第33話「アダムと母の教え」
音楽が歴史を動かす
ヨアンナの食堂も次第に軌道に乗り、今ではいつも活気に満ちている。 造船所が近くにある事と、漁師が足繁く通い絶えず客足は減る事がない。
彼らは自由な外の国の話題に飢えていた。
ヨアンナの食堂の外ではこの国で御法度な話題も、ここの中だけでは許される。さりげなく西側の音楽が流れ、西側のファッションを真似た労働者も散見された。
ここで東欧諸国の社会を根底からひっくり返した音楽の力に触れておこう。
1960年代当時、西側諸国ではビートルズが席巻。当然東ヨーロッパ圏にも大きな衝撃が走り、若者に大きな影響を与えた。しかし東諸国の当局はビートルズの音楽を退廃思想の代表として決めつけ、発禁にした。
しかし自由に飢えた若者たちがそれに素直に従う訳もない。
闇流通の手段を模索し何とかして当局から隠れ、ビートルズの音楽に積極的に触れる機会を得ようとする。
そうした若者の動きが新たな機運を生む。
それはひとつの流行のようであり、東欧の若者の中には自らの本音と心の叫びを言葉と声で歌に乗せ、不自由な社会への閉塞感を直接表現、社会への不満を暗喩のメッセージソングとして歌い広める者たちが現れたのだ。
その代表格として、東欧出身のいくつかの歌手とグループが現出する。
それらの誕生には、あるキッカケとなった西側の音楽グループがあった。
そのグループとは意外にも、1964年にアメリカで結成されたロックバンド『ザ・ヴェルヴェット・アンダー・グラウンド(The Velvet Underground)』。
彼らは奇しくも自由を渇望する東欧の若者たちに強い影響を与えた。
ヴェルヴェット・アンダー・グラウンド自体は営業的に決して成功したと言えるような成績は残せなかった。(つまりアメリカじゃぁ、あまり売れなかったと云う事)
しかし彼らの音楽メッセージの特徴は、彼らの世界観であるSMや同性愛、ドラッグなど、社会のタブーを奇麗なメロディに載せたサウンドにある。
そこに魅力を感じた東欧の若者たちの支持を得たのだった。
そのザ・ヴェルヴェット・アンダー・グラウンドの存在にに衝撃を受けたチェコの若手劇作家がいる。
彼の名はヴァーツラフ・ハヴェル。
彼がアメリカから音源を持ちかえり秘密裏に地下活動で広めた結果、チェコスロバキアでヴェルヴェット・アンダー・グラウンドの音楽は人気を博す。
更にそこから発展し、影響を受けたチェコスロバキアのバンド『The Plastic People of The Universe』 が結成された。
彼らはチェコスロバキアで大人気を得、後のビロード革命に大きな影響を及ぼす。
ヴェルヴェット・アンダー・グラウンドの音楽をチェコスロバキアに持ちこんだヴァーツラフ・ハヴェルは、自らも当局から弾圧され投獄の経験を持ちながら、同じく当局から弾圧を受けた『The Plastic People of The Universe』を常に援助し、民主独立運動のリーダーとして後にチェコスロバキアの民主革命『ビロード革命』を達成させ、初代民主大統領に就任した。
もう一人チェコスロバキアには『ビロード革命』に大きく貢献した歌手がいる。
チェコを代表する女性歌手マルタ・クビショヴァである。
彼女は「マルタの祈り」で歌手デビュー、その後1968年、【プラハの春】勃発。
ロシア・東ドイツで構成されたワルシャワ条約機構軍がプラハに侵攻後、自由独立を武力で圧殺する行為に抗議の意を込め、常々ビートルズに感化されていた事もあり、「ヘイ・ジュード」をカヴァー。
英語の歌詞を訳すにあたり、チェコの人々の琴線に触れるよう意訳し発表した。
彼女の「ヘイ・ジュード」は自由を求める人々のシンボルとなり、彼女はチェコ民主革命のシンボルになる。
そして1989年12月、彼女は【ビロード革命】を成した民衆の前で、当局から歌う事を禁じられていた「マルタの祈り」を20年ぶりに堂々と高らかに歌いあげ、民衆の力によって成し遂げた無血独立革命を祝った。
一方東ドイツでは、ひとりの少女が登場する。
