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ゴブリンと共に歩む、魔王転生。  作者: 佐の輔
序章 魔王、ブイヤに立つ。
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第1のゴブリン、マット。

●マット

 弓ゴブリン。かつて先祖がグノーシアスから大恩を受けたという理由で魔王への忠義を貫いている。

 本名はティアマット。ちなみに、本人はこの名前が恥ずかしく普段は単なるマットと名乗っている。

 今回は彼の視点の話となる。


●グノーシアス

 ブイヤ領の先代魔王。2百年続いたマットの一族の忠義をさらりと受け流し、自由の身となった男。


 私は今日も家族達のキャンプから離れ、半日近くかけてブイヤ領の魔王様であるグノー様の下へと歩みを進めていた。


「…フゥ~」


 少し足を止めて腰にある水筒に口をつける。


 見渡す限りの緑をとうに失った木々がポツンポツンとあるばかりの荒野。地面は乾いてひび割れてすらいる。


 2百年前はこうじゃなかった。


 それが父祖達から伝え聞く伝説だ。私達が住まうこの土地は2百年と少し前から枯れ始めた。それはグノーシアス様がこの土地を治める前…愚かな先代の魔王の所業とされている。その際に様々な種族や民達はこの領に未来はないと、見限って去っていったという。

 今、まだこの地で暮らしているのは他に行き場所のない我らゴブリンと人間族の領主。つまりは魔王様の代行としての仕事によってこの土地からは逃れられない哀れな人間族が細々と暮らすかつては繫栄を誇っていたという人間族の町があるのみ。恐らくかき集めても領民は百に満たないのではないか?


 …まだ、人間族は他領との人間族との繋がりがある。だが、我らゴブリンはもう限界だった。いずれ滅びることになるだろう。


 私は家族達に黙って持ってきた包みを懐から取り出した。最近は特に獲物が少なくなった。当然だろう。その獣すら飢えに喘ぐような土地なのだから。私もマトモに口にものを入れたのは5日前だったか。いくら我らが飢えに耐えてきたとはいえ、流石にもって数日の命やもしれない。


 私には娘がいる。もう女盛りで、死んだ妻に似て器量良しに育たったのだが不幸な娘だ。この土地意外であればもう子供を抱いている頃だろうに。魔王様に仕え続けている私を心配しているのか、未だに未婚のまま…否、こんな状況ではマトモに子など育てられもしないか。


 私は足取りも重く歩を進めてる内に魔王様の城が見えてきた。


 私はこの領で唯一、魔王様の臣下として誓いを立てている。これは私の父が、祖父が、祖先達から続いて来たことなのだ。


 現ブイヤの魔王であるグノーシアス様は2百年前、荒れ果てたブイヤの地に現れ、玉座で嘆き悲しむだけだった先代魔王をこの地から解放し、何の力も持たない御自身が身代わりとなられたのだと伝え聞いている。

 そして、我が先祖の一族が他領からの伝染病によって悉く死に絶え、最後の生き残りである私の祖がグノー様に助命を嘆願したのだ。グノー様は魔王城の最後の蓄えであったポーションを惜しみなくゴブリン達に与え、我らゴブリンを救って下さったのだ。そう、伝え聞いている。


 それから、我が一族の長子は魔王様に絶対の忠誠を捧げる臣下として仕えている。


 …しかし、私が最後になるだろう。我が父祖達には真に申し訳なく思う。


 そんな事をふと考えていると魔王城から誰かが全力で駆けて来るではないか。


「……誰だ。…人間族か? まさか、盗賊の類か…!?」


 私は思わず弓を番えてしまったが、それは魔王城から出ることすら叶わないはずの御方、ブイヤ・グノーシアス。その方だった。


「おお~い! ティアマットぉ~!」

「ま、魔王様!? どうなされたのですか! それにその御姿は…!」


 魔王様は何故か人間族のような旅装束に身を包まれていた。その頭上には魔王たる王冠は乗ってはいない。


「いやあ~実は、私。魔王、辞めちゃったんだよねえ!」

「な、なんと…!?」

「あ。でも安心してくれ、ティアマット!私なんかよりよっぽどこの地を良くしてくれる者にちゃんと引き継いであるから。君の一族が私に向ける恩は今後は彼に報いてくれたまえっ!…おっと、私としたことがもはや単なる一般人だというのに偉そうな口を聞いて悪かったね。…君ら一族に長らく世話に…やべっ!早くここを離れなくてはっ!いつあの赤竜が空から降って来るかもしれんしな!じゃあさらばっ!」

