12・八日目
なんか、読みにくいかもですけど、お付き合いください
また、僕は、同じ空間にいた・・・。フワフワ浮いていて、さらに、昨日と同じ音も聞こえる。
ジーッ
何だ?この音は?真っ暗な中で、必死に目を凝らして見る。そして、輪郭が、徐々に浮かび上がってくる・・・。
丸みを帯びた輪郭、そう大きくはなく、奥行きの長い格好をし、真ん中の太い部分から、下方向に四つの円柱状の物・・・、そして、小さな突起物が左右から一つずつ出ていた・・・。それは、どんどん、どんどん、僕の方に近づいてきて・・・。一瞬、何処からか、落雷のような・・・、光がさし、その姿が、明るみになる・・・。
赤色のボディーに、ナンバープレートを付けた・・・、思っていたものよりも小さい、ミニヨンク、であった・・・。
ピピピ
僕は飛び起きた。しばらくの間、目覚ましも止めずに、上半身だけ起こして、両腕で抱えるようにして、体の、震えを沈めた・・・。
(ま、まさか・・・、夢、にまで・・・。)
体は、全身、汗でビッショリ濡れていた・・・。今日は、湿気が強く、暑さも尋常では無い。しかし、それだけで、かいた汗・・・、というわけでは、無かった・・・。
体の、震えを沈まった後も、僕は、とにかく、怖くて・・・、怖くて・・・。・・・恐ろしくて、しばらくの間、動けなかった・・・。
とにかく、何かをしようと、朝御飯の準備をし、いつも通り、パンに、イチゴジャムを塗り、口に運ぼうとする・・・。が、口に運ぶ際、イチゴジャムの赤色の光沢を見て、夢を、思い出してしまい・・・、震えが再発し、うまく・・・、口に運べない・・・。
「がっ・・・、あっ・・・。」
口の端に当たっては、戻し、また当たって、戻す。
「うっ・・・、あっ・・・!」
五本指で支えていた、パンが、ジャムの面を下にして・・・、テーブルの・・・、上の・・・、ミニヨンクに、落ちた・・・。また、ミニヨンクが視界に入った事で、震えが、最高潮に達する・・・。
「あっ・・・、ああっ・・・、うっ・・・、がっ・・・。」
口から、意味をなさない、言葉が、次々と漏れる・・・。パンを、取ろうと、手をのばしては、震えが強くなり、そこで止めざる終えない・・・。
「な、何で・・・、こんな、目に・・・。」
震える両手を見ながら・・・、答えの出ない・・・、質問を漏らした・・・。
ピンポーン
ドックン!
「ヒッ・・・、・・・ヒィ!」
尻餅をついて、両手で、後ずさりする。口から、小さな悲鳴が漏れ続ける・・・。
(だ、誰が、出るかっ!)
そう言って、部屋の隅に体を丸め、両手で頭を抱え込む。
ピンポーン
(早く、早く帰れよ!帰れったら!)
「髙橋さん、いないんですか~?」
外から、自分を呼ぶ声がする・・・。その時、僕の頭に過ぎったのは、昨日の新聞・・・。
(あれは、僕のせいじゃない!僕のせいじゃない!あれは、何かの偶然だ!間違いだ!僕が悪いんじゃない!)
