与えられたもの
結果から言えば伊織は無事に家に帰ることができた。2時間という時間ともらった拳銃を犠牲にして。
銃刀法違反で連行されてもおかしくはなかったのだが対異界部隊「牙」警察系の組織ではなく自衛系の組織だったので逮捕ということにならず事情聴取というところにおさまったのだ。
伊織はほとんどあったことを包み隠さずに話した。命の恩人を売る真似はしたくなかったので聞いた名前は喋らなかったが。
伊織は正直に話したおかげかおとがめなしの厳重注意で解放された。
「もう、戦おうなんて思っちゃダメだよ。次歪みを見かけたらちゃんと逃げるんだよ?」
施設の外まで送ってくれた女性隊員にそう釘を刺された。戦えば今度こそ殺されかねないので伊織は即頷いた。彼女は家まで送ってくれると言ってくれたが伊織はそれを辞退して歩いて帰ることにした。送られているのを見られたら変な噂がたてられそうで嫌だった。
というわけで「牙」の施設から歩いて自宅まで帰ってきた伊織は疲れた様子で鍵を取り出し、鍵穴に刺しこんで首を傾げる。
鍵が開いている。急いで家を出てきたから鍵を閉め忘れたのかもしれない。伊織は泥棒が入っていないことを祈りながらドアを開けたがその祈りは残念ながら届かなかった。
「ふむ、随分と遅かったのー。待ちくたびれてコーヒーをもらっていたぞ」
不法侵入者はそんなことをいってくつろいだ様子でコーヒーを飲んでいた。美少年風の美女、そんな印象を与える不法侵入者だった。
「お前、誰だ。どうして僕の家でくつろいでるんだ!」
「誰だとは失礼じゃのー。ちゃんと名乗ったじゃろう。我はルーリア=オーリアじゃと」
ルーリア。その名前を聞いてこの声と特徴的な口調は先ほど助けてくれたローブ姿の彼女のものだと気づいた。彼女は今はローブを着ておらずに普通に素顔をさらしていたのですぐに気づかなかった。
「ようやっと思い出したという顔じゃな。主に話があってこうして待っておったのじゃ。一応言っておくが鍵はちゃんとかかっっておったから心配はいらぬぞ」
「じゃあどうやって入ったんだよ」
伊織はそう言いたくなった。というより実際に口から飛び出した。
「管理人にお願いして入れてもらったのじゃ」
一体管理人に何を言ったのか伊織は気になったが逆に聞くのが怖くなったので聞かなかった。
ルーリアはコーヒーカップを置くと立ち上がり、伊織の前に立って手を差し出した。
「ほれ、手を出すのじゃ」
伊織が言われるまま手を出すとルーリアはその手を取り、唇を寄せた。そしてそのままがぶりと嚙みついた。鈍い痛みを感じたかと思うと何とも言えない感覚が伊織を襲う。その感覚が恐ろしくて伊織は力任せに手を引いた。
「な、なな、いきなり何をするんですか!!」
動揺を隠しきれない伊織だが一方でルーリアはどこか幸せな表情で唇を舐めている。
「主が授かった力を調べたくての。少々血をいただいたのじゃ」
「授かった力? 血をいただいたって……」
まったく理解のできない言葉に伊織は頭がついていかない。話があると言っていたのでそれに関係あることだと思うのだが全く覚えがない。それに血を吸う何てまるで吸血鬼だ。伊織のそんな思考を呼んだわけではないだろうがルーリアは言う。
「我は夜の支配者じゃ。主らの言う界人の一種ということになるかの」
界人とは界獣と同じで異界から来た人類と近しい姿をした侵略者のことで、夜の支配者とはつまりバンパイア、吸血鬼に近い存在だ。今思えば獣を拘束したあれが夜の支配者としての力だったのだろう。
「血を吸うことでその者のある程度の情報を得ることができるのじゃ。その結果じゃが我の予想通りじゃったな。主が持っている称号は怠惰じゃな」
「たい、だ?」
伊織はルーリアが何を言っているのかよくわからなかった。たいだ、この言葉の字面がすぐに思いつかなかった。
「怠惰の魔王。主があの神を自称する女から授かった力じゃ」
次回の投稿は10/21となります。