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シベリアの異邦人 ~ポーランド孤児と日本~ 連載版  作者: 米森充


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第34話 「エミリアの献身」


 男の子はあるときを境にして、急に大人びる事がある。


 アダムはある時から成長し、明らかに少年から男らしさが溢れ出るような高校生へと変わっていった。


 それにはアレックの存在が強く影響している。

 唐突にどういう事?

 アレックってあの?

 彼ってヨアンナとアダム親子にとってそんなに深い濃密な関係だった?

   (忘れた人は第32話『アレックとアダム』の前振り参照)

 

 実はアレックは母ヨアンナと同世代でありながら、その息子のアダムと対等な友として接してくれ、同時に父親のような包容力も持っていた。


 母ヨアンナからは人として持つべき心構えを教えてもらったが、父親のようにはいかない。

 アダムが誕生した時には既に父フィリプはいなかった。だから一度も父の姿を見ていない。

 数少ない写真の中でしか会えないのだ。ヨアンナから父フィリプの事は色々聞いてはいるが、やはり父の居ない家庭はどこか寂しさが漂う。


 ヨアンナが仕事をしている間は、基本ひとりなのだから仕方ない。

 エミリアがうるさい程やって来るが、父親不在の埋め合わせにはならない。

 それがどうしたことか、いつのまにか知らぬ間に成長した幼馴染の変化に驚く。

 


 エミリアはそんな彼の男らしく大人びた雰囲気に戸惑いを覚えた。

 幼い時から甘えん坊だったアダムが、ドキッとするほど素敵に見える事があるのだ。

 話し方もガキのそれから、思慮深く落ち着いたトーンに変わってくる。

 『お子ちゃま』だった幼馴染がある日、男の子から男性になったのだ。

 だが・・・エミリアも自分が女の子から女性に変化していることには気づいていない。

 日常の何気ない会話の時、一瞬彼と目が合うと恥ずかしさから、つい反射的にはにかむように伏し目がちになってしまう。

 立派な乙女心を持っているではないか。



 アダムったら何でそんな急に大人に変身したの?

 エミリアの戸惑いはもっともだった。

 それにはアダムがアレックをお手本として真似ようと思う、強烈な出来事があったのだ。


 成長期のアダムにアレックが見せた一世一代の男気を発揮する場面に居合わせた時、それが大きな転換点となる。


 男としての生き方、立ち居振る舞い、意地などをアレックから学んだアダム。男気溢れるアレックは、理想の男に思えたのだった。


 そしてどんどん男らしく振る舞うようになる。


 

 

  ************


 読者の皆さんは覚えているだろうか?

 古い話になるが、福田会ふくでんかい時代、ヨアンナと同室だったハンナとエディッタ姉さん。

 ハンナはエミルという伴侶を得たが、エディッタ姉さんはまだ独身のままだった。

 エディッタの性格は昔と変わらず口うるさい典型的な世の中の母親のような女性だったが、それが災いしたのか、浮いた噂の遥か遠くにいる独身生活の達人だった。


 昔から変わらずヴェイヘローヴォ孤児院の世話焼きおばさんのエディッタは、いつしか心密かにアレックを想っていた。



 エッ?そんなの聞いてないよ〜!

 それはそうだろう。


 エディッタはアレックより2歳も年上だし、その実年齢以上のおばさん口調で可愛げないし、いかにも自信家のように見えて、ただの見栄っ張りでコンプレックスの塊だった。


 え?美人かどうか?

 そんなのあなたが勝手に想像して。


 そんなエディッタに男が寄って来る筈もないし、いつもひとりでいるのが普通である。

 ただ心優しく屈託のないハンナだけがエディッタの友達だった。

 そのハンナが彼氏のエミルの事で苦悩している時、大親友である筈のエミルを本気で叱り飛ばしたのがアレックである。

 エディッタはアレックがハンナを好いているのを知っている。

 なのに自分だって好意を持っているのに、エミルとハンナのために動いた心意気を目の当たりにして、完全にハートを射抜かれた。

 以来エディッタはアレックに注目し、一挙手一投足を目で追い、熱い想いを心に秘めていたのだった。

 そんなある日アレックは敏郎の死や日本大使館の撤収などで傷心のヨアンナをサポートするためワルシャワに旅立つ。

 そのまま居残り地獄のような蜂起を生き延びる事ができたある日、瓦礫のワルシャワでソ連兵の銃撃を受け瀕死の重傷であるとの第一報を受け、いの一番に駆け付けたのはエディッタだった。


 孤児のエディッタにはなにもない。手にする物も捨て去る物も。

 でも欲しいものはひとつだけある。

 それアレックだった。

 

 果たして自分が駆けつけ、アレックは喜んでくれるだろうか?

 当然ながらアレックが昏睡状態から生還して目を覚まし、その目の前にエディッタがいたのを知った時は流石に驚き戸惑いの表情を浮かべた。

 だが甲斐甲斐しく看護してくれる彼女に接し、アレックは心から愛されているのが分かった。

 おばさんくさい口調は昔から全然変わらないが・・・・。

 少しでも早く回復し、元気になるのを願うエディッタ。

 アレックはそんなエディッタの気持ちを強く感じ、

 「何で俺?」

 でも戸惑いながらも段々気になる存在になっていく。


 お互い孤独な一人者同士意識し合うが、焦ったい事に不器用な両者にはそれ以上の進展がない。

 そのうちアレックの傷も治りヴェイヘローヴォ孤児院の友に会いにいく時、他人行儀でギクシャクしながらも、一緒に帰郷するくらいなら自然に思える程の仲にはなっていた。

 故郷とも言えるヴェイヘローヴォ孤児院に辿り着き、アレックは当然たくさんの喜びの歓迎を受けるが、何故かエディッタの表情が浮かない。

 孤児院にはハンナとエミルがいる。アレックがかつてハンナに片思いしていたのをエディッタは知っている。

 もしかして今でもその想いは断ち切れていない?

