夢の中で。
次話とその次くらいで序章は終了です。
今後とも魔王とゴブリンをよろしくお願いします!
あ。別作品ですが連載を再開した精霊の宿もよろしくお願いします!<(_ _)>
「それにしてもだ。…まったくもって情けない!」
さっきの寺院の騒ぎから時が流れてすっかりと夜の帳がおりている。
ゴブリン達も騒ぎ疲れてしまったのもあるのか既に各自のテントで就寝していたり、明日改めて葬儀を行うという3人の遺体に親しい者達が集まり焚かれた火の前に酒を飲んでいる。だが、これかのブイヤ領に期待を寄せてくれているのだろうか、随分と表情が明るくなったみたいで俺はホッとしていた。
何だか新しい神様だとか何とかで一時大騒ぎになってしまったが…皆にはなにかしら心の拠り所が必要なんだろう。そこは人間だろうがモンスターだろうが変わらないもんなのかもしれんなあ。
だが、マットが見張り場所の焚火の前で俺の前だというのに不機嫌さを珍しく隠しもせずティアのサル酒をあおっていた。
「まあまあ、ティアもアーグもドガ達もさ? 今迄頑張ってくれてたし、きっと一気に疲れが出たんだろうさ」
「…魔王様。しかしですな、そう申されても我がドクの一族は先代魔王様も含めて最も恩を受けしゴブリンです。だというのに…まあ何かと雑事で多忙であったドガとエマは良いとしてもです。お守りすべき魔王様を放って、娘やあのアーボまでもが寝てしまうとは!」
「…………」
確かに今日は珍しいか? いつものメンツ(マット以外)は晩飯を朝昼と続いてまたいつもの3倍ほど食った後にもう今日は寝てしまったからな。ザッカのゴブリン達が大勢仲間になったからやっと安心したのかもな。…まあ、なんだか具合が悪そうでもあったがマットやハンスがアレだけ引くほど食欲はあったし大丈夫だとは思うがね。
ただ、同席していたハンスが何か考え事をしているのだろうか? さっきからボンヤリと夜空の星を見ていた。
「魔王様こそお疲れであるのに、こんな夜更けまで付き合って頂きありがとうございます。アーボもアーグも…いくら私が引っ叩こうが、蹴ろうが、一向に起きる気配がなく…。呆れて私も明日の朝まで放っておくことにしました。ですが!…本来ならば許されないことです。アイツらが起きたら魔王様から直々に注意して頂きたいものですな」
「別に怒りはしないよ。世話になってるしなあ。…ところでアーキンはまだ寺院か?」
「ええ。まったく親子揃って…寺院から食事を運んで戻ってきたウリンに聞けば、祈り疲れたのか飯を食ったあとにそのまま寝てしまったそうです。 ハア…」
そうか、アーキンも寝てるのか。まあ、アレだけ興奮してたもんなあ~。そりゃ疲れただろう。マットはウリン達も今日はアーキンが気になるとのことで一緒に寺院に居るそうだと手で顔を押さえながら教えてくれた。
「なあ、マット。…お前さんはどうなんだい?」
「ん? どうとは、何が言いたいんだハンス」
ハンスはジィっとマットを見つめながら口を開いた。
「イヤ、お前さんは魔王の旦那の下にいち早く駆け付けたんだろう? もしかしたら…アーボのバカタレ共は旦那の…つまり、魔王としての御力に影響を受けているかもしれねえと考えたのよ。 …けど、マット。お前は一見、特に体調に変化はなさそうではある。…恐れ多いんでやすが、旦那。何か心当たりがありやすかい?」
今度は俺を見るハンス。
はて? 心当たりなんてないんだが。まあ、きっとヴェスのヤローならなんか知ってるんだろうが絶賛秘匿中なんだよなアイツ。余計な事は聞かなくても教えてくるのに、ネタバレ禁止力が高過ぎるんだよ。
「いいや?」
「……そうでやすかい。まあ、旦那がことさら側に置いているマットをハブる事なんざもとより考えられねえですからね。 …てえことは…そうかい、…魔神様も残酷なことをなさるもんだ。いや…アッシが言えたことじゃあねえやな」
何故か悲しそうな顔を浮かべてハンスはまた星を見上げると黙ってしまった。
「変なヤツだな? 魔王様、どうかお気になさらないで下さい。どうにも昔からコイツは変わってるんです」
そう言ってマットは俺の盃に酒を注いだ。
だが、どうにも俺はそのハンスの言葉と悲し気な顔が頭から離れなかった。ふと視線を感じて振り返るとヴェスが頭上から俺を見ていたようだが…直ぐにそっぽを向きやがった。 なんだよ…?
