ヤン家の怒り、ゴブリンとの絆。
インペスの町の住民とゴブリンとの関係性が明らかになる話。
今回の話はちょっと暗いですが、次話からは明るくなるかもですw
ヤン家の代表……このブイヤの領主、つまり人間族の代表ってことか。
インドかどっかみたいに顔以外を草色のボロボロのローブで覆って隠しているけど…それは他の住民も一緒だな。多分、この過酷な環境で生活する知恵みたいなもんなんだろう。
ザワーと名乗る彼女はやや浅黒く焼けた顔に不安そうな表情を浮かべている。よく見れば、手や裾に土埃が付着している。
「あっ…失礼しました。先程まで住まいの補修をしていたものですから」
ザワーが慌てて俺から袖を隠す。他の面々もぞろぞろと外へと出て来ている。ざっと50人以上はいそうだな。
「ところで、マット殿。そちらの御仁は…? 亜人とも思えないのだが…他領から来られた御方かな?」
「いいや。この御方こそ、我らゴブリンの絶対の王にしてブイヤ領の新たなる支配者!ブイヤ・タロントン様であらせられるっ!!」
「……ははは…どうも~。あ、呼ぶときはタローでいいからね?」
「「なっ!?」」
慌ててザワーと他のインペス住民が平伏する。……あ~慣れない。ゴブリン達とは違う精神ダメージを感じる。多分、向けられる視線の違いだろう。ゴブリン達からは俺に期待と敬意みたいなもんを感じたんだが……どうにもここの連中からは不安や恐怖を感じる気がするんだよなあ。
「…そ、そのっ。魔王様…タロー様とお呼びしても?」
「うん。できればタロントンって呼ばないでくれると嬉しいんだが」
「では、タロー様。…貴方様が現在ブイヤ領の魔王であるという事は……もしや、グノーシアス様を弑されたということですか…!?」
「え。しい…えっ?」
「ああ、魔王様。倒して命を奪ったという意味です」
「あ~そうなの? イヤ、俺難しい言葉とかよくわかん…って違う!? 俺は別の世界からあのオッサンに無理矢理連れてこられて魔王にされたんだよっ!」
俺は怯えるインペス住民にこの世界に来てからのことをかいつまんで話して聞かせた。すると、心なしか住民の表情に安堵の色が浮かぶ。
「そうですか…グノーシアス様はやっと自由になられたのですね…」
「グスッ…よう2百年以上も耐えなされた…!」
「そこは我らゴブリンとて感慨深いものだ。だが、グノー様の計らいでこうして我らは正当なブイヤの魔王を迎えることができたのだからな…」
何故かザワーとインペス住民、そしてマットやアーボまでもしんみりとして目頭に涙すら滲ませて鼻を啜っている。 …アレ? 俺の事を可哀相だとか同情してくれる雰囲気ゼロだな。 というか、あのオッサンの好感度が謎に高いな。なんで?
「まあ、積もる話もあるだろうが。今日ここまで来たのは訳がある。ニドラ、アケ!そいつらを前に放り出せ!」
「「はいっ!」」
俺が声を上げると後ろに控えていたニドラとアケが二人で力を合わせてブンと遠心力を効かせてインペス住民の前に3人の冒険者を放った。
「ぐえっ!?」
「なんだコイツ達は!?」
「素っ裸だがもしかして冒険者か…? だが、関やギルドからは何の連絡も入っとらんじゃないか…」
「まさか、どこかから入り込んだ賊じゃないのか? 何十年前にもグノー様を襲った連中みたいに」
「………ちょっと待って。 お前…っ!クライスじゃないのか!?」
ザワーが金髪碧眼の全裸男を見て目を丸くした。…どうやら、クライスの野郎がでたらめこいた訳じゃないらしいな…。
「コイツ達はザッカのゴブリンを襲いやがったんだ。無抵抗で交渉を試みたルッチを殺した。それに、その時に戦いで負った傷でこの場にいるイレインとキヲの夫だった2名の戦士も命を落とした。…今回はその落とし前を決める為にギルドに突き出したい。この町にポータルとやらがあるんだろう?」
「そっ そんな…!ルッチ殿が…!?」
「ザッカの戦士という事は…」
「ヨスク殿とセブ殿か! …なんという事を!」
だが、ザワーとインペスの住民は俺の予想外の反応を見せた。まるで自分達の身内が殺されたかのように顔を怒りに染め上げクライス達ににじり寄る。
「まっ待て!? 俺はヤン家の人間だぞ! ゴブリン共がこの魔王の城で貴重な作物を独り占めしてやがったんだぞ! 俺達よりもゴブリン共の言う事を信じるのかぁ!」
