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21.こちらの父も苦労が絶えない

 話の途中で、とても難しい顔をしたエミール。きっと、とんでもなく深刻な話になるのだろう。そう身構えていた私は、肩透かしをくらうことになった。


 セルジュを見守っていてほしい。確かに、エミールはそう言った。でもそれは、どういう意味なのだろう。


 見守るも何も、私は毎日のようにセルジュと一緒にいる。一緒に町人たちの話を聞いて、一緒に書類仕事をして、あとは一緒に遠乗りに出たり、ごろごろしたり。


 首をかしげていたら、エミールは目を伏せて語り出した。


「妻を亡くしてから、私とあの子はずっとすれ違ってしまっています。私が至らぬせいだと分かってはいるのですが……」


 確かにセルジュとエミールはすれ違っている。けれどそれは、エミールだけのせいではないようにも思えた。


 母を亡くした悲しみが癒えていないからか、セルジュがエミールに対して意地を張っているように思えるのだ。


 いや、どっちかというと甘えているのかもしれない。セルジュは自分の内の悲しみや苦しみを、エミールにぶつけているような気もする。エミールなら受け止めてくれると、そう信じて。


 そんなことをそのまま言ってみると、エミールは目元をほころばせて、ありがとう、と静かに答えた。ちょっぴり泣きそうな顔にも見えた。


「……私はあの子に歩み寄りたいと、そう思っています。そうして努力を続ければ、いつか多少なりとも分かり合える日がくるかもしれません。君の言葉で、その思いが強くなりました。ですが……」


 エミールの声からは、何かまた別の懸念があるのだということがはっきりと聞き取れた。


 彼はセルジュのことをとても心配しているようだけど、セルジュはしっかりした人だし、そこまで心配しなくてはならないような何かがあるとは思えないのだけれど。


「君がここにやってくるより前から、あの子は私に隠れてこっそりと何かをしているようなのです。それとなく尋ねてはみましたが、教えてはもらえませんでした」


 その言葉に、今までのことを思い返してみる。私とセルジュは、毎日のように一緒にいる。けれど、四六時中一緒にいる訳ではない。


 別行動している時にセルジュが何をしているのか、私は知らなかった。というか、気にしていなかった。


 お互い子供じゃあるまいし、どこで何をしていようと自由だと、そう考えていたから。


 でもエミールは、そうではないようだった。


「……胸騒ぎが、するのです。あの子が何か、大変なことになるのではないかと。私はあの子のことが心配なのです」


「あの、でしたらそれを、そのまま本人に告げてみては……」


 エミールが何を心配しているのかは、よく分からない。でも、だったらきちんと話し合ってみればいいのではないか。そう思った。


 けれど彼は、苦笑してそっと首を横に振る。


「そう簡単にいかないのが、父と子なのですよ。父親とは不器用なものですから。悲しいことに。きっとバルニエ伯爵も、リュシエンヌさんにどう話していいのか分からなかったのでしょうね」


 その言葉に、何も言えない。私の父がとびきり不器用なのだと、つい今しがた思い知らされたところだったから。


「それにあの子は、私の手から羽ばたこうとしているところなのです。私が邪魔をしてはいけません。……君なら、私の言葉の意味を分かってくれると思いますが」


 やっぱり、答えようがなかった。父は私を、一人前の令嬢にしようとしていた。どこぞの家に嫁いで、子をなして。


 そんな生き方を強いる父に反発して、私は家を、貴族としての身分を捨てて飛び出してきたのだから。


「どうか、あの子をお願いします。……あの子は君に対しては心を開いているようですから。君が聖女だからなのか、あるいは……」


「あの、でも彼は最初から聖女なんて信じていないって言っていましたし、たぶんそっちは関係ないですよ」


「ふふ、どうでしょうね。あの子は小さな頃からずっと、聖女に憧れていましたから。昔は妻と共に、町の教会によく祈りにいっていたものです」


 予想外の言葉に、ぽかんと口を開けたままエミールを見つめる。それがおかしかったらしく、エミールは小さく笑った。鋭い目つきが、ふっと和む。


「……今のことは、内緒にしておいてくださいね? 私が喋ったことがばれてしまったら、あの子は二度と口をきいてくれなくなるかもしれません」


「は、はい、もちろんです。……でも、意外でした」


「あの子は昔から、少々意地っ張りなところがありましたから。君に対しては、かなり素直になれているようですが」


「そう……だったら、嬉しいです」


 確かにセルジュは、最初の頃よりはずっと打ち解けた態度を見せるようになっていた。


 目つきの悪さは相変わらずなのだけれど、そこに敵意や警戒はない。口下手も相変わらずだったけれど、私と話している間はくつろいだ表情をするようになっていた。


 よし、だったらこれからは、もっとセルジュの動向に気を配ってみよう。


 エミールが何を心配しているのかは全く分からないけれど、万が一にもセルジュが危険にさらされるようなことになるのは嫌だ。


 決意を込めてうなずく私に、エミールはほっとしたような目を向けていた。




 エミールの頼みを受けて、私はそれとなくセルジュの行動に気を配ることにした。


 とはいえ、彼に怪しまれては意味がないので、あくまでもこっそりと、さりげなく。


 セルジュは午前中、私と町人との面会に付き合ってくれている。午後はそれぞれ自由に過ごしているけれど、割と一緒にいることが多かった。


 でも数日に一度、セルジュは一人で出かけている。戻ってきた時に、気軽な口調で「おかえり、どこに行ってたんだ?」と尋ねると、「町を散歩してきた」と答えてきた。


 町で買ったという果実のジュースなどのちょっとしたものを、お土産だと言って差し出しながら。


 そんなことが、何回かあった。毎回律儀に声をかけ続けたら、セルジュは徐々に気まずそうな表情を見せるようになっていた。うん、これは間違いなく何か隠している。


 一度、こっそりとつけてみようかな。ただ問題は、リュシアンが町を歩いていたらもれなく目立ってしまうということだ。


 お悩み相談のおかげで多少町人たちも落ち着いてはきたけれど、その分私への信頼、聖女への信頼も増してしまっている訳で。


 仕方ない、もう少し様子見かな。セルジュのお土産のチーズを受け取りながら、そんなことを考えていた。

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