自分に言い聞かせても、責任感からは、逃げきれない・・・。
「・・・くそ。」
そう、小さく呟いて・・・、立ち上がり、判子と朱肉を持って外に出る。
「あ、おはよう御座います、判子をお願いします。」
すぐさま、僕は判を押し、それを受け取って、踵を返した。両手に重くのしかかる段ボール箱を、苦々しげに見ながら、テーブルの上が、いっぱいいっぱいなので、地面に置いた・・・。そして、恐る恐る、ガムテープを剥がし、中を覗く・・・。
「また・・・か・・・。」
衝撃吸収材がもう、一枚も、入っていない・・・。中には、所狭しと、ミニカーとミニヨンクの山・・・。それを見ただけで、また、体の震えが・・・。
結局、何も食べないまま、十時になる。ゴミ袋の中に、全てのミニカーとミニヨンク、それからパンを、何とか詰め込んだ。終わる頃には、体は汗まみれになっていた。
「買い物、行かなきゃ、いけないん、だよな・・・。」
食材は、もう尽きている。僕は、帽子をかぶり、マイバックを持って、外に出る。と、そこで、ふと空を見ると、一面びっしりの雲で、今にも雨が降り出しそうだったので、傘も持っていく・・・。
外はジトジトと湿って、おまけに暑かったが、一人きりの薄暗い部屋よりかは、マシであった。しばらく歩くと、あの長い上り坂に着く。僕は、一度大きく息を吐き、意を決して、一歩一歩を踏みしめていく。
半分ほど登ったところで、脚が重くなっていく。傘を杖代わりにしながら、頂上を目指した・・・。この湿気と暑さ、そして、この上り坂は一種の拷問のようでもあった。頂上に着く頃には、脚は、まるで鉛のシューズを履いたように重かった・・・。僕は先日のように、一旦公園に行き、喉を潤し、ベンチに座った。
先日、うるさいくらいに鳴いていた蝉は、湿気のせいか、数えるぐらいしか鳴いていない・・・。足元をふと見ると、何体かの蝉の死体があった・・・。蝉は、一週間、ないし二週間しか生きられないと言われているが、実際には一ヵ月は生きるらしい。蝉自体を飼育するのが難しく、早く死ぬ事から、そのような、俗説が流れているのだ。
(人間に捕まえられた方が、早く、死ぬ、か・・・。)
それは、あまりにも、今の僕の状態と酷似していた・・・。
(最終的には・・・、死ぬ、のかな・・・?)
ハッとなった。
(い、いかん。弱気になってどうする!死んで・・・、死んで、たまるかよ!)
頭を思いっきり振って、馬鹿な考えを振り払う。しかし、一度頭に出た、考えというのは、なかなか消えないもので・・・。僕は、しばらくの間、蝉の死体を見つめていた・・・。
しばらくすると、蝉の死体に向かって、黒い物体が、迫ってきた。蟻だ。蟻が列をなして、蝉の死体に向かってきて、そして・・・、分解を始めた・・・。
(餌になっちまうのか・・・。)
まるで、“蟻と蝉”の逆ではないか。まあ、日本では“蟻とキリギリス”のほうが、伝わってはいるが・・・。内容は同じで、夏の間遊び呆けていた蝉、ないしキリギリスは、冬になると食べ物が無くなり、そして夏の間、働いていた蟻が生き残るという・・・。
それがどうだろう?蝉は、生きている間も、樹液という井戸を掘っては、蟻に追い出され、死んでからも蟻の餌になる・・・。
(残酷、だな・・・。)
分解する様を、僕はまじまじと見つめていた・・・。やがて、蝉の全身に小さな蟻が集った状態になる。そして、僕の頭に、一つ、疑問が過ぎった・・・。考えてはいけない、疑問が・・・。
(そう言えば、篠瀬さんは・・・、)
気付いた時は、もう遅かった・・・。次の疑問は、止めようとしても、頭に出てきた。
(ミニカー、まみれ・・・、で・・・。)
頭の中に、見てもいないのに・・・、映像が、流れた・・・。
暗闇の中、部屋に倒れている・・・、篠瀬さん・・・。表情は苦痛に歪んでいる。その体を、覆い尽くす、無数のミニカー、と、ミニヨンク・・・。
「ヒッ・・・!」
すると、目の前の、蝉の死体と、蟻が、それらに・・・、重なって・・・、
「うわああああああああ!」
全身、汗でびしょ濡れになっていた・・・。気がつくと、僕の下には、粉々になった蝉の死体と、無数の・・・、蟻の死体が、あるだけだった・・・。公園にいた、何人かが僕を見つめていた・・・。
