10・6日目
さて、お盆休みがとうとう半分を切りました
僕は、暗闇の中を一人佇んでいた・・・。立っているのか、座っているのか・・・?床にいるのか、天井にいるのか・・・?右はどちらなのか、左はどちらなのか・・・?そもそも、ここはどこなのか・・・?それとも、どこでもないのか・・・?ただ分かるのは、遥か遠くから音が聞こえてくる事だけ・・・。その音を聞き取ろうと、耳を澄ましてみるが・・・、
ピピピ
悪魔の声に邪魔された・・・。そして、僕は覚醒した。昨日程の湿気は無かったが、窓から照る、強い日差しに、お世辞にも気持ちの良い目覚めとは言えなかった・・・。
僕は体を起こし、いつも通り水を飲む。心地よい爽快感が体に流れた後、布団の方へと戻る。
(・・・。)
ミニテーブルの上の物体に、思わず目がいった。その瞬間、元々低かったテンションが、一気にどん底になった。そして、昨日の恐怖が少しぶり返してくる。
(・・・。ハッ!いかん!いかん!)
すぐさま頭を左右に振り、雑念を払うも、少し体は震えていた・・・。ミニヨンクを見てる事が耐えられなくなり、慌てて目を奥の棚の上に向ける。
(・・・え?ミニカー?)
僕はすぐさま、棚に近づき、それをじっとよく見る・・・。
(あれ・・・?)
そこにあったのは、社員旅行に沖縄に行った際の土産の、シーザーの置物(かなり小さい)だった。
(これと、見間違えたのか・・・。駄目だ、休みだってのに・・・、)
僕は、古ぼけた天井を仰ぎみる。
(相当、疲れてるな・・・。)
大きく溜息を吐き、そのまま暫く立ちつくした。
布団を畳んで、押し入れに詰めた後、パンにイチゴジャムと、いつもの朝飯を食べる。その最中、頭の中には一つの事しか思い浮かべていなかった。
(今日は、宅配便、絶対断る!何が何でもだ!でなきゃ、こっちの身が持たない!・・・でも、)
朝食を掴む手をとめ、また、天井を見る・・・。
(受け取らなかったりしたら・・・、あの人、迷惑するかな・・・?)
頭の中に、人の良い、気軽な老人の姿が思い浮かぶ・・・。
(良い人そうだし・・・、出来れば迷惑はかけたくないな・・・。・・・って、)
頭を、また思いっきり左右に振る。
(イカン!イカン!そんな容赦を与えてちゃ、奴らの思うつぼだぞ!)
あれやこれやと思考を張り巡らせる。その時・・・
ピンポーン
ドックン・・・。心臓が、その音を聞いた瞬間、一気に鼓動を速めた。息が少し荒くなり、先程水を飲んだばかりなのに喉はカラカラになる。僕は意を決して立ち上がり、ドアに向かった。勿論、判子と朱肉は持たずに・・・。ドアの前で、一旦立ち止まり、胸に右手を当てる。
(落ち着け・・・。落ち着け・・・。)
息を整え、心臓の鼓動を抑えていく・・・。そして、ドアのノブに手をかける。
(断れ!断るんだぞ!)
