5・一日目
平凡な日常
ピピピ・・・、
目覚ましが、心地よい睡眠の妨害をする。いや、別に心地よいってわけじゃない・・・。正直、真夏で寝ぐるしい。汗だくだ。悪い夢でも見たように、体がぐっしょり濡れている。それもそのはずと言うか、エアコンついてないんだよ。つけるにも金が無い。特に、あの鼠捕り保険、もとい笹原保険にぼったくられたせいで、肺炎になりそうなくらい懐が寒い。あー、誰かお薬(お金)をください・・・。全くはっきりしない意識で、無理やり立つ。その瞬間、目の前が霞み、また気を失いそうになる。何とか、テーブルに右手をついて倒れる寸前で止まる。これだから低血圧は・・・。
布団を押し入れに無理やり入れる。そして、倒れてくる前に素早く閉める。完璧だ!大仕事を終えた自分は、まるで高い山を登り切ったかのような優越感に浸る。山、登った事無いけど・・・。襟元の乱れたパジャマをそのまま、買っておいたパンにイチゴジャムを塗る。イチゴジャムがあれば何でも御馳走さ!それを口に運ぶ。うーん、このまったりとしていて甘酸っぱい乙女の心(知らんけど)のような味・・・。しかし、この幸せな一時は唐突に破られた。
ピーンポーン
玄関のチャイムが鳴る。僕はとっさに時計を見る。
(まだ10時。一体誰だろ?)
重い腰をあげ、襟元を正しながらドアを開ける。
「どなたでしょうか・・・?」
「宅配便です!判子をお願いします!」
威勢のいい声が響く。あー、頭にガンガン響くやないか・・・。
(宅配便?身に覚えが無いのだが・・・。)
「分かりました・・・。少し待っててください・・・。」
朱肉と判子を引き出しから出し、判を押す。帰っていく宅配便の男に、朝は出来るだけ大きな声を出さない方がいい、とだけ告げ部屋に戻る。
さて、何が入ってるか、この箱。差出人の名前が書いてないし・・・。怪しい・・・。まさか・・・、
「生首か!はたまた現金か!これは犯罪の匂いがしますねー。」
その匂いのもとをテーブルの上に置き、ガムテープを、面倒なのでハサミで一気に切る。呆気なく開いた段ボールの中をのぞくと・・・、
「ミニカー・・・?」
摘まんで持ち上げると、それは紛れもなく青の乗用車型のミニカー・・・。頭の中に、5ヶ月前の光景がフラッシュバックする・・・。中の衝撃吸収材を取り除くと、さらに下から笹原保険の案内が出てくる。これで証拠は全て揃った!
「全く、しつこいねー。あー、怖い怖い。」
お茶らけた感じで、そう言葉に出す。あの保険、また勧誘しに来たよ。二度と入るかってんだ!そう言って、残りのパンを口に頬張る。
午後三時、夕飯の材料が無くなったので、近所の店へ買い物に。白いYシャツにジーパンという格好で、外の蒸し風呂に出る。まだ三時なので買い物客もそこまで多くなく、押し合いへしあいには、ならないだろう。今年の3月からレジ袋にも金を払わなければならなくなったので、マイバックを持って目当ての物を探す。とはいっても、男の一人暮らし。買うものは大抵決まっている。
僕は店に入ってすぐに、目当ての場所へと足を運んだ。中は、心臓に悪いほどクーラーがきいている。しかし、家にエアコンが無い僕にとっては貴重な涼しさ。体全体で涼しさを感じつつ、目的地に向かう。
「あった、あった。我が愛しのカップ麺。」
僕は、その中の醤油味を10個ほど籠に入れる。
(さて、後は肉と野菜と・・・。あ、そうだ、忘れてはいけないのが・・・、)
僕は明るく照らされた店の、あるポイントを懸命に探した。それは、子供から大人までが楽しめるという、しかし、きちんと見極めなければ恐ろしい目にあう、遊園地顔負けのスポット。そう、それは・・・、
「お、高級ステーキの試食コーナーだ。」
僕は足早に、そこに駆けつけようとした。しかし、それを売っているおばさんの顔を見て足を止める。
(こいつ・・・、できる!)