俺にはまだ解らなかった。ヴェスの奴が、なんでそんなに可哀相なものを見るような視線を俺に向けていたのかを。
※
「…! …おい!親父!起きてくれよ!」
「んん? なんだアーグか。もう朝なのか? ………は!イカン!? 私としたことがぁ~!!」
アーボは今日まともに自分達が働いていなかったことを思い出す。ついでに誰よりも大飯ぐらいだったこともだ。
アーボは今日の自身の体たらくに大恩あるタローや兄でありドクの長でもあるマットから怒られる!と焦って滝のような汗を流しながら身を飛び起こす。
「す、直ぐにでも謝罪に!魔王陛下の下に馳せ参じねば! 行くぞアーグ!」
「だから親父!落ち着けってば…」
その声でやっと冷静になれたのか何処かに駆けていこうとするアーボはやっと足を止めた。
「む。…ここはどこだ?」
「……俺だって知りてえよ」
アーボ達は草木一本すら何も無い大地の上に居た。見渡す限り山も谷も無く、地平線は円を描いてすらいた。どうやら見知らぬ野外に放られたらしい。ふと、アーボは空を見上げた。
「……まさか! っ!? アーグ! 上を見ろォ!?」
「上…ってこの暗さだとまだ夜なんじゃって…変だな。明るいぞ? でも空じゃない…なんだよ、まさか天井があるのかな親父…? でも、なんだかボンヤリと光ってるような…」
アーグが上を見やると本来ならば空があるはずなのに天井があった。ならばここは何か巨大な建造物なのだと一瞬思えたがそうではない。不思議なことだが、遥かに遠いそれがどんどんと鮮明に見えてくるのだ。
そして、気付いた。 それが天井などではなく、陸地であることに。
「まさかアレはブイヤか!?」
「う、嘘だろ親父!」
「いや…昔、お前くらいの歳の頃だ。まだザッカからお前の母…ナーリアがドクに嫁に来る前にな。一度だけ、ザッカの当時の長老がインペスの街の人間族から譲って貰ったというブイヤの地図を見たことがある。あの河…北東の山に南東に広がる沼地。ジェンシが守る草原といい…間違いない…」
「ってことは…なにか? 俺達は空の上にでも居るってのか!?」
何故か落ち着いているアーボに対してアーグは混乱の極みだった。
「いや…心当たりならある」
「…? …ま、まさか」
「そうだ。ここは星だ。我らゴブリンの祖達の魂が昇り光となった場所…死者の星だ」
「ええ!? なんでだよ!どうして死ん…! まさか今日は朝から具合が悪かったから…」
この世界の住民の常識なのだが死者は死ぬと肉体と魂に分かれる。そして未練を残さない魂は天に昇って星となり、そこから地上を見守っていると信じれれていた。これはどの種族もほぼ共通である。
「嫌だ!」
アーグが泣き喚く。
「やっと皆の役に立てるって時に…こんなのってないぜ! 俺…まだ魔王様になんの恩も返せてねえ…どうしてだよぅ」
「息子よ…」
アーグは自分の母親が死んだ時以来泣かないと決めていたが、あまりの無念さに泣き崩れた。
そんな息子の姿を見てアーボもまた悲し気な顔でアーグの肩を抱く。無念なのはアーボも同じだった。こんな最期では残した仲間にも死んでいった父祖達にも申し訳が立たなかった。
しかし、アーボは懸命に考えてもいた。どうしても死んだ実感が無いのだ。まるで夢でも見ている様に現実感が感じられなかったのだ。
ふと、気付くと自分達が無数のゴブリンに囲まれていることに気付いて慌ててアーボ達は飛び上がった。アーグは恐怖からか咄嗟に腰から剣を抜き放って武器を持っていないアーボを庇ってそれらを睨みつけた。
周囲を囲むゴブリン達は白く光り生気をまるで感じなかったが敵意も感じなかった。
すると、その戦闘に立つ老いて顔に無数の傷痕を持つゴブリンが口を開いた。
「フフ…久しいのアーボ。それにハナタレだったお前の息子も随分と立派になったではないか」
「…? ま、まさか父上なのか!?」
「え。死んだ俺の爺さんだっていうのかよ!?」
それはアーボの父親である先代のドクの長であったゴブリンであり、マットの前に魔王グノーシアスに仕えていたゴブリンの戦士ナクであった。
「本当にアンタは抜けてるわね、アーボ? まったく、それじゃいつまでも義兄さんが可哀相だわ」
「ナーリアぁ!?」
「オフk…おぶッ!」