ニーナ・ハーゲン(19歳)である。
彼女が1974年コミカルソング『カラーフィルムを忘れたのね』をリリースすると、たちまち東ドイツのヒットチャートでトップになった。
この歌詞の〔カラーフィルムを忘れたのね〕の歌詞の内容と意味は、一緒に旅行した彼がカラーフィルムを忘れ、思い出の記念写真たちがすべて白黒になってしまったと怒る様子を描いている。
この写真の中の白黒の世界とは、灰色に染まった単調で自由の無い東ドイツの社会主義体制を暗に描いているとして理解された。
彼女のこの歌は、後に統一ドイツに於いて初の東ドイツ出身の首相となったアンゲラ・メルケルに大きな影響を及ぼす。
メルケルの首相退任式での式典にニーナ・ハーゲンを招聘。その社会に与えた功績をたたえたくらいである。
また西側出身ではあるが、先ほど登場した東欧反抗サウンドの原点、ヴェルヴェット・アンダー・グラウンドのいちファンにイギリスに少年デビッド・ボウイという若者(当時19歳)がいた。
ボウイもヴェルヴェット・アンダー・グラウンドの影響を受け音楽活動を開始、イギリス・アメリカを中心に西欧社会で活躍、名声を博す。
しかし彼は奇抜なビジュアル歌手としての自分と、本当の自分のあいだで自我の葛藤が生じ、活動停止、引きこもるようになる。
自己矛盾を抱えたボウイは同様に社会矛盾に悩む東欧社会に目を向け始め、次第に東欧圏の若者の心に寄り添う活動を行うようになる。
彼は自由の無い東欧の若者たちの願い・望み・夢に着目した。
彼の音楽活動は東欧の人々に対し、自由を扇動する中心的な役割を果たし、結果影響を受けた多く若者たちが立ちあがるようになった。
以後東欧における自由に対する様々な軋轢や事件が発生したのを数多く目撃、デビッド・ボウイは1987年6月6日、西ベルリンと東ベルリンを隔てた西ベルリンのライヒスターク(国会議事堂)前広場にて壁を背に野外コンサートを開く。
東の若者は震えた。
壁のすぐ向こう側でデビッド・ボウイが歌っている!
ボウイは西ベルリンの8万人の観衆を前にしながら、あえて壁側(東ベルリン側)に集結した5,000人に対してもスピーカーの25%を向け、ドイツ語でメッセージを放った。
「壁の向こう側の多くの友人たちに対し、幸せを祈ろう!」
その多くの東ドイツの若者たちが壁の西向こうのメッセージを聞き、熱狂的な声援を送った。
こうして東欧圏では(ポーランドを含み)大きな自由・独立のうねりが音楽を通じ、民衆の精神的連帯の共通意識として充満していた。
そしてその2年後、ついにベルリンの壁が崩壊する。
音楽の力と自由を欲する民衆の願いが東側国家体制を崩壊させた瞬間。
でもそれはまだ先の話。
日本国憲法
話を1960年代のポーランド・グダニスクに住むヨアンナの世界に戻す。
ヨアンナの食堂も次第に軌道に乗り、今ではいつも活気に満ちている。
造船所が近くにある事と、漁師が足繁く通う関係で絶えず客足は減る事がない。
ヨアンナは齢40代となっても、その品の良い美しさは衰えていない。
未亡人に言い寄ろうと画策する男どもには事欠かなかった。
その中には格好をつけ、自分のインテリジェンスな一面をアピールするため、共産圏の閉じた社会の外の聞き齧ったばかりの外国の話題を口にする輩も現れる。
彼らは自由な外の国の話題に飢えていた。
ヨアンナの食堂の外ではこの国で御法度な話題も、ここの中だけでは許される。
さりげなく西側の音楽が流れ、西側のファッションを真似た労働者も散見された。
そんな空気の中、イギリスやフランスの流行り歌や、「アメリカのコーラは旨い」だの、「ケネディはいい男だが、お坊ちゃまだね。」みたいなにわか評論家の客が多数湧いて出た。
ある日そんな客の中に、何処から手に入れたのか「日本国憲法」の要約・ポーランド語版を見せびらかす男性客がいた。
どうやら海外の政治や制度を研究する政府の諮問機関から流出したものらしい。
実に怪しいが、モノは本物らしい。
当時東側指導部では諜報戦以外にもアメリカの動向に注目していた。
アメリカとソ連。
