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シベリアの異邦人 ~ポーランド孤児と日本~ 連載版  作者: 米森充


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第11話  ピクニック


 福田会ふくでんかい育児所の一日は孤児たちにとって充実していた。


 朝6時起床。顔を洗ってから朝の祈祷。

 8時朝食。

 午前中ポーランド孤児の付き添いの大人が教育係になり、年長者は国語や算数の勉強、幼児は陽だまりの中や室内でおもちゃ遊び。

 昼食後再び勉強し6時に夕食、祈祷、

 8時就寝という規則正しい生活をおくった。


 ヨアンナはおもちゃ遊びより、本を読んだり日本の言葉を知る事に興味を持った。


 それと歌。父も母も歌は上手だったから。

 年少さんなのに、よく年長者の教室の隅にチョコンと座り先生の話を聞こうとしている。

 先生も無理に追い出したりせず、ヨアンナの気の済むようにさせている。

 エヴァが完全に回復し元気に走り回れるようになるまでそれは続いた。


 



 ある日、ひとりの子が腸チフスに罹り重体となった。

 ダレックという男の子。

 エミルとヤン、アレックの友だちだったが、福田会にやってきた当初から衰弱が激しく療養が続いていた。

 日を追うごとに次第に元気を取り戻しつつあったが、不運な事に完治する前にチフスに襲われる。


 医師はもう助からないだろうとの診断を下す。

 エミルとヤン、アレックの三馬鹿トリオは心配そうに様子を見に来るが、うつってはいけないと病室内には入れて貰えなかった。

 三人は毎日朝の祈祷の前に病室にやって来る。

 来る日も来る日も決して会わせて貰えないのに。

 彼らのそんな想いは看病する医療関係者全員の心に伝わった。

 その時患者に一番近い担当の若い看護師松沢フミにも当然伝染する。


 彼女は何としても応えてあげたいとの一心から献身的に看病した。


 いつまでも重体の子に寄り添いながら彼女は言う。

「自分の子供や弟が重い病になったら、人は自分を犠牲にしても助けようとします。  

 この子には看てくれる父も母もいない。

 死んでも泣いて悲しんでくれる親はいない。

 せめて自分が母の代わりとなって死にゆく子の最後を看取り、天国の父と母のもとに送り届けたい。」

そう言い、夜も抱いて寝た。


 その結果自らも腸チフスに感染し、最後は自分自身の命を落とした。

 感染の危険も顧みず、言葉通り本当に親のように接し看病した彼女。


 その甲斐あってか重体だったその子は奇跡的に回復、フミの真心の献身的看病が実りチフスから生還することができた。

 この若き看護師松沢フミの死は、関係者と孤児たちに衝撃を与えた。


 事情を理解できない幼子たちは目の前から姿を消した彼女、優しかった彼女の名前を呼び続け、周りの大人たちの涙を誘ったという。


 彼女のそうした自己犠牲を伴う献身的看病は、今の医療の世界では勿論許されない。

 院内感染は絶対避けなければならない重要な対策であるのは言うまでもないのだ。


 しかし当時の彼女の行為を一体誰が非難できたか?


 感染対策の徹底より献身的な看護が美徳とされた当時。

 医療現場に於ける『仁』は必要不可欠な姿勢であり、考え方だったのだと思う。

 彼女のそうした自己犠牲を伴った看護の姿勢がここで暮らす孤児たちを絶対死なせない。

 全員を元気な姿で故国に返す。

 それこそが究極の目的であり、福田会の全てのスタッフの決意と覚悟となった。

 

 そうした経緯もあり、食事は付き添いのポーランドの大人たちと福田会の赤十字担当常駐スタッフが栄養と個々の好みを考え作るようになった。


 毎日おやつも出た。健康で幸せな生活の提供。

 彼らの想いと努力はその一点にある。


 そうした日々の生活を重ねるにつれ、やがて孤児たちは健康を回復し元気を取り戻しつつあった。

 そうした状況を見極めつつ、次第に生活の中に彩りを加える工夫がされる。


 福田会に着いて最初の行事は、唐突に決まった盆踊り。通常東京のお盆は7月であるが、地方出身者が多く流入する土地柄か、8月に盆踊りを行う町内会が多く存在した。


 入所した時期がお盆前であり、その周辺の町内で孤児とは無関係に毎年恒例の盛大な盆踊りが開催されることになっている。

 当初、福田会として全く参加の予定はなかったが、夕方から聞こえ始める太鼓とお囃子の音に異国の子供たちの興味をひかない筈はない。

 当然ヨアンナもお囃子の方向に行ってみたいと思った。先生と舎監のレフさんの所に行き、他の子たちと熱心に懇願したのは言うまでもない。


 訴えを聞いた大人たちは困惑しながらもスタッフ間で話し合ったあと、

「今夜は特別1時間だけ外出許可を出します。ただし、私たちの引率が条件です。」

 そう言って希望者を募り総勢20人ほどが急遽盆踊り見物に出かけた。


 ヨアンナはエヴァが居なくとも太鼓の音や笛の音、音頭に合わせて一糸乱れず踊りの輪に魅了された。

 いつまでも踊りながら回り続ける様子に吸い込まれそうになり、無数の提灯のぼんやりした灯りがもたらす異国の幻想的な光景に圧倒され、心から「楽しい!」と思った。


 盆踊り飛び入り参加の一件をきっかけにして、時々開催される慰問会の合間に、近くの公園へのピクニックが計画、実行される事となった。


 ヨアンナは前日、夕食前に他の全員と一緒にピクニック用に新たに設えられた花柄の洋服と、外履き用の新しい靴をもらった。

 よそ行きのきれいな服はヨアンナの心を浮き立たせ、嬉しくて、待ち遠しくて、なかなか寝付けなかった。


 神様に明日は晴れるよう、心から祈った。


 雨が降ったらどうしよう?いつものようにお部屋で遊ぶのも悪くないけど、ピクニックって何てワクワクする響きでしょう!

