7・三日目
ギャグ回
ピピピ
南海の孤島で、鍋焼きうどんを夏にこたつで食ってた僕を、天使様の一声が救い出してくれた。僕は汗だくになりながら、左手を伸ばし、天使様の頭に触れる。
今日もまた、体がびしょ濡れだ。体中の水分を絞り出したかのような、大洪水の汗をかいている。質の悪いパジャマは、その汗を全く吸い取らず、体に不快感を残しまくる。布団は、寝てる間に全てどけてしまったらしく、部屋の隅に、しわしわになった状態で発見された。喉の渇きが尋常じゃない僕は、とにかくゲームオーバーになる前に、セーブするため台所に向かう。
一日一回だけ挑戦できるこのチャンスを無駄にはできなく、全く疲れが取れていないボロボロな体で地面を這い、セーブポイントに近づく。
(昨日のような失敗はしてたまるか・・・!)
何とか、台所に着いた僕は一気に両手で地面を押す。完全に直立の状態になった僕を、魔王軍の“立ちくらみ”という罠が襲う。僕はすんでのところで立ち止まり、金属性のコップを手に、セーブポイントの蛇口をひねろうとする・・・。しかし、ここにこそ、本当の罠が仕掛けられていたのであった。
(えっと・・・、蛇口は・・・。・・・。・・・!何てこった・・・。こんな罠ありか・・・?)
蛇口には奴がいた。どんな人間でも、その姿を見ただけで悲鳴をあげ、恐れると言われる・・・。しかも、何処にでも生息し、音速並みの速さと飛行能力、究極のしぶとさを兼ね備えたゲームのラスボス顔負けの強さ・・・。さらに、何処にでも侵入が可能な薄さである。そう、究極生命体と言っても過言では無い・・・。
「ゴキブリ!くそ、魔王軍め!」
ゴキブリは、その黒い触角を不気味に動かしながら、まさに、図っているかのように蛇口の上でピタッと止まっている。
「くそっ、どっか行け!」
嫌だと言わんばかりに、蛇口の周りを走り回る究極生命体。しかも、僕は虫さえも殺した事が無いのだ。だって、かわいそうじゃん!この敵にも、同情を抱いてしまう。仕方ないので、重い腰を動かし、ティッシュペーパーで素早く捕まえ外に投げる。この行動はもう慣れた。しかし、これで相当な体力を使った・・・。僕は最後の力を振り絞り、蛇口をひねり、コップに水を入れる。そして、それを口に流し込む。ステージクリア!ランクは・・・、
D
Dだと・・・?
(て、待て・・・!誰だよ?ランク出したの誰だよ?)
その意見に答えてくれる奴はいなかった・・・。
僕は雪崩が起きないよう、丁寧に布団をしまい込んだ後、イチゴジャムをこってりと塗った食パンを頬張っていた。正直暑い・・・。まるで蒸し風呂の中にいるかのような暑さである。窓は全開に開けているが、エアコンも扇風機も無いのは流石にきつい。しかし、それを買う金が無い。
僕は基本的に音楽に興味が無く、外も静かで、さらにはラジオすら持っていないので部屋の中は閑古鳥が鳴いた町のようにシーンとしている。その静寂も今ではすっかり慣れ、それどころか、自分の世界に浸っているようで、心地よくも感じたりしている。
(昨日、あれほど口を酸っぱくして言ったからな。今日は誰も来ないだろう。)
ピンポーン
静寂が、まるで風船のように粉々に消え去った。そして、僕の頭の中に予感が過ぎる・・・。
(まさか・・・?いや、昨日あれほど・・・、)
恐る恐る立ち上がり、ドアに近づく。壊れそうなドアに寄りかかり、覗き穴から覗く。
(う、嘘だろ・・・。)
果たして、そこには青い帽子をかぶった・・・、昨日までとは違う配達業者の人間がいた。段ボール箱を持って・・・。
「はぁ・・・。」
溜息しか出なかった。僕は頭をぼりぼりと掻いて、ドアを開ける。外にいた白髪の老人は、僕が出てくると笑顔を向け、左手で帽子を掴み軽く頭を下げた。
「宅配便です、判子をお願いします。」
さすが年配者と言うかなんというか、僕の姿を見て声を小さく絞ってくれた。
「はい、分かりました・・・。」
もう一度盛大に溜息を吐き、判子と朱肉を取ってくる。判子を押すと、老人はまた一礼して帰ろうとする。しかし、それを待ち構えていた奴がいた。
「うわー!」
老人は小さく悲鳴をあげ、一歩後ずさりする。そこには、さっき僕が捨てたであろう究極生命体がいたのである。
「くそ、ゴキブリめ、あっちへ行け!」
手近な石ころを地面から拾い、ゴキブリに向かって投げる老人。幸い、ゴキブリには当たらなかったが、老人は2発目、3発目を手にとり、投げつける。
「待ってください!」
思わず体を前に出し、投げられた石をキャッチする僕。段ボール箱が地面に落ちる。その僕を、思いっきり目を見開いて見つめる老人。そして、ゴキブリはどこかに消えた。
「に、兄ちゃん・・・。何で・・・?」
「可哀そうでしょう。いくらゴキブリでも、命はあるんですから・・・。」
「でも、人間に何の利益も与えねーし、むしろ害を・・・、」
「それは人間主観の話です。彼等にも、この世に生まれたのだから、生きる意味がある筈です。それを潰してしまうのは、あまりにも可哀そうです。それに、身勝手です!」
老人の男は、しばらくボーッと呆けていたが、しばらくすると笑顔になった。
「兄ちゃんは・・・、優しいんだな。」
「え・・・?」
予想外の事を言われて、今度は僕の目が丸くなる。老人は、そんな僕を見てはにかみ、手を振る。
「じゃあな。兄ちゃんなら、良い嫁さん見つかるぜ。」
そのまま老人は去っていった。僕は数秒後に意識を取り戻し、地面に落ちた段ボール箱を拾った。
(優しい・・・か・・・。)
頭の中でその言葉が、縦横無尽に駆け巡る。少し気恥ずかしくなり、慌てて家の中に入る。
(ま、まあ、最後の言葉だけ、有難く受け取っておこう。)
無理矢理、そう思って恥ずかしさを閉じ込める。しかし、嬉しさのあまり、自然と心が弾んでしまう。気だるい状態から一気に元気になる。でも、手に持っている“重さ”を思い出すと、また気だるくなる。
「全く、また送ってきやがって。」
いつもと同じ要領で、段ボール箱の封印を解く。そして、衝撃吸収材の中を探ると固形物が一つ、手に当たる。
(どうせ、ミニカーなんだろ・・・。)
僕はそれをつまみ、目の前に持ち上げる。しかし、それはミニカーでは無かった・・・。
(ミニ・・・、ヨンク・・・。ミニヨンクだと・・・?)
僕は前日の記憶の糸をたどった。そして、あの時のセリフを導き出す。
(とぼけるな!もうミニカーを送ってくるのはやめろ!)
(ミニカーを送ってくるのはやめろ!)
(“ミニカー”を・・・。)
がくっと膝が折れ、地面につく。
(揚げ足を取るような事しやがって・・・!)
自然と拳に力が入った。
動くようになりました