いざ行かん!インペスダル(余ダル)へ…。
ルッチ・ヨスク・セブの葬儀を無事終え、その日の夜はまた死者の星へと旅立ったゴブリン達への悲しみを忘れるように皆でドンチャン騒ぎだった。それでも昼間はちゃんと畑でゴブリン達は仕事をしてくれてるから偉い。
酒盛りが始まるとアーキンは寺院での勤めがあると言ってウリン達と共に寺院にすぐ引っ込んでしまった。意外にも一番最初に酔い潰れたのはハンスだった。…どうにも気丈に振る舞っていたようだが、ハンスにとって死んだヨスクとセブはまだハンスが十代の頃に先代のザッカの族長から名付けを頼まれた…つまり、義理の息子も同然の存在だったようだ。マットが止める間も無くグビグビと相当な量を飲んですっかり赤ゴブリンになってしまいやがった。ハンスは俺に向って土下座し出すわ…ルッチ達の仇を討てただ…と一歩的に呂律の回らなくなった口で叫ぶとそのまま泣き寝入りしちまった。アララ…。
「うぐふぅ~~~…ヨスクぅ~…セブぅ~…星で待ってろぃ…あの馬鹿共をギルドに、ヒック! …突き出してきっちりとぉ地獄に送ってやらぁ~~っ!」
「ハンスさん…しっかりして下さいよぉ~?」
「魔王様、失礼します」
ハンスは迎えに来たミファ達に連れられて最寄りのテントへと運ばれていく。今日はミファ達のテントで厄介になるのか? アイツ、そもそも自分のテントとか持ってないもんな。寝袋みたいのは持ってたけど。
「まあ、アイツなりに色々と無念なんでしょう。特にあのふたりはハンスがグノー様にドクを出て野良になる許しを貰い、アメア領へと渡る前日に名付けをしたものですから……内心はアイツも息子のように思っていたのやもしれません」
「そうだったのか…。ところで、本当はハンスにこそ聞きたかったんだが、明日の予定だな。そこんとこどう考えてるんだ? クラウス達をその人間族の町まで連れてくんだろ?」
「はい。正確にはインペスにあるポータルを使ってギルドへと連絡し、沙汰が決まるものと思われます」
「ポータル? ギルドってのは何かしらの組合みたいなもんだと思えるが…ポータルって何?」
俺の質問に答えてくれるのはこの中では恐らく一番の知恵者であるドガだ。ハイ・ゴブリンに進化した者の中で唯一、彼だけが具合が悪そうだったのだが…心なしか朝よりは顔色が良くなっているようで、無理せず酒にも手をつけているから大丈夫だろう。側には常にエマがいてくれるしな。
「ポータルは簡易の転移装置のことですよ。まあ、かく言う私も直接目にしたことはありませんが…条件を満たした限定的な人数を他領のポータルから移動できるというものです。その条件とは、移動先の領との関係性が友好かもしくは中立以上ということになっています」
「ワープかよ!凄ぇじゃん!? ってまあ確かにそうだよな…敵対している奴がイキナリ飛んで来たらヤバイもんなぁ~。で、そのギルドとやらがインペスにあるの?」
「いいえ。ギルドという組織が出来たのはここ百年と少し前だそうです。ここブイヤはその前から荒廃していましたし、数少ない人間族と私達ゴブリンしか暮らしていない土地ですから…残念ながらギルドはありません。恐らく隣領からギルドの者を呼び出すことになるはずでしょうね」
それから、ドガに加えてマット達も話に加わって色々と教えてくれたが…結局、ギルドってのがいわゆるちょっと荒っぽいお仕事斡旋のハロワを兼ねた市場などを管理する互助組織だという事しかわからんかった。…いや、正直言うとよくわからんかった。皆には「なるほど」としか返せなかった自分が悔しい。
「まあ、今日は冒険者だら葬儀だらで皆も疲れたろ? もうテントに引き上げようか」
