牙の少女
対異界部隊の一つ「牙」のアジト。それは伊織が連れていかれた場所とはまた違う場所にある。その場所で一人の少女が思い悩んでいた。
「愛理、ため息何て吐いてどうした?」
愛理にそう声をかけたのは牙の隊長である水樹だ。愛理はむっとした顔をして水樹の方を振り返った。
「どうして隊長は平然としてるんですか! これで何回目ですか! 警報に従って現場に急行してみても界獣はどこにもいない。もう疲れちゃいますよ。警報が壊れているんじゃないですか」
「どうだろうね。愛理は異界とつながる弊害についてはしっているかな?」
「異界につながる弊害ですか? そんなのあるんですね」
愛理は少し特殊な過程で入隊しているため異界についての知識は他の隊員と比べて多くはなくこういう時に周りから教わることが多かった。周りも丁寧に教えてくれるので愛理もそのことを心苦しく思うこともなかった。
「異界の歪みが観測されると決まってその周辺の電子機器に影響が出るんだ。特に顕著な影響が出るのがカメラだ。だから周囲の監視カメラ、防犯カメラの記録を調べればそこに歪みが発生していたかわかるわけだ」
水樹はそう説明して机に地図を広げる。そこには最近警報のあった場所場所と時間、カメラに異常が発生していた場所と時間がそれぞれ記されていてそれが見事に一致していた。
「これって、警報は誤報ではなかったってことですか!?」
「ああ。恐らくわね。愛理は今月の頭くらいに少年を保護したのは覚えているかな?」
「はい。たしか最後に私が見送りましたから」
どうにも気弱そうな少年で愛理の記憶に残っていた。たしかもう首を突っ込まないよう約束させたはずだ。
「それがどうかしたんですか?」
「そのときも私たちは歪みも界獣の姿を見ていなかったはずだ」
そう言われるとその通りで愛理たちが現場に訪れたときには全てが終わった後であの少年が一人たたずんでいるのを発見しただけだ。もしあの場に少年が残っていなければ最近よくある状態と一緒じゃないだろうか。
「もしかしてあの少年が関わっているって隊長は考えているんですか!?」
「いや。愛理、君もあの少年の話を聞いていただろう。その中に出てきただろう。少年を助けたというローブの人物が」
愛理はそう言われて思い出した。確かに彼はそんな話をしていたし、彼が手にしていた銃はその人物からもらったものだったはずだ。
「そのローブの人物が歪みを修復している? いや、そうじゃないですね。そうすると彼の証言と食い違います」
ローブの人物が歪みを修復できるならこちらに界獣が現れて少年を襲うなんてことはならなかったはずだ。だが界獣が現れたなら現場についた時点ですべてが終わっているというのはおかしい。もしそうなら歪みの発生から界獣がこちらに現れるまでの間がほとんどなかったとしか考えられない。そこまで考えて愛理は一つの可能性に思い至る。
「もしかして……」
「ああ。ローブの人物は歪みから界獣をこちらに引き入れる何らかの手段を持っている可能性が高い」
「やっぱりですね。でもわざわざそんなことする意味はあるんですか? 引っ張って来て自分で倒しているわけですから」
「私たちが来る前に終わらせるため、ということになるだろうね」
そう水樹は結論を出したが愛理にはその結論がよくわからなかった。界獣を倒して一般人(かどうかは怪しいが)に何の得があるのだろうか。愛理たちと違って界獣を倒したところで給料が出るわけでもないし自分で出現を早めているので誰かを守るためということもないだろう。
もしかして同業者か何かだろうか。でも愛理が知る限り同管轄ないで活動する部隊はいないはずだ。なら愛理たちじゃ街を守れないとでも思っているのだろうかだとしたら侵害だがよく考えるとそれならこそこそするのが謎だ。
「うううううううう! 隊長! 私ちょっと出てきます!」
「おい! 武器を携帯してどこへ行く!?」
水樹がそう言ったときにはもう愛理は部屋を出て行った後だった。愛理のことだから考えてもわからないなら行動だとでも思ったのだろう。
水樹は少し考えた後ある人物に連絡を入れて愛理のことをお願いした。隊長なのでふらふらと出歩くわけにもいかないので部下にお願いしたのだ。
「何も起こらないといいのだけどね」
水樹はやてやれとため息交じりにそう言って肩を竦めた。
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