一見人の良さそうな、つまり、食べても無理矢理買わされそう、というオーラを全く放っていないが、手の動きは鋭く、この道のベテランである事は容易に想像できた。そして、匂い、音、全てを使って客を引き寄せようとする。
(危ない、危ない。あの人の食べてたら、一筋縄じゃいかなかった・・・。)
僕はくるりと踵を返した。しかし、最後の視界に、僕はとらえた。若い男がそのベテランに近づいて行くところを・・・。僕はこっそりと聞き耳を立てる。
「どうですか、お一つ。」
人の良さそうな声。その仮面の下には悪魔の地声が潜んでいる。
「あ、どうも。頂きます。」
そう言って、恐らくそれを口に運んだのだろう。その瞬間、悪魔の地声が、まるで津波のような勢いを持って相手をさらう。
「いかがですか?この近江牛。とっても美味しいでしょう?牛だけじゃないんですよ?この特性のタレをかけているからなんです。いまなら、この二つセットで買うとレジにて三百円分の割引があるんですよ!」
「え、あの、ちょっと今月給料ヤバくて・・・。」
「そんな事言ってたら、何時まで経っても贅沢できませんよ?それに、今を逃したらこんなに安く買えるチャンス、来ないかもしれないんですよ。あ、もしかしたら、鉄板で焼くのが得意じゃないとか?それならね、ここをこうやって・・・、」
男の人に全く反論の隙を与えない鼠捕り。結局、鼠はそれを買っていったらしい。やり方まで教わったら、買わないなんて流石に言えないようだ。それに、それをかわされても、第二、第三の策があるに違いない。ま、ようするに、餌食わせたら、買うまで帰さない!
「そこの女子大生さん、いかが?」
後ろを振り返ると、どう見ても二〇代後半の女性。物凄く嬉しかったのか頬がゆるんだ状態で、鼠捕りのチーズを食べた。
(お世辞に弱い、って弱点見せちゃったよ。)
そのお世辞で、買わされるよう仕向けられたのは言うまでも無い。ちなみに僕はと言うと、果物のコーナーでどう見ても素人の店員の説得をかわして、一口サイズのスイカをゲット。
さて、籠に入れたものの清算の時間。僕は店員も、きちんとよく見る主義だ。チャラチャラしたのはかなわない。柔らかいクッキー下にして、箱に入った物を上に置くか?
(一番手前は駄目、まだ若い。二番目も駄目、ケチくさそう。と、レジ袋関係なくなったんだった。でも、ケチな人の所に行くのはどうも・・・。三番目もアルバイトっぽいし・・・。おっ、四番目の人は前にもやってもらった事がある。すげー、手際いいんだよな。ま、少しばかり作業が機械的すぎだけど。)
結局、四番目の人にやってもらった。流石と言うかなんというか、すぐさま作業を終わらせるわ、きちんとバランスよくマイバックに詰めてくれるわ。マイバックを片手に、僕は愛しのクーラーの守備範囲外に出る。
ミンミンとうるさいぐらいになく蝉。日はもう西に傾きかけていた。というのも、何にしようか全く考えていなかったので、何を買うか相当悩んだのだ。赤色に染まった坂を登る。夏も真っ盛りなので、この時間でも相当暑い。顎に汗が垂れ、地面に落ちる。マイバックが、そんなに重くないのが唯一の救い。
(あまり買わなかったからな。)
またクーラーの場所に行く口実を作るためである。それにしても暑い。右手に持ったバックとの境目が、汗でぐっしょりと濡れている。僕は、左手で額にたまる汗を払う。坂を登りきったところで、子供達とすれ違う。
「おい、早くしないと日が暮れるぜ。」
麦藁帽子を押さえながら、先頭の男の子がそう言った。
「やべぇ、叱られる!」
「待ってよー。」
少し体の大きい子、眼鏡をかけた子がそれに続く。その子達は、今僕が登った坂を下っていき、やがて見えなくなった。
「子供は元気があっていいねー。」
家に帰った僕は、“ホース”にて体を洗い、久々にまともな食事を作った。そして、就寝。その前に、戸を開けようとしたら大災害が発生。布団の雪崩に巻き込まれた。整理整頓はちゃんとしないとな・・・。
というかギャグがくだらない(T_T)