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シベリアの異邦人 ~ポーランド孤児と日本~ 連載版  作者: 米森充


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第30話「パラレルワールド〜バタフライ エフェクトbutterfly effect〜」


 第29話で殺害されたヨアンナの別の運命に視点を移してみよう。


 私たちの生きる世界は普通ひとつだけと認識しているが、実は微妙に異なる無限の世界が存在するとの説がある。

『パラレルワールド』

 聞いた事があるだろう。


 例えば自分の人生だけとっても、ほんの少しずつ違う運命を辿る人生が別の世界では存在し、幾重にも、幾重にも無限に存在するというのだ。


 例えばある時、落としたハンカチを拾おうとして交通事故にあったり、または別の(隣の)パラレルワールドではそれが回避できたり。

 ほんの些細な違いがキッカケとなり、無数且つ別々に存在する世界がある事を。

 微妙に、でもその先は大きく変わる世界があることを踏まえてほしい。


 その前提で今後の物語は始まる。






             戦後編




 ヨアンナとアダムの住むささやかな家に赤軍兵の一団が踏み込もうとした少し前、ヨアンナはフィリプの死を知らされず、普段と変わらぬ日常を過ごしていた。

 アダムは幼馴染のエミリアと遊ぶため、隣のエヴァの家にいる。

 エヴァはアダムとエミリアが仲良く遊ぶ様子を眺めるのが何より楽しい。

 一方ヨアンナは、10日前に越してきたばかりの家で、やり残していた荷物の収納作業に忙しい。


 そんな時、エヴァの家のささやかな庭に咲く花の周りに、1匹の蜂が飛んでいた。

 アダムはエミリアと遊ぶのに夢中で気がつかない。

 アダムが小枝を打ち振りながら無邪気に歌っていると、小枝にぶつかりそうになった蜂が怒ってアダムの腕を刺した。

 

 この事故は元の世界では起きていない。

 何故ならアダムが振った小枝の振りは、元の世界ではほんの1秒程のズレがあり、振りが数ミリだけ小さかったから。

 蜂がそばを飛んでいた時のその数ミリ・数秒の違いが、アダムを襲い針を刺すか、何事も無く通り過ぎるかの運命の分かれ道となる。


 元の世界ではアダムが何事も無く過ごしていたため、ヨアンナは自宅に居続けた。

 そしてソ連の治安部隊の急襲を受ける。


 でもこの世界では、アダムは蜂に刺され火がついたように泣き出す。

 それを見たエヴァが慌ててアダムを抱き上げ、隣のヨアンナの元に。

 ヨアンナとエヴァは近くの医者に診せるべく、家を出た。


 医者のところに向かう直前、先に玄関を飛び出したエヴァの前に、よく見知った隣りのおばさんがいた。

 おばさんは「そんなに慌てて一体どうしたの?」と聞いてくる。

 エヴァが簡潔に事情を話すと、「分かったわ、ようがす!私が留守を守っていてあげるから、早く行ってらっしゃい!」という。

 「ありがとう、おばさん!悪いけど頼んだわね。」

 と言ってアダムを抱えたヨアンナと急足で出ていった。


 そのタイミングで、アレックがヨアンナ宛てに(アダムのための)差し入れを持ってやってきた。

 つまりその時ヨアンナの家には、肝心のヨアンナ本人は不在で、急に留守を頼まれた近所のおばさんと、ヨアンナたちと入れ替わりに、差し入れ持って到着したばかりのアレックのふたりだけが居たことになる。


 まさにその直後、ソ連治安部隊の兵士たちが乱入してきたのだった。


 ロシア語の大声で乱暴にわめくひとりの兵士。

 「ここは国家反逆罪の大罪人フィリプの家か?ただ今から家宅捜索をする!!

 抵抗するものは容赦なく射殺する!!お前たち家の者は直ちにこの部屋を出ろ!」


 いきなり乱入したロシア兵の傍若無人な態度に、いきり立つ留守番のおばさん。


 確かにロシア語のわめきは聞き取りにくい。

 何言ってるか分からないけど、いきなり乱入して喚き散らすなんて、傍若無人過ぎるでしょ!おばさんはそう思い、メラメラと腹が立った。

「何なのアンタ達は!!ここはヨアンナの家よ!ここのあるじが留守中の家に勝手に入ってこないで!!出て行きなさい!!!」

 気持ちは分かるが、だからと云って果敢にも言い返すか?彼女には怖いものは無いのか?


