ハーベスト・ダイコーン。
●タロー
ブイヤ領の新たなる魔王。野菜にはほんの少し煩い。
●ヴェス
タローを補佐する魔王補佐の妖精。ゴブリンと仲良くするタローに意味ありげな視線を向けている。
●マット
弓ゴブリン。畑での初収穫で多少感情のタガが外れ掛けている。
●ティア
マットの一人娘。タローに女扱いされたことを多少意識している様子。
「「わあ~はっはっはっ!」」
次の日の朝。俺達の畑からついに食べられる収穫物が生産された。あまりの嬉しさに俺とマットが一時的に壊れる。それもそのはず、畑には瑞々しい野菜がモッサリと生え茂っているのだから。薬草は種類も1種だけらしく収穫物全体の5パーセントくらいだった。
野菜は…根菜に葉物野菜、それとナスとトマトか。お、カボチャまであるぞ。良いじゃないか!
「にしてもアレな。結構な量だけど、種類はランダムなんだな?」
『そこはアンタ次第ってところね。この畑に生えてるのって薬草以外は完全にアンタの前世界の記憶を再現したもんだしね、今後はアンタの魔王としての質や作業に携わった人材に影響を受けて変化するわよ?』
ふーん。まあ、種も無しに3日でこうして野菜とかが手に入るんだ。
問題ないな!うん。
「見た事もないものばかりですが…この団子状の根や、この白く太い根は…?」
「コレは多分男爵イモだなあ。生じゃ多分食えない。それと、コレは大根だな。コレは生でも多分食える」
「だ、ダンリック!? それにダイコーンですか。何やら強そうな響きの名の草の根なのですな!」
「アレ? また上手く単語が伝わってないパターンだな…ダイコーンは微妙に惜しいが」
野菜を手に興奮するマット達に何とか名前を伝えようとするが、案の定上手くいかなかった。
「よし!兎に角、味を見てみよう!」
「よ、宜しいのですか!?」
俺は地面から抜剣されたダイコーン3本の泥を手桶に組んだ水で洗い流すと、その内、2本をマットとティアに渡した。そして真っ先にガブリとやった。
「んん!? 辛さが気にならないくらいに甘いっ!こりゃあ良い出来だっ」
俺の喰いっぷりを見て、辛抱堪らなかったのだろう。涎を垂らしていた二人はダイコーンへと齧り付いた。
「なんという…瑞々しさだ!」
「辛いけど…とても優しい甘み…」
「コレは細切りにしてサラダにしても、すりおろしても煮ても何しても美味いぞ!」
俺は二人に話し掛けたが余程腹が減っていたのか続けてもう一本ダイコーンを丸々一本食べたところで落ち着いたようだった。
「素晴らしい!数年振りに力が漲るようですぞ!」
「申し訳ありません…ボクまで続けざまに2本も頂いてしまって…」
「いいって事よ。ところで、お前らんとこの家族は何人居るんだ?」
俺の言葉に二人が固まる。
「は、はい…私と娘。そして私の兄弟とその家族です。私と娘を除外して11人です」
「…魔王様。貴重な薬草の殆どを私に下賜して下さった上に…ボクがこんな事を申し上げるのは恐れ多いのですが、その…」
「止さぬかティア!欲に駆られて魔王様の温情に泥を掛けるつもりか!」
ティアがマットに怒鳴られて竦み上がってしまう。
「ん? 薬草は俺には使い道なんてないし。薬が作れるティアが持っていてこそ価値があるだろう。それに野菜はこれだけあるんだ。特に葉物は足が速い。遠慮なんかしないで好きなだけ持っていけ」
「そ、そんな魔王様…この菜園は魔王様の御力によるもの…それを…!」
俺はマットの声に耳を貸さずに畑から採れた野菜の山に立って手を広げる。
「……ありがとう、ございます。如何に礼を申しても足りませぬが、で、では。…恥ずかしながら、いかほどに持ち出しをご許可頂けますでしょうか?」
「全部」
俺は即答したが、マットは「は?」と声を上げたまま固まり、ティアも完全にフリーズ。隣を見れば、俺の肩にとまっていたヴェスすらアングリと口を開いたままだ。顎、外れるぞ?
俺は再度、両手を広げて見せた。
「…だから、全部だって。あのなあ、固く考えすぎだぞマット? いいか? 今後はこの畑を使えば少なくともこのくらいの食い物はたった3日で手に入るんだぞ? だから、遠慮なんてするなって俺は言ったんだ。これからは飢えることなく飽きるだけ野菜が食えるんだぞ? そうだろう…ホレホレ。家族が腹空かして待っているんだろうさ。早く持って帰れ」
俺はヤレヤレと言いながら二人を見た。
…アレ? マットの奴。普通に泣いてないか? ゴブリンの涙か…シュールだな。
※
俺の目の前には持てるだけ野菜を抱えたマットとティアの姿があった。テントやら他の荷物は全部ここへ置いていくらしい。それでもティア達が持てたのは収穫した野菜…調理もせずに生で食えると俺が判断したものを持てるだけ持たせた。それなのに地面に膝を突いて頭を下げ続けている。…ちゃんと立ち上がれるんだろうか。
「なあ、マット…もう泣くの止めろよ。折角のダイコーンから補給した水分が出てってちまうぞ?」
「申し訳ございません…」
やはりマットは未だに鼻まみれだった。
「足りなければまた明日にでも取りにこいよ? なんせまだこの量だ。俺だけじゃ喰いきれんからな。アハハ」
その言葉でついにティアの涙腺すら決壊してしまったようだ。似た者親子らしい。
「また畑、手伝ってくれよ?」
「はっ! この命に代えましても!」
「ううっ…タロー様…!」
マットがまるで騎士のような誓いを立ててから、二人は家族が待つであろうキャンプへと走っていった。後ろから見るとまるで巨大な草の団子が走っていくようだなと思いながら、ひとり…トマトを手に取ると齧る。トマト特有の少し青臭いが、ジューシィで爽やかな酸味が口に広がる。
「美味い」
……でも。3人で食ったあのダイコーンの方が何倍も美味かった気がする。
俺は一旦、城に戻って玉座に腰かけていた。が、寂しくなって思わず外に出た。空は既に黄昏に染まっていたが、荒れ地の先にあの二人の姿は見えなかった。俺はフラフラと焚火の方へと向かう。
「へっ。俺ひとりじゃあマトモに火も熾せないな…」
俺は焚火跡の焚き木をほんの少し手で玩んだ後にポイと燃え殻の中へと放った。
俺はどうしても城へと戻る気がせずに結局、マット達のテントに転がり込んだ。
…まあ、勝手に使っていいとは既に言われていたが。
何だか知らんが、テントの床に敷かれていた毛皮は柔らかくって独特なテント内の匂いに酷く俺の心は落ち着いた。…そして、俺は静かに目を閉じた。
※※
『……コイツ。本当に本拠地の寝台で寝る気ないわね。…まあ、いいわ。ゴブリン相手に心を奪われた魔王にランキングの更新なんて暫く必要ないだろうし、ね』
イビキを上げるタローの目元の涙を手で掬い取ったヴェスが暗闇の中で独り言ちた。