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シベリアの異邦人 ~ポーランド孤児と日本~ 連載版  作者: 米森充


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第16話  エヴァの結婚



 伝説の語り草となったクリスマスパーティの相撲勝負の一件以来、エヴァはミロスワフの露骨なアプローチの波状攻撃を受け、落城寸前に陥っていた。


 ミロスワフには強力な助っ人がいたため、ここぞとばかりの強気なプッシュができた。


 その助っ人とはあのエミル。

 エミルは結果として恋のキューピットになれたのを、思いっきり勘違いしている。

 自分の機転で結ばれるキッカケを作ったと考える彼は、ここで一気に縁談をまとめる事ができれば、心を寄せるヨアンナの評価をかち得るかも?

 名誉挽回のチャンスと考えていた。


 もっとも当然ヨアンナからのエミルに対する評価は、相変わらず最低のままだったが。

 エミルはそんなヨアンナの心を露知らず、横目でヨアンナをチラチラ見ながらミロスワフをけしかけ続けた。

 そんな訳で、あれ以来必要以上に付き纏まとわれ、エヴァは熱い視線と甘い言葉に晒された。


 ヨアンナと過ごす楽しい会話の時間も果敢に迫るミロスワフに手を焼く。

 しかしヨアンナはエヴァの防波堤になる気はない。

 例え大切な親友であっても、人の恋路の邪魔をするのは自分の役割ではないと考えていた。

 どんなハプニングの結果にしろ、それが運命ならベストの応援をする。

 それが親友としての務めと信じていたから。


 ヨアンナはエヴァにミロスワフが近づいてきたら、用事を作ってはその場から消えるようにしていた。

 その都度エヴァは思った。


(待って!行かないで!!この裏切者!)と。


 しかしミロスワフとの会話に戸惑いつつも、次第に惹かれる自分と、気を利かせるヨアンナに感謝するもうひとりの身勝手な自分も感じていた。


 あの運命のクリスマスからひと月後。

 いつものようにミロスワフがやってきて、

「明日の日曜礼拝の後、カルタづくりを手伝ってもらえませんか?」

と誘ってきた。


 彼はあの一件以来、エヴァに対し、敬語で話しかけるようになった。

「カルタを?」

エヴァは暫く考え、過去の記憶から福田会で初めて知ったカルタ遊びを思い出した。

「そうです、カルタです。

あの時のように、皆で覚えたての文字でカルタを作り遊んだのを思い出してください。

 作るのも遊ぶのも、皆一緒で楽しかったのを覚えていませんか?

 私はあの時の楽しさを、今の子供たちにも伝えたいのです。

 もし良かったら手伝ってください。」


 エヴァは心の迷いを押し殺し、ニッコリ笑って受合った。

「分かりました。

 子供たちのためには、とても良い教材になるでしょう。

 貴方はいつも人のためになる事を考える人。

 私は貴方のそういうところが好きだわ。

 明日は私にも協力させていただきます。」


 そんな彼女の言葉で、初めての実質的なふたりだけのデートの誘いが成功を収めたのを知った。


 しかしミロスワフにとっては、初めてのデートの誘いと云う事以上に、ツェザリへのけん制と罪滅ぼしという意味合いが強かった。


 というのも、先週エヴァが教会の帰り道、クリスマス後の傷心のツェザリを心配し、彼の家に立ち寄ったのを知っていたから。


 彼女は家の真ん中にある窓の奥の様子を伺い、彼を探していた。

 微かにピアノの音が聞こえる。

 家の窓の向こうに彼はいた。


 悲しいピアノを弾く彼。


 冬の寒空の中、エヴァは凍える身を厭わず、窓の外から彼を見つめ続けていた。


 やがて彼はエヴァの存在に気付く。

 みるみる精気を取り戻し、窓に駆け寄り喜びを隠さずエヴァを見つめるツェザリ。

 だがやがてエヴァから10m以上離れた物陰の、ミロスワフの存在にも気づいた。


 彼を見た瞬間、あの日の屈辱と負けた結果を受け入れる、男の誇りにかけた潔いさぎよい振る舞いが思い起こされた。


 私は負けたのだ。


 一世一代の恋を賭けた勝負に負けた事実を忘れてはならない。

 ツェザリは窓の向こうのエヴァに視線を戻した。

 歪んだ顔でガラスに手をかけ、一言も発せずただ見ていた。


 目に涙を溜め、唇が震え続けるツェザリ。


 やがてエヴァは悟った。

 ツェザリとの淡い関係は終わったのだ。


 向きを変え、ゆっくり歩きだすエヴァを、窓ガラスに顔を押しつけ黙って見送り、押し殺すような嗚咽を発するツェザリ。


 エヴァは一度も振り向かなかった。


 その一部始終を見届けたミロスワフは、安堵の思いと共に、エヴァとツェザリの関係を、対決してまで強引に終わらせた自分の行為に対し、深い責任とエヴァに対する、確かな愛を確信したのだった。


 明日のエヴァへの誘いは、そうした背景があっての彼なりのいたわりであり、彼女に対する愛の接し方でもある。


 その後のエヴァが、何故ミロスワフの強引な誘いを素直に受け入れたのか当事者以外、誰も理解できなかった。


 



 エヴァとミロスワフの結婚の準備は着々と進みむ。


 その年の6月、孤児院の子供たちやエディッタとハンナ、エミルとアレックなどの日本体験組の仲間たちの協力のもと、教会の鐘は鳴り、まるで絵画の様な結婚式と、孤児院を会場とした披露宴が催された。


 ただし、ハンナとエミルの仲は、エミルの浮気と言うか、心変わりと言うか、ヨアンナへの告白以降、絶縁状態に近かった。


 勿論ヨアンナがエミルの告白を受けたことなど、ハンナに告げ口するはずはない。

 しかしハンナは、一途な恋心を寄せたエミルの心が自分に向かず、どんどん離れてゆく現実に気づかない程、鈍感でもなかった。


 気まずいハンナとエミルの微妙な空気以外、結婚式は出席者の笑顔と晴天が祝福する幸福に満ちた最後の輝きだった。


 そしてエミルとハンナの死にかけた恋は、ヨアンナの前に現れた次話から登場する強力なライバル(エミルは勝手にそう思っている)の存在により、完全に押しつぶされるまで続き、エミルの失恋によって奇跡の復活を遂げた。


 * その辺のくだりは、次話以降ユックリと。

   どうぞご期待ください。


 恐るべきはハンナの執着と粘り強さ。

 絶望的な関係が続く中、変わらぬ愛のともしびを消さずにいたハンナの心は、神様の他、誰にも負けないものだった。


 それまでよそ見続きのエミルだったが、ハンナの自分だけに向ける愛の深さを、ヨアンナへの失恋をきっかけに、初めて思い知らされたのだった。


 そこにはふたりの行く末を見かねた福田会以来の親友アレックの、捨て身の忠告があった。

「(失恋という)自分の身の不幸ばかり見ず、ハンナの事も考えろ!

 いつもお前だけを見て、そばを離れなかったのは誰だ?

 お前にとって本当に大切なのは誰なのか、もう一度よく見てみろ!


 その曇った目をよ~く擦って、ちゃんと見てみろ!腐った性根でも、諦めず愛し続けた人を少しは大切に思え!

この馬鹿!!」


 やはりエミルは馬鹿だった。


 そして最高の伴侶に今更ながら気づいた。





      つづく


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