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24.僕の、私の打ち明け話

 食堂の前の廊下で、立ったままエミールと話す。


「……はい。とはいえ、まだ正体まではばれていません。あの、ところで」


 エミールの目を、正面から見つめる。彼の明るい緑の目は、とても優しくきらめいている。


「あなたはいつ、僕が男ではないと気づいたのでしょうか。それに、僕の正体にも」


 その問いに、エミールは少しためらっているようだった。やがて口元に苦笑を浮かべて、小声でささやいてきた。


「誠に申し上げにくいのですが、君は女性なのだろうと、最初からそう思っていました。セルジュが君を連れてきた時、ああこの方は男装している女性だろうな、と感じたのです」


 まさか、一目で見抜かれるなんて。男装には自信があったのに。ちょっとがっくりきていると、彼は小さく首を横に振った。


「君はとても見事に化けておられたのですが、ちょっとした仕草や表情に、柔らかさがにじみ出ていたのです」


 柔らかさ、か。一度、具体的に細かく聞いておいたほうがいいかもしれない。今後のために。


「それに、君には妙に気品がありました。明らかに、育ちのいい方なのだと思いましたよ。この屋敷にも全くおじけづいていないようでしたし、きっとこの女性は貴族の令嬢なのだろうなと、そう思いました」


 しかもそこまでばれている。いつもは、豊かな商人の息子か何かと思われていたのに。これは私の演技力が低いのではなく、エミールの洞察力が高すぎるのだろう。そういうことにしておく。


「そして君の正体に気づいたのは、リュシエンヌ・バルニエが行方不明だという知らせが舞い込んできた時です」


 とても理路整然と、エミールの説明は続く。


「あの時君は、いきどおるセルジュをやけに懸命に励ましていました。しかも、リュシエンヌさんを妙にけなすような言葉を使って。普段の君らしくもない発言の数々に、驚いたものです」


 そう言って彼は、小さく笑った。


「その時ふと、思い出したのです。リュシエンヌ・バルニエのことを。彼女は美しい銀の髪とサファイアの瞳を持つ美しく上品な女性で、意志が強く生き生きとした目をした方なのだと、そう聞いていましたから」


 あとは言わなくてもお分かりですね? とばかりに、彼は意味ありげな視線をよこしてくる。


「もっともセルジュは、何一つ気づいていなかったようですが。それも仕方のないことでしょうか。あの子は、他人を疑うことを知りませんから。亡き妻に似て、まっすぐな気性なのです」


「やはり、彼にきちんと事情を話しておくべきでしょうか……」


 できれば、このままなかったことにしてしまいたい。今まで通り男性としてふるまっていれば、いずれセルジュも落ち着くのではないか。


 私のそんな考えを見抜いたように、エミールは静かに答えた。


「そうですね……では一つだけ、私から助言を。もしも君が悩んでいるのなら、一番後悔しないと思える道を選んでみてはどうでしょうか。心に刺さった後悔のとげは、いつまで経っても抜けませんから」


 後悔しない道。その言葉に、背中を押された気がした。そうだ、私は今既に後悔を抱えている。それが与える苦しみも、知っている。


「ありがとうございます、エミールさん。……それでは、行ってきますね」


 エミールに一礼して、歩き出す。数歩進んで、ふと思い出した。


「そうだ、あの……婚礼の時にいただいていた首飾り、あれは取ってあるので後でお返しします」


「おや、そうだったのですか。どうか、そのまま君が持っていてください。そのほうが、二度手間にならなくていいでしょうから」


 やけに含みのあるエミールの言葉に首をかしげつつも、気を取り直してまた歩き始めた。セルジュの部屋を目指して。私の正体と、事情を打ち明けるために。


 とはいえ、できることなら逃げたいなという気持ちもやはりあった。ともすると止まりそうになる足をしかりつけるようにして、どんどん進む。


 今立ち止まってしまったら、きっと二度と、彼に打ち明ける機会はやってこない。私はきっとこれからも知らん顔して男のふりをし続けてしまう。


 セルジュの部屋の扉を、勢いをつけて叩いた。話があるから入れてくれないかな、と言ったら、かなり間を置いて肯定の返事が聞こえた。


 中に入り、勧められた椅子に座る。セルジュも向かいに腰を下ろして、頬杖をついた。一度たりとも、私と目を合わせることなく。眉間にはくっきりとしわが寄っているし、久々に凶悪な目つきになっている。