無残にもアーグが庇ったアーボに背中から突き飛ばされた。アーボは大泣きしながらナーリアのもとに駆け付けて抱きしめる。
「おうおぅ!ナーリアぁ~!」
「…もう、15にもなるのに変わらないわねえ。そろそろ別の女ゴブリンを娶ったら?」
「誰がお前以外の女なぞ!? は!アーキン!? 何故ここにアーキンもおらなんだ!! あの子はお前の姿をおぼろげにしか覚えておらぬというのに…!」
「イテテ…。……でも、いいじゃねえか。ここにいないってことはアイツはまだ死んでねえんだろ? アイツだってこれから俺達の分まで魔王様のお役に立てるはずだ」
だが当のナーリア達はキョトンとしていた。
「親子揃って何言ってんだか…死んでないわよ。アンタ達」
「「へ?」」
二人のその間抜け顔に周囲のゴブリンまで釣られて笑い出した。
「今、アンタ達の体は丁度作り替えられてる途中なのよ。アーキンも、多分ドガ達もじゃないかしら。羨ましい限りだわ。せめて…あと5年早くブイヤにあの魔王様が来てくれていたら…いいえ、そんなの不敬の極みよね。あの御方が特別なだけなんですものね…」
ナーリアは寂しく笑う。
「な、ならば尚更アーキンもこの場に居るべきだろう。アイツは今どこにいる?」
「アーキンはねえ~アンタ達よりも出来がいいのよ!あの子はもっと特別な御方と今頃はアンタ達の頭じゃ理解できないような難しい話でもしてるんじゃないかしら」
「むうっ…」
「そりゃあ酷いぜ、オフクロ」
親子揃って頭を掻くアーボとアーグ。
「妹のベルはまた別の理由でティアと違う場所で会ってるみたいだし…ドガ達はきっとジェンシの星に行ってるんじゃない?」
「おお、そうか!ならばマットも久しぶりに亡き妻に会えて歓喜しておるのだな!」
「…………」
何故かナーリアは何も答えなかった。
それから暫くこの数日間で起こった事をアーボ達は興奮しながら夢中にナーリア達に語っていたのだが…。
「残念だけど時間みたいね…まあ、どうせいつかはまたこうして会えるんだから…寂しく思わないでね?」
そう言ってナーリアがアーボから離れる。
「…! …そうか。また会おうナーリア…。それと…約束しよう、父上。必ずや我らのブイヤに新たに立たれたタロー様…魔王陛下の為にドクの一族の名に懸けて力を尽くすことを!」
「頼んだぞ…ドクの息子達よ」
アーボがナクに力強く頷き、亡き妻ともまた言葉なく頷き合った時だった。アーボの肉体が光の泡のように消えていく。
「お、親父…!」
「アーグ。どうやら地上の私の肉体の目覚めが近いようだ…先に行くぞ。お前も遅れるな!我らが背負うものを忘れるなよ!さらばだナーリア!そして我が家族達よ!」
そしてアーボが消え去ると、またアーグの体も光の泡に包まれていく。
「お、オフクロ!」
アーグが必死に緩やかに距離が離れていくナーリアを呼び止める。そして、手にした剣を力一杯に掲げて見せる。
「見てくれよ!俺…魔王様からこんなに素晴らしい剣を貰ったんだ!それに俺、騎士ってヤツにもなれって言われてさあ…それで、うっ…それで…!」
だが、アーグは母親を守れなかったという当時の記憶。今迄の自分の不甲斐なさが情けなくて溢れる涙を我慢して声が続かなかった。
「ずっと見てたよ…アーグ」
「っ…!?」
「心配しなくてもアンタも私とアーボの自慢の息子だよ。さあ、お行き。アンタがあの人や魔王様…そして家族や仲間を守ってやるんだ。頼んだよ…アーグ」
「あっ… ああ!見ててくれよ! じゃあな。オフクロ…」
笑顔を精一杯の強がりで張り付けたアーグの頬に伝った涙は光の泡になって消えていった。
※※
『それじゃ、妾はティアというゴブリンの娘のところに顔を出してくる。後はそちらで話し合うが良い。ではな、新たな神の信奉者よ…』
そう言って絶世の美貌を持った巨神はアーキンの前を去っていった。
だが、跪くアーキンの頭上にはさらに強大な神が2柱もまだ居座っていた。
『話し合うもなにもないのだが…そうだろう? 死の…』
『まあ、私は彼に対して新たな神を認めるにあたり、死者の扱いについての取り決めや我が定めについての話だけでしたから。…まあさりとて問題はなさそうですし、貴方こそ何かないのですか。女神の細かい注文や余計な話が長かったせいで、もう彼にはあまり肉体が覚醒するまでの時間が残されていませんから』