僕は、そこから水も飲まず、逃げるように出ていった・・・。
自動ドアが開き、クーラーのかかったデパートに入る。ビッショリと、汗に濡れた体には、その空気は、冷たかった・・・。
マイバックを片手に、僕は買い物を進める・・・。カップ麺を何個か入れ、肉売り場に向かった・・・。僕は、何もぼやく元気がなかった。お腹がすいて、喉がカラカラだった・・・。目の前の色取り取りの食べ物を見る度、つい、魔がさしそうになるのを懸命に堪え、豚肉を探す。
フワッ。いい匂いが漂ってくる・・・。それに誘われるまま・・・、匂いのする方向に向かった。すると・・・、目の前に、良い匂いのする肉。僕は何も考えず、ついている爪楊枝を掴み、口に運んだ。
体中の、疲れが、一気に吹き飛ぶような感覚がした・・・。僕は、その感覚を噛み締めた。そして、その場を離れようとする・・・。しかし、誰かに、肩を・・・、掴まれた・・・。
「お兄ちゃん、どう?美味しいでしょう?」
笑顔の、おばさんが僕の顔を覗き込む。しまった、と思う頃には、もう遅く、右肩を、がっしりと掴まれていた・・・。
「お兄ちゃん、この牛、とっても美味しいんだよ?どう?」
「別に・・・、いりません・・・。」
「どうして?もったいないわよ。こんな美味しいの、他にはないわよ。ちょっと値段は張るけど、ドーンと。ね?たまには、自分にご褒美でもあげたら?」
「だから、いりません。」
早くその場を離れたかった・・・。少しずつ、腹のムカつきが強くなっていく。しかし、それでもおばさんは、説得を、やめようとはしなかった・・・。
「そんな事言わずに・・・。ホラ、このタレ。すっごく美味しいし、セットで買えば三百円お得よ。」
「だ、だから・・・、」
「あ、もしかして、焼くの上手じゃない?なら、こうやって・・・、」
「だから、いらないって言ってんだろ!」
僕は思わず怒鳴ってしまい、周りの視線が、一気に、僕に集中した・・・。おばさんは、凍りついたように、動かない・・・。僕は、少しして、状況に気がついた・・・。
「あ・・・、す、すいません・・・。買わせて頂きます・・・。」
僕は、その場にあった、牛肉とタレをマイバックに入れ、後ろを振り返らず、逃げるように、その場を去った・・・。後ろからの視線が・・・、痛かった・・・。
会計を済ませて、外に出ると、雨が降っていた・・・。それも、土砂降りである。僕は、持っていた傘を開き、雨の中を歩きだした・・・。こちらからも、途中までは上り坂となるのでつらく、喉も乾いていたので、頂上に到達すると、僕は一旦公園に向かった。その間、僕はずっと、さっきの事を考えていた・・・。
(僕・・・、どうしちまったんだろう・・・。怒鳴りつけたり・・・、公園で叫んだり・・・。)
僕は、水を飲んでいる間もずっと、その事が、頭から離れなかった・・・。
「ねえ?どうしよう・・・?」
「やむまで待つしかないだろ・・・。」
「何時やむの?」
「知るか、んなの。」
声のする方向を見ると、公園の中心にある大きな木の下で、男の子一人、女の子一人が雨宿りをしていた。自然と、そちらに足が向いた・・・。
「傘、貸そうか?」
自分でも、馬鹿な提案である。僕はこれ以外の傘を持っていない。つまり、今渡したら、自分は必然的にびしょ濡れになってしまう・・・。子供達はお互いに顔を見合わせた後、僕の方を見る。
「でも、それだとお兄さんが・・・。」
「大丈夫、この中にまだ一本あるから・・・。」
サラッと僕は嘘をつく。とにかく、持っていってほしかった・・・。何か、償いをしたかった・・・。
「なら、有難う御座います・・・。あの・・・、何時、返せば・・・?」
「えーっと、来週の日曜日でいいよ。ここの公園で・・・。」
「分かりました。おい、智代、行こうぜ。」
「待ってよ!」
僕から傘を受け取ると、二人は雨の中に消えていった・・・。そして、僕の体にポツポツと雨が当たる・・・。
僕は、後悔とも安堵とも取れぬ溜息を吐くと、食材が濡れないように、マイバックを抱える。ふと、下を見ると、小さな人形が落ちていた・・・。茶色く長い髪をした、女の子の人形。
(さっきの子達の、かな・・・?)