「じゃあ、ボクも一緒にテントに行きます。明日持ってく簡単な薬とかならタロー様の倉庫じゃなくても作れるし」
「そうか。では、魔王様。私達は明日のインペスまでの遠征の人選を相談するとします。どうぞ、お先に御休み下さい。本来であれば我らゴブリンだけで足りるところですが、インペスの人間族に魔王様の存在を知らしめねばなりませんから。共にご足労願います」
「勿論。俺は最初からインペスに行く気だったしな。そうだなぁ~畑もあるから全員でインペスまで行く訳にもいかないし…わかった。後はマット達に任せるよ」
「「お任せください」」
焚火の前から立ち上がる俺にマット達が反射的にかしづくので、他のゴブリン達も慌てて頭を下げる。慣れないなあ…でも、仕方ねえか。俺ってば一応は魔王だしな~。
※
「ちょっとマット!明日は私達も連れていきなさいよねっ!アック達をジェンシまで向えに行くんだからね」
「おい、ニドラ…そんな喧嘩腰じゃあ」
「なによ? 魔法、撃つわよ?」
「……はい」
「だ~か~ら~親父こそ俺達の国を守るべきだろ!」
「何を言うっ!図に乗るなよアーグ。いいか? 今日は可愛い息子であるお前達に見せ場を譲ってやったが、私も魔王陛下のお力添えでこの姿へと昇ることができたのだぞ? それに報いるべく此度の護衛は私に譲れ!息子よっ!!」
「多くても12名です。魔王様のお世話と護衛に4名。物資の運搬に4名。冒険者の連行に4名です。帰りはアック達や他のゴブリンも同行するのですから、これ以上は余計な人選です。残りは本拠地を守ってもらいます」
こんなやり取りが外でもう2時間ほど続いている。揉めてるなあ~…。多分、アーボとアーキンだろうが…15分置きくらいに殴り合いしているような叫び声と打撃音が聞こえるし。
「もう…皆してウルサイなぁ~!もう夜も遅いのに明日大丈夫なのかな? あ。それでそれでタロー様!コッチのドロっとした紅褐色のポーションなんですけどぉ~♪」
かと言ってテントの中もそれなりに賑やかで、ティアが店を広げてからもう2時間。お手製のポーションを俺にひとつひとつ説明してくれている。なまじ俺がティアのポーションを褒めてのが悪かったのだろう。二へへ…と可愛らしくはにかみながら説明してくれるのはいいんだけど、どうして並べられている殆どのポーションがデバフ系なのだろうか? しかも、その効果がなかなかにエグい…。
外の喧騒が気に掛かるのは決して目の前の光景から意識を背けたい訳ではないんだ。俺はそう信じてそっと瞳を閉じる。
「あ。タロー様、ちゃんとボクの話聞いてます~? もしかして、お眠ですか? だったら丁度良いのがあるんですよぉ♪ ジャン★ 名付けて不眠ポーション!その名の通りひと瓶飲めば72時間は気を失う事すら許さr」
「いや寝ろよっ!? 明日から遠出だよ!」
※※
『起きなさいよ』
相変わらず半ギレ仏頂面のヴェスのモーニングコールで俺は不快感も露わに起こされた。
俺は仕方なく上体を起こそうとすると、何かが俺の腕にしがみついている事に気付いた。
何故か全裸になったティアが俺の腕(外側)でスヤスヤと幸せそうな寝息を立てていた。まあ、なんかそんな気がしてた。
「皆、おはよう」
「「魔王様、おはようございます!」」
早めの朝食の後、久しぶりにすら感じる謁見の間に俺は座していた。
「で。インペス行きのメンバーは決まった?」
「はい」
ドガが代表して答える。
先ずは俺の世話役と護衛の4名。マット・ティア・アーボ・ハンスだ。どうやら、昨夜の熱い殴り合いの勝者は父親のアーボらしい、大人気ないなあ…。