「ほざけっ! このヤン家の面汚し…いいや、貴様なぞヒューマンの風上にも置けぬわっ!」
クライスが必死にザワー達を丸め込もうとするがザワーによって一蹴される。というかこの人…凄い剣幕だな。怖い。
「フン。ならコレが証拠でさあ」
「…ご苦労様」
ひょっこりと顔を出したハンスが大きな麻袋をボスンとクライスの前に放る。そして、エマはモービックをクライス達のところに蹴り飛ばした。
「間に合ったようだな。ハンス、エマ…」
「おう、マット」
「…これはザッカ族の畑で採れるゴブリンベリーではないか!」
「この人たちがザッカ族を攻撃した後に畑を荒らして集めたものを近くの洞穴に“隠し物”でそこの魔術師さんが隠してみたいね。恐らく、後で隣領で売り捌こうとしてたんじゃないかしら?」
「ぐっ…モービックの野郎っ!あっさりと吐きやがったな…!」
クライスの顔が歪む。
「そいでだ。逃げたザッカのゴブリン達の口封じの為に俺達の本拠地にまでノコノコやってきて見事返り討ちにあったという訳さ」
「そんな、そんな身勝手な理由で…我らが同胞であるゴブリン達を傷付けて…っ!許せぇん!!」
「皆!やっちまえ!」
「人でなし共をぶっ殺せえ~!」
「え?」
俺が驚いて声を上げている隙にインペス住民はクライス達を取り囲み蹴るわ殴るわで、瞬く間にクライス達は反論する間も無くボコボコにされていく。女達は厚板や石を持ってまで苛烈に攻撃を続けている。
「オイオイ…何だか凄く怒ってるなあ~? あれじゃ流石にギルドに突き出す前に死んで…ああ、ティアのポーションの効果で無理か。地獄だなありゃ…ティア、今回は本当にでかしたな」
「エヘヘッ♪」
「へっ!いい気味だぜ」
「言うな、ハンス。彼らからしてもこの怒り様、無理もない…。むしろ同族である奴らがゴブリンを襲い殺した事が無性に許せんのだろう」
マットの言う事が気になったが、取り敢えずクライス達は死なないし、俺達が庇ってやる理由もないので彼らの気が収まるまで黙って見ていた。
「ゼエッ。ハァ…チクショウ!まだ生きてやがる!」
「裸の癖して生命力だけはしぶとい連中だな…」
集団ストンピングは約30分ほど続いたが、あまりに冒険者達がギリギリ死なないので住民達はトドメを刺すのを諦めたようだ。
「はっ!? 私達は何を勝手な事を! タロー様、申し訳ございません!憤りの余り…我らは手を出すのを止められませんでした。どうか、この責任は私に…!」
「あ。いいよいいよ? どうせ明日くらいまで死なないから…それにしてもゴブリン達の為に怒ってくれたのは、俺はむしろ嬉しいくらいなんだが。どうしてそこまでしてくれる?」
「…! そ、それは…!?」
俺に平伏するザワーが俺の問い掛けに酷く動揺する。 アレ? 別にセクハラとかじゃないよな…?
「…な、なぜだぁ!」
屍も同然だった冒険者の中からクライスが飛び出す。ホントにこいつ元気なあ…? あ。そういや回復系のスキル持ちなんだっけコイツ? ティアのポーションの効果がなかったらホントに厄介な奴だったな。
「クライス…お前がルッチ殿を殺したのか?」
「そ…そうだ!だが、だからどうしたってんだあ!? たかが、ゴブリンの1匹や2匹。殺したところで何だってんだよ!アイツらは単なる薄汚いモンスター共だぞ? 俺達に殺されて当然だろがっ!…それになあ、俺にだってヤン家の血が流れてんだ…だのに、俺は聖王領で乞食同然の暮らし!身内であるテメエらがゴブリンの味方ばっかしやがってよお!ふざけんなよっ!!」
………何と言った?
……この人間は何と、言った?
…俺のゴブリンを薄汚い? 殺されて当然だと、言ったのか?
抹消か
「………タロー様っ!!」
「……ん? …ティア、どうした?」
『はあぁ~~~~~…ホント。冷や冷やさせないでよ? ボソリッ(危うくこの世界が終わっちゃうとこだったじゃない…)』
「え。ヴェスなんか言ったか? …どうした、皆して?」
俺は気付けばクライスの前に立っていた。そのクライスの顔は青ざめていて白い。
俺の腕にしがみついてティアに至っては涙目。周りを伺えば必死に俺にしがみついているマットにアーボにハンスにアケまで。汗をかいて息も荒い。本当にどうした?
