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29.若者たちの悪あがき

「俺たちがこうしてここに集まるようになったきっかけは、一人の若者だった」


 目を伏せて、こちらを見ることなくセルジュは語る。


「お前がやってくるよりもずっと前、町を歩いていた俺を呼び止める者がいたんだ」


 その若者は、王都にいる親戚からこんな手紙をもらっていたのだった。


『王都の治安は悪くなる一方だ。もうここでは暮らしていけないから、お前のいるイグリーズに移住しようと思ったんだ』


『それなのに、最近街道の警備が厳しくなっていて、他領に移ることすらままならない。無理やり険しい山を越えようとして命を落とす者も後を絶たない。どうか、助けてくれ』


「その若者は手紙を見せて、俺に泣きついてきた。この状況をどうにかしてくれ、自分たちを救ってくれと。しかし俺にそんな力はない。俺は地方の一領主の、ただの跡取り息子に過ぎないのだから」


 彼の声には、ほんの少し自嘲の響きが混ざっていた。何も言えずに、ただ彼の声に耳を傾ける。


「ここイグリーズは平和だ。けれどレシタル王国のあちこちで、そんな風に民が苦しみ始めている。この状況を変えたいと思うようになった連中が、自然とここに集まるようになったんだ」


「もしかして『マリオットは反乱のために人を集めている』っていうあの噂って……」


「おそらくは、彼らのことだろうな」


 そうして、この組織ができあがった。しかしまだ名前すらなく、所属している人間もせいぜい数十名。しかも、みんな十代から二十代の若者ばかり。


 セルジュがエミールに内緒でここに来ているのと同じように、みんな家族には内緒で活動しているらしい。


 最近では噂が噂を呼び、遠くの町からわざわざやってくる者もいるらしい。この町外れは比較的治安が悪くて普通の人が寄りつきにくいことから、彼らのいい隠れ場所になっているようだった。


「彼らはある程度数が集まったところで、王都との街道を力ずくで解放しようと計画していた。要するに、武力行使だ」


「あんなに弱いのに、武力行使って……」


 怪我をさせてもいいのなら、私一人でもさっきの全員を無力化できる。そう断言できるくらいに彼らは弱かった。思わずうめくと、セルジュも苦笑した。


「お前もそう思うか。あいつらを放っておいたらどんな悲劇になるか、分かるだろう。かといって、俺はマリオットの者として彼らの思いを受け止めることもできない。当主である父さんが、静観を決め込んでいるからな」


「エミールさんの姿勢は正しいと思うわ。この情勢で下手に動くとろくなことにならないもの」


「……そうだな。少し悔しいが、その通りだと思う。でも民たちの不安は、もうどうしようもないところまでふくれ上がっているんだ。だからこそ彼らは聖女を熱心に待ち望み、そうしてお前にすがっている」


 彼の言うことには、大いに心当たりがあった。今まで面会してきた人たちは、聖女である私に悩み事を打ち明けてくれていた。


 その中には、このレシタル王国の未来がどうなるのか分からなくて怖い、というものも多かったのだ。


 あの若者たちを放っておいたら、間違いなく自滅する。かといって彼らを穏やかに解散させる方法も浮かばない。


 仕方なくセルジュは、今はまだ雑多な集まりでしかないこの集団を、もうちょっとまともな組織にするべく頑張っていたのだそうだ。


 武力をもって国に反逆するのではなく、国の力となれる人材の集まり。そういった組織であれば、存在が国にばれたとしても言い逃れができる。彼なりに、そう考えた結果だった。