どちらも戦勝国のリーダーとして覇権を競っていたが、敗戦国と新たに得た衛星国の統治では苦労していた。
その分野でアメリカに負けるわけにはいかない。
そうした理由からソ連はアメリカの西ドイツと日本の統治のやり方には目を光らせている。
それは政治・経済・社会制度など、多岐に渡っていたが、特に法制度は西側に対抗する立場上、神経をすり減らした。
試行錯誤を繰り返しながらもソ連の意向に忠実に添い、尚且つ表面上は自由と人権に配慮した文言を散りばめた法律を制定させる。
そのためには西ドイツと日本の法制度を研究する必要があった。
その中のひとつに日本国憲法を研究した冊子があったという事だろう。
ヨアンナの店に通う男どもが見せびらかす物の中には、いかがわしい書物などがいくつもあった。
ヨアンナはそれらに興味を示さなかったが、日本の話題にだけは何故か関心を示す。
その事に気づいたある客が、日本のものなら何でも良いだろうと持ち込んだものがそれだった。
目論見通もくろみどおり、ヨアンナは目を見開いて興味をみせた。
「こんなもので良かったらアンタにやるよ。」
そう言って得意げに渡した。どうせ彼には興味のない難解且つお堅い内容だったので、自分には必要ない物だし。
ヨアンナは幾度となくその冊子を読み、何かを感じる風だった。
多感な歳に育ったアダムはそんなときの母の様子に、
「一体どんな良い事が書かれているのだろう?
聖書ですら、そんなに熱心に読んでいる姿を見た事はないのに。」
そう思い、内容を知りたいと感じ始めた。
母には日本での大切な思い出が沢山ある事は知っている。それとあの本は関係あるの?
アダムはある日、母に聞いた。
「ねえお母さん、その本には何が書かれているの?
僕にも読んで聞かせてくれる?」
母はにっこり笑って応えた。
「この本にはね、お母さんがずっと憧れ、欲しいと思い続けていた事が書かれているのよ。」
「お母さんは何が欲しいの?僕だけでは足りないの?」
母は言った。
「お母さんにとってアダムは命より大切よ。
でもその愛するあなたとの暮らしを守り、幸せに生きていく道標がここには書かれているの。お母さんも、亡くなったお父さんもそのために戦ってきたのよ。
この国の人たちがそれを手に入れるために戦い、命を落としたの。
アダム、私の愛しい子。
あなたの未来を明るいものにするために、お母さん達は戦ったのよ。
分かる?
あなたがこの内容を理解する日が来たら必ず読み聞かせてあげるわ。
それまでしっかり勉強してね。」
アダムは思った。
「チェ!やっぱり母さんは結局僕に勉強しなさいって言いたいんだな。」
世の母親たちの共通する願いは、我が子がしっかり勉強する事だと悟るアダムだった。
それから幾年か経過したが、アダムの母はその時の事を忘れていず、彼が15歳になって間もなく、あの冊子を読ませ感想を聞いた。
残念ながらアダムは外国の憲法など、無関心であったようだ。
母は云った。
「ほらね。だからしっかり勉強しなさいって言ったでしょ。」
このときもアダムは心の中で顔をしかめ、「チェ!」と舌打ちをした。
構わず母は云った。
「私たちの祖国は、永く外国に蹂躙されてきたわ。その事はアダムでも分かるでしょ?」
アダムが頷くと、
「この国に自由は無いわ。役人に逆らうと怖い目に会うって知ってるわね。
自分の考えを自由に言えず、正しい事を正しくできないのよ。それはね、私たちにその権利が与えられていないからなの。納得できない事があっても、国が決めた事には逆らえないのよ。でも、この本に書かれている内容はね、憲法と云って、その国の人たちの大切な権利と守るべき仕組みが決められ、国民に向かって約束されたものなの。
母さんはここに書かれている文章を読むとね、涙が出るほど感動するの。」
「涙が出る程?そんなに素晴らしい内容なの?よくわからないなぁ。でも、日本って戦争で負けたんでよ?だからその憲法も勝ったアメリカから押し付けられたって学校の先生も嘲っていたよ。」
ソ連の衛星国となり果てた祖国ポーランドの先生が、生徒にそんな程度の見識しか示せないのがこの国の悲しい現実だと母は思った。