「なんかしらんが…俺はもう大丈夫だぞ。離してくれ」
「「し、失礼しました!」」
何故かマット達が俺から離れて膝を突いてしまう。
…? 心なしか頭の角が痛い。イヤ、熱いような気がするが気のせいだろう。触ってもレベルが上がった時みたいに角が大きくなった感じもしない。振り返れば、インペスの住民達も腰を抜かして放心状態になっている。
俺はどうしたもんかと口を開きかけた時だった。その静寂を破ったのは突然のザワーの飛び膝蹴りだった。
「ぶげぇう!?」
その威力は凄まじく、マトモに喰らったクライスの顔から歯が数本飛び出していった。…アレは流石に回復スキルとやらでも無理なのでは?
「痴れ者めっ!何がヤン家の血を引く者だ! 我らはお前をヤン家の者として認めなことなぞない!あの毒婦の息子なら尚のことだ…」
「ふぁが! うぐがあ…!」
クライスはそれでも反論しようとするがマトモに口を聞けないようだが、無理もないな。
「お前の母親は聖王領から流れてきたどう見てもマトモではない女だった。しかし、行き倒れたあの女を哀れに思った我が先代領主のクラフが身請けしたのだ。それなのに…お前の母親はお前を生んだ事を良い事に好き勝手し始めた!我らの目を盗んでは町やゴブリンから物資を盗んでは他領で金に換えて遊び呆けていた。終いには目障りだと思ったのか私の母と私を毒殺しようとまでしたのだ…それで私の母も死に、我らはお前の母親を追放した!…聖王領で乞食同然だと? 勝手にブイヤからお前を連れだしたのもあの女だ。よしんば、邪魔になったお前を聖王領で人買いに売ろうしたか、捨てたのだろうさ…」
「うひぁ…だ…!」
体を震わせながらザワーは話を続け、ガバリと自身のフードを外して見せる。長い黒髪が露わになる。
「これを見よ!」
なんとザワーの耳はゴブリンと同じ形だった。
「なんだよ彼女、ゴブリンじゃん! インペスって人間族の町じゃないの?」
「いいえ、タロー様。彼女は女性しか存在しないハーフ種。つまりは人間族との混血種ですね。私も話には聞いておりましたが、目にするのは初めてです」
アーキンが俺の後ろで補足してくれる。混血ねえ~…。
「そうだ。私はいわゆる先祖返りでな。ハーフ・ゴブリンはヤン家の女にしか生まれないのだ。わかるか? これはヤン家の者にゴブリンの血が流れているという何よりの証拠…!」
「…………」
顎を砕かれたクライスは呆然とそれを見ている。
「グノー様が現れる前…このブイヤは大枯渇の混乱で荒れに荒れた。そして、元々このブイヤに居たゴブリン以外の種族は他領へと逃れる前に略奪を行ったのだ。その最たる標的となったのが他でもない、我らヒューマンだった。かつて旧時代のブイヤの魔王はこの領に多くの人間族を集めていたが…その略奪で生き残ったのは僅かな人数だった。だが、我らヤン家の祖先達が生き残ったのはゴブリンが匿い、共に生きてくれたからだ!そのゴブリン達の生き残りこそ現在のジェンシの部族。私もまたそこなジェンシの者と同じ黒髪だ…」
視線が合った黒髪のエマが寂しそうに笑う。
「そして、未だにこの地で生きる私以外の人間族の殆どが私と同じゴブリンの血を遠からず引く者達だ。そしてお前も…僅かであろうとも同じヤンの血を引くお前が…!我が同胞たるゴブリン達を傷付け、手に懸けたという事を知った我らの憤りが、悲しみが…無念さが解るかっ!? 剣を向けるお前達にそれでも手を差し伸べたルッチ殿を……お前は薄汚いモンスターだと言ったな?」
ザワーがクライスの髪を掴んで顔を間近に寄せる。
「薄汚いモンスターはお前らだ!クライスぅ!! 同じ血を分かつブイヤのゴブリンを平然と殺した貴様なぞもはや人間族でもゴブリンでもないっ! クライス…貴様が本当の醜いモンスターだ…っ!」
ザワーが手放すと、無言のままクライスは膝を突いて空を見上げていた。




