偽りのエクスカバー。
●タロー
ブイヤ領の新たなる魔王。鬼畜王精ヴェスからアーグに与えた剣は偽物だと告げられて思考が停止。
●マット
弓ゴブリン。タローに狩りを通して様々な事を教える忠義者。
●アーグ
剣ゴブリン。マットの弟アーボの息子。念願の剣を下賜された。
●ドガ
短刀ゴブリン。剣を下賜された甥っ子の為に妻のエマと夜なべして鞘を作ってあげたようだ。
…コイツ。今、ニセモノだとか…ぬかしたのか?
「※小声で(おい! どういうことだよ。偽物ってのは!?)」
『なによ? ちゃんと私はアンタのレベル相応のアイテムだって言ったでしょ? アレはアンタが考えた最強格のエクスカリバーなんかじゃあないわよ。そもそもハッキリ言うとこの世界にエクスカリバーなんて剣ないしね。アンタが仰々しくあげちゃった剣の正式名は“偽りのエクスカリバー”よ。まあ、ぶっちゃけ換金用の見た目だけは伝説級の剣なのよね。武器の攻撃力もワースト2だし。仮に木を削って作った木剣があったら、どっこいなんじゃない?』
…なんてこったい。
「あっ…」
俺は真実を皆に告げようとするも…もはやそんな事が許される雰囲気ではなかった。仮に、この空気を切り裂いて真実を伝えられる者がいるのなら、そいつは神すら畏れない真の勇者か人の心を持っていないとかだろう。そして俺は勇者じゃなくて、魔王だったわ。
……スマン。アーグ。…まあ、でもあんなにも喜んでるし。代理品が見つかるまではそっとしておこう。というか、その内に戦闘とか起きたら即座にバレるよな。どうしよ…。
俺がひとり頭を抱えるも、そのまま皆に手を引かれて外に連れ出されてしまい。エマとドガの料理とティアが造った酒を楽しんで馬鹿騒ぎをしている内にそんな悩みはすっかり消えてしまった。単純な男だと笑ってくれても構わない。
酒に酔ったアーボが大イビキをかいて倒れ、それを必死になってアーキンとドガがテントへと引きずっていく。エマは宴の片付けをし、テントの外れを見ればアーグがキラキラしながら剣の素振りを一心不乱に繰り返していた。
やはり、俺にはどうにもアーグに声を掛けられず、その日もまたマットのテントにあがり込んで3人で川の字になって瞼が降りるまで夜通し話した。マットやティアの話は俺にとっては知らないことばかりでいくら聞いても飽きなかった。
※
「じゃあ、行ってくる」
「「お気を付けて!」」
次の日、皆で朝食を食べると今日も俺はマットと一緒に狩りに行くことになった。巣があれば、もう何匹かはワームが獲れるだろうというマットの見解だ。ちなみに、昨晩はドガが捌きたてのワームを食べさせてくれた。新鮮なワームの肉はくず粉のお菓子みたいに半透明で…生で食うことに抵抗があったので、例の兜のナベで煮た野菜のスープでしゃぶしゃぶにして食べたのだが…コレが美味かった! イメージ的にはタコしゃぶが近い気がするんだよな…俺が馬鹿舌じゃあなきゃな。まあ、俺以外もその味に感動して舌鼓を打ったので良かったとしよう。
「てっきり…アーグが今日の狩りに連れて行けとかいうと思ったが」
「ハハハ…まあ、アイツは一晩中剣を振っていたようですしね。それに、たった1日で畑があの状態ですからなあ。昨晩の魔王様の計らいも手伝って皆、やる気に溢れているようですぞ!」
マットが笑いながら俺の肩を叩いてくれる。それは嬉しかったのだが…俺は若干複雑な笑みを浮かべてアーグを見やる。アーグはドガとエマに作って貰った腰の鞘に納めた剣を揺らし、鼻歌をフンフンと上機嫌に鳴らしながら弟のアーキンと共に畑へと入っていった。
「ガハハハッ!息子はとても魔王陛下に感謝しております!無論、我ら一同もです。これでアーグも一人前の男になれるはずっ!今後は私もより一層本腰を入れて扱いてやらねばなあ!」
「魔王様、私からも改めてお礼を言わせて頂きたい。アーグはまだ若く、まだ至らぬことも多いでしょう。ですが、今後はきっと魔王様の御役に立てる男となるでしょう」
アーボとドガがそう言って頭を下げて、自分達が担当している畑と向かっていった。
「さあ、参りましょうか」
「そうだな。弁当も持ったし。ティアは今日はコッチに残るんだろ?」