「ねぇアダム、先生にお母さんがこんな本を読んでいるなんて言ってはダメよ。悲しい事に、いつ密告されるか分からないのだから。」
「ウン、分かっているよ。
社会科の勉強しているふりをして、先生に外国の法律と憲法について質問したんだ。そしたら先生は、祖国ポーランドが一番だってさ。僕はフーンって聞いていたんだけど。」
何とも頼もしい先生だとヨアンナは思った。
ヨアンナはアダムに日本国憲法に書かれている一節を読んで聞かせた。
「第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。
また、国民は、これを濫用してはならないのであって常に公共の福祉のためにこれを利用する義務を負ふ」
とあるのよ。
これは人権保持の義務といって、人間が持つ固有の権利の歴史的な意義を保持するため、国民の責任を定めているの。分かる?」
アダムは首を横に振った。
ヨアンナはフゥ、とため息をつくと、
「アダム、お母さんはね、幼い頃からたくさん辛い目にあってきたわ。
それもこれも、この国が外国から支配されていたせいなの。
そういう苦しい経験や、悲しい経験をいっぱいしてきた私たち大人はね、みんなひとつの願いを持っているのよ。」
「どんな願いなの?神様は叶えてくれないの?僕が一生懸命祈ってもだめなの?」
ヨアンナは少し微笑みながら優しく諭すように云った。
「私たちの願いはね、幸せに暮らす事よ。一生懸命仕えれば神様はその願いを叶えてくださるかもしれない。
でも、それを阻む理不尽な仕組みや、不正や悪意を持った権力は、自分たちの意思と力で排除しなければならないの。
この国の悪の元凶は外国に支配されている事よ。
だから私たちが幸せを掴むためには、まず戦い、勝ち取らなければならないわ。
『国が国民を統治するのではなく、国民が自らの意思で国を統治する』
そんな国であるべきなのよ。・・・・。そうねぇ、私たちの大切なものは、人が与えてくれたりするものでは決してないのよ。
何もせず、待っているだけでは決して手に入らない。
自分が努力して頑張って、時には戦って勝ち得るものなのよ。
でもね、何も命を懸け力づくで争い、勝ち取れ!という意味ではないわ。
時にはそういう事も必要なのかもしれないけれど、そんなことを言いたいのではないの。
自分たちを怖がらせ、威張り散らす大きな力を持つ者たちに対しても、決して怯まず、自分の意思と信念を曲げず、その覚悟を相手に示す姿勢が大事だと思うの。
私たちの人生や暮らしや希望や夢を実現する権利を、外国人が握る今のポーランドは悲しいし、間違っているわ。
まず自分たちが頑張って掴み取るの。
その後神様に幸せを願うべきだわ。お母さんはそう思うの。だからこの本を読んで感じるのよ。この憲法のこの条文は、その大切さを示しているわ。
自分たちの権利って、そう簡単に手に入らないし、それを手に入れたからと云って、あとは無条件で保障され続けるものではないってこと。
私たちにとって大切な自由と平等と人権は、自分たちが絶えず努力して維持させるものだって教えてくれているのよ。
その自覚と覚悟を持ちなさいって言っているの。
お母さんが経験してきた事はね、それを教えてくれたわ。
人の権利が尊重され、守られてきていたら起きなかった悲劇を潜り抜けてきたの。
だから例えこの憲法が外国から押し付けられたものだったとしても、彼らは必死で戦って得たものなのよ。
戦いに勝って押し付けた国アメリカも日本の戦う姿を見てその立派で真摯な姿勢に、この国にはこのくらいの崇高な理念でも理解し、実現できるだろうと思って授け、託したのがこの憲法だと思うの。
「でもねお母さん、日本はやっぱりアメリカに負けたんでしょ?だからこの憲法を押し付けられたんだよね? じゃぁソ連に勝てないポーランドは絶望だね?」
「どういう事?」
「だって日本はアメリカに負けて幸運にもこの憲法を押し付けられ国を統治しているけど、僕たちの国ポーランドは戦争に勝てないから人を奴隷のように扱うソ連に統治され、自由になれないんだよね?
