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第9話  初めての日本!!!

 1920年(大正9年)7月下旬以降第一回救済事業で375人が陸軍輸送船「筑前丸」で東京へ。


  しかも言葉や習慣の違う孤児たちの世話と意思疎通の窓口に同じポーランド人が良いだろうと、合計65人の大人のポーランド人を付添人として一緒に招いた。






  ウラジオストクからヨアンナはエヴァという友を得た。


 住み慣れた家を失い、両親を失い、シベリアの暗く、寒く、飢餓と敵国の難民に対する侮蔑と憎悪の世界から救出されたヨアンナは、押しつぶされそうな悲しみを背負いながら同じ境遇のエヴァや他の孤児達に囲まれ、未知の不安と希望の国、日本に向かう船に乗った。




 初めて見る広い広い北に広がる灰色の海。

 大海を押し進む船に乗るのも初めての事。

 比較的元気な子と介助の必要な子。

 年長さんと幼少さん・・・・。




 エヴァと見る海は所々白波がたち、流れる風が冷たく心地よい。

 でもエヴァは何だか辛そう。そう、エヴァはこの戦乱で栄養失調気味であった。でも努めて元気を装う。

 同行の大人たちから余計で過大な病人扱いされたくないし、ようやくできた友ヨアンナと引き離されたくないから。


 たくさんの孤児達が思い思いに船室と甲板上に別れ、雑談する。

 だが可哀そうだが看護の必要な重症な子は、船室内に仮設された簡易入院コーナーで自由を制限された寝たきりの移動であった。


 ホントはエヴァも怪しい。

 保護係の大人たちから保護観察要注意対象とされ、鋭い監視の目に晒されている。

 そんな大人たちひとりひとりにエヴァは不敵にもあだ名をつけた。


「ほら、あそこの影にいるオジサンは、ちょっとキリンに似ていない?」

「キリンって何?」

「ほら、首の長い動物よ、知らないの?」

「知らな~い。エヴァはなんでキリンの事知っているの?」

「だって、何かの本で見た事あるもの。首がと~ても長いんですって。」

「へぇ、そんな不思議な生き物もいるのね。私も見てみたいな。」

「それでね、あのオジサンの顔、絵で見たキリンの顔にそっくりなの。長ーいまつ毛で頬もこけていてね。でも首は普通よ。あのおじさんって、いつも何かムシャムシャ食べているように口を動かしそうな顔しているでしょ?

 だから私は心の中で『キリンおじさん』って呼ぼうかしらって思っているの。」

「あら、エヴァって悪い子。大人の人にそんなあだ名をつけるなんて。」

「そう?そういうヨアンナも石像の妖精さんに『ダニエル』って名前をつけたんでしょ?それと一緒よ。」

「それとは全然違うと思う・・・。」

「とにかく、キリンさんや熊さんや、キツネさんにリスさんでしょ、それにお魚の目のようなオジサンもいたわよね。」

「ヤッパリエヴァって悪い子だと思うわ。私知らな~い。」


 ぺろって舌を出すエヴァであった。


 でもヨアンナも(エヴァや他の誰にも言っていないが)、あの懐かしいふるさとのいつ見ても必ず大量の洗濯物を干していたアガタおばさんのような、陽気でいつもバリバリ働く随行する看護担当の大人の女性を見て、心の中で『アガタお姉さん』と呼んでいた。


 それに顔中髭だらけの人を『ウォルフさん』と呼び(でも彼はふるさとのウォルフおじさんみたいに、割腹は良くない。ごく普通のスマートなお兄さんであった。)

心の中でいつも「ごきげんよう!」と挨拶していた。


 当のお兄さんは何故ヨアンナがいつも自分を見つめるのか?その訳が判らずにいた。

「そんなに僕の髭が珍しいか?」




な訳ないだろう。



 彼にはヨアンナは謎の少女だった。


 

