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6.二度目の来店

ライアンが再びこの店を訪れたのは、その一週間後のことだった。

また閉店近くに来たところを見ると、休憩時間は固定なのだろう。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


控えめに言うと、前回と同じく目礼のみでこちらへ来た。

特に親し気に話しかけてくるわけではないが、目くばせで微笑み合う。


彼は前と同じカウンター席に座り、今度は普通の紅茶を注文した。

ココアじゃないの? と少し気になったが、店内にまだ他のお客様がいたので話しかけるのは控えた。

今日は女性客が多いから、変なやっかみを買いたくはない。


案の定ライアンは注目の的で、庶民向けの店であればとっくに声を掛けられていたことだろう。

けれどさすがは貴族の御令嬢方だ。その辺はしっかりわきまえて、長居することもなく良識的な滞在時間で帰っていった。



「……今日はココアじゃないんですか?」


店内にライアン一人となり、一息ついたのを見計らって話しかける。

ストレートに聞くと、彼は少し恥ずかしそうに目を泳がせた。


「いやその、前回は書類仕事で行き詰まっててな……急激に糖分を摂取したくなったんだ」

「ああそうだったんですか。騎士様って大変なんですねぇ」


カウンターテーブルに広げられた書類をちらりと見て、同情してしまう。


若くて優秀な騎士だということだから、きっといろいろ押し付けられているのだろう。

よく見れば目の下にはうっすら隈が出来て、どことなく疲れた顔をしていた。


「それに、焼き菓子がつくなんて知らなかったから」

「甘いものに甘い飲み物だと、ちょっとくどくなっちゃいますもんね」

「それもだが、焼き菓子が美味かったのでな。もっとちゃんと味わいたくなって」

「あら、そんな風に言っていただけると作った甲斐があります」


照れながら言うと、ライアンが目を丸くした。


「キミが作ったのか。天才だな」

「うふふ、ありがとうございます」


素直に褒められ嬉しくなる。

彼の言葉には下心も衒いも驕りもなく、ただ真っ直ぐに私の心に響いた。

リカルドのおべっかとは大違いだ。


あの婚約発表の場にいたということは、私が男爵家の娘だということを知っているはず。

だと言うのに、彼は身分差など気にする素振りも見せない。

同じ公爵家の人間だというのに、こうも出来が違うと比べるのも失礼な気分になってくる。


「甘いもの、お好きなんですか?」

「うーん……その、……好き、と言ったら笑うか?」

「なぜ? 何も笑えるところはありませんけど」


質問の意図がわからずきょとんとすると、彼は照れくさそうに頭を掻いた。


「騎士団にいるとな。女子供のようだと侮られるんだ」

「なんですかそれ!」


理解できない世界だ。

脳筋というのはこれだから。


イケメン細マッチョの男前が甘いものを好きだからこそ最高なんでしょうが。

まったくわかってない。


心の中で憤慨しながら立ち上がり、背後の冷蔵庫を開ける。


「アークライト嬢……?」


怒りが体外に滲み出てしまったのか、ライアンが不安そうに私の背中に声を掛ける。


「こちらサービスです!」

「うわっ」


語気を荒げながらドンと皿を置くと、ライアンの肩がぴょこんと跳ねた。


なんだこの可愛い男は!


脳内の憤慨の勢いのままに思う。


「あら失礼」


それから困ったように私を見るライアンを見て、少し冷静さを取り戻した。

こほんと咳払いをひとつして、誤魔化すように笑みを浮かべる。


「……どうぞ。召し上がってください。残り物で申し訳ありませんが」


はしたない真似をしてしまったわと反省しつつ、チョコレートケーキの載った皿をズイとライアンの方に押し出す。


先週、常連の老紳士にリクエストされたチョコレートケーキだ。

我ながら上手に作れたと思う。

老紳士に出したあと、同じく常連のお客様にサービスとして切り分けたうちの、最後の一切れだ。

さすがに公爵家の人間に余り物を食べさせるのはどうかと思ったが、そういうのを気にするような小さな男ではないと信じるしかない。


それにこの濃厚なカカオの香りは、きっとこの紅茶にも合う。


「いいのか?」

「ええもちろん。自信作です」

「これもキミが作ったのか……美味そうだ」


小さなチョコレートケーキに視線が釘付けになっている。


大の男が目を輝かせてケーキを頬張ることの、どこに笑える要素があるというのか。

そんなことでしか彼を侮れないという騎士たちは、きっとこの上なく無能なのだろう。


「……笑いませんよ」

「ん?」

「私は笑いません。クリフォード様が甘党だろうと辛党だろうと」


しっかり目を見ながら先程の問いに答える。


彼は一つ瞬いたあと、嬉しそうに微笑んだ。

やはり目尻のシワがとても魅力的だ。


「ありがとう……ところで、堅苦しいのは好きじゃないからライアンでいい」

「ええとでは、ライアン様」

「様はいらない」

「それはあまりにも不敬です」

「本人がいらないと言うのだからいいだろう」


譲る気配のなさに口籠る。

そう言われたって格下のものがそうホイホイと呼び捨てに出来るものではない。


身分なんかちっともこだわらなさそうなくせに、こんなところで公爵家の押しの強さを見せてこなくてもいいのに。


「……では、私のことも呼び捨ててください」


仕方なしに妥協案を出す。

さすがに私が呼び捨てで彼にはそうさせない、なんてことはできない。

大した交換条件でもないが、そこはきちんとしておきたかった。


躊躇なく了承されるだろうという予想は、けれどすぐに覆された。


「フ……、」


何がそんなに言いづらいのか、そこから先が続かない。


なぜそこで詰まるんですか。

もしかして忘れられた?


いやでも一度会ったきりの人間を、一年ぶりに見てもフルネームで覚えていた人が、その後たった一週間で忘れるだろうか?


「……フローレスです」


不思議に思いながらも自分の名前を提示してみると、ライアンの頬がほんのり赤くなった。


「……すまない。なにかよくわからんが、少し照れる」

「そ、そう、ですか……」

「女性の名を呼ぶのは慣れてないんだ。申し訳ない」


正直に言われて、私の方もなんだか照れてしまう。


店内に微妙な空気が流れる。

いい大人二人が、頬を染め合ってモジモジ俯いているなんてちょっとおかしな光景だ。


こんなにモテまくっているのに、女慣れしていないなんてことあるのだろうか。

こう見えて案外奥手なのか。

それとも、それだけ仕事に真面目に打ち込んでいて色恋にうつつを抜かす暇がないということだろうか。

どちらかはわからないが、どちらにせよ良い印象しかない。


「……フローレス」


ふいに、丁寧な発音で呼ばれて顔を上げる。


「いい名だ」


眩しいものを見るように目を細めてライアンが言う。


なんだかわけのわからない衝動で叫びそうになるのを、頬の肉を噛みしめることで必死に堪えた。

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