 ポーランド語をあまり解さないロシア兵は向き直り、おばさんを睨む。

 そこにアレックが

「どんな用か知りませんが、お尋ねのヨアンナは今ここに居ません。出直してください。」と云う。

 アレックからの差し入れを受け取ったばかりだったおばさんは、布のかかったパイの皿を持ちながら再度

「出て行きなさい!!」と叫ぶ。

 そのパイの皿の淵から黒い金属が見える。

 それは只のパイを切り分けるための器具に過ぎなかったが、たまたまそれに目が行ったロシア兵には一瞬だが銃に見えた。

 そして乱暴でガサツな彼には、この状況を冷静に判断する能力に欠けていた。と云うより、相手が誰であろうと、それが何であろうと、自分にとって危険や疑問を感じたら躊躇なく平気で引き金を引くたぐいの冷酷な人種だった。そして彼はこう思う。

 (あの女の持つ布の中身は何だ?銃じゃないのか?えぇい!面倒くさい!何であろうとかまうもんか!ホントにこいつらはイラつくゼ!どうせ忌々しいポーランド人だろ?目障りなこいつらなんぞサッサと始末して捜索は終了だ。)

 そんな身勝手な発想で銃を乱射、その後、何の事後調査もせず、「さぁ、帰るぞ!!」と云って引き上げる。


 


 おばさんとアレックはそれぞれ数発づつ銃弾を受け、アレックは意識不明の重症、おばさんは即死だった。


 

 医者の手当を受け、我が子を抱きかかえ帰宅したヨアンナとエヴァ。

 何も知らずドアを開けると、血の匂いと遺体などが散乱している。

 血まみれのその惨状に、何が起きたか理解できないまま途方に暮れる。


 先程の銃声と叫び声を聞いていたお向かいに住む近所の人が何事かと窓の外を覗き、ヨアンナの家を急襲したロシア兵数人が家を出るのを目撃していた。

 人をあやめても平然とその場を去るその後ろ姿に、様子をうかがっていたおかいさんはすくみ上り呆然としている。


 一方事件現場でも眼前の惨状に理解不能のまま、ただ立ちすくむヨアンナとエヴァ。


 何が起きたのか?

 詳細が分からないままのふたりの元に、我に返った隣人がやってきて、目撃した事をそのままに震えながらソ連兵の仕業であることを伝えた。


 戦争はとっくに終わったというのに、またしてもヨアンナの身辺で起きた悲劇。

 隣のおばさん、お留守番なんかさせて本当にごめんなさい!!

 その次にうつ伏せで血塗れの男性に改めて目をやると、

 「まぁ!アレック!!アレックじゃない!アレックまでどうしてここにいたの?

 あぁ、まだ息があるのね・・・・どうか助かって!!どうか・・・どうか助かって!!」

 

 おお、神様!!


 お二人に申し訳ない。


 私はどうしたら良いの?

 何てお詫びしたらよいの?


 騒ぎを聞きつけ、たちまち近所の人々が集まりアレックをにわか作りの担架に乗せ焼け残った病院に搬送、おばさんのご遺体の搬送等を手分けして粛々と進める。その辺はさすが市民蜂起の中で鍛えたれた手際の良さ。

 人間不幸な出来事に襲われ続けていると、自然と協力しあい団結する。戦争と蜂起は隣同士の連帯を深め、即座に脅威的な組織力を発揮するらしい。

 ヨアンナたちはそうしたご近所さんたちにも守られていた。




 そんな大事件があったその翌日、青年会からミロスワフを通じ、更に残酷な追い打ちをかける悲報が飛び込んできた。ひと月前の銃撃戦でフィリプが死亡したという衝撃の情報が。


 ヨアンナは言葉を失った。

 もう声が出ない。何とか立っているが、力が入らないし眩暈がする。現実と乖離した歪んだ室内に居る気がする。

 アレックの状態も気がかりだが、その上夫のフィリプが死んだなんて・・・。嘘でしょう?嘘よ、きっと何かの間違いだわ。そうよ、そうに決まっている。

 「ねぇエヴァ、そうよね?」

 ヨアンナの言葉にならないすがりつくような目だけの問いかけに、エヴァの暗い表情が無常にもそれを否定し、首をゆっくり左右に振る。

 「ウ・・・、ウウウ・・・ウゥゥゥゥ・・・・」ヨアンナの大切な世界がまたも崩れ、瓦礫と化す。

 エヴァが黙ってヨアンナを抱き寄せた。静かな、しかし止めどもなく続く嗚咽おえつ


 どれだけの時間そうしていたのか?

 でもいつまでも悲嘆にくれている場合ではない。


 ソ連兵がまた来る可能性がある以上、ただちに逃げなくてはならない。

 エヴァとミロスワフはヨアンナを説得する。ここは危ない。ただちにワルシャワを去り、安全なところに身を隠すべきだ。


 でも何処に?


 青年会組織の行動能力はまだ死んでいない。すぐさま逃亡先を手配した。ヨアンナとアダムはエヴァ夫妻に促され意を決する。


 それはヨアンナにとって苦渋の決断であるが仕方ない。たまたま私の家にいただけで犠牲になってしまった隣のおばさんとアレック。

 本当にごめんなさい。神様、せめて一命をとりとめたアレックだけでも助けてください。そして再び元気になり復活させてください。


 アレック、あなたがこんな状態なのに、そばにいる事ができない私を許して。必ず元気になって、その姿を見せてくださいね。あなたの笑顔をまた見られる日を心待ちにしています。


 それまでさようなら。


 夫フィリプと暮らした短い間、苦しいけど幸せだったわ。


 そんな思い出深い旧市街と、戦乱を避け移り住んだ郊外。

 ずーっと外れの僅かに残った建物や、徹底的に破壊された廃墟の地ワルシャワを去った。


 後ろ髪を引かれながら。








       

            つづく



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