表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シベリアの異邦人 ~ポーランド孤児と日本~ 連載版  作者: 米森充


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/35

第20話   天使の詩


 戦乱が激化し、イエジキ部隊も更に危ない活動に日々を費やした。 

 また日本の外交官たちもその身に危険が迫ってきた。


 まず、リトアニア領事がロシアから退去の最終勧告を受け帰国の憂き目を見ることになった。

 後に有名な『いのちのビザ』の発給に杉原千畝領事はギリギリまで全精力を注いでいた。


 その行為は国策に反し、召喚されたら厳しい処罰が待っていることも覚悟の上。

 自分の信念に従った彼は微塵も後悔していなかった。


 リトアニアはバルト海沿岸に位置する。ヴェイヘローヴォ孤児院もバルト海沿岸。

 地理的に近い好条件もあり、敏郎との親交から度々領事と情報交換をしていたが最終勧告を受けた日の晩、偶然(?)にも訪れていた敏郎と二人だけのささやかな送別会が行われていた。


 「杉原さん、無念ですね。

 任務を途中で放棄して立ち去らなければならないなんて、さぞ心残りでしょう?」

 「そうだね、ついさっきまでずーっとビザにサインし通しだったからね。もう幾日も朝から晩までサインしっぱなしで右手が動かないよ。

 この身体がもうふたつから3つくらい欲しいくらいだ。ハハハ・・・・。

 残念だが、こうして水で冷やしておかないと、もう字が書けないからね。

 君とこうして話していられるのも、手を水に漬けている間だけだったから、君はグッドタイミングの時に来てくれたと思うよ。

 ただ・・・君は私の事を心配してくれたけど、そういう君は大丈夫なのかい?

 ナチスの連中もそうそう甘い顔ばかりしてはいないだろう?君の任務もナチに随分警戒されているみたいじゃないか。

 もしかしたら近日中に君にも退去命令が出るかもしれないのだから、くれぐれも心残りが無いようにな。私も最後の最後まで、自分の信念に従って義務を果たすつもりだ。」


 そして翌日から彼の退去の列車に乗り込むまで続く命のビザ発給との戦いが続く。

 そのおかげで結果的に6千人以上のユダヤ人の命が救われた。


 その杉原の行為こそ井上敏郎が尊いと信じ、目指す行動規範である。

 それは二人にとって、例え国家の方針にそぐわなかったとしても、通すべき共通の価値観と信念なのだから。



 一方イエジキ部隊は、シベリア孤児を中心に彼らが面倒をみてきた孤児たちと今回の戦災で家族を失った新たな孤児たちも加わり、一万数千人まで膨れ上がり一大組織に成長している。


 戦争による悪化に伴い、地下レジスタンス活動が激化し、イエジキ部隊に対するナチス当局の監視と警戒の目が厳しさを増す。

 イエジキ部隊は隠れ蓑に孤児院を使っていたが、突然ナチスからの強制捜査があった。

 急報を受けて駆け付けた日本大使館の書記官は、

「この孤児院は日本帝国が保護する施設である。 その庇護下の施設が日本と同盟する貴国を害するはずはない。疑いを解き、速やかに退去されたし!」

 そう威厳をもって言い放ち、抗議した。

 しかしそう簡単に納得する分けにはいかないドイツ兵は

「しかし我々も確かな情報に基づき行動している。

 子供の遣いでもあるまいし、「はいそうですか」とそう簡単に撤収するわけにはいかない。

とにかく納得するまで捜索させてもらう!」

と突っぱねる。

 一歩も引かないドイツ兵に、書記官の後ろに控えていた敏郎が不安におびえる孤児院に向かい、

「大丈夫!君たちが怯えることは何もない!」

そして孤児院院長を兼ねたイエジキ部隊長に向かい、

「君たち!このドイツ人たちに日本の歌を聴かせてやってくれないか!」

と呼びかけた。


 イエジたちは意を決し、立ち上がると日本語で「君が代」や「愛国行進曲」などを日頃の慣習の成果を見せつけるように、堂々と高らかに大合唱した。

 その様子にあっけにとられ、圧倒されたドイツ兵たちはそそくさと立ち去った。


 その頃のドイツは、先に述べたように日本との軍事同盟下にある。


 日本大使館には、一目も二目も置かざるを得ない状況にあった。

 そして日本大使館はその同盟を最大限活用し、イエジキ部隊を庇護し続ける。

 しかし兵力で圧倒的に勝るナチスドイツ軍への抵抗は長くは続かず、またドイツ捜査機関『ゲシュタポ』特有の綿密な探索の結果、イエジキ部隊の関係者は徹底的に逮捕され、ひとりひとり着実に拿捕・処刑され続けた。


 そして運命の日。


 ドイツ軍部隊がようやく突き止めたイエジキ部隊の拠点に踏み込み、多数の死者と逮捕者が出た。


 急報に接し、急いで拠点に駆け付けようとするヨアンナ。

 周囲の者たちは危険だから行くな!と押し止める。

 その中には特に熱心に、真剣に説得する者もいた。でも、その声と願いは聞き届けられない。

 ヨアンナの目にはもう何も映らず、何も聞こえなかった。今まで見た事の無いヨアンナの取り乱す様。彼女の必死さを見て、この人を説得するのは不可能だと悟った。

 制止するその手を振り切るように、ヨアンナは飛び出す。


 その姿をいつまでも悲なし気に見つめる目・・・・。


 それとほぼ同時に、報を耳にしてヨアンナのもとに向かう敏郎。


 ふたりはドイツ兵に踏み込まれた隠れ家の手前で遭遇した。


 眼前の銃声と叫び声、それら破壊の轟音にヨアンナは敏郎の静止を振り切り、止めさせようと駆けだした。


 その動きに気づいたドイツ兵が、振り向きざまヨアンナに銃口を向けた。

 咄嗟の事で、敵に援軍・若しくは救出の仲間が現れたと思ったのだろう。相手が女性であっても冷静さを欠き容赦ないドイツ兵は、冷徹な反応を示す。

 そして向けられた銃口が火を噴いた。


 刹那せつなヨアンナをかばい、前に出る敏郎。

 銃弾にさらされ、ハチの巣にされても彼は倒れなかった。


 思わず悲鳴を上げるヨアンナに、正気を取り戻したドイツ兵は引き金を戻したがもはや全ては遅かった。


 誤って東洋人を撃ってしまった。

(もしかして日本人?同盟国だろ?面倒なことになった)

 茫然とその場に立ち尽くし、ヨアンナの腕の中で崩れる落ちる敏郎を見ていた。


 ヨアンナは半狂乱で敏郎にすがり、その名を呼び続ける。 

 ヨアンナに抱かれた敏郎は宙に目をやり、最後に空の青さとヨアンナの顔を焼き付けた。

 彼の眼にはお迎えの天使たちが見える。

 天使の詩と共に敏郎の魂はよく晴れた日の青空の向こうにある天国にいざなわわれ、ゆっくり静かに目を閉じた。





       つづく


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