アーボだけじゃなくて魔王の結婚式も何か決まったらしいよ?
ちょっと本日は筆者の残りライフと愛蜂と戯れる時間を作る関係上、書きたかった内容の半分を次話に回す事になり申した(嘘無き)
「なんじゃい。えらい騒がしいのぉ~?」
俺達が慌てて気絶したティアを介抱していたら、町の外れからふてぶてしい爺さんが歩いて来た。だが、インペスの住民達とは異なる雰囲気と風貌をした変わった爺さんでその長い白髪を某暗殺者でどこかの仙人の弟みたいに三つ編みにして後ろに下げている。腰からは数本の酒瓶がぶら下がっていて、こんな朝っぱらから酒臭かった。
「サンダルウッドさん!」
「…誰?」
「そちらこそ誰なんじゃい…と言っておってはイタチごっこじゃの。儂はサンダルウッドじゃ。三月ほど前からザワー殿とコチラさんの世話になっておってのう。今さっきアメアから戻ってきたばかりよ。町外れの廃堂をねぐらにしとったんじゃが…誰ぞかなり難儀な儀式をしおったな? ヤバ気な薬の匂いも残っておったし…神気がプンプン漂っておって落ち着かんたらありゃせんわい。まあ、清浄な気配から邪教の類とは思わなんだがの…」
神気? 何言ってんだこの爺さん…。
「それは失礼を致しましたサンダルウッド老師。私の名はアーキン。我らゴブリンの神であるタロス神を信仰する者です。昨夜その聖堂をお借りしたのは私です」
「ほう!タロス? 儂も無駄に長生きしておるが聞かぬ名じゃな。そもそもお主、まだ若いゴブリンであろうにその纏う神の気配…大したもんじゃ!恐らく主らゴブリンの中で最もモンスター・レートが高いの。下手すりゃグレーター級じゃな…良ければ種族を教えてくれぬか?」
「はい。ゴブリンオラクルと教えられております」
「ふむ。初めて聞くゴブリン種族じゃな。儂はオールドクレリックじゃ。じゃが、お主のように立派に仕える神も今は持たぬ。最近幅をきかせる聖教の馬鹿共から追放された元神官の老いぼれでしかないわ」
「……タロー様。彼はいわゆるハイ・ヒューマンに該当するクラスを持った御仁です」
ザワーがそっと俺に耳打ちしてくれた。なるほどな、どうにも圧が強くて単なる爺さんには思えなかったが、クライス達よりも遥かに強い人間族だったか。
更に聞くと人間族は種族と似たクラスを持っており、この爺さんは基本のクレリックというクラスにオールドという上位補整のクラス…つまりオールド+クレリックでハイ+ゴブリン同様にハイ・モンスターと同じ力量を持つかそれ以上の存在であるという。
「心配めさるな若いの。儂は聖王の顔に泥を塗る恥知らず達のようにここで暴れ回るつもりは……ふむ。 これは失礼仕った…その黒き王冠。噂に聞くブイヤの魔王とお見受け致す」
「あ。…あ~初めましてだな? そう畏まらないでくれ…俺の事はタローで良いから。口調も砕けた感じで頼む。偉そうに振る舞うのは苦手なんだ」
サンダルウッドと名乗った老僧が背筋を伸ばして聖職者然とした礼をするので俺もたじろぐ。
「ではタロー様と呼ばせて貰うぞい。ところで何をこんな朝から騒いでおったんじゃ?」
「え、え~とぉ~…?」
俺がチラリと伺えば既にティアは建物の中へと運ばれた後だった。俺は困って視線をアーキンに向けると笑って頷いてくれる。頼れるわ~。
「老師。実はご相談があるのです。今夜また聖堂を我らゴブリンに御貸し下さいませんか? 実は私の父が今朝結ばれて新たに妻を娶ることになったのですが…」
「ほほう!ゴブリンの結婚式か? 我ら人間族が神から見放されて久しいからの…儂も実に興味がある。では準備の段取りを…タロー様、また後程。失礼するぞ」
アーキンと爺さんは何やら楽しそうに話しながら聖堂の方へと歩いて行ってしまった。
「話がまだよくつかめてないんだが…アーボ、結婚するの? 今日てか今夜?」
「はい。実に喜ばしいことですが、急がねば魔王様の挙式に差し支えます。恐らく皆が本拠地の魔王様が建立されたあの寺院で盛大に行われるでしょう。それまでにジェンシの者達も呼び寄せねばなりますまい!」
「……はい?」
マットは何故かとても嬉しそうだが…俺の挙式って何?
「ところで…ハンスは? いつの間にか居ないけど?」
「ああ、ハンスならば即刻本拠地へと走っていきましたぞ。アーグや他に来れる者を呼んでくるでしょう。月が昇り、死者の星が最も近づくまでまだ十分に時間はあります。間に合うでしょう」
「そ、そうなんだ? ね…ねえ…マット。俺の挙式ってどう…」
「魔王様!マットさん!ジェンシの所からエマ達が帰って来ましたよ!早くアーボさん達の事を教えてあげましょう!」
「おお!戻ったか!主要な者がついてきておれば話は早いのだが…さ!魔王様も参りましょう!」
「…………」
俺は恐る恐るマットに誤解を解こうかと試みたが失敗してしまった。
※
「どういう事だ!? エマっ!」
マットがメチャクチャご立腹だった。こんなに怒ってるの姿を見たのは初めてかもしれんな。
「「…………」」
正座してるのはマットの身内の5名。ジェンシの一族のいる草原地帯から戻ってきたエマ・ニドラ・アケ…そしてニドラとアケの娘であるアック。アケの弟のジョラとやら。暑いだろうに何故か厚い毛皮を全身に纏っているので姿はわからない。……アレ? 確かあともうひとりジョラの嫁さんがいたんじゃないか?