 きっととても素敵な場所で楽しい事がいっぱい詰まった時を過ごせるわ!

 エヴァも元気になったし、一緒にお花を摘んで髪飾りを編んでみたい。

 ああ、それにおやつのアイスクリーム!!

 舎監のレフさんが明日のピクニックのおやつの事言ってたけどどんな食べ物かしら?今までおやつで出された羊羹や大福や雷おこしももちろん美味しかったけど、アイスクリームって何て特別な響きでしょう!きっと特別な食べ物なんだわ。

 考えるだけで楽しくて胸がはちきれそう!

 部屋の窓には赤十字のお姉さんに教わって作ったテルテル坊主が吊り下げられ、

夜空を見上げ手を合わせ明日の晴れを祈った。


 やがて夜も更け興奮冷めやらぬ中、昼間の疲れから次第に瞼が重くなりヨアンナが眠りにつけたのは就寝時間から2時間以上過ぎた後だった。


 翌日の朝はヨアンナの必死の願いを神様とテルテル坊主が聞き届けてくれたのか、小鳥のさえずりと共にさわやかな秋晴れの目覚めに迎えられた。

 起床の合図の鐘の音に目覚め、まだ少し眠いと感じていたヨアンナだったが、

『今日はピクニック!!』

思い出すと同時にベッドから跳ね起きた。


「テルテル坊主さんありがとう!」

テルテル坊主さんも照れた笑顔で返した。

「どういたしまして。ピクニック楽しんでね。」 

確かにヨアンナの心の耳には届いた。


 祈祷の時間ももどかしく、他の皆もソワソワしているのを感じた。

 ヨアンナはそれでもしっかり神様の他、お父さんとお母さんにも報告するのを忘れなかった。


 出発の時間。付き添いの大人たちが整列を促し、ヨアンナは回復したばかりの仲良しのエヴァと手をつなぎ、道すがら初秋のまだ青い樹木の景色に包まれながら楽しく会話しながら歩いた。


 ヨアンナがエヴァに、

「今朝私の部屋のエディッタ姉さんとハンナ姉さんが私に言うの。

 エディッタ姉さんったら、『あんまり興奮し過ぎちゃだめよ!私は興奮し過ぎておなかを壊した人を知ってるのだからね。そうなったら初めからおいて行かれるか途中で連れ戻されるのよ。そんなの嫌でしょ?

 だからちゃんと最後まで参加したいのなら、心を静めて良い子でいる事よ!』だって!そんな事できる訳ないじゃない!」


 まだ「興ざめ」とか「無粋」とか「余計なお世話」とかいう言葉を知らないヨアンナ。


「それに下のハンナ姉さんなんか、同い年の男の子の話ばかりするの。特にエミルなんか虫にしか興味を持たないし、どうやったら私に振り向いてくれるんだろう?とか、私も虫に興味を持とうかしら?でも私大の虫嫌いだからやっぱり無理!とか、アイスクリームを一緒に食べたいな!とか・・・。好きにして!!って言いたいわ!

 どうしてそんなに男の子なんか気になるのかしら?がさつでヤンチャで汚いだけなのに。」

「この前なんか、エミルが大きな黒い虫を取ってきて、ハンナ姉さんの目の前にいきなり出してきたんだって。

『私びっくりして泣いちゃった。』って言うの。 あれカブトムシって言うんだって。

 私もそんな大きな虫をいきなり見せられたら泣いちゃうかも?

 それにエミルは年上だけど、年下に思えるもの。どうかしてるわ!ねぇ、そう思わない?」


 ヨアンナがおしゃべりになったのは、同室で身近なハンナ姉さんの影響なのかもしれないとエヴァは思った。



 福田会から程よい距離の広い公園には、小さな小川のせせらぎとレンガの並びで仕切られた花壇があり、訪れた者の目を楽しませてくれた。


 到着してすぐ、仲良しごとに小さな布を敷き、一休みする事にする。


 引率の係の大人ではない別の係の大人が、前の日にクッキーを焼いてくれている。

 もし不慣れなアイスクリーム作りに失敗しても、最悪おやつなしで終わるのを避けるためだった。

 しかし戸惑いながらも何とか成功し、幸いなことに子供たちはアイスクリームとクッキーを同時に食べる事ができた。


 でもそのせいでランチのサンドイッチを残す者が多数出る。

「これは問題だ。次はおやつと弁当のバランスを考えなきゃ。」

と係の大人の言葉をヨアンナは聞き逃さず思った。


(次があるのね?楽しみ!)と。


 無事盛況にてピクニックを終え、福田会の宿舎に戻ると、部屋に入るなりエディッタ姉さんが

「ただいまぁ!ああ、やっぱり家が一番ねぇ!私疲れちゃった。」と云い、

 ハンナ姉さんが

「エミルったら、私とアイスクリームを食べている間中、小川の小魚の話ばかりするの!『私と一緒の間だけは虫の話はやめてね。』って言ったら、目の前の小川の魚の話をするのよ!失礼しちゃう!もう男の子なんて嫌い!」

と吐き捨て、ベッドのうえで服のまま寝転がった。


 しかし翌日、そんな事はなかったかのように、満面の笑顔をたたえエミルに駆け寄るハンナ。

 筋金入りの根性を見せ、ヨアンナを呆れさせた。






        つづく



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