 ポーランド人孤児たち一行を迎えるにあたり、日本は国家の威信をかけ、驚くべき短期間に総力を挙げて迎える万全の準備をした。

 寄港先の敦賀港では多大な便宜が図られ、港に到着後すぐに長旅でボロボロになった着衣が煮沸消毒され、代わりに真新しい浴衣を着させられた。

  たもといっぱいに飴や菓子を入れてもらい、更に玩具や絵葉書などが差し入れられ子供たちを慰めた。

  休憩、宿泊所に滞在したのは1日という短期間だったが、心のこもったもてなしを受け、子供たちの心に強く残った。

 無理してはしゃぐエヴァ。ヨアンナはそんな彼女をかけがえのない友として、大切に思っている。きっと二人にとって一生忘れる事の出来ない旅になったろう。





 ヨアンナは到着した敦賀港から宿泊施設に向かう道すがら、思わず吸い込まれてしまいそうな美しい花とのどかな民家が見えた。

 照りつく真夏の太陽、初めて聞くうるさいぐらいの蝉の鳴き声。ヨアンナやエヴァには、それらの音が何なのか理解できない。彼女らにとって異郷の地は珍しさで溢れていた。

 この地に降り立った瞬間、ここが今まで過ごした自分たちの世界とは異なる場所だと感じた。

 でも何故だか心地よい。ここの人々の優しい眼差し、何やら話しかけてくるが理解できない言葉の意味。今まで口にしたことのない甘いお菓子!


 「おとぎの国?」


 そう、ヨアンナが平和で幸せな家庭の中で何不自由なく暮らせていた幼い記憶が残っていたら、夜ベッドで優しい母が読んでくれるグリム童話や、アンデルセンの童話の絵本の中の不思議なおとぎの国を思い出しただろう。





 ヨアンナの父と母がまだ生きていた頃、母はヨアンナの事を

「私の大事な子猫ちゃん。」といつも呼んでいた。

 あまりいつもそう呼ぶのでヨアンナは「私はヨアンナ!子猫ちゃんじゃない!」ふくれて応えた。

 でも母から笑顔が消えることはなく、「そうねぇ、可愛い、可愛い大事なヨアンナ子猫ちゃんよねぇ。」というので、それ以上反論するのを辞めた。


 また父は、ヨアンナを天使のように扱い、仕事の時以外ヨアンナが父のまとわりつくのをとがめたり、わずらわしそうな素振りを見せなかった。

 そしていつも楽しそうにポーランド民謡の『はたけのポルカ』を歌って聴かせた。

 母同様、父も歌は上手だった。


 ヨアンナにとって大切な両親の記憶。




 思い出しながらも、流れる景色と道を曲がった先に咲き誇る草花が目に入りヨアンナは思った。

「まあ!なんてきれい!!きれい!!!きれい!!!!」

 長かった辛い旅路にすっかり凍りついていたヨアンナの心。思わずエヴァの手を取り感動に高揚した目で訴えかけた。頷くように同意するエヴァ。




 たどり着いた日本の気候と風習が作り上げた景色が、柔らかく、温かく、心地よくほぐしてくれているのを無意識に感じた。


 ヨアンナ一行は桃や当時日本でも珍しかったバナナなど、目にしたことのない果物を食べ、地元の子供たちと遊び、尋常高等小学校を訪れ、夢のような楽しい時間を過ごした。





 一日が経ち手配された列車に乗り、揺れる車内で夢を見た。

「お母さん!ああ、お父さんも!!」大粒の涙が流れ、声にならない声を出し、両手を広げ駆け寄った。

「おお!ヨアンナ!待っていたよ、よくここまで来ることができたね!偉い、偉い!」

「よく顔を見せてごらん。」ヨアンナは父と母の間で顔を埋め、いつまでもいつまでも甘えながら泣いていた。




 朝になり・・・・


相変わらずの規則的なレールを走る音と揺れ。


「・・・・夢だった・・・。」





 でもひとつ、これだけは現実である。

 ヨアンナの顔に残る涙の跡と腫れた目元は・・・。

 ひとり苦難を乗り越え、少しだけ成長したヨアンナ。夢の中の父と母に見せた涙は、あの世に逝ってしまった両親にとり、ひとり残したこの悲しみに満ちたこの世の中で一番清らかで大切な宝物であった。






 列車の旅も終盤に差し掛かり、車窓の外は連なる家、家、家・・・。

 そして大きな駅にたどり着き、「目的地に着きました、皆さん降りるように。」と告げられた。そして駅から歩くこと数分。


 見た事の無い着物を着たおびただしい人、人、人!目前に奇妙なアーチがそびえその先にぶら下がる幾列にも並んだガス灯と、時折目にする店先の日本提灯。

 異国の不思議な文字の看板たち。人力車や大八車がところ狭しと人と人の間を器用に縫い行き交う表通り。

 家の狭い庭先にささやかに植えられた鉢植えの草花。

 船から降りた所とは全く異なる賑わいと活気と喧騒に包まれていた。







     つづく

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