8・四日目
なんか、前日に気分で載せた「バカップル探偵」のユニークアクセス数がこれを既に超えているのですが・・・
ピピピ
遠くから、幸せな結婚生活という夢から、引きずり降ろそうとする声がする。僕は離すものかと、必死にしがみついてやる。しかし、次第に声は大きくなり、そして・・・、
(・・・。ここは何処?今までの幸せな生活は一体・・・?カムバック、マイドリーム・・・。)
いや、そこはマンションの畳の上って事は分かるんだけど・・・。無理矢理、現実世界に戻された僕は、しばらくそのまま呆けていた。しかし、喉の渇きにどうにも耐えられなくなり、体を起こす。立ち上がった時の立ちくらみは、今までよりはひどくなかった。
僕はそのまま台所に向かい、コップを手に取る。そして、蛇口に魔王軍の罠が無いか確認し、水を出して喉の奥に流し込む。
(やっぱりうまい。朝起きた瞬間の水は格別にうまい。こりゃ、癖になる!)
ようするに、喉が限界まで渇くまで寝るって事ですね、分かります。こうして、僕は将来の誓いを立てた。
その後、僕はパンにイチゴジャムを塗って食べる。
「もう、食材が尽きたな・・・。また買いに行くか。」
カップ麺(醤油味)しか入っていないビニール袋を、しげしげと見つめる。それに買い出しに行けば、あのクーラーの涼しさを楽しめる。それに試食コーナーもだ。
「今日の試食は何かな?この前スイカだったし、今日は肉が食いてえな。」
勝手に妄想を膨らませて、ご機嫌にパンをかじる僕。しかし、ある試練があった事を僕の頭は完全に忘れていた。
ピンポーン
(聞こえない!僕には何も聞こえない!)
しかし、外の人は何も悪くないので待たせるってのはどうも・・・。
「はあ・・・。」
最大級の溜息を吐く。気が進まない足を前に出し、ドアを開ける。
「おっす、兄ちゃん。」
老人は軽い感じに挨拶してきた。昨日会ったからなのか、物凄く親密な感じで話し掛けてくる。
「はい、おはようございます・・・。」
出来ればこちらも親密に返したい。しかし、手に持っている“物”を見ると、どうにもテンションが下がる。
「兄ちゃんも二日連続とは奇遇だねー。誰からだい?ひょっとして恋人からか?」
「・・・。ええ、切ろうとしても切れない関係にある人間からです。」
「憎いね~。このこの。」
笑顔で、僕に右肘をぶつけるような動作を繰り返す老人。
(本当に、嫌な恋人に付きまとわれちまったな、僕・・・。)
もう一度、溜息を吐く。
「判子と朱肉ですよね。少し待っていてください。」
いつも通り(悲しいな)、判子と朱肉を引き出しから取り出して押す。老人は、段ボール箱を僕に渡す。
「じゃあ、兄ちゃん。何か贈り物あったら、俺んとこの利用してくれよ。それじゃあ、また・・・。」
そう言って、老人はマンション下の車に向かい、白塗りのドアを開け乗った。車はすぐに発進し、道路を右に曲がり見えなくなった。僕は、暑くなってきたので部屋に戻った。
(“また”が、明日じゃなきゃいいが・・・。)
一抹の不安を抱え、段ボール箱をテーブルに置く。何時もの要領で素早く開け、中を探ると戦隊物を思わせる色取り取りのミニヨンク。全部で五つ。赤、青、緑、黄、黒。相変わらず女性がいない!しかも全部、乗用車型と在り来たり!もう一度溜息を吐き、朝飯の残りをかじった。
御飯を済ませた後、用を足し、マイバックを持って買い物に向かう。真夏日の太陽の暑さがジリジリと照りつけてきて、今更ながら、帽子をかぶってくれば良かったと後悔した。右手を軽く自分の髪に当てる。
「あつっ!」
右手が相当な熱さを感じ取り、思わず手を引っ込める。しかも、今の時間は10時。帰り際には炎天下になる訳で・・・。
「急ごう・・・。」
少し足を速める。速めるが・・・、上り坂に到達する。しかも、街路樹の陰はさほど伸びていない。つまり、炎天下を遮る手だてが無い。溜息を吐き、意を決して長い上り坂を登っていく。
「はぁ・・・。はぁ・・・。暑い・・・。」
喉がひどく乾いていた。足を進める度、全身から悲鳴が聞こえてきそうだ。この坂を登ると、公園があり、しばらくは下り坂となる。そして、その下り坂が終わったところにデパートがある。
「まだ・・・、登りきれねえのか・・・。いい加減・・・、疲れた・・・。」
あまりの脚の重さに、自分の足じゃないのでは、と疑ってしまう。引きずるような感覚で脚を動かし、どうにかこうにか登りきる。
「はぁ・・・、はぁ・・・。」
両掌を膝の上にのせ、息を整える。しかし、息は整えられても炎天下のせいで、喉の渇きは最高潮に達している。
(・・・、やむ終えん・・・。)
体の向きをかえ、木が多く、水が飲める公園に行く。その公園は広く、砂場はあるし、グラウンドもある。滑り台もあって、おまけに鉄棒。いろんな遊具があり、この炎天下の中だというのに、沢山の子供が遊んでいる。僕はそんな遊具には目もくれず、真っ直ぐ水飲み場に行く。そして、銀色に光るつまみを回そうとするが・・・、
(熱っ!)