 今は戦いに向いた者、書類仕事に向いた者など、それぞれの適正に合わせて役割を割り振っている途中らしい。


 さっき私を取り押さえようとしていたのは、比較的戦いに向いていると判断された者らしい。でもそれにしては、あまりにも弱かった。


「実のところ、手が足りない。あいつらを指導できるだけの能力と技能があるのが、俺だけでな……みな、やる気だけはあるんだが」


 目をきらきらさせた若者たちに囲まれて、困り果てながらもあれこれと指導するセルジュ。そんな姿を想像したら、つい吹き出してしまった。


「おい、笑うな。俺だって必死で……そうだ」


 赤い髪をくしゃくしゃとかき乱していたセルジュが、にやりと笑って身を乗り出してきた。


「……お前も手伝ってくれ。お前は教養も武術も一流の、とびきりの人材だからな」


「おだてても無駄よ。私がそんな組織に混ざっていたら、ばれた時さらにやっかいになるじゃない」


「ああ。だから、ただのリュシエンヌとして手を貸してくれればいい。リュシエンヌ・バルニエとも、聖女リュシアンとも別人ということにすればいいだろう」


 しれっとそう言ってのけるセルジュに、またしても吹き出してしまう。


「さすがにそれって、無理がない? 変装してはいるけど、全員、顔は一緒なのよ?」


「他人の空似で押し通そう。ずっと『リュシアン』を見事に演じてきたお前なら可能だろう?」


 かなり無理のある言い訳だけれど、彼は真剣なようだった。セルジュは私の両肩に手を置いて、力強く言った。


「頼む。俺はあいつらを助けたい。あいつらの思いをくんでやりたい。でも、俺の力では足りないんだ」


 初夏の森を写し取ったような鮮やかな深緑の目が、すぐ近くできらめいていた。


 不安はたくさんあったけれど、その目を見ていると、それよりも別の思いが突き上げてくる。


「……分かったわ。大したことはできないと思うけれど、それでもいいのなら」


 その瞬間、セルジュがぱっと顔を輝かせる。その表情に、自分の選択が間違っていなかったと思えた。


 それからセルジュは、奥に向かって呼びかけた。上機嫌なその声に、若者たちが首をかしげながら姿を現す。


「このリュシエンヌが、みなを鍛えてくれることになった。彼女の実力は、さっき見た通りだ」


 彼の言葉に、若者たちは目を丸くして私を見た。にっこりと笑いかけてやったら、ちょっと後ずさりしている。私がこの酒場に入った時の大騒ぎを思い出したらしい。


「よろしくね、リュシエンヌよ。正式な戦い方や鍛え方は知らないけれど、護身術くらいなら教えてあげられるわ。さっきみたいな」


 若者たちは少しの間固まっていたけれど、やがておそるおそる声をかけてきた。明らかに戸惑い、ちょっぴりおびえながら。


「あ、ああ。その、よろしく……」


「君みたいな、その……強い人が手を貸してくれるのは、助かる……」


 彼らのそんな様子がおかしかったらしく、セルジュが笑いをこらえながら口を挟む。


「大丈夫だ、リュシエンヌは少々変わっているが、とても気のいい女性だからな」


 若者たちに気づかれないように、そっとセルジュのわき腹をひじで小突く。


 初対面の相手に、変わっているなんて紹介しないでよ。そんな意味を込めてきっとにらみつけると、彼もまたとても楽しそうな視線だけで答えてきた。


 どうやら彼は、私の力を借りられることがよほど嬉しいらしい。女性が苦手で、男装していなかったら私のこともまともに見られないのに、今はごく自然にふるまっている。


 まあ、いいか。彼にはあれこれと迷惑をかけたし。ちょっとからかわれたくらいは、水に流そう。


「あの、だったらさ……俺たちの拠点、案内しておいたほうがいいんじゃないか? どうする、リュシエンヌ……さん」


 まだどことなくそわそわしながらも、若者たちがそう申し出てくる。しかも、『さん』付けだ。よほどさっきの大立ち回りが効いたらしい。


 せっかくなので、案内を頼むことにした。……私が関わってしまった組織が、いったいどれほどのものなのか、自分の目でも見ておきたいし。


 そうして彼らは、酒場を案内してくれた。この酒場が、丸ごと彼らの拠点になっているのだそうだ。


 町外れの酒場であれば、多少人が集まっていても、時折大きな荷物が運び込まれても不自然ではないから。人も物も、自由に動かせる。


 さっき外から見たこの酒場は、さほど大きなものではなかった。


 そして実際に中を歩いてみると、やはり比較的小さな建物のように思われた。反乱をたくらむ組織の拠点としては、あまりにもみすぼらしい。


 私がそんなことを考えているとは知らない青年たちは、とても楽しげに案内を続けている。


 みんな、お気に入りのおもちゃを誇らしく掲げている子供のような顔をしていた。


 希望に満ちたその顔を、うらやましく、そしてちょっぴり哀れにも思っている自分がいた。

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