界獣
学校には急いで向かったおかげで遅刻は免れることはできたが伊織の扱いはいつもどおりだ。
息を切らして教室に飛び込んできた伊織をほとんどは見てみぬフリをする。ちらっと視線を向けてくるのはいつも嫌がらせをしてくるグループの男たちだけだ。
伊織はその視線を気にせずに授業の準備を始める。いくつか嫌がらせの跡を発見するが伊織は騒がずに粛々と処理する。
嫌がらせをする奴らも伊織が反応を示すとは思っていないしただ習慣として行われているだけだった。
伊織にとっては全ては日常と化しているので気にはならない。学校はただ勉強する場所だと割り切っていた。
その勉強に関しても伊織は冷遇されているのだが。教えても教えても中々身につかない伊織を教師のほとんどが見限っていて伊織があてられることはないしい、いないように扱われている。伊織は勝手に授業を聞いている感じだ。
伊織は全ての授業を終えるとホームルームに出ずに帰路につく。ホームルームに出なかったからといって誰も何も言わないし、連絡次項など伊織にとってはほとんど意味はなさない。
他の生徒の姿のない道を一人歩いていると世界が歪んだ。何もない空間に歪みが生まれ、次の瞬間歪みが亀裂に変わる。
その現象を伊織は知っていたが自分が目にすることになるとは思っていなかった。界裂現象と呼ばれるそれは異界から何かがやって来る前兆であり、この場所が危険地帯に変わる前触れだ。
逃げる猶予は幾分かある、そう思っていたのだが亀裂が裂けめに変わり、そこから何かが飛び出してくる。
狼と獅子を足して二で割って黒く染めたような生き物が伊織の前に降り立った。それも一匹ではなく十数匹の群れだ。伊織の頭に「界獣」という言葉が思い浮かぶ。異界から現れて人々を襲う怪物。初めて見る恐ろしいその姿に伊織は足がすくむ。逃げなければとわかっているのに足を動かすことができない。
界獣の一匹が伊織の姿を認めると伊織に襲い掛かった。伊織はこれで終わりかと怖くなって目を瞑ったがいつまでたっても痛みはやってこない。
恐る恐る目を開けると界獣の頭を踏み潰して立つローブ姿でフードを被った小柄な人物が伊織の目の前に立っていた。
「間に合ったようじゃの。ほれ、使い方はわかるな?」
ローブの人物はどうやら女性のようで彼女は伊織に拳銃を投げて寄越した。伊織は反射的に受け止めたが恐る恐る拳銃を見る。
「えっと、使い方はわかりますけど当てれませんよ?」
伊織は拳銃の使い方は学んだことはあったがうまく当てたためしがなかった。それを聞いて彼女は肩を竦めるとぱちんと指を鳴らす。すると界獣のうちの2体が地面に縫い付けられるように這いつくばった。
「これなら当てられるじゃろう」
彼女はそう言って懐からナイフを抜くと残りの界獣へと向かって行った。
界獣2体とともに残された伊織は改めて手の中にある拳銃を見る。知識はないが中々上等なものだということはわかる。
伊織は学んだとおりに安全装置を外すと銃口を界獣に向ける。伊織は今まで生き物に銃口を向けるのは初めてで腕が振るえる。そのせいで中々標準が定まらないが伊織はどうにか引き金を引いた。二発、三発と撃ちどうにか一体の頭を撃ち抜いた。それからどうにか弾が切れる前にもう一体の頭を撃ち抜くことができた。
「やっとじゃの。中々どうも要領の悪い奴じゃの。突きつければ一発じゃろうに。拘束は緩くはないんじゃぞ」
彼女は伊織が二体を倒す間に十体以上を処理し終えていたようだった。伊織は改めて助けてくれた彼女に向き直る。
「あの、助けてくれてありがとうございます。あなたは怪獣討伐の人ですか?」
政府には怪獣討伐を専門とする組織がある。この場に現れたということはそうなのではないのかと伊織は思ったのだが彼女は首を横に振った。
「なわけがないじゃろう。あやつらが一般市民に銃を渡すわけがないじゃろうが。我はルーリア=オーミアじゃ。主は何というのじゃ?」
「佐藤伊織です。改めてありがとうございます」
伊織は改めてそう言って頭を下げて再び顔を上げると目の前には誰もいなかった。周囲に目を向けるがどこにもルーリアの姿はなかった。そして周囲を眺めて界獣の遺体もきれいさっぱり消えているのにも気づいた。
今のは全部白昼夢だったのだろうかと思ったがそれを否定する物が手の中に残ったままだった。そう拳銃だ。ただ伊織としては残されても困る物だ。
異界からの侵略によって刀剣所持は以前より緩くなったとはいえ所持に許可証が必要な事実は変わりない。もちろん伊織はそんなものを取っているわけもない。
そういうときこそ不運がやって来るもので気づけば伊織は同じ服を着た一団に囲まれていた。
「我々は対異界部隊「牙」である。どうかご同行を願おうか」
隊長らしき男が前に進み出てきて伊織にそう告げたのだった。
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