第1ゴブリン発見。
●タロー
ブイヤ領の新たなる魔王。頭に角が生えたので痛い。
●ヴェス
タローを補佐する魔王補佐の妖精。略して王精。口が悪い。
●グノーシアス
タローを魔王へと転生し、既に逃走。
「ご、ゴブリン。…なのか?」
「は、はあ…? 私は…その、ゴブリン、ですが?」
『ちょっとアンタ。初対面でそれはシツレーなんじゃない? 立場もあるんだしさあ~』
俺はヴェスからの声で正気を取り戻した。
「す、すまいないな。俺はゴブリンを見るのは初めてでな」
「ゴブリンが見た事がないとは珍しいですな? このブイヤ領には人間族以外にはゴブリンくらいしか住んではいないのですが、余程遠くの土地からお越しになられたようですね」
ゴブリンは俺の答えに嫌な顔をせずに笑って答えてくれた。
ほう。…というか普通に人間もいるのか。あ、そういえばオッサンも元の人間族に戻ったとかヴェスが言ってたな。ということは、他にも人間から魔王になった奴がいるかもだな。
『…弓ゴブリンのマットよ。彼の一族は魔王としての力を一切持ってなかったあのグノーを見捨てず、長年ずっと仕えてくれてるわ。アンタの唯一の部下よ、感謝なさい』
「…そうなのk、って部下たったのゴブリンひとりだけ!? 魔王なのに!?」
俺はその残酷な真実に思わず絶叫する。が、ポカンとした表情を浮かべる眼下のゴブリンの顔で俺は再度正気に戻る。
「ゴホン…取り乱して悪かった。まあ、色々あったが…一先ずは新しく魔王をやることになったタローだよ。よろしくなマットさん」
「いえいえ、どうぞマットとお呼び下さい魔王様。私も先程グノー様と道中すれ違いまして。旅支度をされたグノー様の姿を見た際は驚きましたが…新たにこの地の魔王となった者を頼むと懇願されましたものですから。ゴブリンの私にできることなぞたかが知れておりますが、どうぞ何なりとご命令下さい」
そう言ってマットは膝を突いて頭を垂れた。
う~む。ゴブリンってもっと頭が悪いっていうか…もっと醜悪で凶暴なヤツかと思っていたが、むしろ下手な人間よりもよっぽど良いじゃないか。背も俺より少し低いくらいだし。現段階では俺の頼れる味方なのは間違いない。
「…ああ、そうでした。今日お伺いしたのは、僅かではありますがお食事をお持ちしました」
「あ。そういや俺、まだ何も食ってなかったな…助かるよ!」
マットは懐から包みを取り出すと玉座の前まで歩み寄り、初対面である俺に対して恭しく広げて差し出した。干し肉のような肉の切れ端がいくつかと…赤と黒の粒々が集まったような木の実だった。木の実はやや毒々しい見た目で遠目に見ると破裂寸前の黒いテントウムシにも見えなくない…。
が、空腹な俺はありがたく頂くことにした。
…うーん。まあ、肉は水気が完全に抜けたビーフストロガノフと思えなくもない。かと言って旨味が凝縮されているわけでもない。肉の味は微妙だったが、不味くはなかった。ジビエだな、よく知らんけど。木の実はとても酸っぱくて久々にビタミンの類を接種できたような美味さがあった。
少々物足りないが…などと思ってチラリとヴェスを伺うと、ヴェスが物憂げな視線をマットに向けている。だが当の本人は「どうかお気になさらず」とニコニコしている。
…よく伺えば、マットの体は背が低いがその分横に広いというかガッシリとした体付きだと思えたのだが、酷く痩せて骨が目立った。
「なあ、ヴェス。もしかしてこの領地ってかなりヤバイんじゃないのか? その日、食うにも困ってるくらいに…」
『…このブイヤ領に限ったわけじゃないわ。けど、確かにここ百年はずっと飢饉状態が続いている状態ね』
ふう。とヴェスが溜め息をついた。いかにも、それは魔王のせいで。と言ってるような表情だった。
※
「なんじゃあコリャ…」
「…? それはまあ、…ブイヤ、ですし?」
「え。この絶望的な状況を”ブイヤだし”と言って終われるレベルなの!?」
「私の父祖の世代…いや遥か前からここは不毛の土地だと聞いていますからね」
俺はマットと共に建物の外に出ていた。そこは見渡す限りの荒れ地だった。強い風が吹く度に土埃が舞って俺が咽るので、マットに「無理をされない方が…」と心配されてしまった。
「ブイヤ領…一応は俺の支配地ってことになるんだろーけど。大体…こんな感じなのか?」
「そうですね。安定した水場は人間族達の町がある場所です。獲物も少ないですから、私達は何家族がで集まって少しずつ移動しながら暮らしてる感じが多いですね」
ビュウウという風が足元の枯れ木の枝を完全に塵にしながら遠くへと去って行く。
「そりゃあ、こんな木もマトモに生えていない場所じゃあ…お先真っ暗だよなあ…。ヴェス。この先、俺に出来ることなんてあるのか? 魔王がどうとかより、先ずは食糧問題だよな。このままじゃ確実に飢え死ぬ。特に俺が。 …そいや、マットはいつもこうして魔王の所へ差し入れてくれていたのか?」
「いえ…ここ最近はたたでさえ食糧を調達できない次第で。魔王様に御食事をお届けできるのも3日か4日に一度くらいでした」
……無理だ。もれなく即身仏コースだぞ。
…あのオッサン、それであんなに痩せてたのか? それでも魔王としてここに留まっていなきゃならんとかそんな理由だあったとしてもだ? 俺が身代わりになったから、喜んで別の領地に逃げた。ってとこだろう。なんか無性に腹が立ってきた。
『まあ、先代よりはまだアンタの方が救いがあるわよ? アイツがちょっと特殊な条件で魔王になった経緯もあるけど、MPのひとつも持ってなかったからね』
「えむぴぃ? ま、まさか!俺、魔法とか使えちゃうのか!?」
『残念だけどソッチのじゃないわよ? “魔王ポイント”の略でね。魔王によって個人差があるんだけど、一定の条件を満たす毎に増加してくの。消費することで、支配下にあるものに影響を与えられるのよ。建物を建てたり、配下を強化したり、毒沼をつくったり、地震や噴火を起こして津波を起こして攻め込んで来た敵の領兵を全滅させてみたり、とか?』
「後半の天変地異とか領民もろとも巻き込みそうだな。俺なら絶対やらない位ろくでもなかったけど。
それで? 俺がそのMPとやらでなにができるんだ?」
ヴェスが空中で胡坐をかきながら頤に手を乗せてしばし考え込むと、口を開いた。
『取り敢えず、食べ物が欲しかったら…畑でも作ってみたら?』