アーキンはただひたすらに震えて耐えていた。
そう、彼の前にいるのはこの世界の真の神々だ。
荘厳な法衣を纏った無数の生物の骨で組まれた巨人が死の神。この世界の死を司る神である。
また、先ほどこの場を離れたのは女神。死の神とは双子の姉弟であり、死と反する生を司る神であった。
そして、最も強大で、女神の夫。この世界の創造主である無限の力を持った神こそが魔神。外見はあらゆる生物の特徴を禍々しく取り込んだような姿をした異形であった。
『ううむ…では我らが新たな神…タロスの神官に命じたゴブリンよ。お前達はこの先、自身が信じる神であるあの者が、例え神を超える力をもってしてこの世界を滅ぼす事になったとしても…信仰を失わぬと、その魂に懸けて誓えるか?』
「恐れながら魔神様。我らにとってあの御方こそが正義。あの御方に見捨てられようとも、神に私の魂が砕かれよとも我らが我が神を裏切ることなどありません…!」
アーキンはタロスのシンボルを握りしめて迷いなく答える。
『ならばよい』
だが魔神は脅しにもにた問答をしておきながら、その反応はアッサリとしたものだった。思わずアーキンの肩がズレ落ちそうになる。
『ええ本当に…聖王に縋る人間族にもこの者らを見習って欲しいくらいですよね』
『ホントそれな。アイツらちょくちょく神に赦しを請う癖して肝心なところで折れるもんな』
『まあ、あの背信者達は無許可で改宗してますからね。しかも勝手に自領の人間族を蘇生させたりやりたい放題なんですよねー』
『マジでダサいよなアイツら。見てるコッチが恥ずかしいっつーの。それなのに半分以上が聖王を無視して聖王教最高なんてやってんだろ?』
『マジムカですよ。勝手にモンスター排除するからその領の魂管理がバランス崩れるし。加護だって聖王のお陰だって知らないのが大半らしいですよ?』
『ホント最悪だな。獣王あたりと衝突して良い感じに勢いが削がれてくれるの期待してたんだけど、思ったより慎重派なんだよな獣王。見た目に反してさあ。ぶっちゃけコレも女神が自分が最後に作ったからって人間族を甘過ぎる設定したのが悪いんだよなあ~そうだろ? …あ。この話はお前の姉には内緒にしといてくれよ? 怒ると永くなるからさあ~』
アーキンにとって既に自身の神とはタロス(=タロー)であったが、余りにも神聖味に欠けるこの神々のやり取りで今迄に恐れ敬ってきた神と言う絶対的な存在に…心のどこかで急速に冷めていく気持ちがあった。
『おっと。悪かったな…神々の話など、お前などには理解できようもないだろうからな』
『いやいや、ドン引きしてるんでしょう。申し訳ないですね、アーキンとやら。私達も貴方のように我々以外の新たな神を持った者の前でしかこう…砕けた話が出来ないものですから。ハハハ…』
「は、はあ…」
こうしてアーキンは魔神たちに新たな神を認めさせることに成功したが、代償として目覚めの時を迎えるまで神の愚痴に付き合わされることになったのだった。
※※※
「ごめんなさい、私ばかり…あなただって亡くなったナク様達に会いたかったんでしょう?」
「いいや。正直に言えば、自分が生まれてすぐ死んでしまった両親よりも幼い頃を過ごしたジェンシの者達とこうして会えた事が嬉しいんだ。私の魂の半分はエマと同じジェンシの身内だと思っているんでね…」
そう答えたドガにエマは涙ぐむ。
「あ…もう時間みたいね。先代様、それでは行って参ります…!」
「ああ、ジェンシの娘よ。健やかにあれ」
エマはジェンシの死者達に別れを告げると光の泡になって消えていった。
だが、ドガの体にはまだその兆候は見られなかった。
「コレは…個人差があるということか…?」
「……いや、君には特別に時間を貰っている。前もって君の仕える魔王…正確に言えばそれを見定める者から許可は既に得ている」
ドガがその声に振り向くと、ジェンシのゴブリン達が恭しく頭を下げて道を開ける。その奥からとある人物が歩み寄ってくる。
ゴブリンではなかった。
「君に聞いて欲しいことがある。ただし、コレは君が仕える魔王にも君の信頼する仲間にも、話す事を禁じる内容だ」
そう言って男はドガの前に立った。
※※※※
「ねえ…お母さん」
「どうしたのティア?」
