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6・二日目

少しだけ恐怖が顔をのぞかせます


 ピピピ


 暗い闇の向こうから、魔王の声が聞こえてくる。心地よい楽園から、引きずり出そうとする魔王の声が・・・。そうはいくものかと、必死でしがみつくが、敵軍は“蒸し暑さ”という名の紳士を導入。紳士らしからぬ、猛烈な攻撃に、もはや、成す術は無かった。

 音がピタリと止む。それは、我が軍が降参した合図でもあった。


 「う・・・、頭・・・、いてぇー・・・。」


 もはや、敵との戦いで体力を使いきった私は、目の前が霞んで見えるほど、ひどく衰弱している。


 (ま・・・、まずい、回復アイテムを・・・。)


 喉がひどく乾いている。台所へ・・・、台所に行かないと・・・。僕は地面を這いながら、必死に“セーブポイント”へ向かった。セーブポイントに行けなければ、途中で意識がブラックアウトし、いつの間にか起きるところに戻されてしまう・・・。


(そうはいかない・・・。)


ようやく、セーブポイントにたどり着いた僕は、水道の淵を持ち、必死に体を上にあげる。そして、左手でコップを探り、右手で蛇口をひね・・・、


(く、こんなところにも魔王軍の罠が・・・。)


蛇口はひどく固く締められていて、衰弱している僕には厳しい“罠”だ。手に力が入らない・・・。しかし、最後の力を振り絞る。


(なめんなよ・・・!)


キュッ!威勢のいい音が鳴り、水が流れ始める。


(やった・・・!勝っ・・・、)


しかし、蛇口をひねった勢いで、僕の体は耐えきれなくなり横転。しかも、徐々に意識が遠くなっていく・・・。


(駄目だ、寝るな・・・。まだ、セーブを・・・、)


どれぐらい眠っていただろうか・・・。ふと、何かの音で目を覚ます・・・。それは、今もずっと開けっ放しになっている蛇口から出る水音では無かった。


(今のは・・・、呼び鈴・・・?)


僕は、必死に両手で地面を押し体を持ち上げる。そして、手に握られていたコップで、流れ出る水をすくい、一思いに飲み込む。その途端、自分の中に一筋の風が流れ込んだような感覚にみまわれる。


(あー、なんて気持ちいいんだ。)


爽快、生き返った、なんて言葉では語る事が出来ない。もっと別の・・・、何かなのだろう。




ピンポーン




「あ、忘れてた・・・。」


僕とした事が!あまりの爽快感に、迷子の子猫の事を忘れていたではないか!くそ、おまわりさん失格だ!僕は、出来るだけ早く任務を遂行すべく、勢いよく起き上がる。

クラッ・・・

その瞬間、酷い立ちくらみを起こし、目の前が真っ白になる。あまりのひどさに、体が後ろに倒れかけるも、すんでのところで立ち止まる。くそっ、敵軍め!遅効性の魔法を使いやがって!僕は、その魔法を振りほどくと、重い足取りで、ボロボロの恰好のまま(恐らくは髪もボサボサだろう)、迷子の子猫に会いに行く。


「はい・・・、誰でしょうか・・・?」


自分でもやけにしゃがれた声だと思う。重いドアが開き、その向こうにいたのは、迷子の子猫では無く、見覚えのある赤ずきんちゃんだった。


「宅配便です。判子お願いします。」


・・・。どうやら昨日の忠告を覚えていたらしく、声は小さかった・・・。しかし、敵の罠の効力が続いていて、頭がグワングワンとなっている自分には、それだけでもきつかった・・・。赤ずきんちゃんはどうやら、野原で拾ったお花を届けてくれたらしい。まあ、そんな茶色っぽくて、直方体の形をした花なんかそうそうないだろうが・・・。


(てか、誰から・・・?)


頭の中に一つの予想がたつ。だが、それをすぐに振りほどく。まさかな・・・。僕は、朱肉と判子を取って戻り、判子を押す。そうして、お花を受け取った後、僕は狼に化けたりするわけがなく、そのまま赤ずきんちゃんは帰っていった。今時は、青い帽子の赤ずきんちゃんもいるんだな・・・。


(でも、本当に誰から・・・?)


・・・!差出人の名前が無い・・・。頭の中で最悪の連想が駆け巡る。“茶色い花”をテーブルの上に載せ、ハサミで切っていく。


(よし、開いた!)


すぐさま、手を衝撃吸収材、通称“プチプチ”の中に入れて、何が入っているか探る。その結果、同じ形の小さな固形物が五つ、入っているのが分かった。僕は、その形を手で確かめ、確信する。しかし、どうにも信じたくなく、それらの固形物体を一度に全て持ち上げる。

・・・。色とりどりの固形物体の型は、滑らかな曲線を描き、サイドミラーから反射する光が目をくらませる。間違いなかった・・・。赤、青、黄、緑、黒。何かの戦隊物を思わせる、それらの物体はミニカーであった・・・。しかも全て乗用車型・・・。僕は、昨日の記憶をたどり、段ボールの底を探す。やはり、笹原保険の案内が入っていた。