木製のドアが、ガチャリと開く。そして、そこに待っていたのは・・・、
「よっす、兄ちゃん。」
悪気のない、人懐っこい笑みだった・・・。その瞬間、僕は一気に恥ずかしくなった。居心地が悪くなった。
(僕は、この人に迷惑をかけようとしたのか・・・。この、何の邪気もない、眩しすぎるほどの笑顔を・・・。)
僕には、もう、こう、言うことしかできなかった・・・。
「あ、判子、ですね・・・。少し、待ってください・・・。」
居心地が悪い、この場から一刻も早く離れたくて、中に戻り、判子と朱肉を取ってくる。
「お待たせしました・・・。」
僕はそう言って、判を押そうと、判子を近づける・・・。
「兄ちゃん・・・。」
判子を持っている手を止め、顔を老人の方に向ける。いつものように、元気のある声では無かったので驚いて、思わず向いてしまったのだが、老人の顔を見てまた驚く。眉が垂れ、明らかに、元気のない顔になっていた。
「これ、本当に恋人からかい・・・。流石に、四日連続ってのは、おかしいだろう・・・。ひょっとして・・・、ストーカーか、何かじゃないか?良かったら、相談、乗るぞ。」
優しい言葉をかけてくる老人に、さっきまで自分のやろうとしていた事を思い返し、ひどく後悔していた。この老人は、全く関係のない赤の他人の事に対して、これほどまでに心配してくれる人なのだ。
(そんな素晴らしい人なのに・・・、僕は・・・。)
目が急に熱くなってくる。何とか、液体を流すのを食い止め、老人に話しかける。
「実は・・・、」
と言いかけて、口を噤んだ。こんな事を他人に話しても、笑われるのではないか、信じてもらえないのではないか、という気持ちに、なったからだ・・・。しかし、
「実は・・・?」
真剣そのものの表情で僕の表情を覗く、この老人がそんな事をしないと信じ、口を開いた。
「実は・・・、」
僕は要点だけまとめて、老人に今までの経緯を話した。
「・・・と言うわけです・・・。」
全てを語り終えた後、笑われてやしないかと、老人の表情をチラッと覗く。しかし、老人にそんな気配は全くなく、真剣な目つきのままだ。
「保険会社が・・・、ねー・・・。」
「あの・・・、」
僕の口から言葉が漏れた。
「ん?何だ?」
「僕の話、疑わないんですか・・・?ミニカーですよ、ミニヨンクですよ・・・。信じてくれって方が無理な話なのに・・・。」
僕は、そう言って顔を伏せ、老人の言葉を待った・・・。老人は一度溜息をつき、僕の方に顔を向けた。
「・・・ゴキブリの命でさえ、大事に思う兄ちゃんが、そんな疲れた顔でいたら・・・、信じるしかねーだろ・・・。」
そう言って、老人は僕の肩に手を置く。その手がどうにも暖かく・・・、心地良く・・・、そして・・・、優しく・・・。また、目尻が熱くなってくる。僕は、それを必死にこらえる。
(男が・・・、泣くなんて、みっともない・・・。)
「こんな物、受け取る必要なんて、ないさ・・・。」
「え・・・?」
予想外の言葉に、顔を上げる。
「俺が、処分しといてやるよ・・・。」
「で、でも・・・。」
つい、数分前までは、それが僕の望んでいた言葉だった・・・。でも、こんな、優しい人に・・・、迷惑を、かけるなんて、事・・・。
「大丈夫だって!任せときな!」
「でも・・・、迷惑に、なるんじゃ・・・。」
「構わないさ。友達の、悩みもほおっておけないし・・・。」
そう言って、僕の肩から手を離す。“友達”という言葉を嬉しく感じつつも・・・、多少、・・・多少息苦しさを、覚える・・・。友達に、迷惑をかけている自分が、どうにも、情けなく、感じる・・・。
「あの・・・、」
自然と、声に出る・・・。
「な、何とか、迷惑を、軽減、できませんか・・・?」
帰ろうと、背中を向けていた友達が、振り返り、そして、優しく微笑む。
「別に良いよ。こっちが好きでやってんだし・・・。」
「で、でも・・・!」
老人は、大きく息を吐きだした。
「兄ちゃん、あんた、やっぱり優しいよ・・・。」
「え・・・?」
「じゃあ、判だけ押してくれ、この紙だけ見せれば届けた事になるから。」
「あ、はい・・・。」
友達の呟いた言葉の意味を、考える暇もなく、紙を手渡された。僕は、それに言われるがまま、判を押す。友達は、手を振り、段ボール箱を持ったまま帰っていった・・・。
部屋に戻った僕は、後悔していた・・・。結局、お礼の言葉の一つも述べられなかったからだ・・・。
(何か・・・、言葉が出なかったんだよな・・・。)
それが、嬉しかったからなのかは分からない。でも、ただ一つ言える事は、友達のおかげで、気分が大分良くなった。心強い、味方が出来た事で、自分も前向きになる決心をする。
(お礼は、明日にすればいい。それと、名前も聞いとかなきゃな。)
僕は、残りのパンを口に押し込んだ。
この後どうなるかは、また明日