第2ゴブリン発見。
●タロー
ブイヤ領の新たなる魔王。畑だって進んで耕す新魔王をよろしくお願いします!
●ヴェス
タローを補佐する魔王補佐の妖精。魔王という身分にも拘わらず、土仕事をするタローを窘める。が、もう諦めた模様。
●マット
弓ゴブリン。助っ人を連れてきたようだが…?
「んんっ…!ん~? どこだここは? 俺のアパートじゃあないぞ」
『寝ぼけてるのね。てかアンタの家はすぐそこにあるでしょ』
そう言ってヴェスがビシッと魔王城(笑)を指差した。大分スペースが余っている一戸建てにしか見えない。というか2階がないのに高いから子供が絵に描いた家にも見える。
「そっか。俺、魔王だったわ」
『顔でも洗ってらっしゃい。無限水源の井戸なら入ってすぐ右だから』
「へいへい」
俺はヴェスに痛くもない蹴りを数発喰らったあとにのそりと地面から起き上がるとこの世界の我が家と入った。ヴェスの言った通り玄関口を開けると、正面に謁見の間っぽい空間へと続く無駄に大きな扉がドンとあり、左右には別の部屋と続くドアがあった。
取り敢えず俺は言われた通りに右のドアを開いた。そこは何もない風呂場のような部屋の隅にドンと井戸があるだけだった。井戸を覗くと並々と水が張られており、俺の不機嫌そうな顔が水面に映っていた。俺は水を直接手で掬って顔を乱暴に洗った。
スッキリした俺は今度は左側のドアを開いた。そこには囚人の部屋のような格子窓とベッドだけだった。
「…ベッド、あったのか。でも、あのオッサンが使ってた割に変に綺麗だな。何でだろ?」
俺は頭を捻ったが、あのオッサンがベッドに寝転ぶ姿を想像してテンションが下がったので外の空気を吸いに出た。今更だが、夜はすっかり明けていた。
「あれ? そういやマットは何処だ? ウ〇コか?」
『違うわよ。今日の作業の助っ人を呼びに戻ってったわよ』
俺は「そうなのか…」と少し寂しくなりながらストレッチを開始する。うん!ほどよく筋肉痛してるわ。
「魔王様ぁ~!」
「お。噂をすれば…だな」
俺がストレッチに飽きて畑をジロジロと観察し出したタイミングでマットの声と駆け寄る足音が聞こえる。
そこにいたのは大荷物を背に息を切らせるマットと…もうひとり?
「魔王様。申し訳ありません!家の男達は皆、運悪く出払っておりましたので…本日連れてくることができたのは娘のティアです!非力な女ゴブリンではございますが、どうか魔王様の為に働かせて下さい!」
「ボクはマットの娘のてっ、ティアですっ!」
マットに続いて同じく頭を下げたのは少女だった。イヤ、ゴブリンという種族的特徴から幼く見えるのだろうが…どう見ても中学生…無理だな小学生くらいにしか見えない女の子だった。マットと同じ緑に近い青色の肌。愛らしい大きな瞳にオレンジに近い髪を持っている。
布?毛皮?か何だか知らないがその一枚に穴を開けて頭からスッポリと被っただけのような恰好で左右の端から色々とチラリチラリと見えそうになっている。…正直、目のやり場に困る。
「いや、今は人手が足りない。助かるよ」
「それは良かったです。それと、畑の世話を手伝うにあたり、魔王様のお住まいの近くをお借りして私達がテントで寝ることをお許し下さいますでしょうか?」
なにそれ、すごく楽しそう。俺は二つ返事で許可を出すと、満面の笑みでマットは娘のティアに指示を出して野営の準備を行った。俺はそれを傍で見ながらアレコレと質問してふたりの邪魔をしてしまった。
※
「では、魔王様。本日の作業は私と娘で行います故、どうか魔王様は御休み下さい」
「へあ!? オイオイ、こんなに小さな女の子に畑仕事をさせるのを黙って見てろってのか? 嫌だよそんなの。俺は今日もやるよ? ヴェス。明日にはもう収穫できるんだろう?」
『もう止めないわよ? ええ、この勢いなら問題なく明日には何らしか収穫できるわ』