「その…どうしてもジェンシの者はあの場所を離れる事はできないと長が…。それと……」
「どうした、エマ? 我らが魔王様がインペスまで足を運んでいるのに、その前に姿を現さない歴とした理由が他にあるのだろう?」
エマが非常に苦い顔をしながら俺をチラチラと見ていたが、やがて諦めたのか口を開いた。
「…我ら最も古き時代からブイヤに生きるジェンシの一族が、幾ら時代を重ねようとも忠誠を誓うのは…慈愛の王ザボエル様、ただおひとり…のみ、と…!」
ザボエル? 誰だヴェス?
『………まあその内に嫌でも知るかもだけど、アンタの3代前の魔王よ。このブイヤではアタシが知る中で一番出来が良かった奴、よ』
ふう~ん。でもそれって凄いな。世代交代が早いゴブリン達にそこまで慕われる魔王なんてのがこのブイヤ領の過去にはいたんだなあ~。
「愚か者共めっ!思えばグノー様の時もアイツ等は頑なに手を貸してくれることは無かった!」
マットは本当に珍しくガチで怒っていたようで、近くの建材用に積まれたものかどうかは知らないが岩石の山を蹴り砕いてしまった。 おい!加減しろよ!? 周りの建物まで壊れちまうぞ…。
「マットさん!どうかジェンシの一族を見捨てないで!ゴブリン同士ではずっと助け合ってきたし…きっと理由が…!」
「マット殿!私からも平にお願いする…どうか怒りを治めてくれ!」
「ならんっ!過去の偉大なる魔王に忠誠を誓うのは良い…だが、過去は過去でしかない!忘却された栄光が我らゴブリンの飢えを満たすことなど無い!最も重要なのは今を生きる者達だっ!これだけは断じて譲れん!……アック達が戻ったのならばもうジェンシの元に行く事も無い。アーボの式が終わり次第、私達は魔王様の御所へと帰還する」
マットは「魔王様、失礼します!」と言うと肩を怒らせて聖堂の方へと行ってしまった。
「はあ~別にそんなに怒らなくてもいいのになあ~。真面目なんだから…エマ。そんなに落ち込むな。マットはオコだったけど俺は別段気にしてない。その内、俺から会いに行きたいってマット達に頼むからさ。悪い奴らじゃないんだろ? なんせエマ達の身内なんだからな。ホラ、皆もう立てよ。朝飯とかもまだだろ?」
「スン…スン…ありがとうございます。タロー様」
どうやらエマはマットの激昂がよっぽど堪えたのか、涙目になってしまっている。
「ところで…」
俺は初見であるゴブリン達をジロリと見る。
灰色の強い肌の若いゴブリンの娘はチューブトップにスカートと割と洒落た格好だった。それにティアに似て可愛いかった。
「あ!は、はじまして!私がニドラとアケの娘のアックです!…女盛りの7歳、独身です」
「え? あ、はい…どうも。今後ともよろしくな? で、その隣が…?」
「ま、魔王様…お初にお目に掛かります! アケの弟でジョラと申します!罠ゴブリンです。あ、それと妻のミョンです」
やはり…いや見た目からは判らなかった男の声だったし、アケの弟だったか。はて? その妻とやらは何処にいるんだ?
「うん…その…妻のミョンとやらは何処にいる?」
「あ! 大変失礼を…そのミョンはゴブリンの亜種、ダークゴブリンという珍しい種族でして…陽の光が苦手で。闇に同化できる能力を持っているので日中は私のこの影の中で過ごしているんです」
「マジか? 二人場居りしてるにはスペースが無さ過ぎると思ったがそんな能力があるゴブリンも居るんだなあ~。へえ~」
「日が落ちたら改めて必ず挨拶をさせますので!」
ジョラは毛皮に包まったままペコペコと俺に頭を下げる。
「そう言えば…マット伯父様はどうしてそんなに焦って帰ろうと? 話の節からアーボの伯父さんが新しく妻を娶ったっぽいけど…恐らく前に噂があったから、イレインとでしょ? それに、ここで結びの儀式をやるんでしょう?」
アックが首を傾げると近くに居たザワーが答えた。 否、答えてしまった。
「そうなんだ!聞いて驚け? なんと、アーボ殿とイレインさんが今朝結びを果たした後に…なんと続いてタロー様がティア殿に石を渡して見事結ばれたのだ!…流石にアレは私も腰を抜かしそうになるほど驚いたぞ?」
「「何だって!?」」
エマは「やったわね…ティア」と小さく微笑んだが、その他の面々は驚愕して飛び上がる。俺はその様を見て天を仰いだ。
完全に外堀が埋まってしまった。
積んだ、と。 まだ魔王になって2週間も経ってないはずなんだが? 展開がいささか早いとも思える、と誰かに心の中で文句を言っておこう。
「ティアが…玉のk…わ、私よりも先に…! あ、あり…ありえねえぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぜええええええっ!?」
どうやらアックは俺の前で全力でネコを被っていたようで、嫉妬に満ちた魂のシャウトを世界に向って叫んでいた。
あと少し…よく暴走する黒タイツの人が入っていた気がする。