 たとえそうであったとしても、もう私の心は後戻りできない。

 せっかくやっと親密な関係をアレックと築けたのに、今になって失いたくない。

 不安がエディッタの心につき纏っていた。


 そんな状況でヨアンナ宅に移動しアレックが2度目の歓迎を受けた時、我慢できずにとうとうエディッタの涙腺からせきを切ったように涙があふれた。

 ハンナとエミルのカップルを見た時と、自分に接する眼差しが違うような気がして不安と嫉妬が爆破したのだ。

 

 出席した者たちは唖然とした。

 何が起きた?エディッタに何があった? 

 一同皆訳もわからず、その場にシーンと沈むような空気が流れる。


 その時、男気と思いやりを兼ね備えたアレックは、エディッタが泣いているのが自分のせいだと直感的に理解し、皆んなが見ている前でもお構いなく静かにエディッタを抱き寄せた。


 エディッタはヨアンナや他の仲間たちに負けないくらい、壮絶で悲しみに満ちた経験をした孤児の一人なのだ。

 同じ身の上のアレックは、衆目の面前で見せた涙の重さが痛い程分かる。

 だからエディッタをひとりの男として優しく受け入れた。


 それはエディッタの恋が実った瞬間である。


 その時のアレックの様子を目撃して、少年アダムは衝撃を受けた。

 詳細は知らないけれど伝わる空気で分かる。

「これが男ぞ!これが人間ぞ!」

 大人の恋と相手の心情を慮る力量と懐の深さに大層感じ入った。

 こうしてアダムはアレックから強い影響を受け、男に目覚めたのだった。

 (男に目覚めたと云っても、変な意味じゃないから。念のため。)

 そしてそんなアダムを見守るエミリアも、女に目覚める。

 


 アダムは賢い生徒だった。

 常に学年トップで人望も厚く、友達に囲まれるリーダー的存在になっていた。

 しかし、先生たちの中には、そんな彼の自由主義の危険な影響を匂わすような生き方と言動を苦々しく思い、良くないと考える者もいる。

 言葉の節々に体制を批判する皮肉るような考えが垣間見られた。

 それ故、彼は『思想に問題がある事が懸念される。』と評価され、当局の要注意生徒の調査対象にリストアップされた。

 その結果、調査員が身辺調査のため派遣されたこともある。

 エミリアがそんな身辺の変化を敏感にキャッチし、言動に注意するよう促したのもその頃だった。

 エミリアからの注意を受け、用心するようになったアダム。

 特に問題なく過ごす彼から指摘されるべき事象もなく、調査当局は警戒を要観察扱いへと変更する。

 それでも毎日を過ごす下校時、男友達と連れ立ち歩くすぐ後ろをエミリアはあたりを警戒するようについて行った。

 公安と一目でわかる見知らぬ男が街角でアダムを監視する様子を見るにつけ、身震いがするほど怖くなるから。

 たかが取るに足りない高校生に対してさえ、警戒と監視の手を緩めない当局が恨めしくさえ思った。


 そんなある日の下校時、いつものようにアダムと連れ立つクラスメイトたちに今度の休みをどう過ごすかでちょっとした対立があった。

 テストが近いので一緒に勉強しようと云う者と、いつものように川で釣りがしたいと云う者に分かれ、エキサイティングな言い合いになってきたのだ。


 アダムはその時冷静な仲介者として、

「政府の高官や役人達じゃあるまいし、自分の都合と欲求に縛られた身勝手な主張は心の中にしまって相手の気持ちを尊重した意見も持とうよ。

 もう少し冷静になってお互いが譲り合うよう、大人の話合いをしないか?」と云った。

「政府の高官や役人達じゃあるまいし」

 そんな批判めいた言葉に反応した監視の男二人が、アダムめがけて近づいてくる。

 咄嗟にエミリアがアダムの一団に割って入り、監視の男達に聞こえるような大袈裟で大きな声をアダムにかけた。

「アダムったら忘れたの?今度の休みに私のママが地域の委員会事務局から頼まれた用事の準備を手伝って言われていたでしょ?」

 エミリアはアダムの腕をとり、さらりと男たちを牽制し、引き摺る様に足早で遠ざかった。


 委員会事務局の準備の手伝い?何の事?

 アダムには全く心当たりがない。

 でも緊張とも悲壮感とも思えるエミリアの硬い表情表情と、アダムの手を強引に引っ張りソソクサとその場を逃れるそのいつものエミリアらしくない様子。


 ん?そう言えば・・・・さっき見知らぬ黒服の男たちの前を通り過ぎた時にふと持った違和感。 そうか!そういうことか!


 事態の緊迫した危険を悟ったアダムは、

「ありがとう、エミリア。

 どうやら君のお陰で助かったようだね。」

と云ってエミリアを見た。


 エミリアは無言だった。目に涙を溜めアダムを引っ張りながら、顔を強張らせたまま家路についた。


 アダムはこの時初めてエミリアをかけがえのない大切な人と認識を新たにする。


 そして卒業の少し前、誰もいない郊外の樹木に囲まれた中、お互いの愛を確かめ合い、初めてキスをした。







       つづく


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