俺はヴェスの言葉を聞くと「よし」と短く答えて畑に入っていく。
「お待ちを!魔王様の御手を煩わせておきながら、娘を遊ばせておくわけには…」
「ん~じゃあ、家…じゃなかった城の掃除でもしてくれないか? 疲れたらテキトーに休んでいいからさ」
「えっ?えっ!」
父親であるマットと一緒に働く気満々だったティアは軽くパニックになってしまっているようだった。そこへヴェスが『仕方ないわねぇ』と愚痴りながらティアの傍まで飛んでいく。『ついてきなさい』という仕草でティアの服を引っ張った。
「ああ、ヴェスが掃除の仕方を教えてくれるんじゃないかな? 悪いが、頼めるか」
「ひゃ、ひゃい!」
ティアが何とか俺への返事に答え、ヴェスに引かれて家へと入っていった。
「申し訳ございません。魔王様に気を遣わせてしまうとは…」
「いいよいいよ。あんな小さな女の子に重労働はきついだろう?」
畑の前で深く頭を下げてきたマットに手を振って答える。が、マットの反応はあまり芳しくない。
「ですが、魔王様。私の娘もああ見えてもう生まれて5年。女としては立派な歳です」
「ごっ!? なんだよ本当に幼いじゃないか。ますます無理はさせられないなあ」
「…? そうでございましょうか?」
「そりゃそうよ。だって五歳児だろう? まだ小学校にも行ってない歳じゃないか」
「は、はあ…?」
何だかマットとは最後までかみ合わずに作業に入る事になってしまった。
それにしても5歳だと逆に発育が良過ぎるような…まあ、女って男なんかより身体発育が早いとかっていうしな。きっとゴブリンもその類なんだろう。
今日の畑作業は水やりとニョキニョキと伸びてくる雑草を抜根していくのを延々と繰り返すものだった。腰が痛くなるヤツぅぅぅ~…。
※※
「アイタタ…」
「あ! も、申し訳ありませぇん…」
「ああ、ティアの手当てが悪いわけじゃないから」
『軟弱ねえ~。アンタ、前の世界でも相当なモヤシだったんじゃないの?』
ヴェスの俺にしか聞き取れていない言葉に思わず眉間に皺が寄る。昨日の作業でできた手のマメが破けて血が出てしまったのだ。最初、俺は気付かなかったのだが、先に気付いたマットがそりゃあ大慌てだった。大袈裟過ぎるよなあ。そのなんやかんやで、俺は現在ティアに畑で今日採れた薬草を使った傷薬で絶賛治療されてるという訳だ。
「お。凄いな…もう痛みがないぞ!?」
「それは良かったです。ですが、これも全て魔王様の御力で下賜して下さった薬草のお陰です!」
なんとティアは掃除だけではなく、薬草の類に明るかったようだ。何でもこの辺でも一番の腕らしい。5歳なんだろ? 言葉遣いといい、薬草の知識といい…凄過ぎる気がする。
「…ティアはまだ5歳なのに俺の知らないような事を知ってて偉いなあ」
「え。も、もう魔王様ったら!揶揄わないでください。ボクはもう成人してから3年も生きていますし、薬の知識を褒めて下さったのは嬉しいのですが…今後は、ボクも父と同様に扱って頂きたく願います。そ、その…ボクは父と違って弓のひとつも扱えません。恐れ多くも魔王様に女扱いして頂いたことは…その、光栄なの、ですが…」
顔を赤くしてモジモジするティアの言葉に俺は思わず「…ん?」と動きを止めてしまう。
「なあ、マット。もしかしてゴブリンは…まさかと思うんだ。そう、俺もまさかまさかと思えるんだが。改めて聞くが…ティアはもう大人なのか、な?」
精一杯の笑顔でマットに問う。すると、マットは何故か笑い声を上げてしまった。
あ、やっぱり俺の聞き間違いだよなあ。イヤイヤ、我ながらアホな事を聞いてしまったもんだ。きっと冗談だと思ってるんだろう。
「勿論、違いますよ魔王様」
「だ、だよなあ~?」
「ゴブリンの成人は2年生きた者にございます」
「嘘ぉ!?」
なんとティアはゴブリン的に既に歴とした成人女性だったらしい。