僕はそれを拾い、マイバックに入れた。今度会う時に返そうと、心に決める。只、償いをしたい一心で・・・。
歩き出す・・・。昼間のベンチが、見えた・・・。僕は、吸い寄せられるように、そこに行き、下を向いた・・・。あるのは、僕に踏みつぶされ、粉々になり、雨に打たれている蝉の死体だけだった・・・。
僕は、それを同じく雨に打たれながら、暫しの間見つめていた・・・。
家に帰った僕は、すぐに服を着替え、“ホース”で体を洗う。人形を机の上に置き、軽く昼食をとり、その後、僕は、食材を見て、溜め息を吐くしかなかった・・・。
「肉、買っちまったし・・・。フライパンで焼くか・・・。」
牛肉を食べるほどの元気はなかったが、買ったのに食べないのはもったいなかった・・・。僕は、夕食までの時間、この恐怖を乗り切るにはどうすればいいか・・・、じっくりと考え込んだ・・・。が、何も思いつかない。
(せめて、篠瀬さんが、いれば・・・。)
そう思った瞬間、僕の足は、玄関の方へと向かい、新聞をとり、その場で開く。
一面には、くだらないタレント同士の恋愛発覚が載っていた。僕はそれを無視して、二面を見る。すると、探していた記事を見つける。
“ミニカーまみれの死体”
僕は、目を閉じ、大きく息を吸いこんで、吐いて、心の準備をする。
「“一昨日、T県Y市で発見された篠瀬さんの死因は心因性ショック死と断定。警察は、昨日の方針を一転。事故として調査を進める様子。”」
(心因性・・・、ショック死・・・?)
いったい何が・・・、篠瀬さんに何があったのだろう・・・。それを、思いつく筈もなく、僕はむしろ、それを考えないようにした・・・。真実を知ってしまっては・・・、自分が・・・、自分で、いられなくなりそうで・・・。僕は、記事をさらに読み進める。
「“不可解な事に、警察がミニカーとミニヨンクを現場から発見された段ボール箱に詰めたところ、全ての量が入らない事が判明。”」
(・・・え?)
入りきらない・・・?それじゃあ、残りのミニカーやミニヨンクは・・・?
(何処、から・・・?)
体全身が、朝と同じ、震えに襲われた・・・。
(何処から・・・?何処から?何処から・・・!何処から!)
夜、僕はフライパンで肉を焼き、豪勢な御飯を用意した。しかし・・・、食欲が無かった・・・。ナイフとフォークを握り、肉を切り、口に運ぶが、どうしても口に入る前に体が拒絶する。
「くそっ・・・!」
ピンポーン
ドックン。
(えっ・・・?)
「だ、誰だ・・・?」
もう、今日は・・・、来た、筈、だよな・・・。僕は、恐る恐るドアを開ける。
「こんばんは。」
なんと、ドアの向こうにいたのは、髪が長くて、薄化粧の美しい女性だった・・・。
「隣に引っ越してきた川内です。以降よろしくお願いします。」
「あ、はい。」
深くお辞儀した女性を見て、僕はこの女性とは仲良くしたいと思った。さっきまでの暗い機嫌も何処かへ行ったみたいで、この女性には本当に救われた。
「あ、これ、よろしければどうぞ。」
そういって、両手に持っている袋を、僕の目の前に持ち上げる。その袋の中には、大量の・・・、ミニカー・・・、が・・・。そして、川内さんは、満面の、笑み・・・で・・・。
「・・・!」
僕は、それを思わず手で振り払った。川内さんは小さな叫び声をあげ、地面に袋が落ちる。
「あ、クッキーが。」
(え・・・?クッキー・・・?)
僕は地面に落ちた袋を見る・・・。それには、砕けたクッキーが入っていた・・・。
(あ、れ・・・。さっきは・・・、確かに・・・。)
ミニカーが、入っていた、筈、なのに・・・。
「ご、御免なさい。お気に召しませんでしたか。」
そう言って、川内さんは逃げるように帰っていく・・・。僕は、その後ろ姿に手を伸ばしたが、届かず、声も出なかった・・・。地面に残されたクッキーを拾い、部屋に戻る・・・。
(僕、どうなっちまうんだよ・・・?)
「クソッ!」
僕は、砕けたクッキーを鷲掴みにし、口に押し込んだ。
「クソッ、クソッ!クソッ・・・!」
まだ、飲みこんでないのに、次々と口に入れていく。全て無くなるまで、僕は口に運び続けた・・・。全てを食べ終えた後・・・、僕は急激な吐き気に襲われた。生唾が口いっぱいに広がる。僕はなんとか我慢しようとするが、体は勝手にトイレに向かっていた。
「オエッ・・・。」
さっき口に入れた、クッキーを全て吐き出した・・・。元々食欲が無い所に、無理矢理詰め込んだのが原因だろう。しかし、食べないと・・・、申し訳が、立たなくて・・・。
「クソッ・・・。」
主人公・・・、壊れてきました