9.休日デート
店のドアを開けると、耳に馴染んだベルが鳴る。
外は快晴で、空気も爽やかだ。
一歩外に出て、閉まる扉に下がっているプレートが「CLOSED」になっているのを確認する。
鍵をかけ、店周りにゴミなんかがないか確認したあと「よし」と呟いて空を見上げる。
抜けるような青空に目を細めた。
いい休日になりそうだ。
期待を胸に、歩き出そうとしたとき。
「やあフローレス」
すっかり覚えてしまった美声に振り返る。
「ライアン!」
偶然とはいえ、休日に会えたのが嬉しくてぱっと笑顔になる。
ライアンと話をするのは、私の中でかなり上位に位置する楽しみのひとつだ。
その常連の上客様は、私の格好を見るなり眉根を寄せた。
「……もしかして今日は休みなのか」
いつもの動きやすい格好ではなく、休日仕様の服だしもちろんエプロンもしていない。
今日の私はカフェ店員ではなく、どこからどう見てもただの町娘だ。
「そうなの。今日は定休日。……もしかしてお店に用だった?」
ライアンの来る曜日はいつも決まっていて、だから定休日を特に知らせることもなかった。
それがどうやら失敗だったらしい。
彼はあからさまに残念そうな顔で、がっくりと肩を落としてしまった。
「そうなんだ……実は久しぶりに休みを取れたから、たまにはゆっくり食事でもと思ってな」
「そうだったの……ごめんなさいね、事前に言っておけばよかったわ」
申し訳なく思いつつも、完璧イケメンのしょぼくれ顔が可愛くて仕方ない。
貴重な休みの日に、わざわざうちを選んでくれたことも含めて、また好感度が上がってしまった。
それにしてもこの人、私服姿も素敵だ。
いつもの騎士服も最高に似合っているが、隙一つないあの制服はライアンほどの容姿の持ち主が着ると堅いイメージになってしまう。
その点、モノトーンを基調にシンプルにまとめた格好は彼によく似合っていた。それにゆったりした白いシャツは、柔らかい印象とともにどこか甘い雰囲気をもたらしてくれる。小物に差し色を使っているのもいい。
本当に予定のない日の休日といった油断のようなものも感じられて、その格好で昼食を食べにうちの店に来てくれたのかと思うとどうしてか嬉しくなる。
どうやらうちを癒しの空間と思ってくれているようだ。
ところで、公爵家嫡男だと言うのにお供の一人も連れていなくて大丈夫なのかしら。
少し心配になったが、堅苦しいことを嫌うライアンのことだ。らしいと言えばらしくて、こっそりと苦笑を漏らした。
「確認しなかった俺が悪い。これから出かけるのか?」
「ええ。買い出しついでに散歩でもと思って」
せっかくの休日だ。それに天気がいい。こんな日に出かけないのは損だ。
どうせなら少し足を延ばして、珍しい茶葉やコーヒー豆なんかも仕入れてこよう。
そう思い立っての外出だ。
「そうか。楽しんで」
「ありがとう。ライアンはこの後の予定は?」
「とくにはないな……そうだ、ここらへんで美味い店はあるか」
「そうねぇ……」
少し考えて思い付く。
けれどその思い付きを口に出すのを少しためらった。
一応爵位はあるとは言え、それは親の功績だ。
だいたい数年前まではただの平民なのに。そんな小娘がこんな大それた提案をしてしまっていいのだろうか。
逡巡はけれど数秒で、結局は自分のやりたいようにすることにした。
「……じゃあ、良かったら一緒に行かない? 美味しいパン屋さんを知っているの。あなたが良ければ、公園でピクニックでもどうかしら」
勇気を出して誘うと、しょぼくれた顔が一気に華やいだ。
こんなにわかりやすく感情を顔に出してしまって、騎士が務まるのかと不安になるくらいだ。
貴族社会なんて、腹芸が上手くなければすぐに蹴落とされてしまいそうなのに。
「いいのか?」
「もちろん」
それでも期待通りの反応をもらえるとすごく嬉しい。
全開の笑みで答えると、全開の笑みが返ってきた。
ああ、誘って良かった。
心から思う。
いくら身分に頓着しない人だといっても、さすがに公園でピクニックなんて鼻で笑われてもおかしくないのに。
「荷物持ちは任せたわ」
「ああ任せておけ」
冗談で言ったのに、快諾されて思わず笑う。
ピクニックのあとの買い出しも、当然のようについてきてくれるつもりらしい。
その上、荷物持ちまで請け負ってくれるなんて。
そういえばそういう人だったな。
これまでのやり取りを思い出して嬉しくなる。
これは「やっぱり自分で持つ」なんて言ったら逆に叱られてしまいそうだ。せっかくだから甘えて半分くらいは持ってもらおう。
いろいろ買い込むつもりだったので、正直とてもありがたい。
「それでは参りましょうかお嬢さん」
言って、自然な動作でエスコートを買って出る。
まったく。
これだから貴族というやつは。
庶民に高度なことを求めるんじゃないわよ。
照れ隠しに心の中でこっそり文句を言って、差し出された腕にそっと掴まる。
慣れない行為に、胸が高まるのを止められなかった。