ソ連は僕たちに良い憲法を与えてくれるどころか、虐めてばかりじゃない。
それじゃ、やっぱり勝たないと良い憲法を望んでも無意味だと思うよ。
僕たちの国は戦争に勝てる強い国にならないとダメなんじゃない?」
(ここからは人を殺す、殺されるとのワードが多数登場します。ご注意ください。)
「確かに侵略してくる者に無力では悲劇しか得られないわ。
お母さんは沢山の人達が死んでゆくのを見ているのよ。自分の身を守るためには、侵略に負けないだけの武器が必要よ。それに侵略者を憎む気持ちも分かるわ。ただね、覚えておいて。
人を憎むという事は、自分が憎悪の地獄に堕ちるという事なのよ。
人を憎み続ける姿って悲しく醜いものよ。だからね、憎しみに駆られて戦ってはダメ。
憎しみに自分が取り込まれないように注意しなさいね。
それからチョット考えてみて?
武器を持って戦うにしても自分の身を守る武器って、本来は人を殺めるための器具や機械なのよ。
自分を守ると云いながら、相手を殺すためのもの。
自分を守るためなら、それを使って相手を殺しても良いの?
『諸刃の剣』って知ってる?そのまんまの意味のほかに、そういう意味も隠されていると思うの。
母さんはね、今までたくさんの人が身を守る武器を持たなかったがために殺された場面を見て来たわ。
ポーランドの同胞も、多くのユダヤの人たちも。
ずーっと昔の歴史には、インカ帝国がスペインに滅ぼされているわ。
アフリカの人たちが奴隷として売られたのも、自分の身を守る術を持たなかったからよ。
じゃぁ、武器を持てば良いの?
自分の身を守るために、人を殺すのは正しい事なの?
お母さんは違うと思うの。
正しい人殺しなんて絶対ないわ。
人殺しは悪よ。
お母さんは昔、目の前で何人も人が殺されるのを見て来たって、言ったわよね。
誰だって殺されたくはないわ。
だから反対にその殺そうとした人間を殺さなければならない時、アダムならどうする?」
「そりゃぁ、殺されたくないもの。他に方法が無い時は相手を殺すしかないと思う。だってそうでしょ?」
「そうね、やむを得ない場合はそうするしかないわね。
でもねアダムを殺そうとした悪い人でも、その人には産んでくれた母がいるのよ。
たくさんの人を殺め続けた凶悪犯でも、息子が死んだら悲しむものよ。
やむを得ず殺されなければならなかったとしても、母は悲しむの。
だから例え正当防衛であっても、凶悪犯を死刑にするのも、やむを得ないのかもしれないけど、正しい事だとは言えないわ。」
「じゃぁどうするの?」
「社会の安寧を維持するために必要だったとしても、やむを得ないというだけで、正しい事とは思ってはいけないと思うの。
やむを得ないから、他に方法が無いから、凶悪な相手を殺して良いわけではない。
でもそうするしかなかったとしっかり受け止めて、そういう事態を容易に招かないよう、責任を持って日頃から最善の努力をすべきだわ。」
「でも例えば僕たちの国ポーランドがいつも虐げてくるソ連をやっつける事は、みんなの願いでしょ?
でも相手が武器を使って暴力をふるってくるのに、自分たちは武器も持たず、抵抗もできないのなら、正しい事なんて不可能だし糞くらえだ!!」
「糞くらえ!なんて汚い言葉ね。
母さんは何も抵抗できる手段を持つなと云っているんじゃないわ。
正しい事とやむを得ない事は同じじゃないって知っておいて欲しいの。
誰だって自己防衛の本能はあるわ。
相手がいきなり自分に向かって拳を振り上げてきたら、咄嗟に自分の腕と肘で頭を守ろうとするでしょ?
