26.告白
ライアンは少し悲愴な面持ちで、苦しそうに眉根を寄せた。
「同じ立場の俺が彼女に告白したとして、そいつと同じことをしているのではないかと不安なんだ」
ちょっと待ってくださいね。
今頭の中を整理しますね。
混乱しながら心の中の自分と対話する。
好きな人の話が始まってから、その人物の情報を並べていくと思い当る人物は一人しかいない。
いや、正直そうだと思い込むにはかなり補正が入っているようだから、私の知らない誰かのことを言っている可能性ももちろんまだまだ大きい。
それにしても最後に付け加えられた情報が、あまりにも特定不可避に過ぎないか。
「俺の告白は強制と取られないだろうか。何より公爵家の人間であるというだけで嫌われてしまっていないだろうか。もしそうなら、好きだと伝えるだけで彼女に不快な思いをさせてしまう……フローレスならその、どう思う?」
問われてゆっくりと視線を上げると、ライアンがじっと私の反応を待っていた。
同じ女性としての意見を参考にしたいだけにしては、やけに熱いまなざしで私を見ている。
うぬぼれだろうか。
勘違いで先走った結果、実は全然別の人のことでしたなんてことになったら、恥ずかしすぎて目も当てられない。
だけど。
「……例えば……例えばの話だけど」
「ああ。なんでも言ってくれ」
出来るだけ冷静になるよう心で自分に言い聞かせつつ、慎重に口を開く。
ライアンの目が期待に輝いたように見えた。
「その女性は、あなたに冷たくしたことがある?」
「いや。最初からずっと優しい。だけどそれは店員と客という立場上のものかもしれない」
至極真面目な顔で、ライアンが思案深げに言う。
この人もしかしてド天然なのだろうか。
これ以上可愛いポイントを増やして私を一体どうする気なの?
思わず眉間にシワが寄ってしまう。
盛大なため息が漏れてしまったのは、私のせいではないはずだ。
「フ、フローレス……?」
「いえなんでも……それで、ええと。他に、脈がありそうだなと思える行動は思い当らない?」
もし。
もしも私が、その相手なのだとしたら。
たぶん好意は駄々洩れで、あまりにもあからさまだろう。
思い当る節なんていくらでも出てくるのではないか。
「そうだな……とても小さいことだが、俺が一目惚れした美しい笑顔を度々向けてくれている」
「一目惚れ……そう……一目惚れなの……」
ライアンの真っ直ぐな言葉に赤面する。
つまりなんだ、ここで初めて会った時からずっとってこと? いやもしかしてそれより前? それって婚約破棄のあの時ってこと?
そこまで考えて慌てて頭を振る。
いやいやだから私とは限らないんだって。
そう自分に言い聞かせはするが、さっきからライアンが私を見る目に熱がこもりすぎている気がする。
「でもそれはあいつにも向けていた笑顔だ。大嫌いだと言っていた相手に」
苦しげにライアンが言う。
もしその一目惚れした笑顔とやらが、あの時あの場所でのことならば。
「それってその、大嫌いな相手と決別するから見せた笑顔では……?」
遠慮がちに問うと、ライアンが眉根を寄せて少し考える。
「……そういえばそうだな」
「……じゃあそれは嬉しくてしょうがない時の笑顔なのでしょうね」
それはもうニッコニコだったろう。
この世にこれ以上の幸せはないみたいな顔をしていたはずだ。
だってあの時は本気でそう思っていたのだから。
「そんな笑顔をあなたに向けていたということは?」
「……ということは……つまり……」
徐々にライアンの表情が晴れていく。
さすがにどんな天然でも、ここまで言えば自分が好かれていると自覚出来るはずだ。
「嫌われてはいないということだな!?」
ええいばかもの!
思わず叫びそうになるのを堪える。
どれだけ自信がないんだこの人は。
こんなに見た目も中身も完璧な人なら、望んだだけ好意が返ってくるだろうに。
「今度は私の話を聞いてもらってもいいかしら」
「あ、ああ」
キッと睨みつけるように言うと、ライアンがわずかにたじろいだ。
騎士団で一番強いのに、たかが一般庶民の小娘に気圧されてくれるのすら愛おしい。
「私も好きな人がいるわ」
言った瞬間悲しそうな顔になる。
眉尻が下がって、まるで捨てられた子犬のようだ。
「かっわい」
「は?」
「おっと失礼」
思わず心の声が漏れてしまった。
慌てて口許を押さえる。
でもこれでもう確定だろう。
なんだろうこの最高の展開は。
私の幸福の絶頂はあの日だったのではないのか。
「どこの、だれだ」
わずかに震える声でライアンが問う。
ああもうだめだ死んでしまいそう。
ライアンの手をとって引き寄せる。
「あなたよ」
言って、瞼を伏せて彼の手の甲に口づけた。
ライアンはぽかんとした顔で、状況が上手く飲み込めていないらしい。
本当に可愛いなこの人は。
これで有能優秀で人格者で人気者?
どう考えても私では釣り合わない。
だけどもうそんなことはどうでもいい。
彼が私を選んでくれるなら、私はそれに全力で応えるだけだ。
「俺を、好きなのか……?」
「ええ」
信じられないという顔で私の手を握り締める。
「公爵家の人間でも?」
「あなた、嫌いな人が花屋をやっていたら花屋さん全員嫌いになる?」
笑いながら問うと、ライアンは呆然とした表情のままゆるゆると首を振った。
「権力に、」
「屈する女じゃないのは知ってるでしょ」
それこそ目の前で見ていたはずだ。
あの公爵家の肩書を全力で振りかざして私を好き勝手しようとした男相手に、私が何をしたか。
私がライアンを好きなのに、公爵家の地位なんて関係ない。
徐々に理解してきたようで、じわじわと頬が紅潮して涙目になっていく。
私も同じだったから、もうかわいらしいなんて思って呑気に笑うことは出来なかった。
「フローレス」
くしゃりと顔が歪む。
お互いに情けない顔をしていただろう。
ライアンが立ち上がって私の手を引く。
立ち上がった瞬間抱きすくめられて、息が止まりそうになる。
雨の日の抱擁よりもずっと強い力だった。
「好きだ。フローレス」
ストレートで飾り気のない言葉に胸が締め付けられる。
この先ライアンと二人ならどんなことだって乗り越えられる。
そう確信して、彼の身体を強く抱き返した。




