するのも楽しい。案外、こういうのも悪くない。


 ただ、それとは別に少々、面倒なことになってしまっていた。




「なあ、セルジュ様があんな風に女性と一緒にいることって、今までなかったよな?」


「俺の知る限り初めてだ。それにセルジュ様、リュシエンヌさんがいると表情が柔らかくないか?」


「あ、お前もそう思ってたのか。……大きな声じゃ言えないけど、お似合いだと思う」


 カゲロウの若者たちは、いつしかそんなことをこそこそとささやきあうようになっていたのだ。本人たちは内緒話のつもりなのかもしれないけれど、丸聞こえだ。


 いつものように町の外で素振りをしながら、隣のセルジュにささやきかける。


「……ねえセルジュ、私はあまりここに来ないほうが良いんじゃない? ……何だか、妙な噂になりつつあるみたいなんだけど……」


「だが、お前がいると彼らの士気が上がるのも事実だ。それに、俺には聞きづらいことも、お前になら気軽に聞くことができるみたいでな。その、お前が嫌でなければ、もう少し協力してほしい」


 セルジュはそう答えつつも、なんだかちょっぴり様子がおかしい。私が彼のほうを向くと、露骨に視線をそらすのだ。


「別に嫌じゃないし、私は構わないけれど……あなたのほうが困ってるんじゃないかって気がするの。こちらを見ないようにしながら素振りするの、難しくない?」


「あ、いや、それは……単に、どうふるまっていいか分からないだけだ。……そもそも俺は、女性が苦手なんだ」


 まるで重大な秘密を暴露しているかのような堅苦しい声音で、セルジュがつぶやく。


「知ってたわよ、女性が苦手なことくらい。……だから私、普段はずっと男装してるのよ」


 すかさず小声でそう答えたら、彼は言葉に詰まったように口を引き結んだ。今まで私が気づいてないと、本気で思ってたのか。ばればれなのに。


「……その……お前のことは、別に苦手ではない。その、普通の女性は俺の顔をまともに見ると怖がることが多いしな……あるいは、やけにしなを作って寄ってくるか。対処を間違えると泣かれることもあるし……」


「……あなたはあなたなりに、苦労してたのね」


 私は貴族の令嬢で、父があんなだから、とにかくさっさと嫁げ嫁げとせっつかれて大変だった。でもセルジュはセルジュで、大変なようだった。


「そうかもしれない。ただ今困っているのは、もっと別のことなんだ……」


 彼の視線が、うろうろとさまよっている。どうしたのかな? と思って顔をのぞき込むと、彼は戸惑いつつもこちらをちらりと見た。


 素振りの手を止めた私たちを、カゲロウの若者たちが興味津々といった顔で見ている。


 セルジュは若者たちの視線に気づく余裕すらないらしく、真っ赤になってうつむいた。蚊の鳴くような声で、


「そうやって女性の姿をしているお前は………………可愛い、と思う」


 突然飛び出た一言に、今度は私が一気に照れてしまう。


「えっ、ちょっ」


「お前は俺がにらみつけたところで動じることすらないだろう。その強さは、とても好ましい」


「セルジュ、あなた自分が何を言って」


「かと言って、俺にこびてくる訳でもない。そのさっぱりとしたところもまた、好ましい」


「ねえ、落ち着いてって」


 いつしかカゲロウの若者たちも手を止めて、にやにやと私たちを見守っている。セルジュのこの恥ずかしい語りを止めさせないと。


 彼の腕に手をかけて、ゆさぶる。彼は優しい目でこちらを見て、さらに続けた。


「……俺にとってお前は、親友のようなものだと思っていた。だがこうしていると、ただの親友とも違う気がする。何だろうな」


「わ、私は知らないから! 親友でいいの!」


 これ以上喋らせるのはまずい。そして、私がうかつに何かを言うのもまずい。既に話が、むずがゆい領域まで来ている。あわてて口をつぐみ、知らん顔を決め込もうとした。


「あ、照れてるぞ。ああしてるとリュシエンヌさんも、すっごく可愛いのにな」


「ほんとだ。いつもはおっかない鬼教官なのに」


「やっぱりお似合いだな、あの二人」


 若者たちがそんなことをささやき合っているのが、かすかに聞こえてくる。


 その内容には大いに突っ込んでやりたかったけれど、どういう訳か動けなかった。下手に動くと、余計にからかわれるようなことを言ってしまいそうで。


 結局、私とセルジュは互いに顔を合わせないようにしながら、何も聞こえなかったふりをしていたのだった。

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