「ええ。娘は今日は倉庫で新たな薬を作るとかで」
今日は俺とマットだけだ。俺は肩から下げた皮の袋に入れている包みを見やる。中身は確か…蒸したダンリック(ジャガイモ)だったかな。蒸すという調理方法は水が貴重なゴブリンにとっては驚愕だったようで反響が凄かった。メインの炊き出し担当になっているエマやティアが俺の魔王城にある無限水源の井戸から水が使い放題なので、料理や洗濯が捗ると昨日も喜んでいたっけなあ。
俺はそんな事を考えながら今日も道すがらにマットから様々なことを教わり、山の岩場まで並んで歩いていくのだった。
※※
「わははっ!帰ったら皆驚くかなあ?」
「いやはや恐れ入りますぞ。魔王様は狩人の才能がお有りですぞ。まさか投石だけでワームを一匹仕留めてしまわれるとは…まさかダンリックを包んでいた蔓草の布で石をくるんで回転させて投げつけるとは…!」
「偶然試しにやったらマグレで一撃しちゃっただけなんだけどなぁ~」
俺達はニコニコ顔でそれぞれゴールデン・ファーワームを肩から下げていた。
今日の狩りは成功だろう。宝箱こそでなかったが、獲物は2匹。しかも、その内の1匹は俺が仕留めたのだ。まあ、マットがだいぶ弱らせてくらたのもあるんだろう。
「しかしですな、獲物が2匹となれば娘も連れてくるべきでした。魔王様の御手を煩わせてしまったのは」
「いいって。俺が狩ったんだからさ。皆には俺から自慢したいだろう?」
俺達は笑いながら帰路についていた。今日も一日いっぱい岩場を駆け回っていたから日は傾いている。今日は…俺も流石にドガ達を手伝ってやろう。ワームにも流石に慣れた。毛の生えたウナギかなんかだと思えばいいんだよ。
ん? どうしたんだ? 魔王城の方が騒がしくないか…?
「…魔王様っ!」
「何かあったな。急ぐぞ、マット!」
俺達はワームをグルリと身体に回して担ぐと走り出した。
※※※
「ニドラ!? それにホンポ!どうしたんだザッカの一族総出で…ゴブリンベリーの畑はどうした!…それに傷だらけじゃないか!」
マットがその集団を見て叫ぶ。俺とマットが駆けつけたテントには初見のゴブリンが30人以上はひしめいていた。皆、マット達に比べればそこまで痩せていないが怪我が目立った。本当に何があったんだ…?
「マット…」
疲れた表情をしていた額の角が特徴的な女ゴブリンがマットに駆け寄る。見た目の風貌がマットに似ている。恐らく彼女が話に出てたマットの妹なんだろう。それと…。
「…おお!マットぉ。大変な事になったよぉ」
体に細かい傷を負ったこの中で一番の恰幅を持ったゴブリンが集団からのそりと出て来た。このザッカの一族はマット達と比べて肌色が黄色くて体系も横に広い印象がある。別に太っているわけじゃいからそういう骨格なんだろうな。
「ホンポ…ニドラ達を向かわせたから何人かは連れてくるとは踏んでいたが…ほぼ全員とはどういうことだ? …いや、待て。…ルッチはどうした? 何故ここにいないんだ…」
「……殺されたぁ。ルッチだけじゃあない…他にもふたり。ここまで逃げ延びるまでに負った傷が深過ぎて力尽きてしまったぁ」
マットは俺が初めて俺が見るような表情を浮かべて固まった。…そうか死んでしまったゴブリンもいるのか。
「…そうか」
「うぁうぁうぁ…。無念だぁ…」
どうやらホンポと呼ばれたゴブリンは泣いていたようだ。マットは弓と矢筒を降ろすとホンポの腹を優しく叩いた後、集団の中へと入っていく。なので、俺も後を追う。
「あ。父さん…タロー様…」
「…………」
集団の中心には泣き崩れる数人のザッカ一族であろうゴブリン達。そこにはティアとその傍らには革張りの箱を抱えているまだ幼いゴブリンの姿があった。
「デッチ」
「スンスンッ…ま、マット叔父上…!」
マットはその幼いゴブリンの肩を優しく抱いた。周囲からもマットの名を呼ぶ声が続く。
俺はもう我慢が出来ずに口を開いた。
「何があった?」
俺の質問に答えたのは怪我の手当てを手伝っていたのであろう、腕や服に血が付いていたドガだった。彼は深刻な表情を浮かべて言った。
「ザッカの一族は襲われたのです。……人間族に…!」