「……話とは、何だ」


「……昼間のこと」


 真正面からそう切り出すと、セルジュの顔が一気に赤くなった。


「いや、あれは、その」


「君は見ただろう。僕は女性だ。理由があって、こうして男性の姿をしている」


 セルジュは黙ったまま、動かない。ひざの上に置いた手にぐっと力を入れて、そろそろと次の言葉を紡いだ。


「……それと、ね。私の、本当の名は……リュシエンヌ。リュシエンヌ・バルニエよ」


「リュシエンヌ・バルニエ!?」


 彼は弾かれたように顔を上げて、私をまっすぐに見た。照れよりも、驚きのほうが勝っているらしい。


「ちょっと待て、どうして、そんな、お前が!?」


「……順を追って話すわ」


 深呼吸して、説明を始める。


 父が決めた結婚に従いたくなかったこと、マリオットが反乱のために人を集めているという噂を聞いたこと。だから逃げ出して、一人で旅に出ようと考えたこと。


 湖から洞窟へ、そして聖女の祭壇へ。私はただ、自由を得るために進んでいただけだったのだと。


「……何なんだ、その偶然は……父さんとの結婚から逃げ出したあげく、結果この屋敷の客人となったなんて……」


「私も驚いたわ。ともかくしばらくはここで男としてふるまって、聖女にまつわるあれこれが落ち着いたら、改めて旅に出ようと思っていたんだけど……結局、エミールさんにはばれてたみたい。女だってことも、私がリュシエンヌであるということも」


 えり元のブローチに触れながらそう打ち明けると、セルジュはふっと怒りのような表情を浮かべた。牙をむいた犬のような顔だ。


「だったらどうして父さんは、バルニエ伯爵や俺に何も言わなかったんだ」


「……たぶん、私のことを気遣ってくれてるんだと思うわ。彼は私を自由にさせるために、そして危険な結婚から守るために、私を妻にしようとしていた。だからこんな形でやってきた私のことも、ある程度好きにふるまえるようにしてくれたのだと思う」


 もうこうなったら、洗いざらい喋ってしまおう。前にエミールから聞いた、彼の本心――突然私と結婚しようとした、その本当の理由――についても話してみた。


 セルジュはとびきり苦い薬を飲んだような顔をしていたけれど、反論することも怒り出すこともなく、おとなしく話を聞いていた。


「……まったく……何もかもが俺の理解を超えているんだが。あと、その口調。リュシアンの姿で女言葉を話されると、その……どうしていいか、分からない」


 さっきからそわそわしていると思ったら、そういうことか。少し考えて、首の後ろでくくっていた髪をほどく。銀色の長い髪が、ふわりと広がった。


「これなら、どうかしら?」


「違和感は軽くなった。が、その……やはり落ち着かない」


「わがままだなあ」


 髪をまたくくって、ついでに口調もリュシアンのものに戻す。セルジュはあからさまにほっとした顔をした。ちょっと傷つくかも。


「ともかく、今まで黙っていてごめん。君に嫌われるかも、軽蔑されるかもと思ったら、中々言い出せなくて……」


「軽蔑? なぜだ?」


「だって僕、性別も素性も、君と出会ったいきさつも、何から何まで嘘だらけだったし」


 視線を落としながらぼそぼそとつぶやくと、セルジュはおかしそうに笑った。


「仕方なくついた嘘だろう。俺たちを意味もなくだまそうとした訳ではないしな。複雑な気分だが、軽蔑なんてしないさ」


「よかったあ……」


 ずっと気になっていたことが、ようやく解決した。これも、エミールのおかげだ。ほっと息を吐くと、自然と笑みが浮かんできた。


 驚くくらい、胸が軽かった。彼に嫌われない、軽蔑されない。そのことが、とにかく嬉しくてたまらなかった。


 向かいに座ったセルジュも、まだちょっと複雑そうではあったけれど、まっすぐに私を見て笑いかけてくれた。

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