「お、御達者で…」


 そう一方的に言われるとグノー様は実に愉快そうに笑い声を上げながら他領への方向へと走り去っていった。



 ※



 一見、若い人間族のような男だった。


 玉座に座るその御方は頭が痛いのだろうか、しきりに左右の角の付け根を摩っていた。


 兎に角、不思議な方だった。

 どこにでもいるようなゴブリンを見た事が無いなどと言ってみたり、私が差し出した獣肉とゴブリンベリーを文句ひとつなく口にされていた。


 …良かった。どうやら、この新たな魔王となったタロー様は領民を虐げるような真似をするような方ではない。と、私は確信した。


 私はこの御方が私の…我が一族が仕える最後の王なのか。と、ふと思った。



 ※※



「いやあ~疲れたなあ。畑仕事なんて初めてやったもんなあ~」

「魔王様、あまり御無理をなさらないで下さい…。魔王様の身に何かあれば、私は父祖達に顔向けができませぬ」

「悪かった、悪かったよ。しかし…」

「ええ。凄まじいですな…魔王様の御力を信じられなかった愚かな私を許して頂きたいのですが、未だに自分の眼が信じられませんな。ハハハ…」


 焚火の前で大の字になっておられる魔王様と私は今日できたばかりの畑の方を眺めた。思わず私の口から乾いた笑い声が零れてしまう。


 今日の昼に魔王様は我らの食糧難を救うべく自らの有限である魔王の力を用いて、この荒れ地に畑として十二分に潤った土地を創造して下さった。だのに、何と今度は自ら農具を持って畑を耕されたのだ!


 な、なんと慈悲深い御方なのか!そんな御方の所業が呼んだ奇跡なのだろう。私達が小一時間ほどクワを振るうと、耕された土から等間隔に芽が出始めたのだ!? 種すら植えていないのにそれらは驚異の速度で成長していくのだ。まるで伝え聞く植物モンスターのようだ!…まさに奇跡だ。


 日が沈んだのと、作業が中断したのもあるのだろうが驚異的な成長は止まったものの、既に畑は青々とした葉に覆われているではないか。見た事も無い植物ばかりではあるが…こんな光景を見たのは人生で始めてだ。


「魔王様…本日は働き手が足りぬばかりに御手を振るわせ、汚したしまったことはこのマット一生の不覚!つきましては今から明日に備えて私はこの場か…ら…」


 私が膝まづいて家族の下へ帰る許しを得ようとしたのだが、いつの間にか魔王様は大の字になって大イビキをかかれて寝てしまっておられた。


 私は困ったと顔を顰めるも、魔王様の胸に腰を下ろしていた王精であるヴェス様が呆れ顔を魔王様に向けた後に手をヒラヒラさせながら私に「行ってこい」と許可して下さったような仕草が伝わってきた。

 私は頷き、起き上がるともう一度深く魔王様に向って一礼すると自分達の家族の居るキャンプの場所へと走った。



 ※※※



 私は夜の荒野をひとり走った。今日一日クワを振るい疲労はしていたが、胸に溢れるこの希望がその疲労を嘘のように溶かしていった。


「父よ!偉大なる我が一族の父祖達よ!見ているかっ! このブイヤにまた緑が戻ったこの奇跡の日を!」


 私はまるで子供の様に息を切らせながら、父祖達が住まうであろう夜の星々に向って思わず叫んでいた。



 星々はまるでそれに返答するかのように闇夜に輝いていた。



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