やむを得ない時はそうするしかないの。
だからソ連がいつも傍若無人な振る舞いをしてくるなら、私たちはそれを撥ね退ける力を持つべきではあるわ。でもね、その力とは相手を殺す武器だけではないと思うの。
決して負けない強い意思を皆が持つ事が一番の武器よ。それに次いで必要なら銃を取らなくてはならないわ。
でも何度でも云うけど、自分にも相手にも生んでくれた母がいる事、自分が死んだら悲しむ人がいるっていう事、それを忘れてはいけないわ。
アダムが銃を取らなければならない時があるとしたら、相手から銃口を突きつけられた時よ。
でも世の中の母親は皆んなそう、自分の子供に銃なんか持ってもらいたくないの。
喜んで我が子を戦場に送り出したいと思う母親はいないわ。
できれば戦わないで逃げて欲しい。
でもそうすると残った家族たちに悲劇が襲うし・・・。だから悩むの。戦争はね、最後の手段。覚えておいて。
それから相手に対抗するために武器を持つのも、自分だけが背伸びして持とうとしてはダメ。
分不相応な武器を無理して貯め込んだら、人は無理した分、使いたくなるものよ。
むやみに使ってはいけない物を必要以上に持ってはダメ。
相手に侵略されないように持たなければならないにしても、自分だけで対抗するのは間違っているわ。」
「自分ひとりじゃダメって、それじゃぁどうしたら良いの?」
「それはね、同じ価値観を持った多数の隣国と手を結ぶのよ。
自由と平等と人権を大切にする価値観を持った国々と協定を結び、お互いに助け合うの。お互いが相応の負担をして最低限侵略から守れる武器を持ち、備えるの。
備えとはね、冷静になって対処する事よ。
武器だけではなく、意識や連携だけでもなく、冷静に情報を分析する力もなきゃダメ。
アダムの父は情報将校だったって知っているわよね?
相手の状況を調査して冷静に分析して対処できなきゃ、備えたとは言えないわ。
お母さんはアダムにもお父さんのように、冷静に身の回りを分析して対処できる人になって欲しいな。
だから今、世の中全ての大人たちが、自分達の経験と教訓を活かして、過ちを避けるあらゆる努力をすべきだわ。
アダムには人の願いが分かる大人になって欲しい。
そしてその願いを叶えるために頑張る人になって欲しい。それがお母さんの願いよ。
だからそういう価値観を謳った日本の憲法は素晴らしいと思うの。
但し、私たちの祖国ポーランドの現状では、日本の憲法第9条(戦争放棄)は残念ではあるけど、そぐわないと思うわ。
敵を作らない努力をすべきだけど、現実的に今私たちポーランドを支配するソ連は危険すぎる脅威なのだから。
私たちはソ連から完全に独立し、私たちの理想の憲法を持つべきよ。
そのために頑張ってきたし、アダム達の世代にも受け継いでほしいの。
でも、もう一度言うけど、どんなに素晴らしい憲法を持っていてもそんな理想を造り維持するのは国民よ。
ひとりひとりが意思を持ち、国を作るのは国民なの。
私たちが持つべきものはその精神だってこと、アダムにも分かって欲しいわ。
だからあなたも、もう一度この憲法の条文をよく読んでみて。
人類が永く戦いかち得た理想と理念を、憲法という形で表した国民に対する最高の保障だって分る筈よ。
母さんが幼い頃滞在した日本という国はね。
そう言う憲法がとっても良く似合う国なの。
ホントよ、あなたにも見せてあげたいわ。
今お母さんがアダムに云って聞かせたのは、とても大切なことよ。これを伝えるためにお母さんは一度死んでいるのに蘇ったの。」
「エッ?一度死んだってどういう事?」
「何でもないわ、ただの言葉の綾。気にしないで。」
「????・・・・」
良く分からないが・・・・とにかくアダムは再び渡された冊子を内容が理解できるようになるまで何度も読み返した。
そしてその内容が理解できるようになってからは人が変わったように、熱心に勉強するようになった。
つづく




