暴食×吸血
伊織とルーリアは今日も今日とて界獣退治に出ていた。いつものように事前に先回りして空間の歪みをルーリアが破り界獣をこちらに強制的に引き寄せる。
今回も出てきたのはブラックドック。いったい何回目の邂逅となるだろうか。親の顔よりは見ていないが見飽きるくらいには見ている顔だ。
今回は今までとは違ってこっちも次のステップに移行する。簡単に言えば今日から伊織もちゃんと戦うことになった。界獣に対する恐怖に慣れてもらおうというルーリアの考えだ。とはいっても伊織は怠惰の力で経験だけは積んでいても実践したことはないので伊織が戦うのは1匹だけだ。
ワンオンワンより集団戦が得意なブラックドック相手ならまだ戦えるのではないか。そんな風に思っていた時もあったのだが現実は甘くなく手も足も出ずに伊織は撃沈し、ルーリアに助けられる。身構えすぎて実力のじの字すら出すことができなかった。
「全然じゃの。誰かと組み手をして実力をつけていければよいのじゃが怠惰の力があるからの」
組み手だろうと勝負は勝負で伊織が勝てば能力が発動し相手は弱くなっていくばかりで今回の目的は達成できない。だからルーリアはこの方法を選んだのだが命のやり取りの場はまだ伊織には早かったのかもしれない。
「この力を抑える方法はないの?」
「ないの。基本発動条件が抑止となっているからの。我の暴食も食べたものすべてが対象で選ぶことはできんのじゃ」
先輩であるルーリアが言うのだからそう言うことなのだろう。これからどうするかは帰ってから話すことにしよう。この場所に長居するわけにはいかないのだから。
「ルーリア、そろそろ……」
伊織はルーリアにそう声を掛けようとして彼女が一点を見ていることに気づいてそちらを見た。そこにいたのは一人の女性だった。伊織はその顔に見覚えがあると思ったときには彼女は伊織のすぐ近くまで来ていた。
「どうして君がいるのかな。もしかして君、戦ったりはしてないよね。約束したもんね?」
そう言われて伊織はそれが誰か思い出した。以前「牙」に掴まったとき最後に話をした女性隊員だ。相手は伊織のことをちゃんと覚えていたようだ。
伊織は後ろめたい思いから彼女から目を逸らす。それで彼女は察したようで表情を険しくした。しかし彼女が何かを言う前に横からルーリアが口を出した。
「伊織、こやつは知り合いか?」
「えっと、以前牙に保護された話をしたと思うけどその時に会って……」
「なるほど。制服を着ていなかったから気づかなかったの」
ルーリアはそう呟きながら守るように伊織の前に立った。
「主、非番か何かか?」
「いえ。制服姿だと目立つので着替えたの。もしかしてあなたが歪みを破ってる人かな?」
そう尋ねられた瞬間にルーリアは動いていて目の前の彼女のみぞおちに拳を叩きつける。しかし彼女はすぐに反応して後ろに飛びのいてかわす。
「いきなり攻撃するなんて酷いじゃない」
「面倒ごとは嫌いなものでの」
ルーリアは彼女に連続で攻撃を浴びせるが彼女は全て受け止めるか受け流す。ルーリアは感心した声を上げると一度距離を取る。
「意外とやるの。だが本気は出さなくてよいのか」
「……これは人に使うものではないので。それにこれを使わなくても負けるつもりはないよ?」
「そうかの? もう終わっているのじゃがな」
突如としてルーリアの姿が消え、次の瞬間には彼女の背後にいて彼女が反応する前に当て身をくらわせて意識を奪い取った。
「すまんの。付き合っても良かったのじゃが時間がないものでな。少しずるをさせてもらったのじゃ」
ルーリアは倒れそうになった彼女を抱きとめるとその場に寝かせた。
「ルーリア、どうするつもりなんだ? こんな事したら弁明もきかないよ」
「問題はないのじゃよ。なかったことにすればよいのじゃから。いい機会じゃし暴食の力を見せてやるとするかの」
ルーリアはそう言うなりがぶりと彼女の首に嚙みついた。急なことで伊織が止める暇もなかった。ルーリアはごくりといくらかの血を飲み込んで口を離した。首を見てみるが何事もなかったように噛み跡は消えていた。
「何してるんですか‼」
「そう騒ぐでないぞ。それよりもここを離れるべきじゃ」
ルーリアは伊織の手を掴むと問答無用にと手を引いて歩き出す。ただちゃんと歩きながら説明してくれた。
「あやつの血を吸ったのは直近の記憶を暴食の力で食らうためじゃ。普通の暴食の力では無理じゃが夜の支配者としての能力と合わせることで形がない物も食らうことが可能じゃ。主の力が他者の力を奪い自分のものにする力だとするなら我の力は他を食らい自分の糧にする力じゃな」
他から奪う点は一緒でそれが魔王の称号たる所以なのかもしれない。
ルーリアの記憶奪取が成功したのかはわからないがうまくいったことを祈るばかりだ。
次回の投稿は10/27に予定しています。