「全く、しつこいなー・・・。5個に増やしても一緒なのに・・・。まあ、今日はゴミの日だから、出しに行くか・・・。って、やばっ!もう、こんな時間!」


ふと、時計を見ると、ゴミ回収の車がやってくる時間3分前!僕はすぐさま、燃えるゴミの袋を開き、そこらに散らかっているカップ麺の蓋と箱、それとミニカーを昨日の分と合わせて、六つ入れる。そして、その袋片手に、今にも壊れそうな木製の扉を勢いよく開け、炎天下の中、全力疾走で目的地に向かう。さっき、一杯飲んだだけの水。その貯蓄ももうなく、喉の渇きとも戦わなければならなかった。幸い、ゴミ出しの場所は非常に近い。


(あの角を曲がれば・・・。)


F1レーサー顔負けのドリフト走行で、華麗に右に曲がる。幸い、まだ来ていなかったらしく、ゴミ置き場にはまだゴミがあった。僕はふぅ、と一度溜息を吐き、急に重くなったゴミをよっこらせと置く。ちょうどその時、ゴミ回収の車が来て止まる。


「おはようございます。」


僕は息を乱している事を悟られぬよう、冷静を装い、中から出てきた作業員達二人に挨拶をした。


「あ、くくく、お、おはようございます。」

「おはよう、くくく、ございます。」


どうしたわけか、僕の方を見て笑う作業員。その二人は笑いをこらえながら、次々とゴミ収集車に入れていく。全てが終わると、僕の方に作業員の一人が笑いながら話し掛けてきた。


「急いでいたのは分かりますが、その、くくく。」


え、何で分かったんだ・・・?急いでいた事・・・。僕が呆気にとられると、作業員の男が驚愕の事実を話した。

「その、格好は、いかがなものかと。くくく。」

・・・!僕はすぐに自分の服を見る。パジャマのままだった。しかもヨレヨレ・・・。髪はボサボサ。


(僕、この格好でずっと走ってたのか・・・?)


作業員の男達は腹を抱えながら車に乗り、去っていった。一気に恥ずかしさのこみあげた僕は、隠しきれる筈がない服を手で隠しながら、全力疾走で我が“城”に戻った。アパートに着くと、階段を全力で駆けのぼり、開きっぱなしのドアから、中に転がり込むように入る。そして、勢いよくドアを閉めた。


「参った、参った。顔から火が出るほど恥ずかしい。もうお婿にいけないじゃないか!」


何時火が出てもいいように、台所に向かう。と言っても、もう一杯水が飲みたいだけだ。蛇口は緩く閉めていて、少しひねっただけで簡単に水が流れる。僕はそれを金属製のコップですくい、喉に流し込む。


「ふう、生き返るな・・・。」


1UPした僕は、朝御飯の準備をする。とは言っても、カップにお湯を流し込むだけでできるのだが・・・。僕はビニール袋を手で手繰り寄せ、中を探る。


(カップ麺、カップ麺、ん・・・?)


手にカップ麺の円柱の感触では無く、小さな固形物の感触がぶち当たる。頬に汗が流れた・・・。


(まさか・・・。)


僕は、勢いよくその固形物を持ち上げる。果たして、それは黒の乗用車型ミニカーであった・・・。


(なんで・・・?)


僕は部屋全体を見渡した。すると、去年社員旅行で行った沖縄で買ったシーサー人形の影に、一つ・・・。湯沸かし器の横に、一つ・・・。テーブルの下に、一つ・・・。


「何なんだ!何でミニカーがあるんだよ!」


テーブルの上には合計四つのミニカー・・・。


(昨日はこんなの無かったのに!何時の間に!何時の間に・・・?ん、待てよ?)


僕は朝の行動を思い返していた・・・。


(朝起きて、水を飲もうと台所に行ったけど寝ちゃって・・・、その後、チャイムで目が覚めて、宅配便を受け取った後・・・、ミニカーを捨てようって事に・・・。だけど、時間がやばくて、それで外に出・・・、あっ!)


そうだ、あの時、ドアを開けっ放しにしてた!その間に誰かが入って、こんな事を!


(誰か・・・?)


僕は、ミニテーブルの上に置いてあった自分の携帯を手に取る。メールが何通か来ていたが、それを無視して、もう埃まみれになった資料にある電話番号をプッシュする。


(こんな事するのは、あいつらしかいない!)


プッシュし終えた後、携帯を耳に運ぶ。何回かのコールの後、低い男の声が聞こえた。


「はい、こちら笹原保険会社の者ですが・・・。」

「この前、解約した髙橋と言うんですが!」


無意識のうちに語気が強まった。相手はそれに一瞬ひるみながらも、すぐに明るく返してきた。


「あー、髙橋さん。やっぱり解約するのをお辞めになるんですか?」

「な訳ないでしょ!それより、もうこんなストーカーまがいの事やめてください!」

「はっ?」

「とぼけたって無駄ですよ!毎日ミニカー送ってくるのも、今日無断で部屋に入ってミニカー置いたのもあなたたちなんでしょ?」

「え、何の事でしょうか?」

「とぼけるな!もうミニカーを送ってくるのはやめろ!」


流れ出てくるような言葉を全てぶつけ、反論が来る前に電話を切ってやった。僕はふう、と溜息を吐いた後、カップ麺にお湯を注いだ。次のゴミの日は明々後日。それまで、ミニカーはこの家に置いておかねばなるまい。僕はカップ麺が出来るまで、携帯のメールをチェックした。



さて今回はここまで

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