次に俺達の作物をインペスの人間族に分けたり、そのギルドとやらで取引に使えるかどうか査定するために物資運搬の4名。イレイン・キヲ・ムジャ・アマスだ。ムジャとアマスはお互いがザッカの運搬ゴブリンの夫婦でとても力持ちだ。食事で強化されたと思われる現在のマットが持てる作物のさらに倍以上の量を平気で運べる凄いゴブリンのふたりなのだ。
「「魔王様、頑張ります!」」
「「よろしくお願いします…」」
後のふたり…イレインとキヲを同行させる目的は、クライス達がギルドからどんな沙汰を受けるのか遺族として見届ける為だ。今回この枠には同じく遺族のデッチとイレインの息子のキブも含まれるが人数にはカウントしていない。まだ身体が小さくて大した荷物を背負えるわけじゃないしな。
最後に冒険者達を監視・移送する4名。ニドラ・アケ・エマ・ドガだ。ニドラとアケの息子のリーノは今回は本拠地で留守番だ。子沢山なソアラとガルバン夫婦に預けることになったようだ。リーノと年の近い3兄弟もいるし、何かと都合が良さそうだ。
だが、朝になって予想外の事が起こり、急遽ドガが本拠地に残ってホンポと共に指揮を執ることになった。
「我らがタロス…。巫女のウリン、御前に参じました」
「ウリン。お前もか…」
シャラン。と素肌に薄布と金属片のようなものを身に着けた踊り子にも見えなくもないエキゾチックなゴブリンビューティーが仰々しく俺に向って平伏する。ヤバイ…ちょっと際どいラインを見過ぎて隣のティアからの圧が怖い。
なんともまあ。ティア達がハイ・ゴブリンに進化した次の日にまた別のゴブリンが進化するとはなあ……早くないか? 聞けば、どうやらアーキンに引っ張られたとのことだった。…そんなフワっとした理由で進化なんてする? モンスターってすげえなあ~。
「はい。私は巫女ゴブリンからゴブリンシャーマンへと昇華致しました。これもまた魔王様の御威光の賜物でございます」
「そうなのか?」
『さあ?』
「いやそこは答えてくれよ。自称アドバイザーさんよ?」
『恐らくだけど彼女はもともとレベルが高かったんじゃない? それにアンタへの狂信…絶大な忠誠心がプラスされた事で進化が早まったのかもしれないわね』
「お前…今、うっかり口滑らせただろ」
まあ、ヴェスの言う通りならば…今後もハイ・ゴブリンに進化する者は増えるということなんだろう。 戦力は強化されるし出来る事も増えるだろうし、特にデメリットも感じないから大丈夫だろ。
「それで? アーキン。お前がドガの代わりについてくるのか?」
「はい。タロー様。ウリン達から聞けばインペスにもまた長き荒廃した時代によって廃れはしているものの歴史のある聖堂があるとか。身勝手ながら寺院をウリン達に任せ、私もそこへ赴きタロスの神を置いて貰えるよう交渉したく思います。どうかご許可を…!」
まさかの布教活動とは。まあ、俺の元居た世界でも信仰は自由だったしなあ~。
…流石にどっかの宗教抗争みたいに無理矢理改宗を迫ったりしないよな? もしそうだったら止めよう。なんかヤバそうだ。
「わかった。聡明なドガが賛同しているのなら俺が許さない道理もない。好きにしたらいい」
「「ありがとうございます!」」
アーキンとウリンが目を輝かせ、ほぼ同時に深く頭を下げて平伏する。
「よしっ。じゃあちゃちゃっと行こうぜ。今日中にインペスに着かなきゃならんしな!」
「ははっ!よしっ、魔王様の御出陣だ!征くぞぉ!!」
「「出陣だ!!」」
「………ちょっと君達、盛り上がり過ぎなんじゃないか? 戦争しに行く訳じゃないんだぞ?」
俺達はゴブリン達の掛け声と共に本拠地を出立した。
目指すはブイヤ領で人間族が暮らすインペスだ。




