遭遇
佐東伊織という男は万年落ちこぼれだ。頑張って勉強しても通知表で2を取るのが限度だし、テストもギリギリ赤点回避するのが関の山だ。
駆けっこでも常にビリだし団体のスポーツでも皆の足を引っ張ってばかりで皆からはお荷物扱いだ。
それに誰とでも仲良くなれるようなコミュニケーション力があるわけでもなく、何もできないこともあって学校では軽いいじめを受けている。皆口にはしないが学校に来なければいいのに、そう思っているのは何となくわかる。
それでも佐藤伊織という男が学校に通い続けるのは諦めが悪いからだ。どんなにやっても上達しないというのは努力のモチベーションを下げる結果にしかならず、普通は諦めるところだがいつかはできるようになると信じていた。
だから車に轢かれそうになっていた女性を助けたのも諦めの悪さからだったのかもしれない。女性を助ける代償として自分が轢かれるなんて考えてもいなかった。
「まったく、愚かなものだね。人のかすり傷程度の怪我を防ぐために自らの命を投げ出すとは。価値のバランスがなってなさすぎではないかな」
薄れゆく意識の中でそんな声が聞こえた。
「ふむ、よかった、よかった。意識はかろうじで残ってるみたいだね。さすがの私でも死者復活はできないからね」
「ああ、中々君は面白い性質を持っているね。となるとこれが妥当かな。ああ、感謝は結構だよ。助けられたわけではないが君の行動に対する真っ当な褒賞さ。それではこれからの未来に光があらんことを」
唇のあたりに何か暖かいものが触れた気がしたがそれを確かめることもできずに意識は遠のいて行った。
そして目覚めるとそこは自宅の寝室のベッドの上だった。見慣れた天井、見慣れた部屋、見慣れた寝間着姿でぼくは寝ていた。ただ時計を目にしてぼくは慌てて飛び起きる。変な夢を見た気がするがそんなことよりもどう急いでも遅刻を免れない現状が夢だったらよかったのに。
ぼくはそんなことを考えながら支度をして家を飛び出す。朝食はとれなかったが自然と腹は空かなかった。
次回の投稿は10/19を予定しています。