暖かい光だけの空間で夕陽に染まったように映える湖にゴブリンの母と娘が手を繋いで腰掛けていた。と言っても母親の姿はまだ若く、娘とさして変わらない美しい容姿をしていた。
「どうして、お父さんはこの場所にこれなかったのかな? きっとボクよりも会いたかったはずなのに」
「…………」
ティアの母親であり、マットの妻であるベルは静かに微笑むだけだった。
「…心配しなくても、私達はまたいずれ夜空の星で出逢えるわ」
「でも…!」
「それよりも、問題は今後のことよね?」
「うっ」
ベルの鋭い視線にティアが顔を赤くしてたじろぐ。
「女神様からアレだけ念を押されたんですもの。期待には応えなきゃいけないわよ」
「……わかってるよ」
「あなただって、嫌じゃないんでしょ?」
「…う、うん」
「ならいいじゃないの。目が覚めたら、ちゃんとお願いなさいな。私の勘だけどきっと悪い結果にはならないわ」
「で、でもさあ~ボク、上手くできるかなあ~」
「なにを心配してるのよ。そんなんじゃ先が思いやられるわよ!ホラちゃんとなさい」
ベルに尻をペチンと叩かれて堪らずティアは飛び跳ねる。
「難しいことなんてないわよ。…ただ愛する人の役に立って、癒し合って、側に居たいって思って努力すれば良いだけなんだから。私だってそうだったのよ?」
「…もしかして、お父さんってモテたの?」
「ププッ…そりゃあ若い時はモテたわよ! 姉さんだって本当はマットを夫にしたいってザッカを飛び出してドクのキャンプに押し掛けたんだから。アハッ」
「え。そうだったんだ」
ティアはこの話をうっかりアーボの前で口を滑らすまいと心に誓った。
「でも、ザッカに連れ戻そうとして追っかけてきた私がね…先にはぐれたゴブリンだと思って助けてくれたマットに、ね? まあ、結局は“魔王様に仕える事に忙しい”からなんて理由でフラれたナーリアが泣いちゃってね~。それに怒ったアーボさんと収まった訳だけどね。フフフ、でも直ぐにアーグが産まれたから…きっと相性は良かったんでしょうね」
そんな他愛のない話をしている内にティアの体が光を帯びる。
「時間みたいね」
「…うん」
握りしめていた親子の手が無情にもすり抜ける。
「まあ、私の娘だもん。きっと上手くやれるわよ。私は星から、これから生まれる子供達を楽しみにしてるわ」
「も、もう!」
照れたティアの体が光の泡に包まれていく。
「あの人に…マットによろしく言っておいてちょうだい。私はいつまでもあなたを待ってるから焦らないでってね…」
「…うん、わかったよ。ボクも頑張るよ…!また、また会おうね!お母さん!」
最後に涙を流して消えていく娘にベルは笑いながら手を振っていた。
※※※※※
「…魔王様ってのはいつもこうなのかい? 呆れたねえ」
「まあな。それだけ我らゴブリンを信用なされておるのだろう。今日はティアがいない、悪いがハンス。手伝ってくれ」
マットとティアは大イビキをかいて眠る男を抱えてテントまで運ぶ。
「オイオイ…本当に魔王ともあろう方をアッシらゴブリンの臭いテントで寝せる気かい?」
「…失敬な。臭くなどないぞ? それに何故か魔王様は城の寝室をお使いなられない。このいっとう大きなテントはザッカの者から譲り受けた大布で作った魔王様専用だ」
「旦那は…ハハッ。変わってやがる。どこにゴブリンと同じ屋根で寝る魔王がいるんだって話だろうさ」
その大きなテントの近くに居たザッカのゴブリンにも手伝って貰い、マット達はタローを無事に運び終えると外へ出て腰を伸ばす。
「マット」
「なんだ?」
ハンスは剣と弓を担ぎ直すと後ろのテントを見た。
「今日はお前も休みな。見張りならアッシがやるからよ。明日の朝は俺の勘だがちょっとした騒ぎになるだろうぜ」
「何故だ?」
だがハンスは何も答えずに見張り場まで去って行った。
「つまらねえ噂だ…そう噂だってわかってても、あの旦那を見てるとゴブリンだってのに期待しちまうよな。……それだけにマットがもし、その対象外だとしたら…イヤ、そんなことを考えても仕方ねえやな。マットも旦那も悪い訳じゃあねえ…」
マットは見張り場の焚火の燃え殻を剣先で弄りながら独り言ちる。
見上げた星空に浮かぶ星は今夜だけは妙に明るく、そして近く見えていた。