思わず、手を引っ込める。つまみの部分は炎天下のせいで、まるで鉄板のような暑さになっていた。
(こんな所にまで、敵軍の罠が・・・。できれば、避けて通りたいが・・・。)
しかし、僕の喉の渇きはもう待ってはくれ中た。
(何を迷う!男が、敵を目の前に逃げ帰ってはいけない!男には、やらねばならぬ時があるのだ!)
意を決して、僕はつまみに手をつける。熱いのを無理やり堪え、つまみを自分の方向に回す。
(今だ!)
吹きあがる水を、自分の喉で受け止めていく。その聖水は喉を潤し、さらにはつまみにかかって、熱さを発散させる。もう自分の手に熱さは感じなかった。今は只、湧き上がる聖水を貪るだけだった。
「ふぅ・・・。」
胃袋に満タンになるまで水を流し込むと、僕は一旦、木陰のベンチで休憩を取る事にした。木製でできたベンチは薄汚れていて、茶色だと認識できない。良くて焦げ茶だ。蝉はうるさいぐらいに鳴き、蒸し暑さを強調している。そこにドカッと座り、マイバックを放り投げ、僕は公園で遊んでいる子供に目をやる。
「だーるまさんがこーろんだ!」
鉄棒の支柱に頭を埋め、そう言ってクルッと振り返る女の子。それを合図にその支柱に向かっている女の子達、四人ばかりがピタッと制止する。
「待てー!」
グラウンドの方では、男の子、八人ぐらいが一人の男の子から逃げ回っていた。その男の子が鉢巻きをつけている事から、恐らくは鬼の目印だろう。
(この暑いのによくやるよ。)
「よし、みんな。用意はいいか?」
砂場の方では、何やら男の子(しかも中学生ぐらい)が裸足になって、靴を砂場の外に置く。
「いいか?最初に音をあげた奴が、昼飯おごるんだぞ!」
「おー!」
そう言って、全員で一斉に砂場に足を置いた。全員の顔がみるみる歪んでいく。しかし、誰ひとりとして何も言わない。恐らくは、我慢勝負なのだろう。炎天下の砂場の砂の熱さといったら・・・。全員の苦痛に歪む顔を見ているだけで、足がどんどん熱くなってくる。
「そろそろ行くか。」
重い腰をあげ、公園を出て、坂を下っていく。上り坂では無いが、直射日光はやはりきつい。水分が出尽くしてしまう前に、足早にデパートに向かった。
自動ドアが開いた途端、外とは差がありすぎるほどの冷気が体全体に透き抜ける。その心地よさに、顔が綻びそうになるのを我慢し、奥へと脚を進める。
軽快な音楽が響く、少しばかり寒い店内で、まず一番最初に向かったのは勿論、
「あった、あった。じゃ、いつも通り醤油味を、っと。」
カップラーメン醤油味を発見した僕は、行き違う人にぶつからないようにそれに近づいた。
(まだ家に2個あったから・・・。)
カップラーメンを6個、籠に入れる。次に野菜コーナーに行き、消費期限等を確認して必要な分だけ入れていく。途中、公衆でイチャつくカップルがいたのでむかついた。
(日本政府は公衆の面前でイチャつくカップルを、禁固5年とすべきだ!)
無茶苦茶な事を考えながら、肉売り場に向かう。
(ええっと、豚肉は・・・、)
「お兄さん、ステーキどうだい?」
「あ、有難う御座います。」
自然な感じで出された、爪楊枝のついた駒切りステーキを口に運ぶ。塩で味付けされた牛肉の肉汁が、口一杯に広がって気付く・・・。
(や、やべえ・・・。つかまった・・・。)
目の前のおばさんは3日前、沢山の人間を陥れた伝説のスナイパーだった。スナイパーの目は、怪しい光彩を放っていた。
「お兄さん、」
刹那、僕は豚肉だけ取って逃げだした。次の言葉が出るまで待ってたら、確実に買わされる。
(男が、敵を目の前に逃げ帰ってはいけない!)
先程、立てたこの誓いを一瞬で破る。
(僕だって命が惜しいさ!卑怯だとなじるがいいさ!)
誰に向かって言い訳しているのか、自分でも理解できなかった。
(振り向くな、振り向いたらやられる!)
その後は普通に会計を済ませ、炎天下の中をえっちらほっちら歩き、家に帰った。
ひとまずギャグパートはここまで、これから徐々に怖くなります