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23.ついに知られてしまった

 どうにももやもやするものを抱えながら、それでも毎日規則正しく、同じように過ごしていた。そんな、ある日。


 私は一人で、遠乗りに出かけていた。ずっとマリオットの屋敷にいると息が詰まるし、セルジュと顔を合わせているのがどうにも落ち着かなかったからだ。


 この前の、セルジュがリュシエンヌについて話した、あの日から。


 とはいえセルジュのほうは、特に変わりがなかった。変わってしまったのは、私だけだった。


 彼と一緒にいると、つい暗い顔をしてしまう。そして彼はそんな私を心配してくれる。その気遣いが、余計に私の心をざわつかせる。そんな悪循環に、すっかり陥ってしまっていたのだ。


 前にも乗った白馬と共に、気の向くまま駆ける。特に行く当てもなかったので、白馬が進みたいほうに行かせることにした。


 白馬は草原を走り、小川にたどり着いた。そしてそのまま、小川をさかのぼっていく。


 今日はよく晴れた、春にしては妙に暑い日だった。そんなこともあって、白馬が足を止めた時には、私はもうすっかり汗だくになってしまっていた。


 体形を隠すための特製の革の下着をつけているせいで、暑さには弱いのだ。夏になったらどうしようと思わなくもない。


「泉か……湧き水みたいだ」


 そこは、明るい森の奥の小さな泉だった。岩の間からしみだしている水が、木もれ日にきらきらと輝いている。そっと水に触れてみたら、とても冷たくて気持ちよかった。


 腕まくりをして、両腕を水に浸す。ひんやりとして気持ちいい。でもまだ暑い。というか、この下着を脱ぎたい。


「……誰も見ていないし、いいよね」


 もう一度辺りを見渡して、誰もいないことを再度確認する。それから、手早く着ているものを脱ぎ始めた。汗が乾くように、近くの茂みに引っかけていく。


 水浴びするなら、着ているものは全部脱いでしまったほうがいい。うかつに服を濡らすと、体温が下がって命取りということもあるのだ。これもまた、ティグリスおじさんが教えてくれたことだった。


 バルニエの屋敷にいた頃は、いつもメイドたちが着替えやら湯あみやらを手伝ってくれていたけれど、さすがに屋外で服を脱ぐのはちょっと恥ずかしい。町の外、人の気配のしない森の奥でなければ、さすがに私もこんなことはしない。


 上着とズボン、中のシャツ、さらに特製下着もぱっぱと脱いでいく。一糸まとわぬ姿になって、泉にそっと足をつけた。


 ひんやりとしていて、とても気持ちいい。そのまま、泉の中央のほうに向かっていく。一番深いところでも、私の胸の下くらいまでしかない。髪もほどいて、そのままもぐってみた。


 水は澄み切っていて、まるで空を飛んでいるような気分になれる。


 すいすいと泳いで浅瀬に向かい、立ち上がる。いきなり水の中から私が出てきたことに驚いたのか、近くの木につないだ白馬がぶるるんと鼻を鳴らした。


「はは、驚いた? ほら、僕だよ。……ちょっと雰囲気は違うかもしれないけど」


 そう答えると、白馬は小さく首を振った。賢い子なのだとセルジュから聞いているけれど、どうも私の言葉を理解しているような気がする。今の状況に、ちょっぴり動揺しているようだ。


「落ち着かないかもしれないけど、慣れておくれよ。それと、このことは内緒だからね」


 白馬に手を振って、大きく息を吸う。そうしてもう一度、今度は底までもぐってみた。


 川底の岩をつかんで、沈んだままあおむけになる。水面越しに木々のこずえが揺らめいていて、夢のように美しい。


 息が続くぎりぎりまでねばって、ばっと立ち上がる。深呼吸して、またもぐる。そうやって心ゆくまで、水の冷たさと風景の美しさを堪能していた。


 そうして、何回目かの息継ぎのためにざばりと立ち上がったその時。


「リュシアン? 水浴びか……うわっ!!」


 泉のほとりには、セルジュが立っていた。私たちは呆然としたまま、真正面から向き合っていた。




 セルジュは濃い緑の目を思いっきり見開いて、まるで凍りついたかのように硬直していた。


 けれどすぐに、連れていた栗毛の馬にまたがって、ものすごい速さでいなくなってしまった。


「……見られた……見られちゃった……」


 首まで水につかり、しっかりと自分で自分を抱きしめる。そのまま、今起きたことを思い返す。


 きっとセルジュは、たまたま近くを通りがかったのだろう。そして、つながれた白馬と茂みにかけられた服から、リュシアンが水浴びをしていると思ったに違いない。そして、気軽に声をかけた。


 でも今の私は全裸で。当然ながら、女の体な訳で。しかもセルジュがいるなんて思いもしなかったから、完全に無防備で。


「……女だって、ばれたわね……それはそうとして、恥ずかしい……」


 頬がかあっと熱くなってきたので、顔を水につけて冷やす。うん、冷たくて気持ちいい……って、そうじゃない。


「……ひとまず、帰りましょうか……どう説明したらいいのか、道々考えないと……」


 そのまましゃがみこんで、水の中でうずくまる。ため息が泡になって浮かび上がっていくのが、やけに綺麗だった。




 その日の夕食は、なんとも奇妙なものになってしまった。いつもと同じように、エミールとセルジュ、それに私で食卓を囲む。


 しかしながら、セルジュの態度だけがまるで違ってしまっていた。


 彼は一度たりとも、私のほうを見ようとしなかったのだ。不自然としか言いようがないくらいに露骨に、私のことを避けている。


 元々、セルジュとエミールの間にはほとんど会話がない。


 エミールは世間話自体があまり得意ではないし、セルジュはエミールと距離を置いている。というか、父親とどう接していいかつかみそこねているらしい。


 そんなこともあって、いつも食事中の話題はほとんど私が振っていた。


 ところが今日、セルジュはその話題に全く乗ってこない。うう、とかああ、とか、うめき声のようなものを上げるだけだ。というか、ずっと顔が赤い。


 そのおかしな様子に、エミールはうっすらと事情を察したらしい。とても面白そうな目で、私をちらりと見てきた。


 そうこうしているうちに、夕食が終わる。いつもならこの後、私とセルジュは食後のお茶にすることが多い。たまにエミールも交えて。


 一応セルジュに声をかけようとしたものの、彼はそれよりも先に自室に戻っていってしまった。私にくるりと背を向けて、ものすごい勢いで走り去ってしまったのだ。


 何となくそんな気はしていたけれど、隠し事、苦手なんだなあ。そんなことを思いつつ、彼が駆け抜けた後の廊下をぽかんと眺める。


 そうしていたら、背後から静かな声がした。ほんのわずか、震えているような気がする。


「もしかして……君の隠し事がセルジュにばれてしまいましたか?」


 振り向くと、必死に笑いをこらえているエミールの姿があった。今までで一番、おかしそうな表情だった。

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