5.楽しいひととき
ライアンの笑いはなかなか収まらない。
私はそれを、微笑ましい気持ちでのんびりと眺めた。
「……ふぅ、申し訳ない、婚約破棄なんて不名誉な経験を見せ物みたいに言ってしまって……」
ひとしきり笑って少し冷静になったのか、申し訳なさそうに言うのにさらに好感度が上がる。
「いえいえ。私、元々結婚するつもりないので瑕疵にはなりませんし、むしろ『みんな見て! この哀れな男を!』って気分でやってましたので」
お気になさらず、と手の平を彼に向けて言うと、またぶり返したように笑い出す。
やはり笑い上戸のようだ。
「ふふ、キミ、ものすごく清々しい顔で言ってたからすごく印象に残っていてな。今日会えて嬉しかった」
「こちらこそ。あの日の感想を他の方から聞けて楽しいわ」
差し出された手と軽く握手を交わす。
そうしていやらしい触り方もせずにすっと離れていく。
爽やかな笑みを浮かべるライアンは、どこからどう見ても完璧な好青年だ。
「ちなみにこの店は……?」
「もちろん慰謝料御殿ですわ」
にっこり笑って答える。
聞く人によっては顔を顰めるかもしれないが、こちとら恥ずべきことはひとつもない。
「ぶはっ」
たまらずライアンが噴き出す。
本当に楽しそうに、ケラケラ笑う様が可愛らしい。
「……はぁ。本当にすまない……いや、それにしても素敵な店だ」
笑いすぎて目に涙を浮かべながら、彼が言う。
褒められるのは素直に嬉しい。
こだわり抜いた内装だから、誇らしい気持ちになる。
それに彼自身、身に着けた小物やなんかを見る限りセンスが良さそうだ。
そんな人間が褒めてくれるのだから、かなりいい線いっているのだと自信が持てる。
「一年間尽くした甲斐があったと言うものです」
少し得意げに答えると、彼が笑みを深くした。
たぶん、お世辞や社交辞令ではなく本心で言ってくれている。
ライアンはきっと誠実な人だ。
長く客商売をしているから、人を見る目には結構自信があった。
「また来ても?」
「ええ、是非」
よっしゃ金持ちの常連ゲット。
ひっそりとそんなことを思いながら上品に微笑む。
ついでに見た目もいいから客寄せにも期待出来そうだ。
さっきの女性客たちなんて、きっとこれからこまめに顔を出すようになるに違いない。
「そろそろ休憩が終わるから戻るよ。閉店間際にすまない」
「いいえ、楽しい時間をありがとうございます」
どうやら王城に戻るらしい。
もう夜なのに、まだ働くのかと感心してしまう。
お会計を終えると、彼はキリリとした目元を緩ませて「じゃあ、また」とはにかむように言った。
なんだこの可愛い人は。
イケメンの破壊力にやられて思わず拝みそうになる。
彼は私の葛藤に気付かずに、爽やかな風を纏っているかのように颯爽と王城への道を早足に歩いていった。
それは時間にして、ほんの十分ほどの出来事だった。
それなのに一年間で培われた「公爵家の人間は傲慢」という偏見は、すっかり払拭されていた。